プロテストコラム 一瀬由梨
2023年05月31日
プロテストコラム 一瀬由梨
私がプロテストを受験したのは2017年だった。
当時、麻雀を本格的に覚えてから数ヶ月しか経っておらず、点数もやっと覚えたばかりだったが、いつの間にか自分の中でほとばしる「好き」という気持ちだけでエントリーシートに筆を走らせていた。
私が受験した頃は、すでにプロの麻雀対局を観る媒体はそれなりに整っており、モンドTVやRTD、麻雀最強戦など数多くの放送対局から、プロテスト受験に向けて所作や手組みを勉強をすることも多かった。
このような放送対局をかじり付くように観ていた私は、たまたま観ていたモンドTVに出演していた二階堂亜樹さんに憧れ、プロテストを受験した。
当時は、書類選考を経た後に実技·筆記·面接の審査があった。これら審査を終えると、さらに半年程(1ヶ月おき)の研修があり、その最終日に再度実技·筆記·面接があった。面接では、自身の麻雀歴や志望理由を質問される。
私が連盟を志望した理由は次の三点だ。
一つ目は、会社員をしながらでもリーグ戦への参加がしやすいということである。連盟の対局の多くは、土日や平日の夜などに集約されており、普段会社員をしている私にとっては調整がしやすいスケジュールとなっている。麻雀プロになっても、会社との両立を考えていた私にとっては重要なポイントであった。
二つ目は、活躍できるフィールドが数多くあることだ。その中でも特に、アーケードゲームの麻雀格闘倶楽部の一員として参戦したい思いがあった。
三つ目は、連盟の公式ルールを学び、強くなりたかったからだ。一発·裏ドラ·槓ドラがないルールは、プロテストを受験するまでは全く実践したことがなく、あまり馴染みのないルールだったが、自身の麻雀の幅を広げることができると考えた。
ただ、同時で行われた初めの筆記試験では、受験者の中で最下位の点数だった。
テストの内容は、点数計算や、チンイツ·ホンイツの待ち、オーラス条件など、プロとして最低限必要な知識だが、あまりの出来の悪さに不貞腐れ、落ち込みながら帰り道を歩いたことを今でも覚えている。
そこから半年間、会社の昼休みランチを食べながら試験勉強をし、家に帰ったあとは、ロン2(現在の龍龍)で麻雀を打ち込む日々を送り、なんとかプロテストに合格した。100名近くの受験者に対して、合格者は10名ほどだった。
今は、Мリーグの影響で受験者が増え、さらに競争率が高くなっているかもしれない。数多くのライバルの中で、「自分」という人間の存在感をいかに示すことができるかが重要だと思う。
私の同期には、大月れみ、松田彩花、内田みこがいる。年齢も育った環境も全く違う3人だが、一緒にプロテストを乗り越えたライバルであり、仲間である。彼女たちは一人ひとり自分の強みを生かして今活躍している。
常にムードメーカー的な存在の大月れみは、持ち前の明るさとコミュニケーション能力の高さを生かし龍龍アンバサダーを務め、YouTube配信などを行なっている。連盟チャンネルでの実況も担当している松田彩花は、麻雀プロでありながらもアナウンサーの勉強をする努力家だ。内田みこは、圧倒的な麻雀の強さで麻雀女王のタイトルを獲得し、子育てしながら数々の放送対局で活躍している。
「麻雀」という部分では共通しているが、今の麻雀界においては、活躍できる場面が多様化しており、自分を能力や価値が最大限に活かせる場所を見つけることが重要だ。他にも、放送対局には重要な裏方の仕事だったり、公式戦の運営、観戦記の執筆など数多くの仕事がある。
最近は新人プロでも放送対局の機会も増えており、桜蕾戦·若獅子戦という20代限定の公式戦や、夕刊フジ争奪麻雀女流リーグ、特別昇級リーグなど多くのチャンスに恵まれている。私は20代後半でプロテストに合格したが、麻雀プロになろうと決意した過去の自分に感謝する一方で、もっと早いうちに麻雀を覚えて、もっと早くこの世界に居たかったと後悔する時もある。始めるタイミングが早いほど、チャンスに挑める数は多くなる。麻雀歴が浅くても、活躍しているプロがいることは確かだが、チャンスを掴むタイミングは多ければ多いほど、花開く可能性も高い。
今、ネットさえあれば誰でも麻雀対局を手元で観ることができる。スポーツ観戦のようにグッズを買って応援したり、選手と一緒に悔しがったり、感動で涙を流すような時代だ。麻雀最強戦2021の瀬戸熊直樹プロの悲願の優勝がドキュメント映画となり、新宿の映画館を満席した景色は、過去に誰が想像しただろうか。それほど私たちは今、激動の時代の中にいる。プロとして、麻雀界に一歩踏み出そうか迷っている皆さん、一緒にこの世界を築く一員となってみませんか。
カテゴリ:インタビュー&コラム,プロ雀士コラム