第32期十段戦決勝 最終日観戦記 滝沢 和典
2015年10月30日
柴田吉和は最終半荘、最終局で国士無双を決め、第32期十段位を獲得した。
力量に差があるもの同士ならシステマティックに打つだけで数字は上がるが、実際プロ同士の対局では、一見どちらを選択してもいいような、些細な場面の選択で勝敗が決まっている。
その選択が数字に大きく影響して勝敗が決する場合もあるし、僅かなプラスしか得られない場合もある。しかし、その些細な選択を真剣に繰り返す以外に手段はない。
トリッキーな手段が勝ちに繋がることなど稀なのだ。
今回の決定戦は、櫻井、藤崎両者が競っていたオーラスでの大逆転劇となったわけだが、柴田を無理やり主役に見立てて書くことはせずに、決定戦進出者それぞれの選択を選手の視点で考察したいと思う。
2日目終了時成績
櫻井+58.1P 藤崎+46.5P 野方+2.6P 柴田▲18.4P ダンプ▲88.8P
9回戦
起家から(藤崎→ダンプ→野方→柴田) 抜け番 櫻井
10回戦終了時に最下位(5位)が敗退となってしまうため、現状最下位のダンプとしては1回1回の親番が正念場となる(4位柴田とは70.4ポイント差)また、敗退を免れたところで残り半荘2回となるため、優勝を狙えるポジションに立つにはかなりのプラスが必要となる。
東2局
ツモ ドラ
東家・ダンプはこの手牌から打とする。
先手はとりたい、しかし高い打点にも仕上げたい。なるべくなら、どっちつかずの良いとこどりのような選択は避けたいところだが、現在の状況がダンプの打牌を制限している。
ところがこの後、場面はもつれ、ハイテイで柴田から18,000の出アガリとなった。
柴田の七対子リーチは、単騎からの待ちかえ。9巡目のを待ちに選択すると、野方からの1,600でなんなく終了している1局であった。
ダンプは打とした後にをツモっており、以外の打牌選択したときは、良くて4,000オール。アガリ逃しや放銃となる手順もあっただけに、最高な結果に結び付く一打となった。
ダンプ大橋は、南1局にも2,000、4,000のツモアガリ
リーチ ツモ ドラ
この時点で、4位の柴田とは62.6ポイント差が縮まった。
南2局 東家・ダンプ配牌
ドラ
ドラ含みのリャンメンターツもあるので、ここは受け入れ枚数を重視したいところだが、ダンプは打を選択した。
この半荘の解説を担当していた私は、パッと見打に目がいったが、この打牌を選択する思考がなければ、東場の親番でアガった18,000が成就することもなかったのかもしれない。
9回戦成績
ダンプ+31.8P 野方+4.4P 藤崎▲5.2P 柴田▲31.0P
9回戦終了時
櫻井+51.8P 藤崎+41.3P 野方+7.0P 柴田▲49.4P ダンプ▲57.0P
10回戦
起家から(ダンプ→藤崎→櫻井→柴田)
東2局
4巡目、南家の櫻井が2枚目のを仕掛けると、その手出し牌を藤崎がポン。
1枚目のをチーテン取らずとして、2枚目のをチーしたところ。
おそらく櫻井の仕掛けはピンズのホンイツだ。1枚目のを仕掛けないのは、できればピンズを打ち出さずに、というのが大きな理由であろうか。
この場面で藤崎は打を選択した。
よりの方が形が重く、打は重いターツを処理させることになり得る。ライバルに対して、甘い打牌を簡単には打ち出さないという強い意志が打にはある。
このとき櫻井の手牌はこうなっていた。
ポン
この局は藤崎が1,500をアガったが、逆にを打ったことが悪い結果につながることだってあるだろう。
しかし、結果に関わらず怠ってはいけない選択であることは間違いない。
東2局1本場 西家・柴田の2巡目
ツモ ドラ
打点を求める柴田らしい打という選択だが、次巡のツモで打とする。
ここはさらにツモ切りが正着打ではないだろうか?
というのが実況を担当した勝又と私の意見だ。
ただ、柴田としては自身の打ち筋を利用したかったというのが意図だったかもしれない。
柴田はここまで、打点を意識する打牌を繰り返してきた。
その柴田のデータは対局者にインプットされているわけで、そのデータを裏切るプレーで撹乱しようと試みたのかもしれない。
6巡目にペンでテンパイした柴田は、7巡目に待ちも打点もかわらないとを入れ替え、リーチ。
ダンプが追いかけ、藤崎がダブドラドラの手牌でさらに追いかけリーチ。
3メンチャンのダンプがツモアガリ。
次局もダンプは藤崎から7,700を出アガリ、
ロン ドラ
この時点で敗退争いのライバル、柴田とのポイント差はほぼ並びとなった。
南3局
ダンプ、柴田の敗退争いを尻目に、櫻井、藤崎の首位争いも繰り広げられている。
決定打を放ちたい東家・櫻井は、7巡目にリーチをかけると、同巡、柴田が現物のが高目となるピンフ三色のテンパイ。
テンパイ打牌のは場に顔を見せてはいないが、暗刻からのにはさほどの気配が出ていなかったのであろう。
櫻井の勝負リーチが後押しとなり、勝負を先延ばしにしたダンプのを捕えた。
柴田が1人浮きで10回戦目を制し、勝ち残りとなった。柴田は首位櫻井まで80ポイントほどの点差を残し、最終2半荘に望みを託す。
10回戦成績
柴田+21.8P 櫻井▲2.2P 藤崎▲6.6P ダンプ▲13.0P
10回戦終了時
櫻井+55.9P 藤崎+34.7P 野方+7.0P 柴田▲27.6P (5位 ダンプ)
11回戦
起家から(野方→藤崎→櫻井→柴田)
残すところあと2半荘。
現在首位を走る櫻井からの点差は、
藤崎21.2P
野方48.9P
柴田83.5P
となっている。
東1局は抜け番明けの野方が2,900を柴田から出アガリ。
柴田はまたしても野方に阻まれる。
次局、東1局1本場
野方が仕掛けた藤崎の打ちは2巡目。の手出し後ツモ切りが続いているなか、打のツモ切りリーチをかけた。
対する野方だが、藤崎のツモ切りリーチを受けて、この手牌から打とする。
自身が前巡に通していると藤崎のツモ切りリーチで、のターツが一番外しやすいと考えての選択であろう。
しかし、藤崎の手牌は
リャンメンに変化しずらくなったことと、また野方の打ったで手牌のトイツがスジにかかったこと。藤崎がツモ切りリーチをかけるタイミングがピッタリはまり、野方のが5,200の放銃となった。
フーロの多い野方だからこそ、この場面での選択が()となってしまったところもある。フーロ率が高い打ち手が直線的に打てば、放銃率も高くなってしまうからだ。
手牌だけ見れば打しかないとは思うが、野方のバランスがそういったところにあるため、ある意味仕方のない出来事なのかもしれない。
あるいは、ただ藤崎のリーチ判断が完璧だったということだけなのかもしれない。
東2局1本場
決定戦でときおり見せる、藤崎の愚形リーチ。
ドラトイツの柴田が追いかけると、藤崎から5,200出アガリとなった。
リーチの精度が高い藤崎は他者の自分に対する評価を逆手にとっている部分は少なからずあるだろう。
対して、追いかける柴田はドラトイツの看板があるとはいえ、とにかく待ちが悪く巡目も深い。一か八かの勝負に打って出ざるを得ないという得点状況もあるが、執念でアガリをものにした感がある。
お互いに敗因ともなり得る選択であったが、それはいよいよ場面が終盤を迎えている証拠でもある。
南3局
11巡目に藤崎が打ったをスルー、同巡の櫻井が合わせ打ったを仕掛けると。
柴田が4,000、8,000ツモ
ポン ツモ
5巡目の打の時点で高打点を目指し、トイツ手を強くしていた柴田にとっては何の迷いもない1局だったのかもしれない。
次局、南4局でも2,600オールをツモアガリ。
ツモ ドラ
柴田は1人浮きのトップで最終半荘を迎える。
11回戦成績
柴田+33.1P 藤崎▲5.1P 櫻井▲7.7P 野方▲20.3P
11回戦終了時
櫻井+48.2P 藤崎+29.6P 柴田+5.5P 野方▲13.3P
12回戦(最終戦)
起家から(藤崎→柴田→野方→櫻井)
※規定により、起家から2位→3位→4位→1位の順番で席順が決まる。
東1局
野方が櫻井から3,900を出アガリ。
ポン ロン ドラ
東2局
ドラドラ仕掛けの藤崎が仕掛け、のカンテンパイからを食い延ばすると、野方が2,000、4,000ツモアガリ。
日本プロ麻雀連盟Aルールは、順位点が小さいが(3万点を基準に、2人浮きなら1位+8、2位+4、3位▲4、4位▲8)トータル1位の失点は下位3名にとっては嬉しいアガリとなる。
東3局
藤崎は、7巡目をカンチャンで仕掛け、打のテンパイとらずとすると、淀みなくツモが伸び、2,000、3,900のツモアガリとなる。
チー ツモ
このアガリで一気に櫻井を捲り、藤崎がトータルトップに躍り出る。
南2局
東家・柴田が2巡目リーチで、野方から5,800を出アガリ。
この場面、柴田が先手を取れば周りは前に出ずらくなる。
そういった状況を逆に捉えれば、待ちにこだわったリーチをかける余裕もなくなるため、手が入った者からすれば恰好の標的となる。
野方としては悔いのない放銃であろう。
南2局2本場
9巡目の打でテンパイした柴田だが、待ちのは残り1枚しか残っていない。
1枚目のを仕掛けた藤崎の現物待ちでもあるため、一瞬の躊躇があったが思い直してツモ切りでリーチをかけるも、同巡藤崎の300、500。
柴田がテンパイ即リーチをかけていたら、藤崎が打とするかどうか微妙なところであった。そのとき櫻井との点差が大きな焦点となるのだが、今日の藤崎はおそらく勝負をかけていたのではないかと思う。決して調子が良いとは言えないが、それくらいやることなすこと、精度が高く感じられた。
南3局
1シャンテンの藤崎は、南家・櫻井が打ったをでチーして打とした。(現物以外の喰い替え有)
すると、櫻井が2,000、4,000のツモアガリとなる。
一見、速度や手役を限定させないようにするため、カンで仕掛ける方が良いのでは?と思ったが、おそらくこれは上家櫻井に対してプレッシャーをかけにいったことが理由ではないだろうか。
櫻井の立場としては、手が入るまでは1局でも多く局数を増やしたい。トップに遠い野方の親なら尚更だ。
藤崎が不運だったのは、このときすでに櫻井の手が勝負に値する段階にあったことだ。
それにしても、ここまで仕掛けの多い藤崎はめずらしい。すべては自身の不調を感じてのことか。
ここで喰い替えをしなければ、なんて意見もちらほら聞こえてくるが、この1局だけを切り取って論じること自体意味がないことで、それならここまで本来の藤崎より軽い仕掛けを多用していることに注目するべきではないだろうか?
そして、このツモアガリで藤崎と櫻井は同点となり、冒頭の国士無双の局に至る。
人間は他人から認められたいという願望の強いものだが、麻雀のそれは無難な手順を踏み、無難な選択をするところに落ち着くことが多い。
ただ、自分らしさなんてものはそもそも人真似。こだわる必要はないし、こだわりが成長を妨げている部分だってあるはずだ。
はっきり言って、何が正しくて、何が間違っているかすらわからない。
とにかく今回も、勝つことに対して貪欲であった選手たちの対局は素晴らしいものであった。
G1タイトル初載冠となった柴田が勝利の余韻に浸っているヒマはない。
第32期十段位という名前を背負い、次のステージに向けて稽古を重ねる日々が始まる。
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