第10期女流桜花決定戦 初日観戦記 魚谷 侑未
2015年12月25日
今年もまた冬がやって来た。
クリスマス、お正月、スキー。冬には様々なイベントがあるが、麻雀プロとして生きる私は、「決勝戦シーズン」の到来をまず一番に感じるのである。
女流桜花優勝は、麻雀の女流プロなら誰もが目指すタイトルだ。皆が頂にあるその称号へ近づこうと、魂を賭けて戦い合う。私もまたその一人である。
運と実力を兼ね備えたものだけが、女流桜花決勝という舞台に立つことを許されるのだ。
私は今年、思い叶わず打ち手として決勝戦の場に立つことは出来なかった。
しかしそれでも観戦記者として、打ち手が紡ぎあげるストーリーを伝えることはできると考えている。
私は自分が観戦記者として、記念すべき第10回目の女流桜花の一部始終を、心を込めて記していきたいと思う。
吾妻さおり
現女流桜花、2連覇中。
B2リーグ所属、21期生。
初の決勝の舞台である第8期女流桜花で優勝し、翌年には連覇を果たす。
今年は、女流桜花史上初の3連覇を賭けた戦いである。
「ニコニコ生放送で女流桜花の試合は全て見て、どなたが勝ち上がっても万全で戦えるように準備してきました。史上初の女流桜花3連覇がかかった決勝で、今出来る精一杯をお見せしたいと思います」
吾妻は女流桜花2連覇という実績はありながらも、他の3人に比べると、知名度はまだそれほど高くはない。
ツモ ドラ
吾妻はいつでも高みを目指して麻雀を打っている。
史上初の3連覇。
それは彼女が女流トップへの階段を駆け上がるために、絶対に必要なのだ。
宮内こずえ
女流桜花リーグ戦1位通過。
C1リーグ所属、18期生。
テレビ対局での獲得タイトルはかなり多いが、プロ連盟のタイトル戦の優勝経験はない。
「連盟初タイトルがどうしても欲しいです。なんとしても今年とりたいです!」
天真爛漫。
宮内にピッタリ合うとてもいいキャッチフレーズだ。
ロン ドラ
素直で純真無垢。少女の頃の気持ちをいつまで経っても忘れない。
彼女の麻雀に迷いや淀みは一切見られない。
二階堂亜樹
女流桜花リーグ戦2位通過。
A2リーグ所属、15期生。
第3期プロクイーン、第2・3期女流桜花。
女流プロでは最も高いリーグのA2リーグに所属、獲得タイトル数も女流プロの中で最多となる。
今回は久しぶりの決勝戦進出となる。
「女流桜花は、初めて連覇達成できた大切なタイトル戦です。久しぶりの決勝なのでやや緊張感はありますが、できるだけ悔いの無い麻雀を打てるよう努力します」
少女の頃から麻雀の道に身を置き、10年以上トップを走り続けてきた二階堂。
ツモ ドラ
いつまでも謙虚さを忘れない彼女は、トップを走り続けるために日々麻雀に励む。
久しぶりのタイトル獲得となるのか。
和泉由希子
女流桜花リーグ戦3位通過。
C1リーグ所属、19期生。
テレビ対局での獲得タイトルは宮内と同じくかなり多いが、プロ連盟のタイトル戦の優勝経験はない。
「連盟タイトルにはほとんど縁が無かったので、もちろん勝ちたいですが。〔勝てる〕とは一ミリも思ってないので、負けてもともとだと思っています。腹をくくって、行くだけです」
今年は和泉にとって、いいバイオリズムなのではないか、と親友でありライバルである宮内は語る。
女流桜花決勝進出、リーグ戦でも現在は昇級ラインにいる、そして最強戦菊の陣での優勝。
前日に行われた最強戦ファイナルでは、不運にもダブリーの24,000に放銃し敗退となったが、負けを経て女流桜花に懸ける想いも更に強くなったのではないか。
ツモ ドラ
弱い気持ちを捨て、腹をくくった彼女はただただ、強い。
1回戦
〔迷いのない一途な強さ〕
「ツモ。3,000・6,000」
和泉の跳満ツモから始まった女流桜花決定戦。
東1局
ツモ ドラ
この手をテンパイした時、彼女に迷いはなかった。
「リーチ」
と、力強く牌を横に曲げる。
決定戦の1回戦の東1局である。
ドラ跨ぎの打たれにくい筋だとか、ヤミテンにしても高め7,700あるとか、上家の吾妻が明らかなピンズのホンイツをやっているとか・・・
ヤミテンにするための材料はいくらでもある。だが、和泉は迷わなかった。
その和泉の強さが最善の結果となった。
そしてそれは、今日1日の和泉の良い運気を象徴するかのようなアガリだった。
〔今日は和泉の日になりそうだ〕
南2局
和泉は失点もほとんどないまま親番を迎える。
9巡目に和泉は親リーチをかける。
その時の3者の捨て牌はこうなっている。
吾妻は捨て牌からはあまり手を育てているようには見えない。
亜樹は最初に捨てたが暗刻になってしまい、捨て牌のトーンだけ見ると遅くはなさそうではあるが、どうしても最初のの暗刻が痛く見える。
唯一、普通の捨て牌のトーンで戦えそうな捨て牌に見えるのは、宮内。
ただし、ここも親リーチを受けてまで戦えるような手になっているかはわからない。
つまり、和泉のリーチに誰も歯向かえそうな人がいない。
親リーチに全員がベタオリしてくれるというのは、親としては最高の展開なのだ。
和泉にとって、良い展開のリーチになりそうだ・・・と思った瞬間に一発ツモ。
しかし、プロ連盟Aルールでは一発裏ドラはないので、2,600オールだ。
他3人に反撃の猶予すら与えない和泉の一方的な攻勢が続く。
「今日は和泉の日になりそうだ」
そんな予感を感じたのは、きっと私だけではないはずだ。
1回戦の成績
和泉由希子+25.0P 二階堂亜樹▲2.0P 吾妻さおり▲6.6P 宮内こずえ▲16.4P
2回戦
〔昨日の負けを知って、明日また強くなれる〕
「リーチ」
2回戦東1局、和泉のダブリーから始まった。
和泉は前日の最強戦でダブリー七対子の24,000に放銃して敗退していた。
その鬱憤を晴らすかのような、ダブリーチートイ6,400のアガリとなった。
これに飛び込んだのは吾妻。手痛い放銃となってしまった。
吾妻は自分の手の形を崩さない牌で放銃となったが、今日の和泉の出来を考えたらここはまだ勝負所ではないと考えて、現物ののトイツ落としで我慢も出来たはずだ。
吾妻にとって、1回戦の東場に続き、2回戦も苦しいスタートとなった。
〔2度目の南場の底力〕
オーラスの点数状況は、
和泉45,500点
宮内32,600点
亜樹27,900点
吾妻14,000点
と、なっていた。
和泉は2連勝、ラス親の宮内はなんとか和泉を交わしたい、亜樹は浮きたい。そして、吾妻はこの点数状況ならラスを受け入れて、これ以上傷を広げない事を考えるはずだ。
・・・と、考える私の思慮が浅いのだろうか。吾妻はこの時に、もっと高いところを目指していた。
さて、皆さんはここから何を切るだろうか?
一気通貫を見るなら切り、567の三色を見るなら切りだろうか。
そろそろ自分の手の方向性を決めようか・・・と考えても良い手牌だろう。
しかし、吾妻はここからを切った。
よくよく考えてみると、567の可能性も一気通貫の可能性もどちらもまだ追う事の出来る深い一打だと感心した。
これは自分の手牌の可能性を1つに絞らない、上を見るための一打だった。
満貫ツモでは3着には届かないが、満貫を亜樹から直撃する事が出来れば、3着まで浮上出来る。
吾妻は現在の4着を受け入れるのではなく、いつも1つでも上の順位を目指して戦っていた。
そして、吾妻の想いに応えるかのように手牌は最高の形へと変化した。
吾妻にしか出来ない素晴らしい手順のアガリ、最高の結果だった。
2回戦の成績
和泉由希子+23.5P 宮内こずえ+6.6P 吾妻さおり▲12.0P 二階堂亜樹▲18.1P
2回戦終了時
和泉由希子+48.5P 宮内こずえ▲9.8P 吾妻さおり▲18.6P 二階堂亜樹▲20.1P
3回戦
〔まだまだ和泉の勢いは止まらない〕
「リーチ」
3回戦もまた最初にリーチを打ったのは、和泉だった。
ツモ ドラ
6巡目のこの手牌。トイツ手とメンツ手の両天秤にかけるなら、切りだろうか。
しかし、和泉はメンツ手一本にする切りを選択。
ここまでの自分の良い状態を信じ、メンゼンでリーチをかけることにこだわった手順とした。
今日何度目かわからない和泉の「ツモ」の声。
2,000・4,000のツモアガリ。与えられた手牌の中で最高の結果を作り上げた。
それは和泉が、自分自身を信じて、手牌に真っ直ぐに打った結果だった。
南1局
〔麻雀とは?麻雀プロとは?〕
麻雀は持ち点を競い合うゲームである。点数の大小が勝敗を左右し、そこに美しさや芸術性が介入してくることはない。
しかしその戦いが、感情も一切なく全員が正着打を繰り返す機械のような勝負であるなら、観ている者は麻雀プロに魅了されるのだろうか?
決勝戦にはドラマがあり、物語がある。そして、それを紡いでいく選手達がいる。
その戦う姿の美しさ、観る者の目を奪うような技術、選手たちの紡ぎあげるストーリーに心惹かれていくのではないだろうか。
ツモ ドラ
5巡目にして和泉の手牌は大物手に仕上がる予感を感じさせる。
この手なら手なりでホンイツに向かえるドラのを切る人が多いのではないだろうか?
しかし、和泉の選択は1枚切れの。
ドラは重ならない限り使いづらい牌だ。や引きはあまり嬉しいとは言えない。
それならば、後の安全度も高いを手に残した方が良いのではないだろうか。そんな事を解説席から見ながらぼんやりと考えていると、7巡目に親の宮内からリーチが入る。
宮内は三暗刻出来上がりの形のドラ単騎のリーチ。ツモれば6,000オールだ。
ヤミテンに構える人が多いであろう形だが、迷いなくリーチと踏み切れるのは宮内の天真爛漫な強さである。
このリーチを受けた時、和泉の手には切り遅れたドラが一枚浮いていた。
そして、親リーチを受け和泉の手は更に進む。
いつドラのが切り出されてもおかしくない形・・・だった。
和泉の次のツモは・・・。次のツモも・・・
いつ溢れ出るかと思われた宮内の当たり牌は、和泉によって使い切られた上に、追いかけリーチまで打たれてしまった。
こうなると、もう和泉がアガりまで持っていってしまう予感しか感じない。
持ってきたをカン。嶺上牌に眠っていたのは・・・
そう。観ている人全員がその予感を感じていただろう。
嶺上牌は和泉のアガリ牌、だった・・・。
観ている者の心を揺れ動かすような、素晴らしい倍満アガリ。
麻雀という競技に芸術点が加点されるとするのなら、和泉のこのアガリは間違いなく32,000点の価値があっただろう。
観る者の心に響く麻雀が打てるからこそ、麻雀プロの存在意義があり、麻雀プロがテレビ対局の舞台で輝き続ける事が出来るのだろう。
ーー感情も一切なく全員が正着打を繰り返す機械のような勝負は、果たして観ている者を魅了するのだろうか?--
その問いに対する答えが、ここにあると感じた。
3回戦の成績
和泉由希子+23.3P 宮内こずえ+4.0P 吾妻さおり▲10.1P 二階堂亜樹▲17.2P
3回戦終了時
和泉由希子+71.8P 宮内こずえ▲5.8P 吾妻さおり▲28.7P 二階堂亜樹▲37.3P
4回戦
和泉は3回戦を終えて3連勝。和泉のポイントは71.8P。最終戦も浮きで終える事が出来れば、かなり大きな貯金を作って初日を終了する事が出来る。
和泉にとっては最善であるが、他の3人はそれだけは避けたいところだった。
東4局
〔陥落の予感?和泉を突き落としたのはやはり・・・〕
決勝戦に残った4人には各々長所がある。宮内の長所の1つにモウタのスピードの速さが挙げられる。
いつでも同じ打牌スピードで打つ麻雀は、観ていてとても気持ちがいい。
しかし、対戦相手としては驚異である。
どんなリーチであろうと、どんな選択であろうと、宮内は迷いを一切見せる事がない。
宮内と対戦するにあたっては、相手の挙動による読みが一切入れられないのだ。
「リーチ」
いつもの迷いのない速さで宮内は決断する。
それは、2巡目の出来事だった。
単騎の12,000点に放銃したのは、今までただひたすら駆け抜けてきた和泉。
もし、宮内がとの選択やリーチ判断に一瞬躊躇して決断が遅かったりしたら?
たらればの話にはなるが、宮内がリーチ判断に迷いを見せていたら、和泉が何かしらの危険を察知して現物のから切っていたかもしれない。
1枚切れのを選ぶか、生牌のを選ぶか。普通の人は迷いを見せるかもしれない。
でも、そこに迷いは見せない。宮内の強さが輝いた瞬間だった。
和泉が親友の手によって狂わされた歯車は、簡単には噛み合わない。
和泉は南2局、南3局と連続で5,200を放銃してしまう。
失った点数を必死に取り戻そうと足掻くが、足掻けば足掻くほど悪いように展開は運ぶ。
4回戦は和泉が大きなマイナスを背負って終了した。
4回戦の成績
宮内こずえ+29.6P 二階堂亜樹+10.6P 吾妻さおり▲8.1P 和泉由希子▲32.1P
4回戦終了時
和泉由希子+39.7P 宮内こずえ+23.8P 二階堂亜樹▲26.7P 吾妻さおり▲36.8P
和泉の大トップで終わるかと思われた決勝戦初日も、4回戦が終わってみると、上にも下にも大きく突き出す者はいないまま幕を閉じた。
良くも悪くも、初日の主役は完全に和泉だった。しかし、他の3人もそれぞれ良いところを要所に見せていた。
1日目を終えてこのポイントなら、2日目もほぼ並びの熱い勝負が観られるはずだ。
プロ連盟の女流No.1を決める戦い、女流桜花2日目もお楽しみに。
カテゴリ:女流プロリーグ(女流桜花) 決勝観戦記