第40期王位戦~決勝戦~
―――――時はあまりにも早く過ぎ行く。喜びも悲しみもすべては束の間だったように思える。
荒正義が第5期王位に輝いたのは、若干23歳の時であり、私はそれを麻雀専門誌で知り心を震わせた。
その年の盛夏に、今は亡きホテルニュージャパンで、盛大なる祝賀パーティが催された。
このことは以前どこかに記したことだが、主賓挨拶で荒はこう述べた。
「私の鼻が少しでも高くなったと感じられたときは、どうぞみなさん叱ってください」
荒さんの短い挨拶は、その短さの分だけ私の心の中に鮮明な記憶として残されている。
あれから三十数年が過ぎた今もなお、連盟最強の打ち手の1人として今回の王位戦を含め6度目の決勝進出と相成った。
6度目と記すと簡単なように聞こえるが、これは存外難しいことで、砂漠の中で小さなオアシスを6度見つけることに等しい。
王位戦は現存するタイトル戦で最も歴史が深く、それはあたかも荒正義の生涯を映しているようにさえ思える。
生きる伝説(レジェンド)と言っても過言ではないであろう。
予め私が用意したアンケートで各選手の紹介を記したいと思う。
(各選手が記したものをそのまま掲載してあることを予めご了承お願いいたします。)
選手紹介(五十音順)
氏名:荒正義
生年月日:1952年4月12日(62歳)
所属団体:日本プロ麻雀連盟
所属リーグ:A1
獲得タイトル:
血液型:A型
出身地:北海道北見市留辺蘂町
■決勝戦マークする相手は?
自分 行き過ぎないように
■王位戦に対する意気込み
(三度目を狙う)
軽四輪車を買う資金にするの!
―――さすが全てにおいてデジタルである。
氏名:五十嵐毅
生年月日:1959年11月27日(18歳)
所属団体:日本プロ麻雀協会
所属リーグ:B1
獲得タイトル:第21期最高位
血液型:О型
出身地:新潟県
■決勝戦マークする相手は?
解説席
■王位戦に対する意気込み
何もない。
気負っていると、ろくな結果にならないと思っているから。
アンケート用紙を見て五十嵐さんに尋ねてみた。
「18歳ってどういうことですか?」
「私の心の年齢です。」
――胸を張って答える五十嵐さんは、さすが日本プロ麻雀協会の代表である。
氏名:清原継光
生年月日:1979年1月20日(35歳)
所属団体:日本プロ麻雀連盟
所属リーグ:D3
獲得タイトル:なし
血液型:B型
出身地:宮崎県
■決勝戦マークする相手は?
自分が一番格下なので誰もマークしません。
■王位戦に対する意気込み
この舞台でやれることで満足です。
精一杯やって、結果を受けとめて、次の経験にします。
―――始まる前からこれでは、まるで敗者の弁ではないか、しかしこれも清原君らしい真実の言葉である。
氏名:矢島亨
生年月日:1979年1月15日(35歳)
所属団体:日本プロ麻雀協会
所属リーグ:Aリーグ
獲得タイトル:なし
血液型:A型
出身地:神奈川県
■決勝戦マークする相手は?
荒さん
■王位戦に対する意気込み
勝ちます!
―――矢島さんらいい意思と決意を感じさせる言葉ではある。

1回戦(起家から五十嵐、矢島、清原、荒) (以下敬称略)
■荒のDLТ (Dilect Line Trap) と天を仰ぐ五十嵐。
荒正義という人は本質的には奇手を好まず、本手を好む。
そんな荒が9巡目に、奇手とも呼ぶべき打
の即リーチを敢行した。
東1局、荒手牌












ドラ
普段の荒ならば、打
と構えマンズを柔らかい形に持っていく。
それをせずDLТ(もろ引っかけリーチ)を選択したのは何故か私なりに考えてみた。
これは恐らく間違った推察ではないであろう。
相手の出方を見て今後の出処進退を決めるといった、相手のデータ収集を計りたかったに他ならない。
荒に誤算があったとすれば、五十嵐の追いリーチである。
五十嵐手牌












リーチ ドラ
五十嵐が追いかけリーチを打ってくるということは、少なくともこのリーチは嘘手ではない。
さすがに荒も、この五十嵐の追いかけリーチには肝を冷やしたことであろう。
王位戦のようなシステムにおいては、麻雀力の比重も大きいが、その日の運が占める部分も決して少なくはない。
幸運にも荒は
をツモアガることが出来た。
このこと1つでこの先の全てを判断する訳にはいかないが、少なくとも五十嵐にはこたえたツモアガリである。
「膨らんだ風船が、急に萎んでしまったような気持ちに落ち込んでしまいました。」
これに関して清原はこう応えている。
「初タイトルの王位戦は緊張と重圧でいっぱいでした。開局、荒プロがダブ
を打ち出していることにも気づかず、自分が何も見えてないことに気づきました。このままだといけないと思い集中するよう意識しました。そこで入った2件リーチ、形は良かったのですが、様子を見てオリました。結果は、荒プロがカン
のリーチをツモる。五十嵐プロの手は見えませんでしたが、本手の可能性が高く、荒プロの良さを感じたのと、そのリーチを敢行した荒プロの戦略が垣間見得た気がしました。「今日は若い時のやり方でいく」という言葉を思い出しました」

東2局3巡目 親:矢島













ドラ
今半荘に関して矢島はこう述べている。
「普段の一発裏ありの協会ルールなら、ドラを打ち出すのを辞さない構えで
を打ち出すのですが、素点が重いAルールでは、ドラドラを使い切るために
を打ち出しました。11,600点を五十嵐プロからアガれたのですが、結果にかかわらず、自分の中ではAルールに対応出来ている感触を得られました。」
この放銃に関して五十嵐はこう語った。
「私の心の中の膨らみきった風船の破裂する音が聞こえた。」
この放銃に関して私はこう考える。







チー

暗カン


打
五十嵐自身のこの仕掛けはともかくとして、問題は打
にあったのではなく、前巡にツモ切った
が疑問手だったように思える。
ここで手仕舞えできれば良かったと思われる惜しい1局ではある。
矢島捨牌















南3局、五十嵐にまたしても難解な1局が訪れる。
配牌












ドラ
5巡目に、下家より打ち出された
をポンする。










ポン

ドラ
そして五十嵐はこの牌姿から打
としたが、これはテンパイ効率を考えれば最善手である。
難しい局面である。私ならば牌譜解説の折りに述べたように、打
か打
と構えるところだろう。
実際卓に座ってないので何とも言えないが、打
と構えた時のツモ
が惜しく感じられるからである。
実戦はより難しい方向に進み、五十嵐の思惑通り
をポンすることが出来た。
ただ、河に
と払ったことで
が浮き彫りにされ、さらにまた縦形の手も相手に意識される結果となった。
さらに、実際荒の手牌には
がポツンと浮いていたが、それは打ち出される気配は全くと言っていいほどなかった。
そしてさらなる選択が五十嵐を襲う。






ポン

ポン

ドラ
この手牌にツモ
が訪れる。このツモ
は五十嵐の想定内の事であったが如く少考の末、打
と構える。
五十嵐の持ち点が17,000点ということを考えれば、これもやむなしの選択の1つではある。
ただもう一方の考え方として、17,000点しかないからこそ、満貫で収めるという形も無きにしも在らず。
麻雀には間違いがあっても正解がないという考えを私は持っている。
このケースは、まさにそれが当てはまり、どの選択をしても間違えではないと私は思っている。
ただはっきりしていることは、清原から8,000点をアガっていたことは事実であろう。
清原11巡目












ツモ
打
ドラ
恐らくこの局面では、清原は打
とすることなく打
としたものと思われる。
今局に関して清原はこう語っている。
「最初の半荘は、南3局の親番が印象に残っています。本来なら生牌を打ち出さない形なのですが、前局、簡単にアガれたので、とことん押してみようと思いました。五十嵐プロに仕掛けが入り、
を打ち出した後の
ポンしての
切り、リャンメンを嫌ったポンにトイトイへの志向、矢島プロのドラ切りに反応しないことに、五十嵐プロのドラ暗刻の可能性を感じました。手出し
があるので
で打つと12,000まである局。対して自分の手はかなり微妙な形でしたが、まだ初戦ということ、その前に簡単に2,000・3,900をアガらせてもらったことから、放銃してもいい気持ちで打ち出しました。結果はまぁまぁ、アガれず、振り込まず、混戦から抜け出すには早いと感じて、気を引き締めた局です」
矢島














「ドラを打ち出せば高目タンピン三色のテンパイですが、ラス目の五十嵐プロが仕掛けを入れてテンパイ濃厚です。リーグ戦であればドラは打ち出さないのですが、半荘5回で1位しか意味のない決勝戦ですので手が入っている時は積極的に行こうと決めていました。」

■清原の覚悟
1回戦は、荒か矢島がトップを取るかに思えたが、荒の親番で勝負を決めるべくリーチを打つ。
これは荒が事前インタビューで答えたように、30代の麻雀を打つという証左に他ならないと私は思う。
技よりも力ということである。待ちよりも打点ということである。












ツモ
打
ドラ
結果は、荒から清原への放銃で収束を見た。これは清原の覚悟が実を結んだ局である。
清原












ツモ
打
ドラ
荒の2巡目の打
から、ドラ
がトイツ以上であることを清原自身も十分に感じていたと思う。
それでもなおかつ清原は、荒のリーチに向かって、一発目でドラである
を打ち切って見せた。
中々に打ちきれない打牌である。
次巡、ツモ
、打
と構えると共に、荒から
が打ち出された。
この5,200は価値ある大きなアガりである。
清原牌姿












ロン
そして清原は初戦を飾った。
1回戦成績
清原+19.5P 矢島+10.6P 荒▲7.8P 五十嵐▲22.3P

2回戦(起家から五十嵐、矢島、荒、清原)
■今日は僕の日ではなかった

東1局、五十嵐12巡目に打
でリーチを打つ
五十嵐手牌












リーチ
この
を矢島が仕掛け、五十嵐より
を出アガる。
これは流石に五十嵐には応えた放銃であろう。五十嵐の勝負処である。
リーチを打つかどうかの選択は是非を問えないが、誰が打っても最終形はこうなるであろう。
リーチ時の残り枚数に、私はそれほど意味があると思っていない。
それでも五十嵐のロン牌は、山に3枚残っており、矢島のロン牌は残り1枚である。
五十嵐は後日語っていた。
「この結果を見て、闘気を失ったわけではないが優勝は難しく感じられた」
五十嵐にとっては大きなダメージの局であり、矢島にとっては、大きなアドバンテージの1局であることは間違いない。
さぞや気分を良くした1局であろう。
観戦者である私には、五十嵐にツモアガらせたい、成就させたい1局ではあった。
東2局、テンパイ一番乗りは荒。












ツモ
ドラ
役なしテンパイながら、冷静に打
と構える。
荒のテンパイと同巡に、五十嵐にもツモ
でテンパイが入る。









ポン

ツモ
ドラ
荒にツモ
で役ありテンパイに変化、その2巡後、ラス牌のドラである
を五十嵐が掴まされ放銃。
1回戦のラスという結果を加味して、これは致し方ない放銃だろう。
逆に、荒にとっては値千金のアガリである。
ただ言えることは、役なしヤミテンに構えた荒のいぶし銀のプレーが生み出した結晶と私は考える。
役なしドラ単騎待ちリーチを打つ若い打ち手が多い中、役なしドラ単騎待ちだからこそ、ヤミテンに構える荒そのもののような1局である。
まだ始まったばかりの2回戦にしても、2局連続放銃の五十嵐にとって、私は既に崖っぷちに立たされているように感じた。
もちろんポイントの事もあるが、放銃せざるを得ない状況に崖っぷちを感じたのである。
五十嵐は後日こう語っている。
「今日は僕の日ではない、と感じた2局だった。」
2回戦東3局

矢島
「最初のインタビューで『人の3倍鳴きます』と言ったのですが
○遠くて安い鳴き
○安牌が無く安い
は基本的にはしないです。主な鳴きの基準としては
○遠くて高い鳴き
○安くても安牌がある
は積極的に鳴くので、これは
を鳴きました。」
このことに関しては、私と矢島の麻雀の価値観が違うため事の是非は問えない。
1枚目の
を動かずに、ドラの
を立て続けにツモった以上、私ならば自分のツモに身を委ねる。
仮に
を仕掛けなければ、同巡、さらにドラである
が矢島の手元に訪れる。
結果はどうなったかは分からないが、









ポン

ドラ
このような形にはなっていた。
興味深かったのが、五十嵐は結果ツモ
でアガったのだが、「ツモ」の発声にかなりの時間を要したことである。
おそらくは、打
のアガらずの選択を考えていたのだろう。
所詮、ラススタートで2戦目も現状1人沈みのラスであるということを考慮すれば、好手であったようにも映る。
ただ、矢島が2フーロしている以上、ツモアガリの選択は自然かつ至当なアガリである。
■見上げた天の先にあるもの
南1局、五十嵐がドラである絶好の
を引いてリーチを打つ。
同巡、荒が「500・1,000」と発声したとき、五十嵐から大きな溜め息がこぼれ、天を仰いでいた。












ドラ
―――――仰いだ天の先には一体何が映っていたのだろう。
南3局、16巡目、五十嵐が大長考の末、打
のリーチを打つ。













打
ドラ
そして一発目のツモが裏目の
である。
不調時の長考の末導き出した答えは、ほとんどが間違うという典型的な例である。
ちなみにテンパイまでに、五十嵐は4つトイツを捕まえ損なっている。
南3局までラスに期していたオーラスでアガリ、3着に浮上したのはやはり五十嵐の本来の力だろう。

今局に関しては清原もコメントを寄せている。

清原
「トップで迎えた次の半荘はややラフに攻めてみた局です。印象に残っているのは、五十嵐プロからリーチがかなりかけられたこと、それらが全部不発だったこと、特に
切りリーチに一発で
を引いてきた南3局、「あれ?これ、しくじったんじゃないかな?」と思って流局して開けられた手が七対子ドラドラの地獄単騎には、五十嵐プロの精神が落ち込んでいくのを感じました。対局中は荒プロ、矢島プロにも手が入っているように感じながら、どのような手組みか分からず、右往左往しながら中途半端に打っていました。このままだとダメだと思っていたら、やはりラスになり「この内容なら当然の結果」と受け止めました。」
清原がラスを引いたことで、3回戦以降が面白くなったことは間違いない。
■楷書(かいしょ)の麻雀
2回戦の荒の勝因は東4局と私は睨んでいる。
9巡目













ドラ
ここからテンパイ取らずの打
に尽きる。
打
のドラ打ちをして、その後のソーズの変化を見る方法論も在りかとも思う。
特に、この時点でこの半荘、荒はトップ目であることを考えれば打
も不自然ではない。
牌譜解説のコーナーで、今局を取り上げたのは滝沢和典であるが、私は打
の一択しかないと思っていたので、滝沢がなぜ今局を指定したのか意図が分からなかった。
だが、改めて譜を眺めると、打
も自然な一打であり、己の不明さを恥じる思いである。
最終形












ツモ
ドラ
故・阿佐田哲也氏は荒正義を称して、楷書のような麻雀を打つ人である、と言った言葉を思い出させた荒らしい手筋である。

2回戦成績
荒+15.4P 矢島+5.0P 五十嵐▲6.6P 清原▲13.8P
2回戦終了時
矢島+15.6P 荒+7.6P 清原+5.7P 五十嵐▲28.9P
3回戦(起家から荒、矢島、五十嵐、清原)
■矢島の逸機と荒の対応

東2局3本場、14巡目、
矢島手牌









チー

ツモ
ドラ
五十嵐手牌






ポン

チー


これはあくまで私の偏見に過ぎないかもしれないが、私ならばこの局面、五十嵐に合わせ打
と構える。
1つには、上家の荒が徹底的に矢島に対応しているからである。
それと、明らかな下家の五十嵐のホンイツ模様を意識するからである。
矢島は今局、若さの特権である力技を使い打
としているが、やはり現場で見ている時も打ち過ぎの感は否めなかった。
戦前のインタビューで矢島は、マークする相手を荒さんと記している。
そうであるならば、ここで打
とすることは荒はもちろん、清原からもマークされることである。
勿論、麻雀本来のベースはツモアガリにあることは紛れもない事実ではあるが、ここで打
とするからには、キッチリと
を引きアガって欲しいものである。
それともう1点、ここで
に受けるということは、この後すべてのマンズの牌を切り出して行かなければならない。
私の考えの中には、麻雀は大胆になるべき局面はドコまでもラフに攻め抜くべきだと思う反面、繊細になるべき局面は、どこまでも淡く打つべきものだと思っている。
ここはやはり柔らかく、五十嵐の現物である打
とすべきだったように思えてならない。
この点に関して矢島はこう語っている。
「3回戦東2局、親1本場ドラ
の時にミスをして、11,600点をアガリ逃がしてしまったのが忘れられません。このミスを絶対に次に生かして、同じ過ちを繰り返さないように強くなります。」
結果は、2巡後の矢島の
のツモアガリ逃しと、五十嵐の待望の
での満貫ツモアガリであった。
東3局、荒がツモり三暗刻をアガリ、2,000・4,000。












ツモ
続く東4局1本場、荒












リーチ ツモ
ドラ
全対局終了後、清原は私に尋ねた。
「何故あそこで荒さんはカン
のリーチが打てるんでしょうか。あの局面でカン
待ちのリーチの意味が私には解りません。」
私は答えに窮した。
「意味を考えても仕方がないように思う。あなたの質問の意図とは異なるかもしれないが、意味の麻雀は存在の麻雀には及ばないように思う。大切なことは意味よりも存在にあるように思う。」
■運、鈍、根

南3局、今王位戦、初めてのぶつかり合いの局面である。
矢島は戦後、こう述べている。













「Aルールでは、3万点を越える事を目標にしているので仕掛けたくは無いのですが、メンゼンで行っても2,600点になる可能性が高く、それでは3万点を越えないので、少しでも点数を稼いでオーラスに託してみました。また、
の暗刻を安牌をとして打ち出せるのですが、8巡目の親の五十嵐プロのリーチに対して無スジの
を打ち出したのは、
○リャンメンでテンパイをしている
○アガればオーラス1,000点で30,000点を超える
○まだ通ってないスジが多いので、
の当たる確率がまだ低い
このような事から勝負しました。もう少し通っているスジが多かったら
を打ち出しております。」
奇しくも清原も今局をとりあげていた。
「印象に残っているのは南3局、矢島プロの仕掛けの後に、親の五十嵐プロがリーチを打った局面。自分はピンズの一色手なのですが、五十嵐プロの
を仕掛けませんでした。悪いと思いながら1シャンテンで五十嵐プロの親リーチにぶつけたくないと思い、ツモ次第では引くつもりでした。思った以上にピンズが伸び、チンイツをテンパイしたのですが五十嵐プロに
をツモられる。五十嵐プロに抜かれた感覚があり、敗退を強く意識した瞬間でした。」
矢島は今局リーチが入った同巡のツモ
に、相当の時間をかけ、そして次巡のツモ
にも時間を取った。
いつもテンポよく牌を切り出していく矢島にしては、珍しい光景を見る思いだった。
それだけ今局にかける思いが強かったのだろう。
一方、清原の感心したところは、リーチ後の五十嵐のツモ切った
を仕掛けなかったことである。
良し悪しはともかく、私ならば動いたような気もする。
ただ言えることは、清原の鈍感力に敬意を表するばかりである。勝負に必要なものは「運、鈍、根」と言われている。
その中の大事な部分、鈍の部分を清原は間違いなく持っている打ち手なのである。

荒、14巡目手牌









暗カン


ツモ
ドラ
その清原の持つ鈍の部分が、あの荒正義をしてアタリにはならなかったが紙一重の
を打たせている。
荒は戦後、こう語っている
「あの局面は印象に残っているよ。清原君のメンゼンチンイツはまだテンパイ気配がそれほど漂っておらず、打
と構えたのだけど、後で考えてみたんだけど、あの局面は打
が正着な応手だったように思える。なぜならば、五十嵐君に
で打つ分には3,900止まりがはっきりしているからね。」
荒の言葉が示すように、清原の鈍感力はある意味才能なのである。
そして五十嵐は遂に待ちに待ったトップを飾った。
戦いはさらに混戦へと入って行った。
3回戦成績
五十嵐+17.6P 荒+11.6P 矢島▲6.6P 清原▲22.6P
3回戦終了時
荒+19.2P 矢島+9.0P 五十嵐▲11.3P 清原▲16.9P
麻雀は人なり
3回戦が終わり、食事に入った。
私はなるべく選手と距離をあけ、離れた場所で用意されたお弁当に少しだけ箸を付けた。
その際、未使用の爪楊枝を机の下に落としてしまったのだが、私が拾う間もなく離れた場所にいたにもかかわらず、矢島が素早く駆け寄り明るい表情で、拾ってくれた。
この矢島の人間性、反射神経に感心させた。
これは間違いなく矢島の長所である。
「人の3倍鳴きます」
逆に、この言葉をインタビューの冒頭でを聞いた時、私は矢島が何を伝えたいのか、全く理解できなかった。
少なくとも私の中の王位戦は連盟の主催する至宝と考える。
ならば、抱負として他の言葉を選ぶべきと考える私は頑固なのかもしれない。
ただ、それは礼儀だと思う。
要はバランスの問題で、矢島にはこれから幾らでも可能性がある。
どうか、あらゆる意味で一流を目指して頂きたい。
「私のことは前原さんの好きなように記して欲しい。観戦記とは人を記すものだから、ただ、矢島のことは色々な意味で書きすぎないようお願いいたします」
インタビュー時の五十嵐の言葉である。
やはり、大人の自分自身の真実の言葉である。
後編へ続く・・・