~それぞれの光景~
何処までも突き抜けるような青空を仰ぎながら、第23期麻雀マスターズ決勝の会場であるスタジオに向かっていた。
会場入りしたのは、集合時間の30分ほど前。
各選手の対局前の様子を見るためと、簡単なアンケートを記してもらうためだった。
和久津晶プロを除く3選手はすでに会場入りしており、紺野真太郎プロは自前の弁当を食していた。
自身の麻雀を「超攻撃型」と記し、
マスターズを「4年前の忘れ物」
決勝への抱負を「ただ、やるだけ」そう記していた。
そう記す分だけ固い決意を感じさせた。
紺野 真太郎
西島一彦プロは、和久津晶プロの会場入りの遅さに、事故でもあったのでは、と心配されていた。
少し表情が硬めなのはやはり緊張されていたのだろう。
マスターズを「夢」と記し、
抱負を「夢の舞台なので全力で頑張ります!」
気合も充分なのだろう。
西島 一彦
中西正行さんはアンケートを見て困った様子。
麻雀以外の趣味を記す項目が書けないとのこと、
「私、麻雀以外に趣味がないのです」
恥ずかしそうにそうおっしゃってくださった。
麻雀のスタイルも、他3選手は攻撃型と記している中、唯一のバランス型と記し、決勝にあたっての抱負などの項には「気楽にやります。」と記してあった。
過去にも、一般参加の方でマスターズの栄誉に輝いた方は気楽、もしくは無欲に映った方が多かったように思える。
最終戦のオーラストータルトップでありながらも、親満のリーチを打ち続け、そしてツモりアガリ続ける方もいらっしゃった。
それは勝ちとか、負けとかではなく、純粋に麻雀に溶け込んでいたのだろう。
中西正行さんの風情を見ていて、ふと、その時の光景を思い出していた。
中西 正行さん
そこに会場入りして来たのが和久津晶プロ。
「最終戦、4着に位置していたらどうしょう」等と言いながら
「朝、「ultrasoul」を聞いていたら気分が高揚しちゃって!!」
誰に言うでもなく表情はやわらかいのだが、ハイテンションである。
マスターズを「夢の舞台」と記し、決勝への抱負を「今日は完全な大穴なので自由に打ちたい」そう記している。
決勝慣れしている和久津晶でさえ、自分自身をそう評価していることに少し驚かされた。
和久津 晶
1回戦
東1局、いきなりの勝負手に恵まれたのが中西正行さん。
7巡目に、ドラであるをツモった局面である。
ドラ
麻雀に正解は無い。
中西さんはここからの暗カンをせず打とした。
この一打が、中西さんが自分を評する処のバランス型ということなのだろう。
攻撃型ならば、まずは暗カンをするように思う。
次巡、ツモで1シャンテンとなり、ドラを暗カンし嶺上よりツモでテンパイ。
ここでヤミテンを選択。
これも中西さんのバランスであり強い意志である。
実際、この時点で待ち牌であるは山に4枚全て生きている。
紺野真太郎以外の誰が掴んでも打ち出される牌である。
結果は、紺野がリーチを打ち、同巡、中西さんがツモ切り追いかけリーチを打ち紺野が残り2枚のをツモあがった。
リーチ ツモ ドラ 裏
続く東1局1本場は、和久津が6巡目にリーチを打ち9巡目にツモアガる。
リーチ ツモ ドラ 裏
南2局、西家である紺野が満貫をツモアガる。
ポン ツモ ドラ
このアガリで、トップ目の和久津晶との点差が6,200点。
南4局、ここまでは和久津、紺野のペースと言っても良いだろう。
オーラスの和久津の親を迎えた時点での並びは以下の通り。
和久津44,200 紺野38,000 中西24,400 西島13,400
中西さんの、の加カンが入ったと同巡に、紺野が絶好とも思えるを引き入れるとともにリーチを打つ。
リーチ ドラ カンドラ
和久津との点差を考えれば、裏ドラ、カン裏ドラを期待するのも当然の一手とも思える。
紺野のリーチと、同巡に中西さんもを引き込み、ノータイムでを切り飛ばす。
加カン
この打にシビれたのは紺野だろう。
紺野と中西さんとの点差13,600点がありながら、真っ直ぐに打ち出されたである。
理で考えるならば三元役の可能性が濃い。
打ち手の心情とは、本当に繊細で最悪のケースを考えるものである。
恐らく同じ思考を持ったのが和久津。
リーチ者の紺野の河にはがある。しかし、この中に手がかけられない。
勿論、和久津の目から見れば大三元はない。ドラであるも自身が2枚抑え込んでいる。
少考の末、和久津が選択したのは、比較的安全牌に映る打。
そして13巡目に、ツモでさらに長考の末、打。
を打てない以上、事実上この1局を紺野、中西さんにゆだねた一打である。
ところが、中西さんが紺野の入り目でもあるをツモ切る。
そして、和久津ツモで打と構えなおせた。
次巡、中西さんの手番でをツモり熟考に沈む。
この熟考の意味は不明だが、受ける側の思考からすれば、の暗カンを考えたようにも映る。
そして同巡、和久津にツモでテンパイが入る。
和久津腹を括って「リーチ」。
リーチ
このリーチが打てるのが和久津の強みである。
このリーチの意味を私なりに考えてみた。
最初に思い当たったのが、和久津がアンケートに記した「自由に打ちたい」の言葉である。
次に理で考えたのが、仮に中西さんの待ち牌が単騎であるならば、和久津と紺野のリーチの挟撃により、中西さんからのの出アガリを期待したものかとも考えられる。
実際はもっとシンプルな思考で、「アマゾネス」の異名通り、牌の訪れ方に素直に従っただけなのかもしれない。
和久津のリーチに一発でを打ちこまされたのが紺野。
紺野とは長い付き合いだが、どんな局面においてもキチンと美しく打牌を河に並べるのだが、卓の中央付近に放り投げるように強打する紺野を初めてみた。
さすがに、中西さんへの大三元を想定したものと思える。
本人に尋ねたわけではいないがそれほど検討違いではないだろう。
卓上に置かれた紺野のを確認し
「ロン、18,000」
そう声があがったのは和久津である。
いずれにしても紺野にとっては痛い放銃には違いない。
続く1本場は、西島がドラ入り七対子をヤミテンでツモアガる。
ツモ ドラ
リーチの選択もあったかもしれないが、親の和久津が明らかな一色手の仕掛けが入っている以上、そしてまだ初戦であることを考えれば、私には至当な収束に映った。
1回戦成績
和久津晶+44.1P 中西正行▲2.7P 西島一彦▲13.3P 紺野真太郎▲28.1P
2回戦
じっと顔を下に伏せ、麻雀に溶け込もうとする和久津と西島。
紺野は軽く首を振り、しこりを取り除くかのような仕草をしていた。
1回戦のオーラス、和久津とトップ争いを演じていたのだが、まさか、僅か2局でラスになることを予想していただろうか。
マスターズに限らず、大きなタイトル戦を戦う時に大切なことのひとつに、少ない休憩時間を如何に過ごすかということがあげられる。
自分の置かれている状況をきちんと把握し、次の回に如何に闘うかを決める大切な時間なのである。
勿論、前夜までにあらゆる状況、立ち位置は想定し、ゲームの組み立ては済ますものである。
その確認作業をするために休憩時間が大切になる。
天を仰いで、飄々とした表情で対局開始の合図を待ち続ける中西さん。
きっとこの方は、普段から心底麻雀を楽しんでいるのだろうという風情が伺える。
東3局1本場
親番である紺野の配牌。
ドラ
この手牌が素晴らしいツモで、マンズの一色に寄りはじめる。
10巡目に、ツモで待望のテンパイを果たす。
そこに追いついたのが和久津。
ツモでドラ暗刻のリーチを打つ。
リーチ
紺野と和久津のアガリ枚数は五分である。
次巡、紺野がツモで、打と変化する。
この姿形となるも、和久津が軽々とを引きアガる。
本当に強さを感じさせるツモアガリである。
そう思って紺野の表情を伺うが、そこには能面のような顔しか映っていなかった。
こんなことは何度もあるのだぞと、何度も何度も今日を迎えるにあたりシミュレートし続けたのだろう。
それにしても1回戦からここまでの展開、天運は和久津に味方している。
なにしろ5回戦しかないのだから、今半荘、和久津が連勝を決めたら勝負の趨勢も決まってしまうように思われた。
南2局、そんな和久津に苦悩の表情が浮かんだのが今局の西島のアガリである。
16巡目、和久津の手牌
ツモ ドラ
和久津がツモで手が止まる。
西島の河を凝視しながら、何かの思いを振り切るかのように打。
打牌にも明らかに表情を出す和久津も珍しい。それだけの背景があった。
現状のトータルポイントが、一番近いのが親番でもある西島であり、今半荘のトップを競り合っている。
しかも和久津が、即リーチを打たなかったために、西島に本来のロン牌であるを打たれている。
和久津がリーチを打ったら、西島がどう処したかはわからない。
それでも和久津から見たら、アガリ逃しに映ったのは想像に難くない。
上記の事を考え合わせれば、西島の現物である打が至当な一打のように思える。
西島の手牌
西島は、和久津のを仕掛け、打とし、カンの待ち取りとする。
実は、テンパイ一番乗りは6巡目の中西さんであり、この和久津への放銃は致し方ない所だろう。
中西さんの牌姿
ツモ
中西さんは、7巡目にツモで単騎のヤミテンをどこまでも貫く。
これも中西さんの意志であり、バランスなのである。
麻雀の難しい所は、こういう部分でリーチの取捨選択が明暗を分ける。
カン待ちのリーチも、単騎のリーチも私は否定しない。
また、中西さんのように、どこまでもヤミテンを貫くのも強靭なまでの意志力を感じさせる。
いずれにしても、西島にとっては点数以上に大きなアガリのように私には思えた。
和久津に異変が起きたのはこのアガリを見てから。
今まで一度も左腕を肘掛けに置くことは無く、自分の左太もも辺りに置いていたのだが、この局以降、和久津は左腕を肘掛けに置くようになった。
対局姿勢に初めてブレが生じたように見えた。
本人は気づかないだろうが、側にいると心の在り方がはっきりと浮き彫りにされるように思える。
南2局1本場、中西さんが7巡目ツモでリーチを打つ。
ツモ ドラ
中西さんはこの満貫手をツモアガる。
これでわずか2,000点差の中に3者が並ぶ。
南3局、いままでの和久津には見られないような仕掛けが入る。
和久津が4巡目にを仕掛ける。
ドラ
そしても仕掛ける。
ポン チー
この仕掛けで今半荘、ノーホーラであった親番の紺野からリーチが入る。
リーチ
同巡、中西さんにもドラドラ七対のテンパイが入る。
そして和久津はノータイムでをツモ切る。
「ロン12,000」
裏ドラがだった。本当に仕掛けは怖い。
いや、和久津をして、不自然な仕掛けをする精神状態に陥らせる程、マスターズという決勝のステージが高いということだろう。
この12,000点は、紺野が地力でアガった12,000点ではなく、和久津がアガらせた12,000点、少なくとも私はそう見る。
「もし和久津がマスターズを獲り損なったとしたならば、今局の仕掛けが敗因と私は視る」
私の観戦ノートにはそう記されている。
1回戦のオーラスの素晴らしいまでの攻めの力を発揮させた打ち手と、同一人物とは思えないほどの変容ぶりである。
その後も和久津は、放銃失点を重ね続ける。
続く1本場も紺野が2,000点を出アガる。
2本場、西島が絶好のを引き込み、6巡目にリーチを打つ。
リーチ ドラ 裏
このリーチに真っ向勝負に向かい放銃したのが和久津。
ここからの打での放銃。
和久津らしい無筋をいくつも通した攻め方ではあるが、紺野、中西さんのオリがはっきりしている以上、そして打点的にも攻める局なのかは悪手ではないにしろ疑問手ではある。
ひとつには、今半荘のトップ目は、前半荘大きく沈んだ紺野なのである。
紺野がトップの方が、和久津としても悪くはないだろう。
もったいない一局に思える。
ほんのつい20分ほど前まで、トータルポイントも今半荘もトップであったのだが、南4局1本場を迎える今、残り持ち点8,300点までになっていた。
そしてオーラス
和久津は紺野のリーチに追いかけるが、紺野には放銃しなかったが、紺野が西島に1,000は1,600点を放銃し、今半荘が終わった。
西島にとっては、1回戦同様、値千金の嬉しい、そして重いアガリだった。
30年ほど前、故川田隆プロから学んだ言葉を思い出していた。
「強い打ち手の定義に、1,000点のアガリが必要な局面でアガリ切れるということが言えると思うよ」
2回戦成績
西島一彦+26.6P 中西正行+11.6P 紺野真太郎▲0.5P 和久津晶▲37.7P
2回戦終了時
西島一彦+13.3P 中西正行+8.9P 和久津晶+6.4P 紺野真太郎▲28.6P
3回戦
東1局、親番である中西さんに5巡目という速いテンパイが入る。
ドラ
ここをきちんと正攻法のヤミテンに構える。
これは、一発や裏ドラがあるBルールでも幾つかの手変わりがある以上、親番と言えども構え方として好感が持てる。
8巡目のツモでリーチを打つ。
これは見切り時としては柔軟な構えである。
このリーチに対して、紺野が1枚切れのを打つ。
「危なげな一打」
そう記してある。
確かに、中西さんのの空切りはトイツ落としにも映る。
だが、紺野の手牌は1メンツもなく、とても戦える手牌ではない。
何よりも、私の知っている紺野は何時だって、こういう局面ではきちんと頭を下げ打としてきた。
それが紺野の麻雀であり、紺野真太郎という男である。
結果は、中西さんが裏ドラを2枚乗せての12,000点のアガリである。
「堪えろ、紺野」
そう記してあった。
たかが親満じゃないか__。
中西さんは、このアガリを皮切りに続く1本場
チー ポン ツモ ドラ
この親満を引きアガる。
次局も、中西さんがリーチを打ち流局。
この親番を落とすことが3者共通の使命であり、この親番をいかにブレイクさせるかが中西さんの課題である。
この親番を落としたのが西島。
1シャンテンが一番速かったのが好調な中西さん。
わずか3巡目にして下図となった。
ドラ
テンパイ一番乗りは紺野、次に和久津。
和久津は
ツモ
打のヤミテンに構えると、西島がそのをポン。
次巡、ツモで単騎のまま空切りリーチを打つ。
最終形
紺野
西島
ポン
紺野からすれば、単騎で押していたのだが、和久津のロン牌であるツモで待ち変え、その途端に、和久津にを打たれ紺野自身も次巡、をツモアガっている。
勿論、当事者である紺野にはロン牌とは解らない。
結果、西島への放銃である。
こういう放銃は、和久津のリーチの待ちの答えが解らない分だけ応えるように思う。
西島のポンの仕掛けは一見危なげに映るが、牌譜検証してみた所、中西さんのアガリを阻止していたことも付け加えておく。
ドラ
この手が成就していたら、中西さんはどこまで加点したか解らないほどであった。
結果として、西島のファインプレイであったことは間違いない。
南2局、和久津が10巡目に、出アガリ2,600点のテンパイが入る。
ドラ
同巡、西島もフリテンのを引き戻し、リーチを打つ。
リーチ
次巡、和久津に打ちづらいツモが入り当然の暗カン。
すると、カンドラがとなる。一気に交わし手が勝負手となる。
こうなったらオリる和久津ではない。無筋を切り飛ばす。
和久津は12巡目にして、既に二通りのアガリを逃しているのだが、そんなことは和久津にとっては全く関係ないことで、そこに和久津の強さがある。
そこに割り込んで来たのがもう後がない親番の紺野。
無理は承知で、のポンテンをとる。
ポン
さらに、の加カンで勝負をかける。
この加カンで、さらにドラが2枚増える和久津。
結果は、和久津の西島よりの出アガり倍満。
このアガリで大量リードしていた中西さんを捲ってしまう。
次局、和久津が親番を迎え10巡目にリーチを打つ。
リーチ ドラ
ただし、既にテンパイを入れていた西島が立ち向かう。
ドラ
ここに、ツモで打の待ち変え。
次巡、危険牌に映るをツモるとツモ切りリーチで追う。
結果、ラス牌のを和久津が掴み放銃する。
西島のアガリ形を見て軽く頷きながら、点棒を支払う和久津。
これで、中西さんと再逆転である。
オーラスは、紺野が第一ツモのドラであるを暗カンし、7巡目にリーチを打つ。
暗カン リーチ ドラ カンドラ
このリーチには、さすがに誰も向かわない、否、向かっては行けない局面である。
先にテンパイが入っていた中西さんもオリに向かう。
紺野にしても、ツモアガれるとは毛ほども思ってはいないだろう。
この手が実るくらいならば、こんな持ち点にはなってはいない。
それでもこの手牌は、他3者に配慮したものか動機はわからないが、トータルポイントから見ても、麻雀プロとして打つべきリーチであることは間違いないように思う。
3回戦成績
中西正行+31.8P 和久津晶+16.0P 西島一彦▲4.9P 紺野真太郎▲45.9P(供託+3.0P)
3回戦終了時
中西正行+40.7P 和久津晶+22.4P 西島一彦+8.4P 紺野真太郎▲74.5P(供託+3.0P)
つづく・・・