十段戦 決勝観戦記

十段戦 決勝観戦記/第33期十段戦決勝 最終日観戦記 荒 正義

十段戦が最終日を迎えた。この日は台風が去り、その影響か小雨が降っていた。
対戦前、外でタバコをふかしていると三田プロに云われた。
「今回の観戦記は、書くことがないので大変ですね」
「いや、あるよ」私は即答した。
すると三田は少し驚いた顔をし、私を見た。これが先輩の私の小さなツッパリである。
しかし、彼が言うように今年の十段戦は、2日目で勝負は9割ついていた。後は収束を待つだけ。結果だけ追う観戦記などつまらない。となれば、彼が言うとおり書くことがないのだ。
トップ走者の藤崎と2番手の櫻井との差は、約100Pである。この勝負が盛り上がりを見せるなら、第9戦のこの半荘、藤崎が抜け番のときに櫻井が大トップを取ることだ。これなら、後の展開に紛れが生じるしまだわからない。筆だって大いに走らせることができる。しかし、この着順である。
藤崎  +138,1P
櫻井   +38,0P
上田   ▲49,5P
柴田   ▲53,2P
ダンプ  ▲73,4P
(供託1,0P)
上田、柴田、ダンプの3人は競りである。十段戦は、10回戦目で下位1名が脱落するシステム。残り2戦でそれが決まる。そして11、12回戦ですべてが決まるのだ。
最下位の5位だけはなんとしても逃れる。これが打ち手の実戦心理である。となれば、3人の打牌が強くなり打ち合いが始まることが予想できる。次の10戦目もそうだ。そんな中で櫻井が、大トップ取るには厳しいものがある。実戦に目を戻そう。
 
第9戦・東1局。ドラ五万
出親はダンプで順に上田・櫻井・柴田の並び。
まず11巡目に上田のリーチが入る。上田の手は3メンチャンだがフリテン。
ここにドラの五万を暗刻にした櫻井が、東のポンテンを入れた。受けは苦しい二筒三筒の並びシャンポン待ちで1枚残り。
このポンで、絶好のカン三万を入れた柴田からリーチが入る。
こちらも上田と同じ待ちで三筒六筒九筒の3メンチャン。
親のダンプも踏ん張って、カン四筒で押す。しかしヤミテンではアガリがきない。4人がぶつかった。
櫻井は何を引いてもオリル気はなかったはずだ。しかしここは、柴田がツモって幕。櫻井は無念だ。
 
100
 
東2局。ドラ一万
11巡目、先にテンパイを入れたのはさっきアガった柴田だ。
五万六万七万三索四索六索七索七索三筒四筒五筒六筒七筒  ツモ五索
待ちは3メンチャン、普通の場面なら三索切りの即リーチある。しかし、柴田は三索切りのヤミテンを選択。
五万六万七万四索五索六索七索七索三筒四筒五筒六筒七筒
四索七索を引き、こうして567の三色にしてからリーチをかけるつもりだ。
五万六万七万四索四索五索六索七索三筒四筒五筒六筒七筒
これが柴田の求める理想形。リーチで高めを引けば3,000・6,000。ここで決めようの腹である。しかし、追いついたダンプが1,000点で蹴る。
 
100
 
東3局は櫻井の親番。ドラ東
12巡目のっている男、上田の手が面白い。
六万六万八万八万三索三索四索四索四索九索九索一筒一筒  ツモ九索
ここで、ツモリ四暗刻のトイツ選択だ。これが若さか勢いか、指の隙間から幸せのトイツがこぼれ落ちている。上田は場に1枚出ている一筒切りを選択。とたんにダンプからリーチが入る。ダンプの手はこうだ。
二索二索三索六索七索八索四筒五筒六筒八筒九筒東東  ツモ七筒
絶好のペン七筒を入れ、ドラが雀頭の二索切りリーチだ。
これに一索を打ち上げたのが柴田。
 
100
 
櫻井の思いとは裏腹に、他家の打ち合いでどんどん局が進む。これがさっき述べた着順の勝負のアヤである。
しかし、櫻井は顔に出さず黙々と打つ。不平不満を言うのは論外だし、顔にも出していけない。これが麻雀マナーである。
南1局。ドラ八索
親はダンプだ。そのダンプから勝負手のリーチが飛んでくる。ここで真っ向勝負に出たのが櫻井だ。櫻井も勝負手だ。ダンプの入り目は九筒で、櫻井は七索である。入り目の強さは互角。
 
100
 
やっと来たか、である。ここで櫻井は競り勝ち、トップに躍り出た。
しかし、次の南2局は櫻井に悪夢が襲う。
 
100
 
上田の八筒は手出しだから、ドラの九筒が危険なのは百も承知である。追う側の櫻井としては三色高めの一筒を引いた以上、戦わねばならない。どんどん加点し、藤崎を追うのだ。
(ここで行かずして、どこで行くのだ…)
と、櫻井は思ったはずだ。
普通の場面なら止めるドラだが、勝負だ。しかし、結果は痛い12,000の放銃。
(心が折れる)とは、こんな場面だ。もちろん、その心も卓上に出してはならない。
そしてこの半チャンの結末がこうだ。
 
100
 
櫻井がラスを引き、藤崎との差がまた開いた。
9回戦終了時。
藤崎 +137,1P
櫻井  +18,7P
上田  ▲36,4P
ダンプ ▲55,2P
(柴田 ▲64,8P)
第10戦。
この半荘も下位の争いである。抜け番は現状5位の柴田だから、上田は少し余裕がある。ダンプは沈まなければOKだ。だが、麻雀は一寸先が闇、次に何が起きるか分らない。
 
100
 
藤崎は白のポンテンで4巡目のテンパイ。南でも場風なので、倍満である。
これを運や配牌の勝利というのは、間違いである。
卓上には回を重ねるごとに、いくつもの「流れ」と「運」が生じるのだ。それを敏感に感じ取り、その「流れ」にどう乗るか「運」をどうサバクか。これが打ち手の技量なのである。
この大三元は、これまで藤崎がつくり上げた「態勢」の産物なのだ。
まだ勝負は途中だが、ここで33期『十段』が確定した瞬間だった。
そして同時に、5位が決まった瞬間でもあった。
 
100
 
藤崎は、後の2戦は勝ちの手順を踏むだけである。
 
100
 
櫻井と上田と柴田は、負けを自分にいい聞かせる時間帯である。勝った相手の強さを認め、心から讃える。そして自分の未熟さを知り、また鍛錬に励む。これが、勝負の世界に生きる者の務めである。
 
100
 
あらためて藤崎を思う。
大局観は完璧。ヤミテンとリーチの精度も同じく満点。そして、何より素晴らしいのは「勝負の組み立て」である。彼の頭の中には、勝つためのストリーが何本も作られていたに違いない。状況に応じて、その一本を的確に選ぶ。打牌は、そこから打たれるのだ。これが、彼の強さだ。
おめでとう藤崎さん!
最終日終了時成績

藤崎智 +168.5P
上田直樹 +12.8P
櫻井秀樹 ▲13.0P
柴田吉和 ▲-69.3P
ダンプ大橋 ▲100.0P

100