第31期十段戦ベスト16A卓レポート 瀬戸熊 直樹

100

左から、沢崎誠 森下剛任 森脇翼 一井慎也

 

沢崎誠vs森脇翼vs一井慎也vs森下剛任

昨年の決勝進出者沢崎はここからの登場。
森下王位は、九段戦からの階段を登っての進出。
森脇、一井は、五段戦と四段戦からの勝ち上がり組。決勝までの階段はあと2つ。

単純確率で行けば、2分の1が2回だから25%である。
数字だけ見ると、なんとなく決勝が見える位置に来た感じはする。

しかし、僕自身、三、四段の頃、数回このベスト16、ベスト8で敗れてきている。
相手うんぬんより、勝ち上がる難易度は、このステージは格段に厳しい。
それは、気持ちが前のめりになり、勝ちたい意識が予想以上に大きくなる為だと思っている。
「負けられない戦い」の難しさ。
さらに、今期からは、このベスト16からニコ生による放送。
気負うなという方が難しいだろう。
この事を克服した者が、勝ち上がるような気がしていた。

1回戦、2回戦と、沢崎・一井が、交互に1・2着を取り合った。
沢崎の落ち着きようは当たり前だが、一井の落ち着きぶりには、正直びっくりさせられた。

 

100

 

やはり新人の頃、テレビ対局を経験していたからであろうか。
反対に、心配していた気負いがモロに出ていたのが、森下王位。
「チャンスを逃したくない」の気持ちがちょっと強く出ていたように、僕の目には映った。

 

100

 

連盟の名物男、森脇は、いつも通りに映っていたが、森脇をよく知っている僕からすると、良い意味で、上品すぎる感じがしたのがちょっと物足りない。

3回戦以降に期待したいと思った。

放送でも話したように、森脇ほどエピソードを抱えている人物はいない。
一番有名な話は、ご存じの方も多いが、今から20年ほど前に、試験会場のエレベーターで、当時の試験官、故安藤満プロと乗り合わせ、安藤プロを同じ受験生だと思い、肩をたたきながら「今日は頑張ろうぜ」と言ったエピソード」だが、他にもこんな事があった。

あるタイトル戦で、森脇が当時のトッププロのリーチを受けてマチを一点読み。
無筋を何枚も飛ばし、同じ単騎待ちで流局させる事に成功した。
テンパイノーテンの公開時に、森脇が12枚だけ公開し、なかなか1枚を開けようとしない。
数秒間の沈黙の後、1枚をパタリと倒したシーンがあった。
プロのマナーとしては最悪だが、なんて面白い人だろうと僕は思った。

3回戦以降、森脇のそんなシーンが見られたら、勝機もあるのだがと考えながら解説をしている僕がいた。

3回戦、森脇が突如暴れ始める。
何かが吹っ切れたかのように、次々とアガリ出し、60~70ポイント差つけられていた、一井、沢崎を追い始める。
そして、森脇最大の長所、勘の鋭さも見せだすようになる。

4万点超えで迎えた、南場の親番、5巡目。

五万五万五万六万六万六万七万四索四索五索六索  ポン東東東  ドラ五万

ノータイムで打七万。8割の人が打四索としそうな場面。あっさり森下から四索がでて、アガリとなる。
その後展開も味方し、沢崎をラスにする事に成功。
70ポイント近くあった差を、15ポイントまで縮め、残り2回につなぐ事となった。

 

100

 

正念場の4回戦。やはり沢崎は強かった。
このメンバーでは、1枚も2枚も違って見えた。

3回戦のお返しとばかりに、次々とアガリ、5万点をオーバー。
最終戦を待たずに、勝ちをほぼ手中に収めてしまう。

 

100

 

最後のイスは、森脇か一井に。
共に2万点で迎え、両者のポイント差は40P(一井が上)
森脇は、2局で浮きに廻れば、最終戦に繋ぐ事ができる。
そんな森脇の願いが通じたのか、8巡目に跳満テンパイ。

二万三万四万六万七万八万九万  ポン南南南  ポン中中中  ドラ四万

ダブ南中、ホンイツ、ドラ1。
マンズはまだあまっていないが、当然、捨て牌はホンイツ。出アガリは厳しいか。
運命のいたずらか、ライバル西家・一井も手牌が育ってしまう。

一万二万三万四万二索三索四索五索六索八索八索三筒四筒  ツモ七索

一万。勝負となった。
親の沢崎が、北家・森下から出た2枚目の九筒をポンしてテンパイ。

二万二万八万八万七索七索七索発発発  ポン九筒 上向き九筒 上向き九筒 上向き

下りポンなので、チーした形と同じだ。
一井がツモっていたはずの六万が森下に。
一井は打っていただろうか、打っていれば森脇と並んでいたはずだった。
次の一井のツモは当然のように二筒

最終戦をまたずして、沢崎、一井が勝ち上がりを決めたシーンであった。

森下が九筒を合わせたのも必然。沢崎が鳴いたのも必然。
やはり森脇に勝ち運はなかったように思う。

終了後、森脇に「また飯いこうぜ!」と言われた。
森脇が負けた後によく言うセリフも聞けた。
「やっぱりオレ、ヘタだわ」

うーん、決勝で対戦できる事を楽しみにしていただけに、残念。
でも「カッコ良かったです。森脇さん。お疲れさまでした」

十段戦 レポート/第31期十段戦ベスト16A卓レポート 瀬戸熊 直樹

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左から、沢崎誠 森下剛任 森脇翼 一井慎也

 
沢崎誠vs森脇翼vs一井慎也vs森下剛任
昨年の決勝進出者沢崎はここからの登場。
森下王位は、九段戦からの階段を登っての進出。
森脇、一井は、五段戦と四段戦からの勝ち上がり組。決勝までの階段はあと2つ。
単純確率で行けば、2分の1が2回だから25%である。
数字だけ見ると、なんとなく決勝が見える位置に来た感じはする。
しかし、僕自身、三、四段の頃、数回このベスト16、ベスト8で敗れてきている。
相手うんぬんより、勝ち上がる難易度は、このステージは格段に厳しい。
それは、気持ちが前のめりになり、勝ちたい意識が予想以上に大きくなる為だと思っている。
「負けられない戦い」の難しさ。
さらに、今期からは、このベスト16からニコ生による放送。
気負うなという方が難しいだろう。
この事を克服した者が、勝ち上がるような気がしていた。
1回戦、2回戦と、沢崎・一井が、交互に1・2着を取り合った。
沢崎の落ち着きようは当たり前だが、一井の落ち着きぶりには、正直びっくりさせられた。
 
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やはり新人の頃、テレビ対局を経験していたからであろうか。
反対に、心配していた気負いがモロに出ていたのが、森下王位。
「チャンスを逃したくない」の気持ちがちょっと強く出ていたように、僕の目には映った。
 
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連盟の名物男、森脇は、いつも通りに映っていたが、森脇をよく知っている僕からすると、良い意味で、上品すぎる感じがしたのがちょっと物足りない。
3回戦以降に期待したいと思った。
放送でも話したように、森脇ほどエピソードを抱えている人物はいない。
一番有名な話は、ご存じの方も多いが、今から20年ほど前に、試験会場のエレベーターで、当時の試験官、故安藤満プロと乗り合わせ、安藤プロを同じ受験生だと思い、肩をたたきながら「今日は頑張ろうぜ」と言ったエピソード」だが、他にもこんな事があった。
あるタイトル戦で、森脇が当時のトッププロのリーチを受けてマチを一点読み。
無筋を何枚も飛ばし、同じ単騎待ちで流局させる事に成功した。
テンパイノーテンの公開時に、森脇が12枚だけ公開し、なかなか1枚を開けようとしない。
数秒間の沈黙の後、1枚をパタリと倒したシーンがあった。
プロのマナーとしては最悪だが、なんて面白い人だろうと僕は思った。
3回戦以降、森脇のそんなシーンが見られたら、勝機もあるのだがと考えながら解説をしている僕がいた。
3回戦、森脇が突如暴れ始める。
何かが吹っ切れたかのように、次々とアガリ出し、60~70ポイント差つけられていた、一井、沢崎を追い始める。
そして、森脇最大の長所、勘の鋭さも見せだすようになる。
4万点超えで迎えた、南場の親番、5巡目。
五万五万五万六万六万六万七万四索四索五索六索  ポン東東東  ドラ五万
ノータイムで打七万。8割の人が打四索としそうな場面。あっさり森下から四索がでて、アガリとなる。
その後展開も味方し、沢崎をラスにする事に成功。
70ポイント近くあった差を、15ポイントまで縮め、残り2回につなぐ事となった。
 
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正念場の4回戦。やはり沢崎は強かった。
このメンバーでは、1枚も2枚も違って見えた。
3回戦のお返しとばかりに、次々とアガリ、5万点をオーバー。
最終戦を待たずに、勝ちをほぼ手中に収めてしまう。
 
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最後のイスは、森脇か一井に。
共に2万点で迎え、両者のポイント差は40P(一井が上)
森脇は、2局で浮きに廻れば、最終戦に繋ぐ事ができる。
そんな森脇の願いが通じたのか、8巡目に跳満テンパイ。
二万三万四万六万七万八万九万  ポン南南南  ポン中中中  ドラ四万
ダブ南中、ホンイツ、ドラ1。
マンズはまだあまっていないが、当然、捨て牌はホンイツ。出アガリは厳しいか。
運命のいたずらか、ライバル西家・一井も手牌が育ってしまう。
一万二万三万四万二索三索四索五索六索八索八索三筒四筒  ツモ七索
一万。勝負となった。
親の沢崎が、北家・森下から出た2枚目の九筒をポンしてテンパイ。
二万二万八万八万七索七索七索発発発  ポン九筒 上向き九筒 上向き九筒 上向き
下りポンなので、チーした形と同じだ。
一井がツモっていたはずの六万が森下に。
一井は打っていただろうか、打っていれば森脇と並んでいたはずだった。
次の一井のツモは当然のように二筒
最終戦をまたずして、沢崎、一井が勝ち上がりを決めたシーンであった。
森下が九筒を合わせたのも必然。沢崎が鳴いたのも必然。
やはり森脇に勝ち運はなかったように思う。
終了後、森脇に「また飯いこうぜ!」と言われた。
森脇が負けた後によく言うセリフも聞けた。
「やっぱりオレ、ヘタだわ」
うーん、決勝で対戦できる事を楽しみにしていただけに、残念。
でも「カッコ良かったです。森脇さん。お疲れさまでした」

第109回:山井 弘

WorldRiichiChampionship2014(WRC,2014)
なんとも日本人には見慣れない横文字のタイトル。
日本語に直せば「第1回リーチ麻雀世界選手権」だが、個人的にはWRCという響きの方が好きだ。
ちょっと大げさかもしれないが、私の印象では野球の(WBC)が一番ピンときた。
2006年に行われた第1回大会は、日本中に感動を与え、私自信も興奮したのを覚えている。

麻雀となると個人戦で、野球やサッカーのようにはいかないが、それでもリーチ麻雀の先進国は日本でなければならないというプレッシャーは誰もが感じていたと思う。

現地は30度を超える猛暑日が続き、冷房など全くない中での過酷な試合が4日間続いた。
そんな環境が更にそう思わせたのかもしれないが、予選で敗退したほとんどの選手が、残った日本人に勝って欲しい。そんな心境だったと思う。

そして、期待通りにベスト16には日本人が13人残り、決勝は4人全員が日本人という第1回大会にして快挙ともいえる活躍ぶりを見せた。

余韻に浸るかのように、私は当時を振り返りながら、車で四谷に向かっていた。
そう。世界チャンピオン山井弘にインタビューをするために。

今回は私、井出康平がインタビュアーをさせて頂きました。
山井プロとは、勉強会などで麻雀を打つ機会が多いのですが、個人的にはメンタルコントロールや読みに長けてるプレイヤーだと思っている。その長けてる部分が試合でどのように生かされたのか。その辺りを中心に聞いていきたいと思います。自分の今後の為にも(笑)

 

Q.大会の印象

井出「山井さん、今回は本当におめでとうございます!」

山井「ありがとう!」

井出「まず最初にお伺いしたいのが、パリに行く前の大会のイメージと、始まってからの大会のイメージってどうでしたか?」

山井「今回ね、日本のリーチ麻雀が大会ルールで採用されているわけだけど、麻雀自体は広まって歳月はたってるけど、リーチ麻雀自体はまだ広まって間もないんだよね。だから、どのくらいのレベルかっていうのはすごく気になってたよ。」

井出「実際どうでした?」

山井「実際はイメージしてたより高かったですね。今回参加された海外の選手の中で、日本のネット麻雀でプレイされている方がかなりいらしたんだよね。」

井出「僕もそれすごく驚きました!」

山井「正直思った以上にしっかりしてたね。今回の大会は手積みでやったんだけど、進行や打牌スピードをかなり心配してたんだ。そっちも全然違和感なくて驚きましたね。」

井出「僕は荒さんや沢崎さんと同卓したんですが、手積みのスピードが半端なく早かったのが一番ビックリしましたけどね(笑)」

山井「そうだね(笑)ベテランは手積みの時代からやってるからね(笑)」

 

Q、最初の試練

井出「トーナメントを勝ち抜いた山井プロですが、ベスト32がかなりきつかったのではないでしょうか?」

山井「基本的には全部きつかったよ。予選のほうは全体4位で通過して、かなり手応えもあったんですよ。そんな中、ベスト32で気持ちが逃げちゃったんだよね。」

井出「逃げたとは?」

山井「勝ちたい欲に負けて、軽い仕掛けをしてしまったんだよね。そこからバランス崩して、次局に鳴いてアガリ牌を流して、外人の選手が切ったその牌が協会の大崎プロの四暗刻単騎に放銃になってしまったんですよ。」

井出「役満ですか!?」

山井「もっと前に自分のアガリもあったし、鳴かなければアガれたし。やっぱり気持ちが逃げに入ったらダメだね・・・そういうのは何度も経験してるのに、ここまできたら勝ちたいって欲が出てきちゃうんだよね。今回、宿泊しているホテルの部屋が森山会長と同部屋だったんですよ。」

井出「そうでしたよね」

山井「ベスト32の前日の夜、眠りにつく前に会長から、『逃げるような軽い仕掛けはしないで、普段どうりやれば大丈夫だ』ってアドバイスをもらってたんですよ。だから余計やってしまったなーって。」

井出「でも逆に、そこで気が引き締まったんじゃないですか?」

山井「そうだね。その1回戦が3着だったんだけど、2着抜けだから1回戦に2着だったともたけさんを抜けば勝ち上がりだから、そんなに気負いみたいのはなかったんだけどね。でも、いきなりともさんに4,000オールをひかれて苦しかった。でも1回戦があってかえって気持ちを切り替えられたのがよかった。」

井出「なんと、四暗刻をアガった大崎プロを交わして、ともたけプロと2人で勝ち上がりになったんですよね。」

山井「奇跡的に勝てたけど、本当に逃げるのはダメだなと改めて感じた試合でしたね。」

 

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Q、世界一へ

井出「そしてトーナメントも勝ち上がり、決勝へと駒を進めるわけですが、とても印象的だったのが試合前の精神統一ともいえるような行動ですね。誰とも会話せずに、飯も食わずに1人でいましたよね?」

山井「あれはね、そうゆう部分(精神統一)もあるんですが、3日間猛暑の中戦ってきて体力がかなり消耗してたんで、とにかく脳と体を休めたかったんですよ。とにかくハードでしたから。森山会長が日本からユンケルを4日分持ってきてたんですが、会長が予選敗退になっちゃったんで、残り2本のユンケルを僕にくれたんですよ。会長も汗だくになりながらも栄養補給してなんとかやってきたくらいキツイのに、僕が残ったんでかなり気を使って頂きました。」

井出「おにぎりたべるか?とか、気を使ってくれてましたよね。」

山井「そうですね。本当に感謝してます。」

井出「さあ、試合の方ですが、結果から言うとトップスタートと、世界一に向けて好発進した訳ですが」

山井「1回戦はね、色々あったんですよね~」

井出「色々?」

山井「スタートは西島さんがよかったんですよ。いきなり満貫スタートでね。」

井出「そうですね。やはりマスターズからの勢いってあるんだなーって思いましたもん。」

山井「そのよかった西島さんが仕掛けていったんですが、その鳴きで僕が跳満をアガるんですよ。そこから親でも連チャンできてかなり好感触だったんだよね。」

井出「先程のトーナメントの話しでも出ましたが、鳴きって局面をガラッと変えるもんなんですね。」

山井「やっぱり、状態が良い時の軽い仕掛けは、相手に付け入るチャンスを与えてしまう事が多いよね。そこをモノにできたので、感触はかなりよかったんですが…」

井出「ですが?」

山井「その親番での連チャン中に、取り出す前に上家の一番左端の牌がポロっとこぼれちゃったんですね。それでサイコロ振ったら対3が出たわけですよ。」

井出「カンドラって事ですね?」

山井「そうなんだよ。すごい重要な部分なんで、審判の方を呼んで裁定をお願いしたら、振り直しになっちゃってね。」

井出「流れ論者にとっては嫌な中断ですね(笑)」

山井「そのやり直しの局に、桐山さんに跳満を引かれまして…」

井出「うわっ!あるあるじゃないですか(笑)」

山井「そこで思ったのがね、この先この出来事を意識しちゃいけないって。たとえ着順が何着になっても、このことを引きずらないようにしようと考え、そう強く心に決めました。更に気持ちの切り替えで、この半荘はリセットで(体勢など)2着でも良しと。かなり警戒して、より謙虚な気持ちに切り替えました。」

井出「それを踏まえると、このトップは内心かなりホッとしたんじゃないですか?」

山井「そうですね。ホッとしましたね。絶対に引きずらないって心に強く決めたのがよかったかな。やっぱりメンタルですからね。」

井出「そして最終戦なんですが、道中苦しい戦いを強いられ、オーラス大接戦になりました。」

山井「決勝戦はそうなりがちだよね。だから頭の中ではシミュレーションがかなりできてたつもりでしたよ。西島さんとの競りで、桐山さんは倍満ツモ、西川さんは親なのでアガリ続けると。」

井出「そんな中、白を鳴いて終わらせに行くのですが、印象的だったのがこの形。」

七万七万九万一筒二筒二筒七筒九筒九筒北北  ポン白白白

井出「観戦していたプロのかなりが七万と答えていた中、山井プロが出した答えが九万切りなんですよね。」

山井「選択としては九万切るか七筒切るかでした。まずは一局勝負なのでポン材を多く残したい。更に、上家の桐山さんが倍満ツモ条件なので、手が入らなかったら親に連チャンしてもらいたい局面なんですね。そうなるとチーはよほどの事がないとできないと判断しました。ならばポン材をより多く持ちたいってね。」

井出「その思考だと、より端を固定して七筒を切りそうなんですが?」

山井「これも上家の桐山さんの条件や立場が加味されてて、七筒切りのロスである八筒はかなり痛いですよね?だけど九万切りのロスの八万は、フリテンに構えても桐山さんから九万を鳴かせてもらえる可能性が高いと。」

井出「あっ、!そうですね!」

山井「それらを踏まえて打九万としました。」

井出「あの大一番で、そんな冷静な判断をよくできましたね。やはり経験ですか?」

山井「普段からアガリ競争のような、一局勝負の練習は決勝用にやってますからね。」

井出「そうなんですか!?」

山井「女流研修なんかで、そういう練習を教えたりしてますからね。」

井出「なるほど!やはり普段から決勝をシミュレートした練習というのは大事ですね。いきなりですべてを把握するのは大変ですもんね。」

山井「まあ、それでも最初七筒に手がかかったのは、冷静ではなかったのかもしれないね(笑)」

井出「その局は、親の西川プロからリーチが入り、山井プロもテンパイ。この局で終わらそうと気合の全面勝負になりましたが、親に放銃すると次局の条件がかなりきつくなるのですが、その辺りはどうだったんですか?」

山井「あの状況は、自分がアガらないと優勝では終わることができない状況なんで、どこかでいかなければいけない。もう仕掛けた時から、この局で終わらせるつもりだったのでいききるつもりでした。最悪放銃になっても次がありますからね(西川の連チャンで)」

井出「結果は、西川プロの4,000オールツモとなりましたが、内心ちょっとホッとしたんじゃないんですか?(笑)」

山井「してないしてない(笑)ここで終わらせたかったのが本音だよ。」

井出「西川プロが粘りに粘り、西川プロももうポイント的には満貫ツモ圏内くらいにはきてて、動きのなかった桐山プロも、倍満ツモから跳満ツモまで条件が緩和されるという大接戦になっていくのですが、配牌を見た瞬間、ほとんどの人が西島さんの優勝を確信したくらい、西島プロと山井プロの配牌には開きがありました。」

山井「最後もね、鳴きに助けられた感覚がありましたね。」

井出「西川プロの仕掛けですね。」

山井「あの仕掛けで急所の八万を引き入れて、手牌がグッと引き締まって動ける形になったので、もしかしたらという思いはありました。」

井出「1フーロして間もなく、すぐにアガリ牌が打たれたわけですが、どういう心境でしたか?」

山井「頼むから頭ハネだけはしないでくれって(笑)それだけ願っていたら、周りの大歓声が聞こえてきて、あぁ、終わったんだなって。」

井出「ものすごい歓声でしたもんね!」

山井「あの瞬間にね、本当に優勝してよかったなって思いました。今回、初めて海外での大会ということもあり、色々不安もあったんですが、この旅を通じて参加した連盟の選手が一つになっていってる感じがして、優勝したのは僕だけど、なんかみんなで掴んだ勝利みたいな感覚はありましたね。」

井出「プレイヤーに専念できてた僕らとは違って、山井プロは素材の写真を撮ったり、全体の連絡係りなどと色々な面で貢献してましたからね。そうゆう所も含めて、みんなの声援に繋がった感じはありました。」

山井「泣いて喜んでくれた方たちもいて、本当に嬉しかった。そうゆう姿を見た時に、今回の大会の不安は消し去り、参加して本当によかったって思いましたね。」

井出「森山会長は、プレッシャーを感じてか、怖くて見れないと外で1人待機してたんです。優勝が決まったって、みんなで報告に行ったんですが、山井さんが勝ちました!って言った瞬間、見たことのないようなガッツポーズをして大はしゃぎでしたからね(笑)あれを見た瞬間、僕もグッとくるものがありましたね。」

山井「同じ部屋っていうのもあったしね。会長が喜んでくださったのも本当に嬉しかったですね。」

井出「はしゃぎすぎて、膝を強打し悶絶してたのは内緒にしておきましょう(笑)」

 

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Q,世界チャンピオンとして

井出「晴れて世界チャンピオンになったわけなんですが、これから世界チャンピオンとしての抱負などをお聞かせください。」

山井「初代の世界チャンピオンという事なので、プロのプレイヤーとしてはこのチャンスを生かしたいですね。それと同時に責任も出てきますから、世界チャンピオンの名に恥じないように、今まで以上に精進していかないととは思ってます。」

井出「確かに山井プロの発言などは、今後かなりの影響力があるでしょうからね。」

山井「もっともっと深い部分で麻雀を追求していかないとね。それに自分の麻雀というものをより多く伝えていけたらと思ってます。」

井出「なかなか普通の人には味わえないプレッシャーが付きまとうとは思いますが?」

山井「それもプロとして幸せな事だと思うよ。そのプレッシャーと良い意味で付き合って、向き合っていけたらと思ってます。」

井出「今日は本当にお忙しい中、ありがとうございました!」

山井「こちらこそありがとうございました。井出君も次のラスベガス頑張って(笑)」

今回のインタビューを終えて、トッププレイヤーの自覚とも言える雰囲気がより強くなったという印象を受けた。山井プロの解説などを聞いていて、正直なかなか理解できない方もいると思っている。それは、なぜか?目に見えない部分だからである。

基礎を終え、勝てる仕組みを理解した後、この目に見えない部分の追求に傾かせるのがプロの必須条件だと思っている。今巷で言われている「デジタル」という言葉の逆とも言える山井プロだが、基礎があったうえで、目に見えない部分を追っているのは誤解がないように記しておきたい。

最近個人的に思うことだが、「この対局で負けたら全てを失います。」という対局があったら皆さんはどうするだろうか?「数字的にはこっちが得だから」という理由で決断できるだろうか。

生き物には決断するという優れた才能が備わってるのに、コンピューターのような数字的根拠だけに身を委ねられるのか?出来るという方もいるかもしれないが、プロとしてそれでは味気ないと自分は思う。

きっと山井プロは、苦しみながら歩んできた道を信じて、自分の直感で悔いなく麻雀プロとして散れるだろう。そう思えるような選択、決断の稽古を日々積んでいるのだと思う。
後輩である僕らに厳しく指導してくださる背景には、そんな思いがあると思えてならない。

山井プロがチャンピオンになって心からよかったと思う。
プレイヤーとして悔しい気持ちもあるが、素直に思うそう思えるのは、
山井プロが伝えていってくれるのはきっと「麻雀」だと信じているからだ。

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プロ雀士インタビュー/第109回:山井 弘

WorldRiichiChampionship2014(WRC,2014)
なんとも日本人には見慣れない横文字のタイトル。
日本語に直せば「第1回リーチ麻雀世界選手権」だが、個人的にはWRCという響きの方が好きだ。
ちょっと大げさかもしれないが、私の印象では野球の(WBC)が一番ピンときた。
2006年に行われた第1回大会は、日本中に感動を与え、私自信も興奮したのを覚えている。
麻雀となると個人戦で、野球やサッカーのようにはいかないが、それでもリーチ麻雀の先進国は日本でなければならないというプレッシャーは誰もが感じていたと思う。
現地は30度を超える猛暑日が続き、冷房など全くない中での過酷な試合が4日間続いた。
そんな環境が更にそう思わせたのかもしれないが、予選で敗退したほとんどの選手が、残った日本人に勝って欲しい。そんな心境だったと思う。
そして、期待通りにベスト16には日本人が13人残り、決勝は4人全員が日本人という第1回大会にして快挙ともいえる活躍ぶりを見せた。
余韻に浸るかのように、私は当時を振り返りながら、車で四谷に向かっていた。
そう。世界チャンピオン山井弘にインタビューをするために。
今回は私、井出康平がインタビュアーをさせて頂きました。
山井プロとは、勉強会などで麻雀を打つ機会が多いのですが、個人的にはメンタルコントロールや読みに長けてるプレイヤーだと思っている。その長けてる部分が試合でどのように生かされたのか。その辺りを中心に聞いていきたいと思います。自分の今後の為にも(笑)
 
Q.大会の印象
井出「山井さん、今回は本当におめでとうございます!」
山井「ありがとう!」
井出「まず最初にお伺いしたいのが、パリに行く前の大会のイメージと、始まってからの大会のイメージってどうでしたか?」
山井「今回ね、日本のリーチ麻雀が大会ルールで採用されているわけだけど、麻雀自体は広まって歳月はたってるけど、リーチ麻雀自体はまだ広まって間もないんだよね。だから、どのくらいのレベルかっていうのはすごく気になってたよ。」
井出「実際どうでした?」
山井「実際はイメージしてたより高かったですね。今回参加された海外の選手の中で、日本のネット麻雀でプレイされている方がかなりいらしたんだよね。」
井出「僕もそれすごく驚きました!」
山井「正直思った以上にしっかりしてたね。今回の大会は手積みでやったんだけど、進行や打牌スピードをかなり心配してたんだ。そっちも全然違和感なくて驚きましたね。」
井出「僕は荒さんや沢崎さんと同卓したんですが、手積みのスピードが半端なく早かったのが一番ビックリしましたけどね(笑)」
山井「そうだね(笑)ベテランは手積みの時代からやってるからね(笑)」
 
Q、最初の試練
井出「トーナメントを勝ち抜いた山井プロですが、ベスト32がかなりきつかったのではないでしょうか?」
山井「基本的には全部きつかったよ。予選のほうは全体4位で通過して、かなり手応えもあったんですよ。そんな中、ベスト32で気持ちが逃げちゃったんだよね。」
井出「逃げたとは?」
山井「勝ちたい欲に負けて、軽い仕掛けをしてしまったんだよね。そこからバランス崩して、次局に鳴いてアガリ牌を流して、外人の選手が切ったその牌が協会の大崎プロの四暗刻単騎に放銃になってしまったんですよ。」
井出「役満ですか!?」
山井「もっと前に自分のアガリもあったし、鳴かなければアガれたし。やっぱり気持ちが逃げに入ったらダメだね・・・そういうのは何度も経験してるのに、ここまできたら勝ちたいって欲が出てきちゃうんだよね。今回、宿泊しているホテルの部屋が森山会長と同部屋だったんですよ。」
井出「そうでしたよね」
山井「ベスト32の前日の夜、眠りにつく前に会長から、『逃げるような軽い仕掛けはしないで、普段どうりやれば大丈夫だ』ってアドバイスをもらってたんですよ。だから余計やってしまったなーって。」
井出「でも逆に、そこで気が引き締まったんじゃないですか?」
山井「そうだね。その1回戦が3着だったんだけど、2着抜けだから1回戦に2着だったともたけさんを抜けば勝ち上がりだから、そんなに気負いみたいのはなかったんだけどね。でも、いきなりともさんに4,000オールをひかれて苦しかった。でも1回戦があってかえって気持ちを切り替えられたのがよかった。」
井出「なんと、四暗刻をアガった大崎プロを交わして、ともたけプロと2人で勝ち上がりになったんですよね。」
山井「奇跡的に勝てたけど、本当に逃げるのはダメだなと改めて感じた試合でしたね。」
 

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Q、世界一へ
井出「そしてトーナメントも勝ち上がり、決勝へと駒を進めるわけですが、とても印象的だったのが試合前の精神統一ともいえるような行動ですね。誰とも会話せずに、飯も食わずに1人でいましたよね?」
山井「あれはね、そうゆう部分(精神統一)もあるんですが、3日間猛暑の中戦ってきて体力がかなり消耗してたんで、とにかく脳と体を休めたかったんですよ。とにかくハードでしたから。森山会長が日本からユンケルを4日分持ってきてたんですが、会長が予選敗退になっちゃったんで、残り2本のユンケルを僕にくれたんですよ。会長も汗だくになりながらも栄養補給してなんとかやってきたくらいキツイのに、僕が残ったんでかなり気を使って頂きました。」
井出「おにぎりたべるか?とか、気を使ってくれてましたよね。」
山井「そうですね。本当に感謝してます。」
井出「さあ、試合の方ですが、結果から言うとトップスタートと、世界一に向けて好発進した訳ですが」
山井「1回戦はね、色々あったんですよね~」
井出「色々?」
山井「スタートは西島さんがよかったんですよ。いきなり満貫スタートでね。」
井出「そうですね。やはりマスターズからの勢いってあるんだなーって思いましたもん。」
山井「そのよかった西島さんが仕掛けていったんですが、その鳴きで僕が跳満をアガるんですよ。そこから親でも連チャンできてかなり好感触だったんだよね。」
井出「先程のトーナメントの話しでも出ましたが、鳴きって局面をガラッと変えるもんなんですね。」
山井「やっぱり、状態が良い時の軽い仕掛けは、相手に付け入るチャンスを与えてしまう事が多いよね。そこをモノにできたので、感触はかなりよかったんですが…」
井出「ですが?」
山井「その親番での連チャン中に、取り出す前に上家の一番左端の牌がポロっとこぼれちゃったんですね。それでサイコロ振ったら対3が出たわけですよ。」
井出「カンドラって事ですね?」
山井「そうなんだよ。すごい重要な部分なんで、審判の方を呼んで裁定をお願いしたら、振り直しになっちゃってね。」
井出「流れ論者にとっては嫌な中断ですね(笑)」
山井「そのやり直しの局に、桐山さんに跳満を引かれまして…」
井出「うわっ!あるあるじゃないですか(笑)」
山井「そこで思ったのがね、この先この出来事を意識しちゃいけないって。たとえ着順が何着になっても、このことを引きずらないようにしようと考え、そう強く心に決めました。更に気持ちの切り替えで、この半荘はリセットで(体勢など)2着でも良しと。かなり警戒して、より謙虚な気持ちに切り替えました。」
井出「それを踏まえると、このトップは内心かなりホッとしたんじゃないですか?」
山井「そうですね。ホッとしましたね。絶対に引きずらないって心に強く決めたのがよかったかな。やっぱりメンタルですからね。」
井出「そして最終戦なんですが、道中苦しい戦いを強いられ、オーラス大接戦になりました。」
山井「決勝戦はそうなりがちだよね。だから頭の中ではシミュレーションがかなりできてたつもりでしたよ。西島さんとの競りで、桐山さんは倍満ツモ、西川さんは親なのでアガリ続けると。」
井出「そんな中、白を鳴いて終わらせに行くのですが、印象的だったのがこの形。」
七万七万九万一筒二筒二筒七筒九筒九筒北北  ポン白白白
井出「観戦していたプロのかなりが七万と答えていた中、山井プロが出した答えが九万切りなんですよね。」
山井「選択としては九万切るか七筒切るかでした。まずは一局勝負なのでポン材を多く残したい。更に、上家の桐山さんが倍満ツモ条件なので、手が入らなかったら親に連チャンしてもらいたい局面なんですね。そうなるとチーはよほどの事がないとできないと判断しました。ならばポン材をより多く持ちたいってね。」
井出「その思考だと、より端を固定して七筒を切りそうなんですが?」
山井「これも上家の桐山さんの条件や立場が加味されてて、七筒切りのロスである八筒はかなり痛いですよね?だけど九万切りのロスの八万は、フリテンに構えても桐山さんから九万を鳴かせてもらえる可能性が高いと。」
井出「あっ、!そうですね!」
山井「それらを踏まえて打九万としました。」
井出「あの大一番で、そんな冷静な判断をよくできましたね。やはり経験ですか?」
山井「普段からアガリ競争のような、一局勝負の練習は決勝用にやってますからね。」
井出「そうなんですか!?」
山井「女流研修なんかで、そういう練習を教えたりしてますからね。」
井出「なるほど!やはり普段から決勝をシミュレートした練習というのは大事ですね。いきなりですべてを把握するのは大変ですもんね。」
山井「まあ、それでも最初七筒に手がかかったのは、冷静ではなかったのかもしれないね(笑)」
井出「その局は、親の西川プロからリーチが入り、山井プロもテンパイ。この局で終わらそうと気合の全面勝負になりましたが、親に放銃すると次局の条件がかなりきつくなるのですが、その辺りはどうだったんですか?」
山井「あの状況は、自分がアガらないと優勝では終わることができない状況なんで、どこかでいかなければいけない。もう仕掛けた時から、この局で終わらせるつもりだったのでいききるつもりでした。最悪放銃になっても次がありますからね(西川の連チャンで)」
井出「結果は、西川プロの4,000オールツモとなりましたが、内心ちょっとホッとしたんじゃないんですか?(笑)」
山井「してないしてない(笑)ここで終わらせたかったのが本音だよ。」
井出「西川プロが粘りに粘り、西川プロももうポイント的には満貫ツモ圏内くらいにはきてて、動きのなかった桐山プロも、倍満ツモから跳満ツモまで条件が緩和されるという大接戦になっていくのですが、配牌を見た瞬間、ほとんどの人が西島さんの優勝を確信したくらい、西島プロと山井プロの配牌には開きがありました。」
山井「最後もね、鳴きに助けられた感覚がありましたね。」
井出「西川プロの仕掛けですね。」
山井「あの仕掛けで急所の八万を引き入れて、手牌がグッと引き締まって動ける形になったので、もしかしたらという思いはありました。」
井出「1フーロして間もなく、すぐにアガリ牌が打たれたわけですが、どういう心境でしたか?」
山井「頼むから頭ハネだけはしないでくれって(笑)それだけ願っていたら、周りの大歓声が聞こえてきて、あぁ、終わったんだなって。」
井出「ものすごい歓声でしたもんね!」
山井「あの瞬間にね、本当に優勝してよかったなって思いました。今回、初めて海外での大会ということもあり、色々不安もあったんですが、この旅を通じて参加した連盟の選手が一つになっていってる感じがして、優勝したのは僕だけど、なんかみんなで掴んだ勝利みたいな感覚はありましたね。」
井出「プレイヤーに専念できてた僕らとは違って、山井プロは素材の写真を撮ったり、全体の連絡係りなどと色々な面で貢献してましたからね。そうゆう所も含めて、みんなの声援に繋がった感じはありました。」
山井「泣いて喜んでくれた方たちもいて、本当に嬉しかった。そうゆう姿を見た時に、今回の大会の不安は消し去り、参加して本当によかったって思いましたね。」
井出「森山会長は、プレッシャーを感じてか、怖くて見れないと外で1人待機してたんです。優勝が決まったって、みんなで報告に行ったんですが、山井さんが勝ちました!って言った瞬間、見たことのないようなガッツポーズをして大はしゃぎでしたからね(笑)あれを見た瞬間、僕もグッとくるものがありましたね。」
山井「同じ部屋っていうのもあったしね。会長が喜んでくださったのも本当に嬉しかったですね。」
井出「はしゃぎすぎて、膝を強打し悶絶してたのは内緒にしておきましょう(笑)」
 

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Q,世界チャンピオンとして
井出「晴れて世界チャンピオンになったわけなんですが、これから世界チャンピオンとしての抱負などをお聞かせください。」
山井「初代の世界チャンピオンという事なので、プロのプレイヤーとしてはこのチャンスを生かしたいですね。それと同時に責任も出てきますから、世界チャンピオンの名に恥じないように、今まで以上に精進していかないととは思ってます。」
井出「確かに山井プロの発言などは、今後かなりの影響力があるでしょうからね。」
山井「もっともっと深い部分で麻雀を追求していかないとね。それに自分の麻雀というものをより多く伝えていけたらと思ってます。」
井出「なかなか普通の人には味わえないプレッシャーが付きまとうとは思いますが?」
山井「それもプロとして幸せな事だと思うよ。そのプレッシャーと良い意味で付き合って、向き合っていけたらと思ってます。」
井出「今日は本当にお忙しい中、ありがとうございました!」
山井「こちらこそありがとうございました。井出君も次のラスベガス頑張って(笑)」
今回のインタビューを終えて、トッププレイヤーの自覚とも言える雰囲気がより強くなったという印象を受けた。山井プロの解説などを聞いていて、正直なかなか理解できない方もいると思っている。それは、なぜか?目に見えない部分だからである。
基礎を終え、勝てる仕組みを理解した後、この目に見えない部分の追求に傾かせるのがプロの必須条件だと思っている。今巷で言われている「デジタル」という言葉の逆とも言える山井プロだが、基礎があったうえで、目に見えない部分を追っているのは誤解がないように記しておきたい。
最近個人的に思うことだが、「この対局で負けたら全てを失います。」という対局があったら皆さんはどうするだろうか?「数字的にはこっちが得だから」という理由で決断できるだろうか。
生き物には決断するという優れた才能が備わってるのに、コンピューターのような数字的根拠だけに身を委ねられるのか?出来るという方もいるかもしれないが、プロとしてそれでは味気ないと自分は思う。
きっと山井プロは、苦しみながら歩んできた道を信じて、自分の直感で悔いなく麻雀プロとして散れるだろう。そう思えるような選択、決断の稽古を日々積んでいるのだと思う。
後輩である僕らに厳しく指導してくださる背景には、そんな思いがあると思えてならない。
山井プロがチャンピオンになって心からよかったと思う。
プレイヤーとして悔しい気持ちもあるが、素直に思うそう思えるのは、
山井プロが伝えていってくれるのはきっと「麻雀」だと信じているからだ。

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第31期A2リーグ第5節レポート 山井 弘

私は開幕に国士を放銃し、4節を終え▲152.9Pと後がない状態で折り返しの5節を迎えた。
勝負ごとの鍵は序盤にあると考える私だが、今節も1回戦目にそれがあったのではないかと思う。

東1局
起家スタートの私。正直、起家は苦手だ。特に理由はないが、嫌な雰囲気しかしない。
でも、そんな苦手意識を持ってはいけないと冷静に打ち進める。

山井
三万三万四万九万九万一筒一筒六筒六筒七筒八筒八筒八筒  ツモ八索

私はここで、九万が2枚切れということもあり、一度切っている八索を止めて打八筒とした。
七対子も見ての一打である。
そして次巡、七筒をツモり八索を切って、仮テンの四万タンキに構える。

その私の切った八索にポンと反応したのは前原さん。この光景はよく見る。
前原さんは、序盤からとにかく先手を取って、相手に対応させる。
打点も高いものから安いものまで織り交ぜてくる。
それに翻弄された者は、そのペースに引き込まれてしまう。

五万六万七索七索八索八索九索三筒四筒五筒六筒七筒白  ドラ北

ここから八索ポンである。
たしかにアガるだけならポンをしたほうが形はいい。
この反応は、稽古を多く積んでいないと、出ない声だと今映像を振りかえり、そう思う。
1巡早く八索を切っていたら、七筒を喰い流され私にテンパイは入らいないだろう。

次巡、私がツモったのは七索
ここで考えたのは、とにかくリーチをして前原さんを止めなければ。
逆に、対応させなければいけない。
そう思い、八索が4枚見えているという理由もありリーチを打った。
もし前原さんがオリてくれれば・・
もし、ツモアガることができれば・・
もし、四索をツモってくれば・・
などと、都合のいいことばかり考えてしまう、B型特有の、いいところでもあり、悪いところでもある。
何はともあれ、あとはなるようにしかならない。

これを受けた前原プロは、ドラの北をツモって、

五万六万四索七索七索三筒四筒五筒六筒七筒  ポン八索 上向き八索 上向き八索 上向き  ツモ北

四索を勝負。来たなと思う反面、本手であると感じた。
こんな時の前原さんは、ギリギリまで押してくるから、攻めている本人からはまず出ないだろう。そう感じた。
しかし、この押しで、逆に、黒沢さんや四柳君からこぼれるかもしれない。
そうも思った。

しかしそれもつかの間、四柳君に本手が入った。

二万四万六万三索四索二筒二筒三筒三筒四筒四筒東東  ツモ三万

絶好のツモ三万である。追いかけリーチ。
その同巡に、前原さんにもテンパイが入る。ツモ七万

しかし、勝負しないといけない牌はドラの北。生牌のドラ。
恐らく、これがタイトル戦の決勝であれば、北を切ったに違いない。
それは、何度も前原さんの麻雀を後ろで見てきたから言えることでもある。

三万三万九万九万七索一筒一筒六筒六筒七筒七筒八筒八筒  ロン七索

ただ、私はこのアガリで素直に喜んだわけではない。
実はこの時、こう考えた。
「もし前原さんのこの放銃がオリ打ちなら、きっとこの放銃を後悔し、この後は自分を奮い立たせて、鬼のように攻めてくるに違いない。もしかしたら、私はモンスターを目覚めさせてしまったかもしれない」と、そう思っていた。

だからこそ、次局、前原さんのリーチに対しては攻めた。
ここで引けば持って行かれる。意地でもここは攻めなければ行けない。そう思った。

八万八万三索四索五索六索七索七索八索八索五筒六筒七筒  リーチ  ロン九索  ドラ七索

4巡目リーチに九索で飛び込んだ私は、7,700は8,000を献上。
一発で生き返った。

東3局2本場には、四柳君が国士を炸裂させる。

一万一万九万一索九索一筒九筒東南西北白発  ロン中  ドラ八索

放銃となったのは黒沢さんだが、何とも、僕が開幕に放銃した時も中であった。

東4局、国士を決めた四柳君の親番。当然、マークする。
なんと言っても、点棒がこれだけあれば攻めやすい。
その親を交わしに行ったのが前原さん。

一万一万二索三索五索六索七索  ポン二万 上向き二万 上向き二万 上向き  ポン白白白  ドラ九索

この仕掛けに追いついたのは四柳君。

四万五万六万四索五索六索九索九索一筒二筒二筒三筒三筒  リーチ

捨て牌
九筒 上向き南西北六万 上向き五筒 上向き五万 上向き南九索 上向き リーチ四万 上向き

ここで私の手は

一万三万一索一索二索三索八索一筒三筒五筒六筒中中  ツモ九万

こうなり、リーチである親の現物は五筒のみとなった。
しかし、この五筒は前原さんには通っていない。
むしろ、捨て牌には一筒六筒と切られており本命にも見えた。

前原さんが交わしてであるだろうことは感じていたので、五筒で放銃になったとしても、得点的な失点はそれほどない。しかし、それでは前原さんが楽になるだけ。
もしここで五筒を打って前原さんにアガられると、この半荘はもう自分の浮上はない。そんな感覚である。
ここは、両方に通る牌を探して決着を待とう。そう決めた。親リーチの筋で前原さんの現物である打九万

前原さんはギリギリまで押していたが、四筒をつかみ小考。
きっと東1局のことが頭をよぎったに違いない。
ここでオリていいのだろうか・・私だったら押していた。

四万五万六万四索五索六索九索九索一筒二筒二筒三筒三筒  リーチ  ツモ四筒

前原さんはしっかりと当たり牌でやめて、四柳の4,000オールのアガリとなった。
もし、この時前原さんが放銃していたら、原点を割って、私と並びの位置まできていた。
そうなるのと、私と黒沢の思う気持ちはまったく変わってくる。
放銃となれば、「自分もよくはないが、前原さんは落ちてきたな」と考える。余裕が生まれる。特に私は。
ツモられれば、「前原さんにしっかり交わすか、放銃してほしかったな」と考える。

後者になれば、当然その後の展開も変わってくる。これが麻雀のいわゆる流れの1つでもあると考える。
前原さんにしても、四筒で放銃するのと、回避するのとでは、次の戦いも変わってくる。
放銃すれば、この後はしばらく四柳君の親が終わるまでは守るしかないと考えるはず。
しかし、ここで放銃を回避できたのだから、次もまた戦えると、

七万八万九万三索三索六索七索六筒七筒八筒  ポン白白白  ドラ四索

そう考えたかどうかは定かではないが、前原さんは仕掛けて行く。ポンテンだ。
私は即座に対応したのだが、前原さんの3巡目に七索が切られていることもあって、

一万二万二万七万二索四索八索二筒四筒九筒九筒九筒西  ツモ五万

ここから八索で1,000点の放銃となってしまった。
この放銃は、完全に気持ちが負けてしまっている。
この局、私は絶対に、四柳君と前原さんにだけは放銃(向かって)しては行けない。
自分でもそれは分かっていたはずなのに、七索の早切りから中途半端な八索を選択してしまった。

もし前原さんが前巡の四筒で放銃していたら、もちろん前原さんが仕掛けるかどうか分からないが、少なくとも私は冷静に対応していたと思う。

そうなれば苦しくなるのは前原さんのほうなので、後半に自分が浮上するきっかけがあったかもしれない。
いや、浮上するきっかけは実際あった。
ただ、それがアガリに結びつかなかったのは、この序盤の攻防にあると私は考える。

4人同じメンバーで戦う場合は、半荘何回やろうとも、それが終わるまでは、やはり流れがあるのではないかと思えてならない。それが麻雀というゲームなのだと。

前半戦を終え、▲204.4Pと、はっきり言って、降級は免れないだろうと思う。
だけど、数パーセントでも可能性がある限り、しっかりと戦い、自分の麻雀を打ち切るしかない。
そう考える。

そんなわけで、プロリーグ開幕、序盤に国士を放銃して、大きな負債を抱えてしまった私は、
状態がいいはずがないので、残り、後半5節をどう戦うのか。
すでに方向は決まった。

プロリーグ(鳳凰戦)レポート/第31期A2リーグ第5節レポート 山井 弘

私は開幕に国士を放銃し、4節を終え▲152.9Pと後がない状態で折り返しの5節を迎えた。
勝負ごとの鍵は序盤にあると考える私だが、今節も1回戦目にそれがあったのではないかと思う。
東1局
起家スタートの私。正直、起家は苦手だ。特に理由はないが、嫌な雰囲気しかしない。
でも、そんな苦手意識を持ってはいけないと冷静に打ち進める。
山井
三万三万四万九万九万一筒一筒六筒六筒七筒八筒八筒八筒  ツモ八索
私はここで、九万が2枚切れということもあり、一度切っている八索を止めて打八筒とした。
七対子も見ての一打である。
そして次巡、七筒をツモり八索を切って、仮テンの四万タンキに構える。
その私の切った八索にポンと反応したのは前原さん。この光景はよく見る。
前原さんは、序盤からとにかく先手を取って、相手に対応させる。
打点も高いものから安いものまで織り交ぜてくる。
それに翻弄された者は、そのペースに引き込まれてしまう。
五万六万七索七索八索八索九索三筒四筒五筒六筒七筒白  ドラ北
ここから八索ポンである。
たしかにアガるだけならポンをしたほうが形はいい。
この反応は、稽古を多く積んでいないと、出ない声だと今映像を振りかえり、そう思う。
1巡早く八索を切っていたら、七筒を喰い流され私にテンパイは入らいないだろう。
次巡、私がツモったのは七索
ここで考えたのは、とにかくリーチをして前原さんを止めなければ。
逆に、対応させなければいけない。
そう思い、八索が4枚見えているという理由もありリーチを打った。
もし前原さんがオリてくれれば・・
もし、ツモアガることができれば・・
もし、四索をツモってくれば・・
などと、都合のいいことばかり考えてしまう、B型特有の、いいところでもあり、悪いところでもある。
何はともあれ、あとはなるようにしかならない。
これを受けた前原プロは、ドラの北をツモって、
五万六万四索七索七索三筒四筒五筒六筒七筒  ポン八索 上向き八索 上向き八索 上向き  ツモ北
四索を勝負。来たなと思う反面、本手であると感じた。
こんな時の前原さんは、ギリギリまで押してくるから、攻めている本人からはまず出ないだろう。そう感じた。
しかし、この押しで、逆に、黒沢さんや四柳君からこぼれるかもしれない。
そうも思った。
しかしそれもつかの間、四柳君に本手が入った。
二万四万六万三索四索二筒二筒三筒三筒四筒四筒東東  ツモ三万
絶好のツモ三万である。追いかけリーチ。
その同巡に、前原さんにもテンパイが入る。ツモ七万
しかし、勝負しないといけない牌はドラの北。生牌のドラ。
恐らく、これがタイトル戦の決勝であれば、北を切ったに違いない。
それは、何度も前原さんの麻雀を後ろで見てきたから言えることでもある。
三万三万九万九万七索一筒一筒六筒六筒七筒七筒八筒八筒  ロン七索
ただ、私はこのアガリで素直に喜んだわけではない。
実はこの時、こう考えた。
「もし前原さんのこの放銃がオリ打ちなら、きっとこの放銃を後悔し、この後は自分を奮い立たせて、鬼のように攻めてくるに違いない。もしかしたら、私はモンスターを目覚めさせてしまったかもしれない」と、そう思っていた。
だからこそ、次局、前原さんのリーチに対しては攻めた。
ここで引けば持って行かれる。意地でもここは攻めなければ行けない。そう思った。
八万八万三索四索五索六索七索七索八索八索五筒六筒七筒  リーチ  ロン九索  ドラ七索
4巡目リーチに九索で飛び込んだ私は、7,700は8,000を献上。
一発で生き返った。
東3局2本場には、四柳君が国士を炸裂させる。
一万一万九万一索九索一筒九筒東南西北白発  ロン中  ドラ八索
放銃となったのは黒沢さんだが、何とも、僕が開幕に放銃した時も中であった。
東4局、国士を決めた四柳君の親番。当然、マークする。
なんと言っても、点棒がこれだけあれば攻めやすい。
その親を交わしに行ったのが前原さん。
一万一万二索三索五索六索七索  ポン二万 上向き二万 上向き二万 上向き  ポン白白白  ドラ九索
この仕掛けに追いついたのは四柳君。
四万五万六万四索五索六索九索九索一筒二筒二筒三筒三筒  リーチ
捨て牌
九筒 上向き南西北六万 上向き五筒 上向き五万 上向き南九索 上向き リーチ四万 上向き
ここで私の手は
一万三万一索一索二索三索八索一筒三筒五筒六筒中中  ツモ九万
こうなり、リーチである親の現物は五筒のみとなった。
しかし、この五筒は前原さんには通っていない。
むしろ、捨て牌には一筒六筒と切られており本命にも見えた。
前原さんが交わしてであるだろうことは感じていたので、五筒で放銃になったとしても、得点的な失点はそれほどない。しかし、それでは前原さんが楽になるだけ。
もしここで五筒を打って前原さんにアガられると、この半荘はもう自分の浮上はない。そんな感覚である。
ここは、両方に通る牌を探して決着を待とう。そう決めた。親リーチの筋で前原さんの現物である打九万
前原さんはギリギリまで押していたが、四筒をつかみ小考。
きっと東1局のことが頭をよぎったに違いない。
ここでオリていいのだろうか・・私だったら押していた。
四万五万六万四索五索六索九索九索一筒二筒二筒三筒三筒  リーチ  ツモ四筒
前原さんはしっかりと当たり牌でやめて、四柳の4,000オールのアガリとなった。
もし、この時前原さんが放銃していたら、原点を割って、私と並びの位置まできていた。
そうなるのと、私と黒沢の思う気持ちはまったく変わってくる。
放銃となれば、「自分もよくはないが、前原さんは落ちてきたな」と考える。余裕が生まれる。特に私は。
ツモられれば、「前原さんにしっかり交わすか、放銃してほしかったな」と考える。
後者になれば、当然その後の展開も変わってくる。これが麻雀のいわゆる流れの1つでもあると考える。
前原さんにしても、四筒で放銃するのと、回避するのとでは、次の戦いも変わってくる。
放銃すれば、この後はしばらく四柳君の親が終わるまでは守るしかないと考えるはず。
しかし、ここで放銃を回避できたのだから、次もまた戦えると、
七万八万九万三索三索六索七索六筒七筒八筒  ポン白白白  ドラ四索
そう考えたかどうかは定かではないが、前原さんは仕掛けて行く。ポンテンだ。
私は即座に対応したのだが、前原さんの3巡目に七索が切られていることもあって、
一万二万二万七万二索四索八索二筒四筒九筒九筒九筒西  ツモ五万
ここから八索で1,000点の放銃となってしまった。
この放銃は、完全に気持ちが負けてしまっている。
この局、私は絶対に、四柳君と前原さんにだけは放銃(向かって)しては行けない。
自分でもそれは分かっていたはずなのに、七索の早切りから中途半端な八索を選択してしまった。
もし前原さんが前巡の四筒で放銃していたら、もちろん前原さんが仕掛けるかどうか分からないが、少なくとも私は冷静に対応していたと思う。
そうなれば苦しくなるのは前原さんのほうなので、後半に自分が浮上するきっかけがあったかもしれない。
いや、浮上するきっかけは実際あった。
ただ、それがアガリに結びつかなかったのは、この序盤の攻防にあると私は考える。
4人同じメンバーで戦う場合は、半荘何回やろうとも、それが終わるまでは、やはり流れがあるのではないかと思えてならない。それが麻雀というゲームなのだと。
前半戦を終え、▲204.4Pと、はっきり言って、降級は免れないだろうと思う。
だけど、数パーセントでも可能性がある限り、しっかりと戦い、自分の麻雀を打ち切るしかない。
そう考える。
そんなわけで、プロリーグ開幕、序盤に国士を放銃して、大きな負債を抱えてしまった私は、
状態がいいはずがないので、残り、後半5節をどう戦うのか。
すでに方向は決まった。

第92回『態勢的な打ち方①』 猿川 真寿

今回も、持点=態勢値という設定にさせていただきます。
トップ目から順番に、態勢に合わせた打牌の打ち方を説明していきます。。

100

配牌は悪いが、態勢は1番手。ここは手なりで真っ直ぐ進める方が良い。
よって打九筒ととりあえずしておく。

100

2巡目の北家の白を2番手がポン。
1打目の東から打点は分からないが、形は整っている可能性が高い。
ただ、かわし手が有力。
危険度は上がっても、本手ならば東はもう少し引っ張っても良いように思えるから。
ドラが暗刻などの場合も考えられるが、基本的に態勢のいい時は、受けない方がトップを獲ることに係わる事が多いと体感している。

100

今度は4番手からリーチが入った。
仕掛けが入った後、上家にも拘らずドラ表の二索を切っていることから、それなりに手はまとまっていると考えられる。今局はここで撤退。

攻めづらい牌姿ということも逆に良い展開だと私なら思う。
ここでいう撤退とは、受けるのではなく保留の1局とする。

打牌自体は、オリを選択するので変わらないが、今局自体、単体の1局となっている場合が多い。
3番手ではなく4番手からリーチが入った瞬間に、白の仕掛けが奇襲の可能性を示唆すると感じるのではないだろうか?

奇襲とは、本来の基本と違う動きや打牌をすることによって、場を捻じ曲げる行為である。
先ほど保留の1局と記したが、今局でアガった者の態勢が上がるかどうかは奇襲によって分からなくなる。

次に2番手の立場で考えてみる。

100

第一打は、本来南を打つのが普通だと思うところ東としている。
これは、逆切りというもので、先ほど説明した奇襲の1つ。

態勢のいい親が東をトイツで持っていた場合に、好タイミングで鳴かれる可能性が高いので、先に鳴かせてツモをずらすことが目的。

もう1つは、手順を変えることによって、手牌速度を読みにくくする効果もある。
私がこの奇襲を使う時は、3番手か4番手の場合。

理由は、自分より態勢の悪い者に浮上のきっかけを与える可能性が生まれやすいから。
2番手で使う時は、短期決戦のトップ取りの時ぐらい。
通常のリーグ戦なら、2番手にいるならば状態をキープすることの方が大事なので、出来るだけ紛れて欲しくないと考えるからである。

100

白が重なってポンをした。これも牌姿を考えたら、鳴かないことのほうが圧倒的に多いと思う。
よって、これも奇襲の1種と考えたほうが納得いくであろう。
態勢の良い親の反撃が怖いので手が進まなかったら、白を落とすぐらいじっくり手組みする方が、態勢を維持し易いはず。

100

ラス目からリーチをかけられた局面は、本譜を選択したとしたらある程度は真っ直ぐ向かう方が良いと感じる。
今局の最悪な結末は、親が真っ直ぐ押し返してきて、親のアガリが付いてしまうこと。
それだけは避けたい。

打点はないけども1シャンテンであり、攻めの姿勢を見せて親に引いてもらう方が良い。
放銃で終わったとしても、仕掛け自体が微妙と言えるのでしょうがないと思えてしまう。

100

今度は3番手が発をポンして攻め返してきた。
ここがヤメ時。

どちらかが本手の可能性が高く、3番手からは2番手もテンパイに見えていてもおかしくない。
それにも拘らず、押し返してきた3番手も高確率でテンパイと考えるのが自然。

オリに回りたいところだが、現状、安牌がないので凌げるかは分からない。
ただ、四索七索をツモってきたり鳴けた時は、腹を括ってドラ以外は押し返すのも、相手が本手だった場合は好転するのでいい。

今回、西家については批判的なことを書いたが、リーグ戦だったらという話なので、本譜のようなタイトル戦の途中の対局にそぐわないのは当たり前だと思って欲しい。

この時の西家の狙いは、親落とし1点だろう。
一打目の東といい、白1鳴きといい、心理的な働きで親を楽にさせたくないという気持ちが伝わってくる。

次回は、3番手、4番手の立場で考えてみたいと思います。

上級/第92回『態勢的な打ち方①』 猿川 真寿

今回も、持点=態勢値という設定にさせていただきます。
トップ目から順番に、態勢に合わせた打牌の打ち方を説明していきます。。
100
配牌は悪いが、態勢は1番手。ここは手なりで真っ直ぐ進める方が良い。
よって打九筒ととりあえずしておく。
100
2巡目の北家の白を2番手がポン。
1打目の東から打点は分からないが、形は整っている可能性が高い。
ただ、かわし手が有力。
危険度は上がっても、本手ならば東はもう少し引っ張っても良いように思えるから。
ドラが暗刻などの場合も考えられるが、基本的に態勢のいい時は、受けない方がトップを獲ることに係わる事が多いと体感している。
100
今度は4番手からリーチが入った。
仕掛けが入った後、上家にも拘らずドラ表の二索を切っていることから、それなりに手はまとまっていると考えられる。今局はここで撤退。
攻めづらい牌姿ということも逆に良い展開だと私なら思う。
ここでいう撤退とは、受けるのではなく保留の1局とする。
打牌自体は、オリを選択するので変わらないが、今局自体、単体の1局となっている場合が多い。
3番手ではなく4番手からリーチが入った瞬間に、白の仕掛けが奇襲の可能性を示唆すると感じるのではないだろうか?
奇襲とは、本来の基本と違う動きや打牌をすることによって、場を捻じ曲げる行為である。
先ほど保留の1局と記したが、今局でアガった者の態勢が上がるかどうかは奇襲によって分からなくなる。
次に2番手の立場で考えてみる。
100
第一打は、本来南を打つのが普通だと思うところ東としている。
これは、逆切りというもので、先ほど説明した奇襲の1つ。
態勢のいい親が東をトイツで持っていた場合に、好タイミングで鳴かれる可能性が高いので、先に鳴かせてツモをずらすことが目的。
もう1つは、手順を変えることによって、手牌速度を読みにくくする効果もある。
私がこの奇襲を使う時は、3番手か4番手の場合。
理由は、自分より態勢の悪い者に浮上のきっかけを与える可能性が生まれやすいから。
2番手で使う時は、短期決戦のトップ取りの時ぐらい。
通常のリーグ戦なら、2番手にいるならば状態をキープすることの方が大事なので、出来るだけ紛れて欲しくないと考えるからである。
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白が重なってポンをした。これも牌姿を考えたら、鳴かないことのほうが圧倒的に多いと思う。
よって、これも奇襲の1種と考えたほうが納得いくであろう。
態勢の良い親の反撃が怖いので手が進まなかったら、白を落とすぐらいじっくり手組みする方が、態勢を維持し易いはず。
100
ラス目からリーチをかけられた局面は、本譜を選択したとしたらある程度は真っ直ぐ向かう方が良いと感じる。
今局の最悪な結末は、親が真っ直ぐ押し返してきて、親のアガリが付いてしまうこと。
それだけは避けたい。
打点はないけども1シャンテンであり、攻めの姿勢を見せて親に引いてもらう方が良い。
放銃で終わったとしても、仕掛け自体が微妙と言えるのでしょうがないと思えてしまう。
100
今度は3番手が発をポンして攻め返してきた。
ここがヤメ時。
どちらかが本手の可能性が高く、3番手からは2番手もテンパイに見えていてもおかしくない。
それにも拘らず、押し返してきた3番手も高確率でテンパイと考えるのが自然。
オリに回りたいところだが、現状、安牌がないので凌げるかは分からない。
ただ、四索七索をツモってきたり鳴けた時は、腹を括ってドラ以外は押し返すのも、相手が本手だった場合は好転するのでいい。
今回、西家については批判的なことを書いたが、リーグ戦だったらという話なので、本譜のようなタイトル戦の途中の対局にそぐわないのは当たり前だと思って欲しい。
この時の西家の狙いは、親落とし1点だろう。
一打目の東といい、白1鳴きといい、心理的な働きで親を楽にさせたくないという気持ちが伝わってくる。
次回は、3番手、4番手の立場で考えてみたいと思います。

第1回リーチ麻雀世界選手権コラム

※今回のコラムは、パリで活動されている日本人の方で、
第1回リーチ麻雀世界選手権で審判を務められた池田晋作さんに、
大会について、今回は特別に書いていただきました。(編集部)

 

「第1回リーチ麻雀世界選手権を終えて」

 

Q. 今大会で、運営(審判員)をされてみていかがだったでしょうか?

A. 昨夏、今大会の運営責任者から「1年後、⽇本人プロにパリに来てもらい、リーチ麻雀世界大会を開く!」と報告を受けた時、私は正直「⽇本人プロが、本当にパリまで来てくれるのか?」と疑いました。
一方で、この大会を実現できれば、ヨーロッパの麻雀愛好家にとってかけがえのない第一歩になると確信していました。

当初から、審判というよりは通訳が必要になると想定していました。
しかし1半荘目が終了した時点で、参加者全員がそれぞれの方法でコミュニケーションをとっていたので、麻雀そのものが「共通言語」になった瞬間を目の当たりにしたように私は感じました。
そういう意味で、私たちの役割は少なかったのではと思います。

ヨーロッパの人々、特に主催団体のフランス人にとって、ここまでの大規模な大会運営は初めての経験であるなか、⽇本プロ麻雀連盟の皆様から多大なるご指導、ご協⼒を頂けたことへの彼らの感謝の言葉が私に届いています。

 

 

Q. 審判員としての苦労話があれば、是非お聞かせ下さい。

A. 私たち審判員は、今大会のルールブック最終版を受け取ったのが大会1ヶ月前だったので若⼲焦りました。
今大会のルールは EMA(ヨーロッパ麻雀団体)のルールとは若⼲異なり、食いタンあり、食い替えなし、箱テン終了なし、途中流局なし、切り上げ満貫あり、⾚牌なし、順位点の変更
(10,000-30,000から5,00-15,000)、点棒の使用などが採用されました。

ヨーロッパ特有のル ールとして、「宣言の厳密化」が定められました。
海外では中国式麻雀の愛好家が多く、その方々が違和感なくリーチ麻雀に打ち解けられるよう、EMAのルールでは例えばロンとツモを「マージョン」と発声することを容認していました。
今大会では、このような誤発声を ▲1ポイント(▲1,000 点)と厳しく定めました。

さらに、大会全体として議論された「3秒ルール」は、私たちも相当頭を悩ませました。
これは基本として、上家が牌を捨ててから 自らのツモまで、3秒「間を取る」ことで他の選手が鳴くかを考えられるというルール設定です。
これもヨーロッパ特有で、「他の選手の捨牌を⾒て、自らの手を⾒て、鳴くかを決める」まで非常に時間を要する方が多いことから、瞬時の意思決定ができない選手を考慮したルールとなっています。
しかし、このルールを採用することで、別の問題も発生するのではという意⾒もあり、審判団で何度も議論を重ねましたが、ルールブックから消されませんでした。

大会2ヶ月前からルールブック最終版を受け取るまでの間、私を含めた⽇本人審判員3人で、このような細かい確認作業を進めてきました。彼らは、私たち⽇本人の手を借りず、⽇本のプロ麻雀リーグやその他一般的なルールに至るまで、ルールに関する情報をできる限り多く集めて翻訳し、ルールブックを作り上げました。
今後、このルールブックが世界共通となり、初心者にも読んで頂くことを⾒据えれば、⽇本では常識もしくは暗黙の了解となっていること、例えば、「送りカン」や「コシ」について、ルール上用語を定義すべきではと審判⻑に申し⽴てしましたが、理解されませんでした。

朗報として、2〜3年後の次大会に向けて大会運営委員会が発足されましたので、⽇本プロ麻雀連盟はじめ多くの団体様からのご指導、ご協⼒のもと、今後より精度の⾼いルールブッ クができることを期待しています。

 

 

Q. ヨーロッパのリーチ麻雀について、どのような印象をもたれていますか?

A. 彼らは、本当に研究熱心です。
リーチ麻雀と出会うきっかけは、「アカギ」や「坊や哲」、「哭きの⻯」などの麻雀漫画に魅了された方が多く、「アカギ」の鷲巣麻雀に憧れ、⽇本から「鷲巣牌」を購入した方もいます。

彼らは、インターネットからあらゆる情報を集め、英語を基本言語としてヨーロッパ全体で情報を共有しています。
動画に関しても、YouTubeをくまなくチェックしているようです。

彼らは、⽇本で出版されている戦略本を読み漁りたいという願望が非常に強く、そのために⽇本語を勉強する方や⽇本から書籍を入手して、辞書片手に一生懸命読まれている方もいるそうです。

⽇本人の私から⾒ると、彼らの多くはリーチ麻雀を「単なる戦略ボードゲーム」と捉えているように感じる時があります。つまり、攻防のバランスや4人の間の心理戦、点数差から生まれる駆け引きといった、リーチ麻雀の醍醐味を味わっている選手は、まだ少ないように感じます。
「誰がリーチをかけようとも、誰がテンパイであろうと、考えず予測もせず無筋で不要牌をただ切るだけ」という選手が今でも多いのが現状です。
しかし、今大会でTOP32に残った外国人選手は、より⽇本人に近い打ち方ができる選手が残りました。
単なる数字合わせや絵柄合わせではなく、河を読み危険牌を止め、無理にテンパイを維持せず一旦まわすなどの技術を身につけている選手もいて、短期間でここまで成⻑したのかと正直感心していました。

余談ですが、⽇本においては当たり前のエチケットやマナーは、まだ浸透していません。
例えば、卓に肘をついてプレーする、ツモ牌を一旦手牌に入れてから切り出す、オーラスの際に点数確認・告知しない…など、望ましいことではありませんが、これらは徐々に「ヨー ロッパスタイル」になりつつあります。

 

 

Q. それでは、レベルも含めて、日本と外国の麻雀の違いはどこにあると感じていますか?

A. 私個人の意⾒かもしれませんが、ヨーロッパの中でレベルの⾼い選手(=EMAランキングで上位)でさえも、誰が何巡目に何を切って、誰がどの牌をツモ切りしたか、誰が何シャンテンなのかを予測するといった「限られた情報から、相手を読み取る基本的な動き」はあまり感じられません。ですので、放銃を繰り返し崩れ始めると、感情的になり悪循環を止めることができなくなる方が多いです。

国⺠性という大きな視点から⾒ると、⽇本人は経験に基づく柔軟な発想と臨機応変さ、過去の失敗を必ず活かす、時に相手の打ち方に合わせるといった特性をもっているように思えます。
その点から考えると、外国人の方は⽇本の一般プレイヤーと比べても、過去の経験を活かすまでの「場数」が未だ少ないように感じられます。

 

 

Q. 現在、ヨーロッパでのリーチ麻雀の認知度はどの程度ですか? また、今後リーチ麻雀人 口は増えると思いますか?

A. 元々ヨーロッパでは中国式麻雀の認知度は⾼く、リーチ麻雀の歴史は各国の平均をとっても7〜8年ですので、認知度は⾼いと言えませんが、嬉しいことにここ数年で中国式麻雀の選手の中で、リーチ麻雀のほうが楽しいという方が徐々に増えてきています。ですので、今大会のような「プロに挑戦できる麻雀W杯」が定期的に開催され、出場権を獲得するためにEMA公式試合で⾼成績を残すといった目標があれば、各国でさらに盛り上がるでしょう。

昨年オーストリアで⾏われたリーチ麻雀ヨーロッパ選手権も、今後定期的に開催される予定ですので、この2つの大会が強く結びつくことを願っています。

認知度を上げるために、FFMJ(フランス麻雀連盟)は、毎年7月に開催されるJAPANEXPOにてブースを出しています。このような地道な宣伝も含め、「彼らなりの方法」で徐々に麻雀人口も増えていると実感しています。
さらに人口を増やすためには、「⽇本からの商材」の流入、例えば関連書籍の翻訳と書籍の増加、画やライブ感ある企画が必須と言えます。私も、リーチ麻雀をこよなく愛する一雀士として、リーチ麻雀の普及のためフランスにて大暴れする予定です。

 

 

Q. 最後に、海外で生活されている日本人として、リーチ麻雀という日本の文化についてどのように捉えていますか?

A. 正直に答えると、非常に特殊な文化だと思います。
先ほどもお話したように、リーチ麻雀は相手との駆け引きや4人との調和、少ない情報から予測して相手を読み取るなど、相手がいてこそ成り⽴つゲームだと思います。

一方で、ヨーロッパの方々の打ち方を⾒ると、個のゲームとなることが多いです。
外国では、相手の出方よりも、先ずは自分の主張を積極的に前へ出します。
その点が⽇本人と全く異なる文化だと、リーチ麻雀を通じて⽇々痛感しています。

ヨーロッパでも特に「寒さが厳しい国」では、たとえテレビゲームが発達しても、今でもアナログのゲーム=ボードゲームが主流です。それを象徴するかのように、スペインやイタリアの選手は少なく、北欧の選手が多いです。
フランス・パリは、年中⾬が降り比較的寒いので麻雀愛好家は多いですが、一旦太陽がでると「こんな天気が良いのに、部屋に閉じこもっていられない!」と言って、外に出かけます。

このように、リーチ麻雀がそれぞれの国の文化に普及・浸透するにはまだまだ時間がかかりますが、⽇本の文化の象徴である柔道や剣道、合気道が世界に広まったように、リーチ麻雀の醍醐味が伝わる⽇は必ずくると信じています。

プロ雀士コラム/第1回リーチ麻雀世界選手権コラム

※今回のコラムは、パリで活動されている日本人の方で、
第1回リーチ麻雀世界選手権で審判を務められた池田晋作さんに、
大会について、今回は特別に書いていただきました。(編集部)
 
「第1回リーチ麻雀世界選手権を終えて」
 
Q. 今大会で、運営(審判員)をされてみていかがだったでしょうか?
A. 昨夏、今大会の運営責任者から「1年後、⽇本人プロにパリに来てもらい、リーチ麻雀世界大会を開く!」と報告を受けた時、私は正直「⽇本人プロが、本当にパリまで来てくれるのか?」と疑いました。
一方で、この大会を実現できれば、ヨーロッパの麻雀愛好家にとってかけがえのない第一歩になると確信していました。
当初から、審判というよりは通訳が必要になると想定していました。
しかし1半荘目が終了した時点で、参加者全員がそれぞれの方法でコミュニケーションをとっていたので、麻雀そのものが「共通言語」になった瞬間を目の当たりにしたように私は感じました。
そういう意味で、私たちの役割は少なかったのではと思います。
ヨーロッパの人々、特に主催団体のフランス人にとって、ここまでの大規模な大会運営は初めての経験であるなか、⽇本プロ麻雀連盟の皆様から多大なるご指導、ご協⼒を頂けたことへの彼らの感謝の言葉が私に届いています。
 
 
Q. 審判員としての苦労話があれば、是非お聞かせ下さい。
A. 私たち審判員は、今大会のルールブック最終版を受け取ったのが大会1ヶ月前だったので若⼲焦りました。
今大会のルールは EMA(ヨーロッパ麻雀団体)のルールとは若⼲異なり、食いタンあり、食い替えなし、箱テン終了なし、途中流局なし、切り上げ満貫あり、⾚牌なし、順位点の変更
(10,000-30,000から5,00-15,000)、点棒の使用などが採用されました。
ヨーロッパ特有のル ールとして、「宣言の厳密化」が定められました。
海外では中国式麻雀の愛好家が多く、その方々が違和感なくリーチ麻雀に打ち解けられるよう、EMAのルールでは例えばロンとツモを「マージョン」と発声することを容認していました。
今大会では、このような誤発声を ▲1ポイント(▲1,000 点)と厳しく定めました。
さらに、大会全体として議論された「3秒ルール」は、私たちも相当頭を悩ませました。
これは基本として、上家が牌を捨ててから 自らのツモまで、3秒「間を取る」ことで他の選手が鳴くかを考えられるというルール設定です。
これもヨーロッパ特有で、「他の選手の捨牌を⾒て、自らの手を⾒て、鳴くかを決める」まで非常に時間を要する方が多いことから、瞬時の意思決定ができない選手を考慮したルールとなっています。
しかし、このルールを採用することで、別の問題も発生するのではという意⾒もあり、審判団で何度も議論を重ねましたが、ルールブックから消されませんでした。
大会2ヶ月前からルールブック最終版を受け取るまでの間、私を含めた⽇本人審判員3人で、このような細かい確認作業を進めてきました。彼らは、私たち⽇本人の手を借りず、⽇本のプロ麻雀リーグやその他一般的なルールに至るまで、ルールに関する情報をできる限り多く集めて翻訳し、ルールブックを作り上げました。
今後、このルールブックが世界共通となり、初心者にも読んで頂くことを⾒据えれば、⽇本では常識もしくは暗黙の了解となっていること、例えば、「送りカン」や「コシ」について、ルール上用語を定義すべきではと審判⻑に申し⽴てしましたが、理解されませんでした。
朗報として、2〜3年後の次大会に向けて大会運営委員会が発足されましたので、⽇本プロ麻雀連盟はじめ多くの団体様からのご指導、ご協⼒のもと、今後より精度の⾼いルールブッ クができることを期待しています。
 
 
Q. ヨーロッパのリーチ麻雀について、どのような印象をもたれていますか?
A. 彼らは、本当に研究熱心です。
リーチ麻雀と出会うきっかけは、「アカギ」や「坊や哲」、「哭きの⻯」などの麻雀漫画に魅了された方が多く、「アカギ」の鷲巣麻雀に憧れ、⽇本から「鷲巣牌」を購入した方もいます。
彼らは、インターネットからあらゆる情報を集め、英語を基本言語としてヨーロッパ全体で情報を共有しています。
動画に関しても、YouTubeをくまなくチェックしているようです。
彼らは、⽇本で出版されている戦略本を読み漁りたいという願望が非常に強く、そのために⽇本語を勉強する方や⽇本から書籍を入手して、辞書片手に一生懸命読まれている方もいるそうです。
⽇本人の私から⾒ると、彼らの多くはリーチ麻雀を「単なる戦略ボードゲーム」と捉えているように感じる時があります。つまり、攻防のバランスや4人の間の心理戦、点数差から生まれる駆け引きといった、リーチ麻雀の醍醐味を味わっている選手は、まだ少ないように感じます。
「誰がリーチをかけようとも、誰がテンパイであろうと、考えず予測もせず無筋で不要牌をただ切るだけ」という選手が今でも多いのが現状です。
しかし、今大会でTOP32に残った外国人選手は、より⽇本人に近い打ち方ができる選手が残りました。
単なる数字合わせや絵柄合わせではなく、河を読み危険牌を止め、無理にテンパイを維持せず一旦まわすなどの技術を身につけている選手もいて、短期間でここまで成⻑したのかと正直感心していました。
余談ですが、⽇本においては当たり前のエチケットやマナーは、まだ浸透していません。
例えば、卓に肘をついてプレーする、ツモ牌を一旦手牌に入れてから切り出す、オーラスの際に点数確認・告知しない…など、望ましいことではありませんが、これらは徐々に「ヨー ロッパスタイル」になりつつあります。
 
 
Q. それでは、レベルも含めて、日本と外国の麻雀の違いはどこにあると感じていますか?
A. 私個人の意⾒かもしれませんが、ヨーロッパの中でレベルの⾼い選手(=EMAランキングで上位)でさえも、誰が何巡目に何を切って、誰がどの牌をツモ切りしたか、誰が何シャンテンなのかを予測するといった「限られた情報から、相手を読み取る基本的な動き」はあまり感じられません。ですので、放銃を繰り返し崩れ始めると、感情的になり悪循環を止めることができなくなる方が多いです。
国⺠性という大きな視点から⾒ると、⽇本人は経験に基づく柔軟な発想と臨機応変さ、過去の失敗を必ず活かす、時に相手の打ち方に合わせるといった特性をもっているように思えます。
その点から考えると、外国人の方は⽇本の一般プレイヤーと比べても、過去の経験を活かすまでの「場数」が未だ少ないように感じられます。
 
 
Q. 現在、ヨーロッパでのリーチ麻雀の認知度はどの程度ですか? また、今後リーチ麻雀人 口は増えると思いますか?
A. 元々ヨーロッパでは中国式麻雀の認知度は⾼く、リーチ麻雀の歴史は各国の平均をとっても7〜8年ですので、認知度は⾼いと言えませんが、嬉しいことにここ数年で中国式麻雀の選手の中で、リーチ麻雀のほうが楽しいという方が徐々に増えてきています。ですので、今大会のような「プロに挑戦できる麻雀W杯」が定期的に開催され、出場権を獲得するためにEMA公式試合で⾼成績を残すといった目標があれば、各国でさらに盛り上がるでしょう。
昨年オーストリアで⾏われたリーチ麻雀ヨーロッパ選手権も、今後定期的に開催される予定ですので、この2つの大会が強く結びつくことを願っています。
認知度を上げるために、FFMJ(フランス麻雀連盟)は、毎年7月に開催されるJAPANEXPOにてブースを出しています。このような地道な宣伝も含め、「彼らなりの方法」で徐々に麻雀人口も増えていると実感しています。
さらに人口を増やすためには、「⽇本からの商材」の流入、例えば関連書籍の翻訳と書籍の増加、画やライブ感ある企画が必須と言えます。私も、リーチ麻雀をこよなく愛する一雀士として、リーチ麻雀の普及のためフランスにて大暴れする予定です。
 
 
Q. 最後に、海外で生活されている日本人として、リーチ麻雀という日本の文化についてどのように捉えていますか?
A. 正直に答えると、非常に特殊な文化だと思います。
先ほどもお話したように、リーチ麻雀は相手との駆け引きや4人との調和、少ない情報から予測して相手を読み取るなど、相手がいてこそ成り⽴つゲームだと思います。
一方で、ヨーロッパの方々の打ち方を⾒ると、個のゲームとなることが多いです。
外国では、相手の出方よりも、先ずは自分の主張を積極的に前へ出します。
その点が⽇本人と全く異なる文化だと、リーチ麻雀を通じて⽇々痛感しています。
ヨーロッパでも特に「寒さが厳しい国」では、たとえテレビゲームが発達しても、今でもアナログのゲーム=ボードゲームが主流です。それを象徴するかのように、スペインやイタリアの選手は少なく、北欧の選手が多いです。
フランス・パリは、年中⾬が降り比較的寒いので麻雀愛好家は多いですが、一旦太陽がでると「こんな天気が良いのに、部屋に閉じこもっていられない!」と言って、外に出かけます。
このように、リーチ麻雀がそれぞれの国の文化に普及・浸透するにはまだまだ時間がかかりますが、⽇本の文化の象徴である柔道や剣道、合気道が世界に広まったように、リーチ麻雀の醍醐味が伝わる⽇は必ずくると信じています。

第三回震災復興麻雀大会レポート 吉田勝弥

第三回震災復興麻雀大会レポート:吉田勝弥

6月29日(日)に行われた、第3回震災復興麻雀大会のレポートをお伝えします。

今回で3回目になる震災復興麻雀大会は、登米市にある健康麻雀が主催する大会であり、日本プロ麻雀連盟の協力で、東京本部から最高顧問・小島武夫プロ九段、日本プロ麻雀連盟会長・森山茂和プロ九段、清水香織プロ五段、高宮まりプロ二段と、豪華なメンバーにお越しいただきました。

 

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東北本部からは、本部長・平田孝章プロ六段をはじめ、東北プロ6名、計10名参加。
一般参加は、前回優勝者(現東北最強位)、麻雀大会優勝者、健康麻雀上位者、フリー麻雀トップ上位者、岩手県、石巻市、気仙沼市、南三陸町被災地代表など計30名、合計40名のプロアマ混合戦になりました。

私もプロと被災地代表の名誉をかけて、優勝めざして大会に挑みました。
今回は4回戦の合計ポイントで上位を競うシステムです。
1回戦では、平田プロが+50.4Pと好調のスタートを切り、2回戦では、健康麻雀優勝者の星、南三陸町出身の佐藤さん、今大会スポンサーの小野さんが追い上げてきました。

中盤3回戦に入ると、地元登米市の及川さんが気合いの3連続トップを取り首位にたちます。
それを追いかけるように、去年準優勝門田さんが2番手に上がってきます。

期待の若手、野家さんが3番手と、平田、星さん、佐藤さんをかわす展開となります。
前回の優勝者である越前さんは、+37.0Pと逆転圏内と去年の再現となるか!?
プロでは、粕谷プロが+39.8Pと最終戦にかけた。

大里プロ、小島プロ、森山プロもプラスポイントを維持していますが、苦しい勝負展開。
最終4回戦、プロの意地で、平田プロ、清水プロが巻き返しを狙いますが届かず、結局、勢いが止まらないまま4連続トップの及川さんが+116.0Pと逃げ切り優勝を飾りました。

門田さんも最終戦トップで粘りを見せましたが、惜しくも準優勝。
2年連続の準優勝で、実力を証明しました。

優勝した及川浩光さんおめでとうございました。
優勝者には、日本プロ麻雀連盟からアマ三段の免状が授与されます。
今後の活躍も期待しております。

一流プロたちと麻雀ファンが一緒に参加した今大会は、被災地に元気がもらえて素晴らしい大会となりました。
参加者皆様の温かいご支援ありがとうございました。

大会成績上位10名
優勝:及川浩光様+116.0P(三段免状)
準優勝:門田吉郎様+96.9P(二段免状)
3位:平田孝章プロ+71.0P
4位:佐藤健矢様+64.7P(初段免状)
5位:野家龍治様+48.4P
6位:星孝典様+43.9P
7位:清水香織プロ+35.5P
8位:及川大輝様+30.9P
9位:大里奈美プロ+27.7P
10位:小野正孝様+25.1P

平成26年6月30日
南三陸町へ支援金贈与

日本プロ麻雀連盟 最高顧問  小島武夫
日本プロ麻雀連盟 東北本部長 平田孝章
日本プロ麻雀連盟 代表    清水香織
大会実行委員会  委員長   吉田勝弥   計4名

南三陸町被災地訪問をして、南三陸町役場でチャリティ金寄贈式
南三陸町長 佐藤仁 支援金 10万円贈与

今大会の参加費等の一部と、参加プロのゲスト料の一部を支援金として贈与できました。
ご協力ありがとうございました。

gpmax2012

順位 名前 1回戦 2回戦 3回戦 4回戦 合計
優勝 及川浩光 19.1 23.8 24.2 48.9 116
準優勝 門田吉郎アマ初段 5.6 42.7 14.1 34.5 96.9
3位 平田孝章プロ六段 65.4 -28.8 -17.1 51.5 71.0
4位 佐藤健矢 22.0 34.1 -5.6 14.2 64.7
5位 野家龍治 25.2 1.9 32.1 -10.8 48.4
6位 星孝典 34.2 24.5 -37.4 22.6 43.9
7位 清水香織プロ五段 -39.9 12.7 24.7 38.0 35.5
8位 及川大輝 -7.1 31.2 33.3 -26.5 30.9
9位 大里奈美プロ二段 -1.6 15.1 -1.7 15.9 27.7
10位 小野正孝 -26.4 79.2 -1.8 -25.9 25.1
11位 小野寺正文 36.3 -37.7 -9.1 34.8 24.3
12位 小島武夫プロ九段 7.9 38.8 -36.9 12.3 22.1
13位 山田直志 25.6 -30.6 12.2 12.4 19.6
14位 小野寺豊 -10.8 32.8 -33.5 27.3 15.8
15位 粕谷勇吉プロ三段 7.8 31.0 1.0 -25.3 14.5
16位 佐藤大介プロ三段 11.2 -29.5 4.5 21.0 7.2
17位 首藤弘二 -6.6 6.1 14.8 -8.7 5.6
18位 千葉清孝 12.6 -29.9 26.7 -8.4 1.0
19位 高橋通 -22.1 -17.1 9.0 30.7 0.5
20位 皆川直毅プロ三段 -6.5 -36.8 9.2 34.3 0.2
21位 佐々木志朗 -34.9 52.8 30.1 -50.9 -2.9
22位 佐藤成幸 32.5 11.6 -5.7 -42.7 -4.3
23位 越前琢磨アマ二段 29.4 10.8 -3.2 -45.6 -8.6
24位 渡邊秀之 -10.9 3.5 23.5 -26.4 -10.3
25位 相楽清明 -3.9 -26.8 -34.3 54.4 -10.6
26位 内ヶ崎敬 11.4 -3.6 21.2 -42.0 -13.0
27位 高橋将也 -10.3 25.2 -16.2 -12.4 -13.7
28位 吉田勝弥プロ三段 -29.4 -7.8 -18.8 42.3 -13.7
29位 田村茂利 -18.3 -9.4 5.0 6.3 -16.4
30位 佐々木敏昭 -5.8 -17.1 17.1 -15.4 -21.2
31位 森山茂和プロ九段 -20.5 10.6 10.5 -27.6 -27.0
32位 高宮まりプロ二段 -4.0 -8.0 -24.5 2.0 -34.5
33位 小野寺勝也 -39.4 -10.0 4.3 7.0 -38.1
34位 猪又研一 28.7 -36.9 -32.7 -7.4 -48.3
35位 津島弘光 -51.9 16.1 -5.3 -8.4 -49.5
36位 佐藤春樹 -26.5 -51.4 32.2 -5 -50.7
37位 高橋貞孝 -18 6.1 -29.1 -12.3 -53.3
38位 村上正勝 1.7 -5.4 -56.0 -18.9 -78.6
39位 只野裕次 5.4 -23.8 -37.6 -30.6 -86.6
40位 高橋裕幸 -29 -3.5 -45.3 -13.8 -91.6

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東北プロリーグ レポート/第三回震災復興麻雀大会レポート 吉田勝弥

第三回震災復興麻雀大会レポート:吉田勝弥
6月29日(日)に行われた、第3回震災復興麻雀大会のレポートをお伝えします。
今回で3回目になる震災復興麻雀大会は、登米市にある健康麻雀が主催する大会であり、日本プロ麻雀連盟の協力で、東京本部から最高顧問・小島武夫プロ九段、日本プロ麻雀連盟会長・森山茂和プロ九段、清水香織プロ五段、高宮まりプロ二段と、豪華なメンバーにお越しいただきました。
 

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東北本部からは、本部長・平田孝章プロ六段をはじめ、東北プロ6名、計10名参加。
一般参加は、前回優勝者(現東北最強位)、麻雀大会優勝者、健康麻雀上位者、フリー麻雀トップ上位者、岩手県、石巻市、気仙沼市、南三陸町被災地代表など計30名、合計40名のプロアマ混合戦になりました。
私もプロと被災地代表の名誉をかけて、優勝めざして大会に挑みました。
今回は4回戦の合計ポイントで上位を競うシステムです。
1回戦では、平田プロが+50.4Pと好調のスタートを切り、2回戦では、健康麻雀優勝者の星、南三陸町出身の佐藤さん、今大会スポンサーの小野さんが追い上げてきました。
中盤3回戦に入ると、地元登米市の及川さんが気合いの3連続トップを取り首位にたちます。
それを追いかけるように、去年準優勝門田さんが2番手に上がってきます。
期待の若手、野家さんが3番手と、平田、星さん、佐藤さんをかわす展開となります。
前回の優勝者である越前さんは、+37.0Pと逆転圏内と去年の再現となるか!?
プロでは、粕谷プロが+39.8Pと最終戦にかけた。
大里プロ、小島プロ、森山プロもプラスポイントを維持していますが、苦しい勝負展開。
最終4回戦、プロの意地で、平田プロ、清水プロが巻き返しを狙いますが届かず、結局、勢いが止まらないまま4連続トップの及川さんが+116.0Pと逃げ切り優勝を飾りました。
門田さんも最終戦トップで粘りを見せましたが、惜しくも準優勝。
2年連続の準優勝で、実力を証明しました。
優勝した及川浩光さんおめでとうございました。
優勝者には、日本プロ麻雀連盟からアマ三段の免状が授与されます。
今後の活躍も期待しております。
一流プロたちと麻雀ファンが一緒に参加した今大会は、被災地に元気がもらえて素晴らしい大会となりました。
参加者皆様の温かいご支援ありがとうございました。
大会成績上位10名
優勝:及川浩光様+116.0P(三段免状)
準優勝:門田吉郎様+96.9P(二段免状)
3位:平田孝章プロ+71.0P
4位:佐藤健矢様+64.7P(初段免状)
5位:野家龍治様+48.4P
6位:星孝典様+43.9P
7位:清水香織プロ+35.5P
8位:及川大輝様+30.9P
9位:大里奈美プロ+27.7P
10位:小野正孝様+25.1P
平成26年6月30日
南三陸町へ支援金贈与
日本プロ麻雀連盟 最高顧問  小島武夫
日本プロ麻雀連盟 東北本部長 平田孝章
日本プロ麻雀連盟 代表    清水香織
大会実行委員会  委員長   吉田勝弥   計4名
南三陸町被災地訪問をして、南三陸町役場でチャリティ金寄贈式
南三陸町長 佐藤仁 支援金 10万円贈与
今大会の参加費等の一部と、参加プロのゲスト料の一部を支援金として贈与できました。
ご協力ありがとうございました。
gpmax2012

順位 名前 1回戦 2回戦 3回戦 4回戦 合計
優勝 及川浩光 19.1 23.8 24.2 48.9 116
準優勝 門田吉郎アマ初段 5.6 42.7 14.1 34.5 96.9
3位 平田孝章プロ六段 65.4 -28.8 -17.1 51.5 71.0
4位 佐藤健矢 22.0 34.1 -5.6 14.2 64.7
5位 野家龍治 25.2 1.9 32.1 -10.8 48.4
6位 星孝典 34.2 24.5 -37.4 22.6 43.9
7位 清水香織プロ五段 -39.9 12.7 24.7 38.0 35.5
8位 及川大輝 -7.1 31.2 33.3 -26.5 30.9
9位 大里奈美プロ二段 -1.6 15.1 -1.7 15.9 27.7
10位 小野正孝 -26.4 79.2 -1.8 -25.9 25.1
11位 小野寺正文 36.3 -37.7 -9.1 34.8 24.3
12位 小島武夫プロ九段 7.9 38.8 -36.9 12.3 22.1
13位 山田直志 25.6 -30.6 12.2 12.4 19.6
14位 小野寺豊 -10.8 32.8 -33.5 27.3 15.8
15位 粕谷勇吉プロ三段 7.8 31.0 1.0 -25.3 14.5
16位 佐藤大介プロ三段 11.2 -29.5 4.5 21.0 7.2
17位 首藤弘二 -6.6 6.1 14.8 -8.7 5.6
18位 千葉清孝 12.6 -29.9 26.7 -8.4 1.0
19位 高橋通 -22.1 -17.1 9.0 30.7 0.5
20位 皆川直毅プロ三段 -6.5 -36.8 9.2 34.3 0.2
21位 佐々木志朗 -34.9 52.8 30.1 -50.9 -2.9
22位 佐藤成幸 32.5 11.6 -5.7 -42.7 -4.3
23位 越前琢磨アマ二段 29.4 10.8 -3.2 -45.6 -8.6
24位 渡邊秀之 -10.9 3.5 23.5 -26.4 -10.3
25位 相楽清明 -3.9 -26.8 -34.3 54.4 -10.6
26位 内ヶ崎敬 11.4 -3.6 21.2 -42.0 -13.0
27位 高橋将也 -10.3 25.2 -16.2 -12.4 -13.7
28位 吉田勝弥プロ三段 -29.4 -7.8 -18.8 42.3 -13.7
29位 田村茂利 -18.3 -9.4 5.0 6.3 -16.4
30位 佐々木敏昭 -5.8 -17.1 17.1 -15.4 -21.2
31位 森山茂和プロ九段 -20.5 10.6 10.5 -27.6 -27.0
32位 高宮まりプロ二段 -4.0 -8.0 -24.5 2.0 -34.5
33位 小野寺勝也 -39.4 -10.0 4.3 7.0 -38.1
34位 猪又研一 28.7 -36.9 -32.7 -7.4 -48.3
35位 津島弘光 -51.9 16.1 -5.3 -8.4 -49.5
36位 佐藤春樹 -26.5 -51.4 32.2 -5 -50.7
37位 高橋貞孝 -18 6.1 -29.1 -12.3 -53.3
38位 村上正勝 1.7 -5.4 -56.0 -18.9 -78.6
39位 只野裕次 5.4 -23.8 -37.6 -30.6 -86.6
40位 高橋裕幸 -29 -3.5 -45.3 -13.8 -91.6

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第三回震災復興麻雀大会 成績

順位 名前 1回戦 2回戦 3回戦 4回戦 合計
優勝 及川浩光 19.1 23.8 24.2 48.9 116
準優勝 門田吉郎アマ初段 5.6 42.7 14.1 34.5 96.9
3位 平田孝章プロ六段 65.4 -28.8 -17.1 51.5 71.0
4位 佐藤健矢 22.0 34.1 -5.6 14.2 64.7
5位 野家龍治 25.2 1.9 32.1 -10.8 48.4
6位 星孝典 34.2 24.5 -37.4 22.6 43.9
7位 清水香織プロ五段 -39.9 12.7 24.7 38.0 35.5
8位 及川大輝 -7.1 31.2 33.3 -26.5 30.9
9位 大里奈美プロ二段 -1.6 15.1 -1.7 15.9 27.7
10位 小野正孝 -26.4 79.2 -1.8 -25.9 25.1
11位 小野寺正文 36.3 -37.7 -9.1 34.8 24.3
12位 小島武夫プロ九段 7.9 38.8 -36.9 12.3 22.1
13位 山田直志 25.6 -30.6 12.2 12.4 19.6
14位 小野寺豊 -10.8 32.8 -33.5 27.3 15.8
15位 粕谷勇吉プロ三段 7.8 31.0 1.0 -25.3 14.5
16位 佐藤大介プロ三段 11.2 -29.5 4.5 21.0 7.2
17位 首藤弘二 -6.6 6.1 14.8 -8.7 5.6
18位 千葉清孝 12.6 -29.9 26.7 -8.4 1.0
19位 高橋通 -22.1 -17.1 9.0 30.7 0.5
20位 皆川直毅プロ三段 -6.5 -36.8 9.2 34.3 0.2
21位 佐々木志朗 -34.9 52.8 30.1 -50.9 -2.9
22位 佐藤成幸 32.5 11.6 -5.7 -42.7 -4.3
23位 越前琢磨アマ二段 29.4 10.8 -3.2 -45.6 -8.6
24位 渡邊秀之 -10.9 3.5 23.5 -26.4 -10.3
25位 相楽清明 -3.9 -26.8 -34.3 54.4 -10.6
26位 内ヶ崎敬 11.4 -3.6 21.2 -42.0 -13.0
27位 高橋将也 -10.3 25.2 -16.2 -12.4 -13.7
28位 吉田勝弥プロ三段 -29.4 -7.8 -18.8 42.3 -13.7
29位 田村茂利 -18.3 -9.4 5.0 6.3 -16.4
30位 佐々木敏昭 -5.8 -17.1 17.1 -15.4 -21.2
31位 森山茂和プロ九段 -20.5 10.6 10.5 -27.6 -27.0
32位 高宮まりプロ二段 -4.0 -8.0 -24.5 2.0 -34.5
33位 小野寺勝也 -39.4 -10.0 4.3 7.0 -38.1
34位 猪又研一 28.7 -36.9 -32.7 -7.4 -48.3
35位 津島弘光 -51.9 16.1 -5.3 -8.4 -49.5
36位 佐藤春樹 -26.5 -51.4 32.2 -5 -50.7
37位 高橋貞孝 -18 6.1 -29.1 -12.3 -53.3
38位 村上正勝 1.7 -5.4 -56.0 -18.9 -78.6
39位 只野裕次 5.4 -23.8 -37.6 -30.6 -86.6
40位 高橋裕幸 -29 -3.5 -45.3 -13.8 -91.6

東北プロリーグ 成績表/第三回震災復興麻雀大会 成績

順位 名前 1回戦 2回戦 3回戦 4回戦 合計
優勝 及川浩光 19.1 23.8 24.2 48.9 116
準優勝 門田吉郎アマ初段 5.6 42.7 14.1 34.5 96.9
3位 平田孝章プロ六段 65.4 -28.8 -17.1 51.5 71.0
4位 佐藤健矢 22.0 34.1 -5.6 14.2 64.7
5位 野家龍治 25.2 1.9 32.1 -10.8 48.4
6位 星孝典 34.2 24.5 -37.4 22.6 43.9
7位 清水香織プロ五段 -39.9 12.7 24.7 38.0 35.5
8位 及川大輝 -7.1 31.2 33.3 -26.5 30.9
9位 大里奈美プロ二段 -1.6 15.1 -1.7 15.9 27.7
10位 小野正孝 -26.4 79.2 -1.8 -25.9 25.1
11位 小野寺正文 36.3 -37.7 -9.1 34.8 24.3
12位 小島武夫プロ九段 7.9 38.8 -36.9 12.3 22.1
13位 山田直志 25.6 -30.6 12.2 12.4 19.6
14位 小野寺豊 -10.8 32.8 -33.5 27.3 15.8
15位 粕谷勇吉プロ三段 7.8 31.0 1.0 -25.3 14.5
16位 佐藤大介プロ三段 11.2 -29.5 4.5 21.0 7.2
17位 首藤弘二 -6.6 6.1 14.8 -8.7 5.6
18位 千葉清孝 12.6 -29.9 26.7 -8.4 1.0
19位 高橋通 -22.1 -17.1 9.0 30.7 0.5
20位 皆川直毅プロ三段 -6.5 -36.8 9.2 34.3 0.2
21位 佐々木志朗 -34.9 52.8 30.1 -50.9 -2.9
22位 佐藤成幸 32.5 11.6 -5.7 -42.7 -4.3
23位 越前琢磨アマ二段 29.4 10.8 -3.2 -45.6 -8.6
24位 渡邊秀之 -10.9 3.5 23.5 -26.4 -10.3
25位 相楽清明 -3.9 -26.8 -34.3 54.4 -10.6
26位 内ヶ崎敬 11.4 -3.6 21.2 -42.0 -13.0
27位 高橋将也 -10.3 25.2 -16.2 -12.4 -13.7
28位 吉田勝弥プロ三段 -29.4 -7.8 -18.8 42.3 -13.7
29位 田村茂利 -18.3 -9.4 5.0 6.3 -16.4
30位 佐々木敏昭 -5.8 -17.1 17.1 -15.4 -21.2
31位 森山茂和プロ九段 -20.5 10.6 10.5 -27.6 -27.0
32位 高宮まりプロ二段 -4.0 -8.0 -24.5 2.0 -34.5
33位 小野寺勝也 -39.4 -10.0 4.3 7.0 -38.1
34位 猪又研一 28.7 -36.9 -32.7 -7.4 -48.3
35位 津島弘光 -51.9 16.1 -5.3 -8.4 -49.5
36位 佐藤春樹 -26.5 -51.4 32.2 -5 -50.7
37位 高橋貞孝 -18 6.1 -29.1 -12.3 -53.3
38位 村上正勝 1.7 -5.4 -56.0 -18.9 -78.6
39位 只野裕次 5.4 -23.8 -37.6 -30.6 -86.6
40位 高橋裕幸 -29 -3.5 -45.3 -13.8 -91.6

第1回リーチ麻雀世界選手権レポート ケネス徳田

故・阿佐田哲也氏は、一介の雀ボーイの男を、毎日銀座に連れて行っては一流のテーラーで服を作らせ、一流のレストランで料理を食べさせ、一流の作家・著名人と交流を持たせるなど、とにかく一流の雰囲気を身につけさせることから始めた。その英才教育を受けた雀ボーイこそ…後の「ミスター麻雀」小島武夫であった。

 

10年以上も前から、「世界麻雀選手権」という名を冠した麻雀大会は幾つか開催されました。だけどそのルールは「国際公式ルール」という中国麻雀をベースとしたものです。リーチやドラは無くフリテンも王牌も無し。81個もの役があり、鳴いて役を作ることが基本となるなど、日本の麻雀とは大きく異っています。

しかしここ数年、世界各国に日本式麻雀、通称「リーチ麻雀」が段々と浸透し始めてきています。
「リーチ麻雀ノ方ガ面白イネ」という人々が多かったのでしょうか。国際公式ルールの大会に替って、次第にリーチ麻雀の大会が各国で行われるようになり、そしてついに「第1回リーチ麻雀世界選手権」が開催されることになりました。

23ヶ国120名もの選手がフランス・パリに一堂に会す、まさに世界選手権の名にふさわしい大規模な大会です。

そして日本プロ麻雀連盟からは…40名という大人数で世界選手権に乗り込んだのです。

 

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森山茂和

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小島武夫

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荒正義

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伊藤優孝

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前原雄大

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沢崎誠

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瀬戸熊直樹

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藤崎智

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藤原隆弘

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滝沢和典

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佐々木寿人

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ともたけ雅晴

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吉田幸雄

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山井弘

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黒木真生

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猿川真寿

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山田浩之

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杉浦勘介

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中村毅

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井出康平

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古橋崇志

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西島一彦

100

伊賀則夫

100

三戸亮祐

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西川淳

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ケネス・徳田

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二階堂亜樹

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二階堂瑠美

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和泉由希子

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宮内こずえ

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手塚紗掬

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ガース

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ジェン

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ジェマ

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高宮まり

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魚谷侑未

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蒼井ゆりか

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王政芳

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小笠原奈央

 

花の都・芸術の街と形容されるだけあり、パリの街並みは非常に美しいものです。驚くべきことに新築の建物はほどんどなく、大半が築100年以上。特にエッフェル塔は築120年、凱旋門は築180年、そしてノートルダム大聖堂にいたって築650年以上! 非常に長い歴史を持つ、そしてその古さを感じさせない美しさを併せ持った街、それがパリなのです。

 

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パリに来た以上、ルーブル美術館やヴェルサイユ宮殿といった、世界的名所を外すわけにはいきません。ミロのヴィーナスやモナリザ、フランス革命の跡など、芸術と歴史を学ぶ良い機会を選手団は与えられました。

 

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こんな芸術の街で打つ麻雀。しかも相手は世界の人々という、当然ながら未知の経験です。

 

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大会は一発裏ドラあり。30,000点持ち30,000点返し。順位点5,000点・15,000点。つまりプロ連盟Bルールとほとんど同じです。

そしてシステムは半荘8回打って上位32名がトーナメントに進出。半荘2回の各卓2名勝ち上がりを32→16→8→4になるまで行い、最後の4名により半荘2回で優勝を争います。まずは120名中32名に入ることが第一目標です。大会は1日4半荘行われるので、予選8半荘は丸々2日かかります。

 

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大会序盤は、あまり各国の選手とコミニュケーションが取れなかった日本選手団でしたが、後のほうになるにつれ「言葉はわからなくても、ジェスチャーと感情で意思疎通はできる」ことがわかってきたのでしょう。段々会場の各所で聞いたことのある声で「four thousand all(4,000オール)」や「two and fifty. three thousand two hundred(2ハン50符。3,200点)」という点数申告が行われていました。

また、半荘終了後はお互いの健闘を称え、選手同士で握手。これも世界では当然の文化なのでしょう。そういえばサッカーでもユニフォームの交換が必ずありますから、それと同じような意味合いなのかもしれません。

2日間にも渡る予選8半荘の結果、上位32名は次の通り。

 

順位 名前 成績
1 Bartosz Zuk ポーランド 252.9
2 前原雄大 日本 221
3 張敏賢 日本(最高位戦) 191.9
4 山井弘 日本 179.9
5 宮内こずえ 日本 136.9
6 西島一彦 日本 128.8
7 佐々木寿人 日本 128
8 Aidan Robison イギリス 124.6
9 西川淳 日本 123.8
10 Jesper Nohr デンマーク 119.6
11 黒木真生 日本 109.9
12 山田浩之 日本 106.6
13 Allon Scheyer アメリカ 105.6
14 魚谷侑未 日本 104.7
15 桐山のりゆき 日本(プロ協会) 103.5
16 二階堂瑠美 日本 102.2
17 吉田幸雄 日本 96.7
18 Zachary Francks アメリカ 87.6
19 荒正義 日本 77.3
20 ともたけ雅晴 日本 76.8
21 Michael Zahradnik ドイツ 75.2
22 高宮まり 日本 74.1
23 Wenlong Li 中国 71.5
24 二階堂亜樹 日本 68.4
25 藤原隆弘 日本 66.3
26 Anne Mari Raittila フィンランド 62.3
27 Henrik Leth ドイツ 61
28 Axel Eschenburg ドイツ 58.4
29 大崎初音 日本(プロ協会) 57.1
30 Morten Andersen デンマーク 55.7
31 伊賀則夫 日本 55.4
32 John Duckworth イギリス 54.4

 

日本からは20名(プロ連盟は17名)がトーナメント進出になりました。

さて、トーナメントに入ると、ようやくニコ生連盟チャンネルで丸々対局が放送されます。予選道中は配信スタッフも大会に出場しなければいけなかったため、大会の休憩時間を使ってしか放送を行いませんでした。

 

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だけど幸か不幸か、配信スタッフ隊は全員予選敗退となったため3日目からは配信作業に没頭できるようになり、ベスト32は佐々木寿人プロの卓を撮影しました。

 

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佐々木プロvsデンマーク・フィンランド・中国の三ヵ国連合。佐々木プロにとっては当然ながら初めての経験です。しかし麻雀という土俵の上では、やはり佐々木プロに1日の長がありました。1回戦こそ3着でしたが、2回戦では本領発揮で56,000点の大トップ。堂々ベスト16に進出しました。ベスト32の結果は次の通りです。

 

名前
Bartosz Zuk ポーランド
二階堂瑠美 日本
吉田幸雄 日本
John Duckworth イギリス
前原雄大 日本
桐山のりゆき 日本(プロ協会)
Zachary Francks アメリカ
伊賀則夫 日本
張敏賢 日本(最高位戦)
魚谷侑未 日本
荒正義 日本
Morten Andersen デンマーク
山井弘 日本
Allon Scheyer アメリカ
ともたけ雅晴 日本
大崎初音 日本(プロ協会)
宮内こずえ 日本
山田浩之 日本
Michael Zahradnik ドイツ
Axel Eschenburg ドイツ
西島一彦 日本
黒木真生 日本
高宮まり 日本
Henrik Leth ドイツ
佐々木寿人 日本
Jesper Nohr デンマーク
Wenlong Li 中国
Anne Mari Raittila フィンランド
Aidan Robison イギリス
西川淳 日本
二階堂亜樹 日本
藤原隆弘 日本

 

1卓の二階堂瑠美プロと吉田幸雄プロが揃って敗退という番狂わせが起こります。このBartosz Zuk(ポーランド)選手は予選1位通過。やはり世界にも強豪がいたのでした。

 

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「右下がBartosz Zuk選手」

 

話は変わって、本来ヨーロッパの気候は乾燥していて涼しく、パリも普段は曇り空で過ごしやすい環境なのです。

ですがこの大会の間、異常気象とも言えるくらいのカンカン照りが続いていました。

 

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しかも元々涼しい環境ですから、会場となる建物に冷房はおろかカーテンもありませんでした。そのため強い日差しに対しては卓自体を動かして凌いでいたのです。

さて ベスト16というと3日目の後半戦。慣れぬ地域と予想外の暑さ、ベストコンディションとはいえない中、体力のある若手は…なんとここで全滅しました。当然3人残っていた女流プロたちもここで全員敗退です。意外にも各卓のベテラン勢の方がベスト8に勝ち残ったのです。

 

名前
Bartosz Zuk ポーランド
魚谷侑未 日本
山井弘 日本
西川淳 日本
John Duckworth イギリス
荒正義 日本
山田浩之 日本
黒木真生 日本
伊賀則夫 日本
ともたけ雅晴 日本
宮内こずえ 日本
Wenlong Li 中国
桐山のりゆき 日本(プロ協会)
西島一彦 日本
佐々木寿人 日本
二階堂亜樹 日本

 

ベスト8、つまり準決勝です。各卓上位2名が決勝戦に進出します。

【1卓】伊賀則夫vs桐山のりゆき(プロ協会)vs西島一彦vsJohn Duckworth(イギリス)

 

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【2卓】荒正義vsともたけ雅晴vs西川淳vs山井弘

 

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1卓は伊賀則夫プロと西島一彦プロが同卓。どちらも70歳近い高齢ですが、海外慣れしているためかベストに近いコンディションを維持してここまでたどり着きました。

1回戦、プロ協会の桐山のりゆきプロが49,300点の大トップ。30,300点で耐えた伊賀プロが2着、一方西島プロは14,300点の4着でした。しかし2回戦目で西島プロが52,500点と初戦のラスを挽回するトップ。マスターズチャンプの意地を見せ見事決勝進出しました。

 

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1卓決勝進出:桐山のりゆき(プロ協会)、西島一彦

2卓は荒正義プロが35,200点のトップ。ただそれほど点差が無いため、勝負は2回戦に引き継がれます。初戦トップで安泰と思われた荒プロ、終わってみればまさかのハコ下5,000点のラス! ともたけ雅晴プロも1回戦のラスが響いてここで敗退となりました。

 

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2卓決勝進出:西川淳、山井弘

以上4名が決勝進出、この中で初代のリーチ麻雀世界チャンピオンが決まります。

 

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決勝戦は2台のカメラによるスイッチングで全員の手牌を見られるようにしました。
そして別室での観戦も可能にしてあります。

 

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さて、1回戦は山井弘プロが49,800点のトップ。それを桐山プロ、西島プロ、西川プロの並びで2回戦をむかえます。

2回戦オーラス、西島プロがトップ、山井プロが3着であったためトータルポイントは西島プロが上。と言っても山井プロの条件はそう厳しいものではありませんでした。

ところがラス親の西川プロが怒涛の連荘。順位も入れ替わり山井プロの条件が段々厳しくなっていきますが、気がつけば西川プロは西島プロも追い越し2回戦のトップ目に立ちました。

西島プロが2着目に落ちたため、一気に条件が緩くなった山井プロがきっちりアガリをものにし、初代世界チャンピオンの栄光を手に入れたのです。

 

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また、最優秀女性選手賞として総合11位の魚谷侑未プロが選ばれました。

 

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第1回リーチ麻雀世界選手権は山井プロの優勝で幕を閉じました。そして第2回以降の計画も進んでおり、第2回は3年後の2017年アメリカ開催が予定されております。そして以降はイギリス、ロシア、そして日本も候補地に挙がっています。

 

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そう考えると今後、世界を対象としたリーチ麻雀の普及を現実的に考える必要があります。そのためにはまず日本人特有の言葉の壁を含む鎖国的精神をいかに払拭させるか…そういう意味では今回パリの参加メンバーにとっては非常に効果があったかもしれません。

 

森山茂和・日本プロ麻雀連盟会長は40人もの麻雀プロをパリに連れて行き、伝統的な芸術や文化に触れさせ、世界の人々との交流を持たせた。その経験を与えられた人々は将来の麻雀界を担う存在として、さらに後世の人々へ…。

プロ雀士コラム/第1回リーチ麻雀世界選手権レポート ケネス徳田

故・阿佐田哲也氏は、一介の雀ボーイの男を、毎日銀座に連れて行っては一流のテーラーで服を作らせ、一流のレストランで料理を食べさせ、一流の作家・著名人と交流を持たせるなど、とにかく一流の雰囲気を身につけさせることから始めた。その英才教育を受けた雀ボーイこそ…後の「ミスター麻雀」小島武夫であった。
 
10年以上も前から、「世界麻雀選手権」という名を冠した麻雀大会は幾つか開催されました。だけどそのルールは「国際公式ルール」という中国麻雀をベースとしたものです。リーチやドラは無くフリテンも王牌も無し。81個もの役があり、鳴いて役を作ることが基本となるなど、日本の麻雀とは大きく異っています。
しかしここ数年、世界各国に日本式麻雀、通称「リーチ麻雀」が段々と浸透し始めてきています。
「リーチ麻雀ノ方ガ面白イネ」という人々が多かったのでしょうか。国際公式ルールの大会に替って、次第にリーチ麻雀の大会が各国で行われるようになり、そしてついに「第1回リーチ麻雀世界選手権」が開催されることになりました。
23ヶ国120名もの選手がフランス・パリに一堂に会す、まさに世界選手権の名にふさわしい大規模な大会です。
そして日本プロ麻雀連盟からは…40名という大人数で世界選手権に乗り込んだのです。
 

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森山茂和

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小島武夫

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荒正義

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伊藤優孝

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前原雄大

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沢崎誠

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瀬戸熊直樹

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藤崎智

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藤原隆弘

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滝沢和典

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佐々木寿人

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ともたけ雅晴

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吉田幸雄

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山井弘

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黒木真生

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猿川真寿

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山田浩之

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杉浦勘介

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中村毅

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井出康平

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古橋崇志

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西島一彦

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伊賀則夫

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三戸亮祐

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西川淳

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ケネス・徳田

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二階堂亜樹

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二階堂瑠美

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和泉由希子

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宮内こずえ

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手塚紗掬

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ガース

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ジェン

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ジェマ

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高宮まり

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魚谷侑未

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蒼井ゆりか

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王政芳

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小笠原奈央

 
花の都・芸術の街と形容されるだけあり、パリの街並みは非常に美しいものです。驚くべきことに新築の建物はほどんどなく、大半が築100年以上。特にエッフェル塔は築120年、凱旋門は築180年、そしてノートルダム大聖堂にいたって築650年以上! 非常に長い歴史を持つ、そしてその古さを感じさせない美しさを併せ持った街、それがパリなのです。
 

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パリに来た以上、ルーブル美術館やヴェルサイユ宮殿といった、世界的名所を外すわけにはいきません。ミロのヴィーナスやモナリザ、フランス革命の跡など、芸術と歴史を学ぶ良い機会を選手団は与えられました。
 

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こんな芸術の街で打つ麻雀。しかも相手は世界の人々という、当然ながら未知の経験です。
 

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大会は一発裏ドラあり。30,000点持ち30,000点返し。順位点5,000点・15,000点。つまりプロ連盟Bルールとほとんど同じです。
そしてシステムは半荘8回打って上位32名がトーナメントに進出。半荘2回の各卓2名勝ち上がりを32→16→8→4になるまで行い、最後の4名により半荘2回で優勝を争います。まずは120名中32名に入ることが第一目標です。大会は1日4半荘行われるので、予選8半荘は丸々2日かかります。
 

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大会序盤は、あまり各国の選手とコミニュケーションが取れなかった日本選手団でしたが、後のほうになるにつれ「言葉はわからなくても、ジェスチャーと感情で意思疎通はできる」ことがわかってきたのでしょう。段々会場の各所で聞いたことのある声で「four thousand all(4,000オール)」や「two and fifty. three thousand two hundred(2ハン50符。3,200点)」という点数申告が行われていました。
また、半荘終了後はお互いの健闘を称え、選手同士で握手。これも世界では当然の文化なのでしょう。そういえばサッカーでもユニフォームの交換が必ずありますから、それと同じような意味合いなのかもしれません。
2日間にも渡る予選8半荘の結果、上位32名は次の通り。
 

順位 名前 成績
1 Bartosz Zuk ポーランド 252.9
2 前原雄大 日本 221
3 張敏賢 日本(最高位戦) 191.9
4 山井弘 日本 179.9
5 宮内こずえ 日本 136.9
6 西島一彦 日本 128.8
7 佐々木寿人 日本 128
8 Aidan Robison イギリス 124.6
9 西川淳 日本 123.8
10 Jesper Nohr デンマーク 119.6
11 黒木真生 日本 109.9
12 山田浩之 日本 106.6
13 Allon Scheyer アメリカ 105.6
14 魚谷侑未 日本 104.7
15 桐山のりゆき 日本(プロ協会) 103.5
16 二階堂瑠美 日本 102.2
17 吉田幸雄 日本 96.7
18 Zachary Francks アメリカ 87.6
19 荒正義 日本 77.3
20 ともたけ雅晴 日本 76.8
21 Michael Zahradnik ドイツ 75.2
22 高宮まり 日本 74.1
23 Wenlong Li 中国 71.5
24 二階堂亜樹 日本 68.4
25 藤原隆弘 日本 66.3
26 Anne Mari Raittila フィンランド 62.3
27 Henrik Leth ドイツ 61
28 Axel Eschenburg ドイツ 58.4
29 大崎初音 日本(プロ協会) 57.1
30 Morten Andersen デンマーク 55.7
31 伊賀則夫 日本 55.4
32 John Duckworth イギリス 54.4

 
日本からは20名(プロ連盟は17名)がトーナメント進出になりました。
さて、トーナメントに入ると、ようやくニコ生連盟チャンネルで丸々対局が放送されます。予選道中は配信スタッフも大会に出場しなければいけなかったため、大会の休憩時間を使ってしか放送を行いませんでした。
 

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だけど幸か不幸か、配信スタッフ隊は全員予選敗退となったため3日目からは配信作業に没頭できるようになり、ベスト32は佐々木寿人プロの卓を撮影しました。
 

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佐々木プロvsデンマーク・フィンランド・中国の三ヵ国連合。佐々木プロにとっては当然ながら初めての経験です。しかし麻雀という土俵の上では、やはり佐々木プロに1日の長がありました。1回戦こそ3着でしたが、2回戦では本領発揮で56,000点の大トップ。堂々ベスト16に進出しました。ベスト32の結果は次の通りです。
 

名前
Bartosz Zuk ポーランド
二階堂瑠美 日本
吉田幸雄 日本
John Duckworth イギリス
前原雄大 日本
桐山のりゆき 日本(プロ協会)
Zachary Francks アメリカ
伊賀則夫 日本
張敏賢 日本(最高位戦)
魚谷侑未 日本
荒正義 日本
Morten Andersen デンマーク
山井弘 日本
Allon Scheyer アメリカ
ともたけ雅晴 日本
大崎初音 日本(プロ協会)
宮内こずえ 日本
山田浩之 日本
Michael Zahradnik ドイツ
Axel Eschenburg ドイツ
西島一彦 日本
黒木真生 日本
高宮まり 日本
Henrik Leth ドイツ
佐々木寿人 日本
Jesper Nohr デンマーク
Wenlong Li 中国
Anne Mari Raittila フィンランド
Aidan Robison イギリス
西川淳 日本
二階堂亜樹 日本
藤原隆弘 日本

 
1卓の二階堂瑠美プロと吉田幸雄プロが揃って敗退という番狂わせが起こります。このBartosz Zuk(ポーランド)選手は予選1位通過。やはり世界にも強豪がいたのでした。
 

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「右下がBartosz Zuk選手」

 
話は変わって、本来ヨーロッパの気候は乾燥していて涼しく、パリも普段は曇り空で過ごしやすい環境なのです。
ですがこの大会の間、異常気象とも言えるくらいのカンカン照りが続いていました。
 

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しかも元々涼しい環境ですから、会場となる建物に冷房はおろかカーテンもありませんでした。そのため強い日差しに対しては卓自体を動かして凌いでいたのです。
さて ベスト16というと3日目の後半戦。慣れぬ地域と予想外の暑さ、ベストコンディションとはいえない中、体力のある若手は…なんとここで全滅しました。当然3人残っていた女流プロたちもここで全員敗退です。意外にも各卓のベテラン勢の方がベスト8に勝ち残ったのです。
 

名前
Bartosz Zuk ポーランド
魚谷侑未 日本
山井弘 日本
西川淳 日本
John Duckworth イギリス
荒正義 日本
山田浩之 日本
黒木真生 日本
伊賀則夫 日本
ともたけ雅晴 日本
宮内こずえ 日本
Wenlong Li 中国
桐山のりゆき 日本(プロ協会)
西島一彦 日本
佐々木寿人 日本
二階堂亜樹 日本

 
ベスト8、つまり準決勝です。各卓上位2名が決勝戦に進出します。
【1卓】伊賀則夫vs桐山のりゆき(プロ協会)vs西島一彦vsJohn Duckworth(イギリス)
 

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【2卓】荒正義vsともたけ雅晴vs西川淳vs山井弘
 

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1卓は伊賀則夫プロと西島一彦プロが同卓。どちらも70歳近い高齢ですが、海外慣れしているためかベストに近いコンディションを維持してここまでたどり着きました。
1回戦、プロ協会の桐山のりゆきプロが49,300点の大トップ。30,300点で耐えた伊賀プロが2着、一方西島プロは14,300点の4着でした。しかし2回戦目で西島プロが52,500点と初戦のラスを挽回するトップ。マスターズチャンプの意地を見せ見事決勝進出しました。
 

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1卓決勝進出:桐山のりゆき(プロ協会)、西島一彦
2卓は荒正義プロが35,200点のトップ。ただそれほど点差が無いため、勝負は2回戦に引き継がれます。初戦トップで安泰と思われた荒プロ、終わってみればまさかのハコ下5,000点のラス! ともたけ雅晴プロも1回戦のラスが響いてここで敗退となりました。
 

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2卓決勝進出:西川淳、山井弘
以上4名が決勝進出、この中で初代のリーチ麻雀世界チャンピオンが決まります。
 

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決勝戦は2台のカメラによるスイッチングで全員の手牌を見られるようにしました。
そして別室での観戦も可能にしてあります。
 

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さて、1回戦は山井弘プロが49,800点のトップ。それを桐山プロ、西島プロ、西川プロの並びで2回戦をむかえます。
2回戦オーラス、西島プロがトップ、山井プロが3着であったためトータルポイントは西島プロが上。と言っても山井プロの条件はそう厳しいものではありませんでした。
ところがラス親の西川プロが怒涛の連荘。順位も入れ替わり山井プロの条件が段々厳しくなっていきますが、気がつけば西川プロは西島プロも追い越し2回戦のトップ目に立ちました。
西島プロが2着目に落ちたため、一気に条件が緩くなった山井プロがきっちりアガリをものにし、初代世界チャンピオンの栄光を手に入れたのです。
 

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また、最優秀女性選手賞として総合11位の魚谷侑未プロが選ばれました。
 

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第1回リーチ麻雀世界選手権は山井プロの優勝で幕を閉じました。そして第2回以降の計画も進んでおり、第2回は3年後の2017年アメリカ開催が予定されております。そして以降はイギリス、ロシア、そして日本も候補地に挙がっています。
 

100

 
そう考えると今後、世界を対象としたリーチ麻雀の普及を現実的に考える必要があります。そのためにはまず日本人特有の言葉の壁を含む鎖国的精神をいかに払拭させるか…そういう意味では今回パリの参加メンバーにとっては非常に効果があったかもしれません。

 
森山茂和・日本プロ麻雀連盟会長は40人もの麻雀プロをパリに連れて行き、伝統的な芸術や文化に触れさせ、世界の人々との交流を持たせた。その経験を与えられた人々は将来の麻雀界を担う存在として、さらに後世の人々へ…。

第31期A1リーグ第5節レポート 前田 直哉

今回の対戦相手は、瀬戸熊プロ、沢崎プロ、荒プロである。
言わずと知れた、実績も実力もある面々との対局であるが緊張は無い。
対局前には、解説の前原プロも含め、皆さん温かく話しかけてくれる。

いつも思うのだが、A1の人達は本当に優しい人達ばかりである。
雀力は勿論だが、人としての出来が麻雀の力に繋がっているのでは?と思えるほどである。
だが、一度卓につくと優しさは鳴りを潜め、皆鬼と化す。

初戦は▲0.1Pでなんとか踏ん張るが、浮き足立っているのを自覚していた。
そして第2戦、瀬戸熊プロがピンフをアガリ回ってきた東2局の親番。

二万六万六万六万八万八万二筒四筒七筒九筒南中中  ドラ三索

ここから第一打の中をポン…
タイムシフトを見て自分でも驚いた。ここから1枚目を鳴くのは、自分のスタイルでは無い。

結果は700オールをアガるのだが、決して良いアガリでは無い。
牌姿を見て3者は何を感じたであろう…

まさに浮き足立っている典型であろうその後、特に見せ場も無いまま、またもマイナスで終わる。

第3戦も苦しいまま終わり、迎えた最終戦オーラス。
持ち点は29,600点。アガれば浮きの状況で、8巡目の手牌がこうである。

三万四万二索三索七索八索二筒二筒四筒五筒五筒六筒七筒  ツモ六筒  ドラ一筒

メンツ選択だが、トップとは6,500点差なので、タンヤオも見るとマンズには手をかけられない…
場況は、一索が1枚切れで、九索は1枚も見えていない。
この巡目で1枚も見えてないのは、どこかにかたまって持たれてる可能性もあると考え打七索とする。
次巡、二万を引き入れてテンパイを果たす。

ここで、確実に浮きだけを狙うならヤミテンでいくところだが、四索引きのトップまで考えリーチを選択する。
結果だけ言うと、リーチの段階では、残りの一索九索も全部山に残っていた。
しかし、持ってくるのは九索のほうで、そのまま瀬戸熊プロに巧く廻し打たれ2,000点の放銃で終わる。

ツイてない?そうではない。
自分が最後まで浮き足立ったままだったということだと思う。

これでリーグ戦の半分が終わった。
瀬戸熊プロは独走のままで、ほぼ決定戦は当確であろう。
残りの2つの椅子を誰が奪うのか、今日は反省すべき点が多々あった。
でもやっぱA1って楽しいわ。

プロリーグ(鳳凰戦)レポート/第31期A1リーグ第5節レポート 前田 直哉

今回の対戦相手は、瀬戸熊プロ、沢崎プロ、荒プロである。
言わずと知れた、実績も実力もある面々との対局であるが緊張は無い。
対局前には、解説の前原プロも含め、皆さん温かく話しかけてくれる。
いつも思うのだが、A1の人達は本当に優しい人達ばかりである。
雀力は勿論だが、人としての出来が麻雀の力に繋がっているのでは?と思えるほどである。
だが、一度卓につくと優しさは鳴りを潜め、皆鬼と化す。
初戦は▲0.1Pでなんとか踏ん張るが、浮き足立っているのを自覚していた。
そして第2戦、瀬戸熊プロがピンフをアガリ回ってきた東2局の親番。
二万六万六万六万八万八万二筒四筒七筒九筒南中中  ドラ三索
ここから第一打の中をポン…
タイムシフトを見て自分でも驚いた。ここから1枚目を鳴くのは、自分のスタイルでは無い。
結果は700オールをアガるのだが、決して良いアガリでは無い。
牌姿を見て3者は何を感じたであろう…
まさに浮き足立っている典型であろうその後、特に見せ場も無いまま、またもマイナスで終わる。
第3戦も苦しいまま終わり、迎えた最終戦オーラス。
持ち点は29,600点。アガれば浮きの状況で、8巡目の手牌がこうである。
三万四万二索三索七索八索二筒二筒四筒五筒五筒六筒七筒  ツモ六筒  ドラ一筒
メンツ選択だが、トップとは6,500点差なので、タンヤオも見るとマンズには手をかけられない…
場況は、一索が1枚切れで、九索は1枚も見えていない。
この巡目で1枚も見えてないのは、どこかにかたまって持たれてる可能性もあると考え打七索とする。
次巡、二万を引き入れてテンパイを果たす。
ここで、確実に浮きだけを狙うならヤミテンでいくところだが、四索引きのトップまで考えリーチを選択する。
結果だけ言うと、リーチの段階では、残りの一索九索も全部山に残っていた。
しかし、持ってくるのは九索のほうで、そのまま瀬戸熊プロに巧く廻し打たれ2,000点の放銃で終わる。
ツイてない?そうではない。
自分が最後まで浮き足立ったままだったということだと思う。
これでリーグ戦の半分が終わった。
瀬戸熊プロは独走のままで、ほぼ決定戦は当確であろう。
残りの2つの椅子を誰が奪うのか、今日は反省すべき点が多々あった。
でもやっぱA1って楽しいわ。

第91回:菅原千瑛

同期の井上絵美子プロからバトンを受け取りました、日本プロ麻雀連盟28期生、菅原千瑛です。
千瑛はひろえと読みます。そうですよね、読めませんよね。はい、よく言われます(笑)

(こっそりと、王位を獲られた森下剛任プロ(ごーにんさんではなく、まさとさん)といい勝負だと思っております(・∀・)読めなさが、です(笑))

昔から物を書くことが好きだったので、リレーエッセィのお仕事をもらえた時は本当に素直に嬉しかったです。
自己紹介は以前2012/10/16のロン2ブログに書かせていただいたので、そちらも合わせてぜひよろしくお願いします♪

私が初めて連盟のプロテストを受験してから、もうすぐ3年が経とうとしています。
19歳の秋、スーツで新橋を迷子になりながら歩いたこと、次の日、実技で失敗してしまい、泣きながら有楽町の街を歩いたこと、今でも鮮明に思い出せます。(思い出す度、赤面ものですが(笑))

そんな私ももうすぐプロになってから3年目を迎えようとしております。

そして只今、最強戦ガール東日本担当として、アマチュア最強戦の店舗予選に参加したり、ニコニコ生放送の麻雀最強戦チャンネル「麻雀最強戦2014」「麻雀ニュース」でアシスタントとしても、日夜お仕事をさせていただいております。

最強戦については、以前2014/07/11のロン2ブログに書かせていただ…(敬称略)

と、いうことで、はてさて、憧れのリレーエッセィで何を書けば良いのやら…( ゚д゚)笑
焦って頭を抱えつつ、パソコンの中を掘り起こしていると、丁度2年前、プロテストの課題として提出した文章を見つけました。

課題のテーマは「今回プロテストを受けて自分がどんなプロになりたいか」みたいな感じだったような…違うような…(笑)

『私の千瑛という名前の由来は、千もの数え切れない程の宝玉や光に包まれるように、つまり沢山の出会いや環境に恵まれるように、とつけられたものらしい。物心のつくかつかないかという時期にこのことを知り、それから今までずっと、私はこの名前を誇りに思っている。
ひろえ、と一度では絶対に読めないし覚えづらいのがたまにきずではあるが。
今、学校に通ったり麻雀をしたりしていて、本当に沢山の優しい人達に何度も助けられたり様々なことを教わることの出来る恵まれた環境があって、私はその名の通り千瑛で良かったなと痛感させられている。
例えば、知名度が上がるということは、好意が増えるとともに敵意も増えるということであるから、頑張って顔と名前を覚えてもらえたところで、みんなに愛されるのは無理かもしれない。
でも、みんなに愛されなくてもいいから私は自分らしさを貫ける人間になりたい。
人に認められたい。それ位強くなりたい。けれども自分らしく、ぶれずに、そのままの自分を認めてほしい人に認めてもらえることが第一の目標で、その次に沢山の人に愛される存在になりたい。そのための努力を決して惜しまずに、驕り高ぶることなく、地道に堅実に、けれども早く着実に実力をつけていきたい。結果は分からないけれど、まずは焦らず出来ること全てをやり尽くす気持ちで臨みたい。というのが今の率直な気持ちである。
女流プロとは特殊な職業であり、求められるものが単純明快ではない。
見目麗しく、それでいて麻雀が強く、凛々しくいるためには様々な努力が必要であろう。今はとにかく沢山の人と麻雀が打ちたい。沢山の場所に行って、自分の目でみて確かめたい。沢山の人と出会って話して、自分の成長につなげていきたい。もちろん自分自身も女であるからには女として見られるものだと思うので自分を磨くことを怠らずにしっかりしていきたい。
そうして一緒に麻雀を打った人に、また麻雀を打ちたいな、また会いたいな、と思ってもらえたら、誰かに自分の印象や記憶が残ることがあれば、この上なく幸せである。
連盟のプロテストを初めて受けてからはや10ヶ月、後期のプロテストが始まってから約4ヶ月経つ。連盟のプロの方に直接指導いただける機会であったプロテストで教わったこと一つ一つを大切に、未熟は未熟なりに模索して思考して過ごしてきた月日と努力の賜物をこれから先発揮していけたら良いと思う。
きっとこれから悔しい思いも悲しい思いも山ほどするだろう。けれどもそれをバネに成長出来る麻雀プロに私はなりたい。そうして私は日本プロ麻雀連盟の女流プロですと胸を張って言えるよう、日々精進していきたいと思う。』

拙い、約2年前の私の文章。

ちょっとちょっと、色々と日本語の使い方間違ってる気がするけど大丈夫?と思わず2年前の私に話しかけたくなる文章(笑)

それでも、ここに書いてあることに嘘偽りは一切ない。

この文章を書いていた頃よく考えていたのは、「この世界に足を踏み入れる人のどれくらいの人数がどれくらいの本気さなのだろう?」ということ。
(それは人によるもので、目的も方向性も様々で、何が良いとか悪いとかではないことだと思っているけれども)

冒頭にも書いたように(月日が経つのは早いものであれから3年!)もうすぐ31期のプロテストがあるけれども、「プロになることがゴールなんかじゃなく、例えタイトルを獲得しても、まだまだこれから」そういった姿勢の、常に本気の先輩方の背中をプロになってから沢山見てきて、骨を埋める覚悟を持ってこの世界に飛び込んだ私は、この2年間でますます、死ぬまでずっと麻雀プロでありたい。強くなりたい。強くあらねばならない。と思わずにはいられない。

プロになって、沢山の人に出会った。沢山の応援や、沢山の嬉しい言葉をもらった。

そして今まで頂いた、
ロン2のCM(初めて小島先生にお会いして、「生こじたけだ!」と内心大興奮してました。すみません)、

ファン感謝祭(初めて出させていただいたファン感謝祭は、後にも先にも生まれて初めて1日であんなに沢山のサインを書きました)、

リアル大会(プロの中で4位!でも家に携帯を忘れて1枚も写真撮れずしょんぼり)、

写真集「国士無双」(水着での乗馬初体験。サーファー達の珍しいものを見るような視線が痛かった…。)、

二段への道(勝又プロの番組後のリアルダメ出しに落ち込みつつ奮起しながら歩いた帰り道…。)、

天空への道(初めての決勝。緊張しすぎて、テレビを意識してるんだかしてないんだかよく分からない打牌や自分らしくない麻雀をしてしまい、反省も後悔もいっぱいです)、

そして、最強戦(生放送本番の緊張感をやっと楽しめるようになってきました。嬉しい!)などなど、
沢山の印象深いお仕事たち。

(昔に比べてメディアやゲストのお仕事も増え、恵まれた時代になったそうで、それもこれも全部その道を築き上げてきて下さった先輩方のおかげである。なんてありがたい。書いてる内にちょっと泣きそうになりました。ああもう、本当に、なんていうか、恐縮です。)

日々のゲストや常勤など、雀荘でお仕事。
タイトル戦、リーグ戦、毎週の勉強会。Aルールのセット。

こうして様々な経験や出会いを振り返ると思い出いっぱい、胸いっぱいです。
そんな全ての貴重な経験と出会いが、少しずつ大きくなる年輪のように、プロ雀士菅原千瑛を形成していくんだなと思います。

プロなのだから、結果を残して、沢山の恩返しをしていかなくてはならないなと、今も、
”努力を決して惜しまずに、驕り高ぶることなく、地道に堅実に”
”焦らず出来ること全てをやり尽くす気持ちで臨み”
”日々精進していきたいと思う”
今日この頃です。

感謝の気持ちを忘れずに、経験を生かさねば!頑張って恩返しするぞーーー!待っててね!!!と、意気込みは十分です。

タイトルを獲得して、またこのリレーエッセィに登場出来た際には、ぜひぜひ麻雀のことをたんまり書けたらなと思います。

いやはや、ついつい私事というか独り言のような文章をだらだらと書いていたら長くなってしまいました。
ここまで読んで下さった皆々様、本当にありがとうございました。

さて、井上絵美子プロからいただいたこのバトン。
私から、女流桜花では今年からAリーグで奮闘中!
公私共に仲良くさせていただいている先輩、27期生の立花つくしプロにバトンタッチしたいと思います。

つくしちゃん、よろしくお願いします!

ひろえより(。・ω・。)ノ

リレーエッセィ/第91回:菅原千瑛

同期の井上絵美子プロからバトンを受け取りました、日本プロ麻雀連盟28期生、菅原千瑛です。
千瑛はひろえと読みます。そうですよね、読めませんよね。はい、よく言われます(笑)
(こっそりと、王位を獲られた森下剛任プロ(ごーにんさんではなく、まさとさん)といい勝負だと思っております(・∀・)読めなさが、です(笑))
昔から物を書くことが好きだったので、リレーエッセィのお仕事をもらえた時は本当に素直に嬉しかったです。
自己紹介は以前2012/10/16のロン2ブログに書かせていただいたので、そちらも合わせてぜひよろしくお願いします♪
私が初めて連盟のプロテストを受験してから、もうすぐ3年が経とうとしています。
19歳の秋、スーツで新橋を迷子になりながら歩いたこと、次の日、実技で失敗してしまい、泣きながら有楽町の街を歩いたこと、今でも鮮明に思い出せます。(思い出す度、赤面ものですが(笑))
そんな私ももうすぐプロになってから3年目を迎えようとしております。
そして只今、最強戦ガール東日本担当として、アマチュア最強戦の店舗予選に参加したり、ニコニコ生放送の麻雀最強戦チャンネル「麻雀最強戦2014」「麻雀ニュース」でアシスタントとしても、日夜お仕事をさせていただいております。
最強戦については、以前2014/07/11のロン2ブログに書かせていただ…(敬称略)
と、いうことで、はてさて、憧れのリレーエッセィで何を書けば良いのやら…( ゚д゚)笑
焦って頭を抱えつつ、パソコンの中を掘り起こしていると、丁度2年前、プロテストの課題として提出した文章を見つけました。
課題のテーマは「今回プロテストを受けて自分がどんなプロになりたいか」みたいな感じだったような…違うような…(笑)
『私の千瑛という名前の由来は、千もの数え切れない程の宝玉や光に包まれるように、つまり沢山の出会いや環境に恵まれるように、とつけられたものらしい。物心のつくかつかないかという時期にこのことを知り、それから今までずっと、私はこの名前を誇りに思っている。
ひろえ、と一度では絶対に読めないし覚えづらいのがたまにきずではあるが。
今、学校に通ったり麻雀をしたりしていて、本当に沢山の優しい人達に何度も助けられたり様々なことを教わることの出来る恵まれた環境があって、私はその名の通り千瑛で良かったなと痛感させられている。
例えば、知名度が上がるということは、好意が増えるとともに敵意も増えるということであるから、頑張って顔と名前を覚えてもらえたところで、みんなに愛されるのは無理かもしれない。
でも、みんなに愛されなくてもいいから私は自分らしさを貫ける人間になりたい。
人に認められたい。それ位強くなりたい。けれども自分らしく、ぶれずに、そのままの自分を認めてほしい人に認めてもらえることが第一の目標で、その次に沢山の人に愛される存在になりたい。そのための努力を決して惜しまずに、驕り高ぶることなく、地道に堅実に、けれども早く着実に実力をつけていきたい。結果は分からないけれど、まずは焦らず出来ること全てをやり尽くす気持ちで臨みたい。というのが今の率直な気持ちである。
女流プロとは特殊な職業であり、求められるものが単純明快ではない。
見目麗しく、それでいて麻雀が強く、凛々しくいるためには様々な努力が必要であろう。今はとにかく沢山の人と麻雀が打ちたい。沢山の場所に行って、自分の目でみて確かめたい。沢山の人と出会って話して、自分の成長につなげていきたい。もちろん自分自身も女であるからには女として見られるものだと思うので自分を磨くことを怠らずにしっかりしていきたい。
そうして一緒に麻雀を打った人に、また麻雀を打ちたいな、また会いたいな、と思ってもらえたら、誰かに自分の印象や記憶が残ることがあれば、この上なく幸せである。
連盟のプロテストを初めて受けてからはや10ヶ月、後期のプロテストが始まってから約4ヶ月経つ。連盟のプロの方に直接指導いただける機会であったプロテストで教わったこと一つ一つを大切に、未熟は未熟なりに模索して思考して過ごしてきた月日と努力の賜物をこれから先発揮していけたら良いと思う。
きっとこれから悔しい思いも悲しい思いも山ほどするだろう。けれどもそれをバネに成長出来る麻雀プロに私はなりたい。そうして私は日本プロ麻雀連盟の女流プロですと胸を張って言えるよう、日々精進していきたいと思う。』
拙い、約2年前の私の文章。
ちょっとちょっと、色々と日本語の使い方間違ってる気がするけど大丈夫?と思わず2年前の私に話しかけたくなる文章(笑)
それでも、ここに書いてあることに嘘偽りは一切ない。
この文章を書いていた頃よく考えていたのは、「この世界に足を踏み入れる人のどれくらいの人数がどれくらいの本気さなのだろう?」ということ。
(それは人によるもので、目的も方向性も様々で、何が良いとか悪いとかではないことだと思っているけれども)
冒頭にも書いたように(月日が経つのは早いものであれから3年!)もうすぐ31期のプロテストがあるけれども、「プロになることがゴールなんかじゃなく、例えタイトルを獲得しても、まだまだこれから」そういった姿勢の、常に本気の先輩方の背中をプロになってから沢山見てきて、骨を埋める覚悟を持ってこの世界に飛び込んだ私は、この2年間でますます、死ぬまでずっと麻雀プロでありたい。強くなりたい。強くあらねばならない。と思わずにはいられない。
プロになって、沢山の人に出会った。沢山の応援や、沢山の嬉しい言葉をもらった。
そして今まで頂いた、
ロン2のCM(初めて小島先生にお会いして、「生こじたけだ!」と内心大興奮してました。すみません)、
ファン感謝祭(初めて出させていただいたファン感謝祭は、後にも先にも生まれて初めて1日であんなに沢山のサインを書きました)、
リアル大会(プロの中で4位!でも家に携帯を忘れて1枚も写真撮れずしょんぼり)、
写真集「国士無双」(水着での乗馬初体験。サーファー達の珍しいものを見るような視線が痛かった…。)、
二段への道(勝又プロの番組後のリアルダメ出しに落ち込みつつ奮起しながら歩いた帰り道…。)、
天空への道(初めての決勝。緊張しすぎて、テレビを意識してるんだかしてないんだかよく分からない打牌や自分らしくない麻雀をしてしまい、反省も後悔もいっぱいです)、
そして、最強戦(生放送本番の緊張感をやっと楽しめるようになってきました。嬉しい!)などなど、
沢山の印象深いお仕事たち。
(昔に比べてメディアやゲストのお仕事も増え、恵まれた時代になったそうで、それもこれも全部その道を築き上げてきて下さった先輩方のおかげである。なんてありがたい。書いてる内にちょっと泣きそうになりました。ああもう、本当に、なんていうか、恐縮です。)
日々のゲストや常勤など、雀荘でお仕事。
タイトル戦、リーグ戦、毎週の勉強会。Aルールのセット。
こうして様々な経験や出会いを振り返ると思い出いっぱい、胸いっぱいです。
そんな全ての貴重な経験と出会いが、少しずつ大きくなる年輪のように、プロ雀士菅原千瑛を形成していくんだなと思います。
プロなのだから、結果を残して、沢山の恩返しをしていかなくてはならないなと、今も、
”努力を決して惜しまずに、驕り高ぶることなく、地道に堅実に”
”焦らず出来ること全てをやり尽くす気持ちで臨み”
”日々精進していきたいと思う”
今日この頃です。
感謝の気持ちを忘れずに、経験を生かさねば!頑張って恩返しするぞーーー!待っててね!!!と、意気込みは十分です。
タイトルを獲得して、またこのリレーエッセィに登場出来た際には、ぜひぜひ麻雀のことをたんまり書けたらなと思います。
いやはや、ついつい私事というか独り言のような文章をだらだらと書いていたら長くなってしまいました。
ここまで読んで下さった皆々様、本当にありがとうございました。
さて、井上絵美子プロからいただいたこのバトン。
私から、女流桜花では今年からAリーグで奮闘中!
公私共に仲良くさせていただいている先輩、27期生の立花つくしプロにバトンタッチしたいと思います。
つくしちゃん、よろしくお願いします!
ひろえより(。・ω・。)ノ