第32期十段戦決勝 初日観戦記 滝沢 和典
2015年10月02日
昨年、櫻井秀樹の十段位獲得に、私は非常に刺激を受けた。
櫻井は、麻雀プロと会社勤務という二足の草鞋で日々を送っている。
現在の上位リーグのほとんどが、麻雀に関係する仕事に就いており、麻雀がすぐ側にある状況であるものがほとんどである。しかし、家庭もある櫻井には自由な時間が限られている
その櫻井が、瀬戸熊直樹、藤崎智、柴田弘幸、前原雄大といった顔ぶれを相手に金星をあげる姿は正直想像がつかなかったのだ。
もちろん、打牌の正確さや柔軟さ、精神面においても、櫻井が凡人ではないことは理解しているが、トップに君臨する選手たちと比較して、稽古量が到底及ばないという事実があるからである。
ある程度のレベルまでは両立できるだろうが、トップクラスとなるとそうはいかないのがこの業界だと思っていた。
「僕は人より少ない睡眠で済むんですよ」
などと、冗談まじりに口にする櫻井だが、見えないところで相当な努力を積んでいるのか、余程優秀で柔軟な脳の作りをしているのか。
勝負の難しさ、厳しさ、面白さが詰まった対局を制した櫻井は、きっと昨年度よりレベルアップしているであろう。
今年は主役の一人として、挑戦者を迎え撃つ。
櫻井秀樹現十段への挑戦権を得たのはこの4名。櫻井秀樹を含めた5人打ちとなるため、まずは抜け番の抽選が行われる。
選択順 | 名前 | 抜け番 | 抜け番希望 |
---|---|---|---|
1 | 野方祐介 | 4 | |
2 | 藤崎智 | 3 | 4 |
3 | 櫻井秀樹 | 5 | 5 |
4 | 柴田吉和 | 2 | 4or5 |
5 | ダンプ大橋 | 1 | 4 |
ここで選手紹介に変えて、日本プロ麻雀連盟所属プロによる優勝者予想を紹介しておく。
私は3日間の解説、そして観戦記を担当しているため、優勝者予想は辞退させていただいた。
十段位決定戦の舞台を経験したことがない私が言うのもおかしいが、とにかく野方、柴田と初のG1決勝に臨む2人には自分の麻雀で思い切りぶつかって欲しい。
控えめになる必要などまったくない。プロを名乗るもの同士、勝負の場面では、ベテランもルーキーも関係ない。
1回戦
起家から(櫻井→柴田→藤崎→野方) ※抜け番 ダンプ
東1局
13巡目に野方がとのシャンポンで先制リーチをかける。
そのリーチに対し、親番の櫻井がテンパイに取れるをノータイムでツモ切りとする。
このとき野方のリーチ発生には一瞬の間があった、それが迷いなのか、確認作業なのかは判断つかないくらいのものだった。それが櫻井の選択に影響してのことかどうかも定かではないが、逡巡せずに打を選択した櫻井から殺気立った雰囲気が感じ取れる。
結果は流局で野方の一人テンパイ。櫻井がドラの切りリーチとした場合はで放銃となっていた。
東2局 1本場【1】
5巡目にドラを重ねた野方は6巡目、櫻井が打ったをポン。
これが予選段階から見せる、野方のスタイルだ。
先ほど紹介した東1局で、野方は2巡目にイーシャンテンとなっていたが、
東1局、野方2巡目の手牌
おそらく野方はこの手牌でも、3巡目以降常にポンの発声を準備していたであろう。
東2局 1本場【2】
この仕掛けに対して上家の藤崎は、即座にを打ち出す。
打ちは比較的普通の打牌ではある。が、(打牌内容というより、打牌のリズム、打牌のトーンなんて表現の方がしっくりくる)仕掛けが多い野方のリズムに翻弄されないようにと、若干前のめり気味な印象を受ける。
親番、柴田のターツ選択が功を奏し、野方のツモ2,000、3,900を喰い下げた。
そして、一旦引き気味になった藤崎が「らしい」アガリをものにし、野方から1,300の出アガリとなった。
東4局
4巡目、藤崎の打
一発裏ドラがなく、順位点が小さい日本プロ麻雀連盟Aルールでは、やはり藤崎と同じように打とする打ち手が多いだろうか?
藤崎は3巡目、のポンテンを拒否。
そして同巡、
このテンパイを取らずとしている。
アガリに結びつくことはなかったが、最終形はこのようになった。
上の画像で野方の5巡目、打も秀逸だ。
仕掛けを多用する打ち手はイーシャンテン形を強くするために、5つのターツ候補に固定して(5ブロック)することが多くなる。
タンヤオ、三色、一通、全ての手役を見据えての一打を、僅かな時間で選択した。この選択に時間がかからないところから、野方の雀力が伺える。
型は違えど、十分勝負になるであろうと思わせる一打であった。
南3局2本場
最初に大きなアガリをものにしたのは野方であった。
ターツ選択、待ち選択ともに正解を引き当て、2,000、4,000のツモアガリ。
アガリの直前に、藤崎がドラのを勝負しているが、東1局櫻井の打同様、こちらも一瞬の迷いもない打牌選択であった。
しかし藤崎としては、10巡目の柴田のをチーテンに取る選択もあったため、ツモられた直後、少し首をかしげるような素振りを見せた。
南4局
単騎の仮テンに構えていた野方は、13巡目のツモで待ち替えリーチ。
先にテンパイを入れていた藤崎が、危険度の高いをツモ切りで追いかけリーチとした。
ツモれば逆転トップとなるが、らしくはないリーチである。
野方の雀風や頭取りの決勝戦という舞台、様々な情報や理由が絡み合っての選択であろうが、結果はで野方に2,400の放銃となる。
藤崎は4着で1回戦を終え、結果は最悪な方に転んでしまったが、
いつものような、飄々とした雰囲気で次の対局の場決めにとりかかった。
1回戦成績
野方+33.0 櫻井▲4.9 柴田▲9.4 藤崎▲18.7 (ダンプ±0.0)
2回戦
起家から(野方→藤崎→櫻井→ダンプ) 抜け番 柴田
東1局
野方は藤崎のリーチにドラ待ちのカンチャンで追いかけ、3,900オール。
基本的に淀みなく打牌する野方だが、8巡目のツモで手が止まった。
ツモ
一瞬、ロスが少ないのは打だが、こういった場面での選択が彼の特色をよく表している。
ここではタンヤオ仕掛けで親番をキープすることも視野に入れているが、4巡目のツモ切りでは、打点と手広さを追っている。
そして、興味深い選択だったのが、藤崎の13巡目リーチを受けた場面だ。
藤崎の終盤のリーチはアガリに対する精度が高く、打点力もあることが多い。そこにドラ待ちのカンチャンで勝負をかけた。
1回戦目に得たポイントが泡となってしまうかもしれない、しかしこんなに早い段階で逃げ回っていては勝てるわけがない。
そんな葛藤がよぎる中、頭ではわかっていても、決勝経験が少ない者は縮こまってしまい、不安定な気持ちになってしまいそうなものだ。
野方は覚悟を決めて勝負をかけ、見事を引き当てた。
続く東1局1本場は藤崎の3,000、6,000ツモアガリ。
リーチ ツモ ドラ
東2局
ドラがトイツの北家野方は1巡目のをポン。
現状は頼みの仕掛けだが、、と役のタネはある。
この仕掛けに対し、場に見えていないを打ち出した親番藤崎の手牌は、
ツモ
続いて南家櫻井もイーシャンテンから、場に見えていないを打ち出す。
ツモ
このをポンして、野方の手牌がこうなる。
ポン ポン
藤崎、櫻井、ともに役牌を早めに切り出しとしたが、
野方の仕掛けでなければ、他家の対応もまったく違っているはずだ。
結果は櫻井のアガリで400、700
実際、前局のようにが仕掛けやすくなる時もあるが、いつもの遠い仕掛けだと判断されて相手が踏み込みやすくなるという側面もある。
今後、野方の仕掛けがキーとなる局面が多くなりそうである。
東3局
前局に続いて、野方が仕掛ける。
先ほどと違い、今回は打点力に欠ける仕掛けだ。
この仕掛けに対してもやはり、他家は似たような対応を見せる。
結果は櫻井がドラの切りでリーチをかけ、2,000オールのツモアガリ。
こういった仕掛けに拒否反応を示す方もいるかもしれないが、これがなければ前局のように、役牌が出てくる展開にもなりずらい。
このスタイルで勝ちを重ねるのには、かなりのバランス感覚を要するのである。
1回戦トップ野方の3,900オールで選手たちも俄然、闘志が燃えてきたか?燃えているのは観ているこちら側か?
東3局で藤崎に8,000を放銃してしまったダンプ大橋は、続く東4局の親番でドラ受けのピンフをヤミテンに構え、連荘に成功。
東4局1本場
7巡目にドラがアンコになり、勝負手となる。
一気に失点を挽回したいところだが…
なんとこの手牌から打とし、中抜いてオリに回ってしまう。
この時、藤崎の手牌は、
と、チャンタ三色のイーシャンテンだった。
藤崎の最終手出しは。4巡目に置いてあるのほうが安全度が高いため、仮に国士一直線であれば、ではなくが手牌に残るはずだ。
単にダンプが見落としてしまっただけであるが、抜け番が初回であったことも大きな原因であろう。
人対人の勝負にはこういったミスがつきものだが、早く卓に意識を集中させることも能力のうち。
早く勝負に入ることができなければ、ずるずるとマイナスが蓄積してしまうこととなる。
ダンプの初戦は1人沈みで終了となってしまった。
2回戦成績
櫻井+28.7 藤崎+13.4 野方+3.3 ダンプ▲45.4
2回戦終了時
野方+36.3 櫻井+23.8 藤崎▲5.3 柴田▲9.4 ダンプ▲45.4
3回戦
起家から(櫻井→ダンプ→柴田→野方) 抜け番 藤崎
東1局1本場
柴田の先制リーチに対して、野方は打で高目リャンペーコーのリーチをかけると、親番の櫻井が追いかけ、野方から11,600を打ち取った。
待ち選択、リーチ判断、押し引きの選択、様々なポイントがあったはずだが、早すぎず、遅すぎず、選手たちの打牌スピードは一定で、理想的なテンポの対局と言えるだろう。
それは選手の情報処理力、基礎体力が作り上げているものだ。
ルールに時間制限が記載されているわけではないので、間の取り方は人それぞれで構わないし、何十分考えてもペナルティーは課せられない。長時間かけて打牌選択をした牌譜は美しいものになるかもしれない。しかし、全員が目一杯時間を使って打った映像は観戦する側にとって大きな負担となってしまう。
全対局に審判員をつけるなどの解決策はあるが、一般的には難しく非現実的だ。
少し話しが逸れてしまったが、プロ同士の対局では率先して心地よいテンポの対局を行って、推奨していくべきだと思う。
東3局
柴田の2,600オールが決まる。
柴田のリーチに対して、ドラ単騎で追いかけたのは、南家の野方。
2回戦のドラカンの追いかけリーチに続き、打点力が有り、待ち牌が少ないテンパイでの応戦だ。
この一片だけ切り取ると、「超攻撃型な打ち手」という評価になるが、野方にはある種の遊び心のような柔軟な思考も備わっている。
例えば、野方の麻雀と自分の麻雀を比較すれば、私の麻雀は実に単調で躍動感がない。
まだまだ進化の余地はある。今回の初日を観戦してそんなことを思った。
3回戦は東場を制した櫻井がトップ、その櫻井に11,600を飛び込んだ野方がラスで終了となった。
3回戦成績
櫻井+22.3 柴田+11.1 ダンプ▲11.9 野方▲21.5
3回戦終了時
櫻井+46.1 野方+14.8 柴田+1.7 藤崎▲5.3 ダンプ▲57.3
4回戦
起家から(藤崎→ダンプ→柴田→櫻井) 抜け番 野方
東4局
11巡目にツモり四暗刻をテンパイしたダンプは、ヤミテンを選択。
ここまで大きな負債を背負ってしまっただけに、確実にアガリをものにしたいところだ。
柴田にが浮いていたが、何らかの気配を察知していたようだ。この後もが打ち出されることはなかった。
柴田は淡泊な打牌選択をすることが少ない。
安いテンパイ形は切り捨て、じっくりと構えて高打点のアガリを決める。ベスト8では60ポイント差をひっくり返す大逆転劇を見せた。
南1局
東家藤崎の選択が面白い。
10巡目 ドラ
この手牌ですぐにカンはせず、打とする。
13巡目にツモでリャンメン2つのイーシャンテンとなったが、まだカンをしない。
14巡目のツモでのターツを落とすと(直前に南家のダンプが場に3枚目のを手出し)次巡ツモでテンパイ。
最後のツモで、見事ツモアガリとなった。
リャンメン2つのイーシャンテンになった段階でカンするのが、オーソドックスな選択であろう。
そこでカンしないのであれば、次のツモで、最もテンパイする枚数が多い打としそうなものである。
ダンプの手出しがなければ、また違った選択になっていたのであろうか?
是非この局の牌譜を再生していただきたい。
神がかった、素晴らしいアガリだ。
その次局、南1局1本場。
ドラトイツのチートイツをテンパイした藤崎の手が止まる。
長めに時間を取り、卓上を見渡していた。
藤崎が出した結論は、打でのリーチ。
仕掛けた柴田の手牌構成や、打点、他家の進行状況等、様々な思考を張り巡していたはずだが、ツモってきたのは。決定打を逃してしまった。
リーチをかけた時点で、は山に1枚、は3枚とも山に生きていた。
南2局3本場
ポン チー ポン ツモ
ダンプが2,600は2,900オールを決め、この半荘のトップに立つも、すぐに藤崎が1,600で親を落とす。
ロン
南3局
8巡目、親の柴田は、
ツモ ドラ
テンパイ取らずの打とする。
捨て牌に大きな偏りはないため、三色、タンピンイーペーコーを意識しての選択であろう。
この柴田のゆったりとした手組みがハマり出すと厄介だ。
次巡、ツモで打、さらにを引き、リーチをかける。
このリーチに対し藤崎、
、、、
なんと4筋を押し切り、アガリをものにした。
瀬戸熊直樹を彷彿とさせる、豪快なアガリだ。途中、ツモの時の待ち選択も淀みない。
柴田にとっては、たまったものではないであろう。これまで戦ってきたステージでは、このパターンで押し切られるケースは少なかったはずだ。
柴田はオーラスで国士無双をテンパイするもアガれず。
決して本調子とは言えない中、藤崎は初日のポイントをまとめることに成功した。
4回戦成績
藤崎 +19.1 ダンプ+10.4 柴田▲11.8 櫻井▲17.7
4回戦(初日)終了時
櫻井+28.4
野方+14.8
藤崎+13.8
柴田▲10.1
ダンプ▲46.9
カテゴリ:十段戦 決勝観戦記