鳳凰の部屋

「~心境の変化~」 佐々木 寿人

私は昔から早期決着が好みだった。
「早く帰りたいだけだろ」と言われることも多かったが、そんなものは理由の5割にも満たない。
無駄に試合を長引かせるのが嫌なだけである。試合が長引く要因の最たるものは、やはり局数が増えることにある。つまりは、他家の連荘ということだ。

どうにもならないときも確かにある。だが、これが自ら引き起こしてしまったものだとしたら、後の勝敗にも大きな影響を及ぼすと思うのだ。

私が極端にアガリ逃しを嫌うのはこのためだ。50分で終わるものを80分に引き伸ばして何になる。特に1日に何度も対局するようなときは、脳や精神に対する負担も小さい方がいいに決まっている。

“無駄なく、隙なく”
これが私のモットーである。

直接聞いたわけではないが、古川さんにもそれに近い匂いを感じることがある。
古川さんの手数はA1でも圧倒的に多く、アガリの精度も高い。打点は二の次で、とにかくアガリによって自らのペースに持ち込んでいくシーンを幾度となく見せられてきた。

初日の1回戦、古川さんの入り方はいつもと同じように見えた。しかしながら、前田さんへの大きな放銃が続いて4着スタート。
特筆すべきは、残りの3ゲームに一切戦い方を変えなかったことだ。

普段は勝った試合しか見ない私も、この鳳凰位決定戦だけは何度も見返したから間違いはない。
そこで1つの考えが浮かんだ。古川さんは、2日目もおそらくこの戦い方でくる。ならばそこに乗っかってしまおうという作戦である。

初日を+58.0Pの1人浮きで終えることができた私にとって、古川さんが安く局を回してくれるなら、これほど有難いことはない。そのときにはじっくり手を作ってぶつけ、そうでないときに早く正確にアガリを取りにいく。シンプルであるが、もしかするとこれが最も優勝に近いやり方なのでは、という結論に行き着いたのである。

この方針変更は打点型の2人にとってもきつくなるはずで、両方が浮上してくるようなことにはならないように思えた。
何度となく敗れてきたからこそ言えることだが、こういった戦いにおいて蚊帳の外に置かれることは本当に苦しいのだ。
言い方を変えれば、ライバル達を振り払った先にしか優勝はない。だがそれは、必ずしも自力だけでどうにかなるものでもない。4人で戦うからこそ、時に他力に助けられる場面もあるのだ。

5回戦は、黒沢さんが軽快にアガリを重ねる出だしとなった。
一方の私は、一切の収入がないまま東3局を迎えることに。
その東3局も、11巡目には私以外の3者がテンパイを果たしている。

 

100

 

確かに当時も、場に怪しい雰囲気が出ているなと感じ取った記憶がある。
12巡目、私も八筒を引いてテンパイするが、八索は既に全枯れ。打九索でとらずと構える。
14巡目、前田さんが黒沢さんのロン牌である八万を掴むが、二万と入れ替えて放銃を回避。これで八万が山からなくなる。
16巡目、古川さんが前田さんのロン牌であるドラの六索を引く。

五万七万八万八万八万二筒三筒四筒四筒五筒六筒七筒七筒  ツモ六索

ここまでのポイントからも切っておかしくない場面ではあったが、古川さんはこれを打たずに打七筒としてテンパイを壊す。さすがの守備力である。

これで前田さんの待ちもカラ。
私はこの七筒にポンテンをかけ、3者にほぼ当たることのなさそうな七索を打った。

二万三万四万二索二索三索四索八筒八筒八筒  ポン七筒 上向き七筒 上向き七筒 上向き

そして次巡、三筒を引いて四索のノーチャンスである打二索とすると、同巡に黒沢さんから三筒を捕らえることに成功した。

二万三万四万二索三索四索三筒八筒八筒八筒  ポン七筒 上向き七筒 上向き七筒 上向き  ロン三筒

不思議なアガリだな、これが率直な感想だった。
自分が明らかに四番手であることを自覚していただけに、たかが1,000点とは言え望外のアガリに思えたのだ。
しかしながら、こんな些細なきっかけからガラリと展開が変わるのも麻雀の面白いところである。

私は続く親番で、500オール、1,100オールとアガリ、親が落ちた後もテンパイ料、1,000は1,300と安いながらも加点に成功。
そして南2局では、フリテンの一万四万をツモアガって原点復帰を果たした。

二万三万四万四万七万八万九万二筒三筒四筒六筒七筒八筒  ツモ四万  ドラ九万

南3局、親は古川さんに回った。
3巡目、北家の黒沢さんが南を重ねて1シャンテン。

五万三索四索五索六索七索八索東南北北中中  ツモ南  ドラ二筒

東として、ホンイツの匂いを消しにかかる。
7巡目、親の古川さんも1シャンテンとなる。

二万二万三万五万六万八万八万九万九万九万六筒六筒中  ツモ六筒

中切りなら黒沢さんにポンテンが入るところだが、古川さんの選択は打三万
一万はまだ2枚切れという場況であったが、ここは手広さより打点を見ての一打だったのだろう。

だが、続けて古川さんのもとにやってきたのは北だった。
これでどちらを切っても黒沢さんに鳴かれるどころか、7,700の放銃の未来まで見えることとなってしまった。
ちなみに古川さんが前巡に中を切っていたなら、この北で黒沢さんの満貫ツモである。
そんなこととは露ほども知らぬ私は同巡、絶好の六万を引き入れてテンパイ。

四万五万七万七万一索二索三索四索五索六索二筒四筒五筒  ツモ六万
 
当然ドラの二筒を切ってリーチと出る。
14巡目、古川さんが六万を引く。

 

100

 

古川さんが凄いのは、ここでも中切りとならないことである。
確かに黒沢さんが押してきていることはわかる。ただここは、古川さんも広く構えてアガリをモノにしたい局面であるはずなのだ。
加えて私の河を見ても、マンズの中頃が通る保証はない。それでも黒沢さんの河にある五万を切ってくるのは、1年間リーグ戦を戦ってきた黒沢さんに対する古川さんなりの評価だったのではないだろうか。

本手は黒沢さんで、中をぶつけるのは最後の最後という判断は、確かに合っていたのである。
だが局がもつれたことにより、恩恵を授かったのはこの私だった。

四万五万六万七万七万一索二索三索四索五索六索四筒五筒  リーチ  ロン六筒 

これが黒沢さんからの直撃で、トップ逆転。
5回戦はこのまま逃げ切りに成功することになった。

今振り返っても、この5回戦に黒沢さんの追い上げを振り切ったことは、優勝に向けて大きなポイントになったと思う。
東場と南場の古川さんの親番は、仮に私が打っていたならいずれも失点で終わっている。
東場は、リーチ棒付きで前田さんへの満貫放銃。
南場は、黒沢さんの満貫ツモで親被り。

そうさせないのは、古川さんの守備に対する高い意識と、危険を察知する鋭い嗅覚に他ならない。
ただ、それによって私が浮上するきっかけを掴んだこともまた事実である。

日吉風に言えば、「風が吹いている」のである。
この5回戦オーラス、3巡目に北家の古川さんが中を仕掛けた。

一万二万五万六万一索二索五索六索七索五筒南中中  ドラ一索

これは場に2枚目の牌ではあるが、24,000持ちということをふまえると、あまり鳴きたくはないところだ。
しかし、古川さんには一切の迷いがない。私がトップで終わったとしても連荘されるよりましと、2,000点でしっかり蹴りにくる。
先に述べた通り、これはリードする私にとって有難く、追いかける前田さん、黒沢さんにとってはきついのだ。
2日目を迎えるにあたり、古川さんの出方に合わせていくことを念頭に置いていた私は、真っ直ぐに手を進め、8巡目にリーチを打った。

七万八万九万三索四索三筒四筒五筒六筒六筒七筒八筒九筒 

ドラもないピンフのみの手でも、このリーチによって古川さんを受けに回らせられることが十分に想定できたからである。

一万二万六万六万一索二索三索四索五索六索  ポン中中中  ロン三万

この時は既に古川さんにテンパイが入っていて、私の現物である三万で前田さんからのアガリとなったが、2日目の初戦をトップで終えることができたのは、精神的にも非常に大きかった。
この日行われた5回戦から8回戦までの成績は、1・2・3・1で、ここまでの沈みは一度しかない。
初日の映像を何度となく見返した上での作戦変更が、上手くはまったとしか言いようがない。

トータルポイントも+93.2Pと、目標とする100ポイントにあと一歩というところまでこぎつけた。
ここからは、はやる気持ちを抑えていかに勝ち切るかということが重要になってくる。
大きなリードを奪ってもなお、自身の心が休まる日は来なかった。