僅か3週間前には大勢の前で号泣していた・・・らしい。
噂で聞いただけなので本当かどうかはわからないが、多分本当のことなのだろう。
そしてこの時には、画面を通してもっと多くの人の前で違う意味の涙を流すことになるとは思いもしなかったであろう。
決勝戦前日、四谷道場ではファイナリストを決めるトーナメントが行われていた。当然残ることを想定していた私だが、結果は次々点。要するに暇になったのである。やることもないので取材、応援を兼ねて道場へ向かった。
HIRO柴田の調子が良さそうだ。ここまで4連勝らしい。トーナメント参加者はシード者を入れて30名。この30名の段階ですでに本命。今度こその思いは本人が1番強いであろう。
そのHIROであったが、その後は苦戦。準決勝も本当にギリギリの勝ち上がりであった。苦しい中勝ち上がったからこそ本命なのか、それとも引きずってしまうのか。
格上のHIRO相手に1位通過を決めたのは北條恵美。天真爛漫という言葉がぴったりな北条は、1回戦のラスを2連勝ではね返し、第3期女流桜花以来の決勝戦進出を決めた。
準決勝別卓では大庭三四郎が奮闘していた。新人王以降結果が出ず、いつもみんなのイジられ役。それがこの日は頼もしくも見え・・勝負処を制し、戴冠した第25期新人王戦以来の決勝進出。
予選を1位通過しベスト16から出場の庄田祐生。デビューまだ半年の新人で、ここまで目立った実績は無いが、同期の上田直樹が一足先に十段戦決勝進出を決めており負けられないところ。最後まで攻め続けここも堂々の1位通過。
それでは改めて決勝進出者のプロフィールを。
北條恵美 16期生 四段 1月1日生まれ O型 ニューヨーク出身
北條は私と同期であり、1番最初に決勝戦を経験したのも北条であった。その第14期新人王戦は点数持ち越しの決勝戦で、予選のポイントを詰めきれずに3位。後ろで牌譜を採っていたのが懐かしい。数少なくなった同期生。やはり頑張って欲しいと思う。
HIRO柴田 17期生 七段 2月16日生まれ A型 神奈川県出身
これで何度目の正直だろうか。ここ1年でも第28期チャンピオンリーグ、第6期グランプリMAXと決勝を戦っている。「タイトルに1番近い男」ここでも圧倒的1番人気。なんの偶然か、ここ2回の決勝戦、観戦記担当は私であった。嫌なジンクスを破って初戴冠なるか。
大庭三四郎 27期生 三段 8月26日生まれ O型 東京都出身
ここでは唯一のタイトルホルダーの大庭。だが本人もそんなことはこれっぽっちも思っていないであろう。意気込みには「普段お世話になっている方々の為に全力で戦います。優勝して、生放送を見ている両親を泣かせたい」と答えた。この世界、勝つことが最大の恩返しとなる。有言実行なるか。
庄田祐生 32期生 初段 2月28日生まれ A型 石川県出身
麻雀プロになる為に関東で就職先を探し、高校卒業と同時に上京してきた庄田。親御さんから反対された時期もあったようで、上京即受験となったわけではなかった。それでも自らの夢を諦めることなくプロとなった。デビュー期のリーグ戦では降級という結果となってしまったが、巻き返すチャンスを早くも掴んだ。
1回戦 起家より 北條 HIRO 大庭 庄田
東1局2巡目、HIROから放たれたを大庭はスルー
ドラ
HIROの切り出しは、ある程度手のまとまりを感じられる切り出しなので、仕掛ける手もあるが、大庭はメンゼンを選択。手がまとまれば勝負手としてリーチを打っていくつもりなのだろう。
10巡目、大庭、思惑通りのリーチ(切りリーチ)2,000・3,900を引きに行く。
ドラ
1シャンテンまで進めていたHIRO。チーテンを入れ現物待ちで躱しに出る。
チー ドラ
しかし、テンパイ打牌が。大庭のリーチに捕まり2,600の放銃となった。
結果だけ見れば特に気にすることもないのだろうが、普段のHIROであれば動かない気がした。5回戦という短期決戦がそうさせたのか、それとも・・
東3局1本場、HIROは配牌1シャンテン
ドラ
ソーズの下が良いと判断し、引いてきたを重ねてテンパイ。7単騎としヤミテン。親の大庭、テンパイ打牌の、ツモ切られたを仕掛け追いつく。
チー ポン ドラ
HIROは大庭のドラツモ切りを見てリーチに出た。
HIROから見ると大庭はドラを持って無いように見え、手役も絡んでなさそうなのでほぼ2,900。自分の待ちも大庭は持っておらず、脇はオリ気味なのでわからないが、ソーズは全体的に安く、勝負になるとのリーチか。
大庭の待ち––は一見良さそうだが、この時点で既に山には無く勝負あったか。大庭、無スジを押しまくるもHIROの当たり牌を掴み3,200は3,500の放銃。HIROに軍配が上がる。HIROのこの辺りの場読みはさすがである。
東4局、南家の北條、残り2巡というところでテンパイを入れる。
ポン ドラ
この時大庭もテンパイを入れていた。
ドラ
が4枚切れていた為、打としての仮テン。掴んだのは。北條の最終手出しはで、数巡前にが切られていたためは切りにくかったか、ツモ切りとし3,900の放銃となってしまう。勝ちたい気持ちが少し空回りか。
緊張からかここまでいつも以上に慎重になっていた庄田。南1局に
ポン ツモ ドラ
この700・1,300をアガって落ち着いたか、南2局は積極的に仕掛けて出る。
ドラ
ここから親のHIROの第一打、自風のをポン。打。通常この形から仕掛けることは少ない。もちろん先手の優位さはあるが、デメリットも多いからである。それでも「ポン」の声が出たということは戦いの舞台に上がりにいくという意思表示であり、仕掛けたからには押し切るつもりであろう。
庄田にとって一番引きたくは無かったであろうドラの。親のHIROは普通ではない手で押している。待ちのもも強くはない。これで放銃したら・・放銃までいかずともポンされたら・・まだ1回戦、ラス親もある。オリても十分トップも狙える・・
それでも庄田はをツモ切った。直後HIROのツモ切った9で1,300。方程式には当てはまらないアガリ。HIROはこのアガリ形を見て苦戦を覚悟したのではないだろうか。
南4局、トップ目北條に1,600点差に迫った親の庄田。ドラを頭にしてリーチを掛ける。
リーチ ドラ
勢いそのままにトップを獲ってしまうのか。しかし、大庭が待ったをかけた。
ツモ ドラ
大庭はこのアガリでラス抜けに成功。ラスをHIROに押し付ける形となった。格上HIROがラススタートで展開としては面白くなるのか。
1回戦終了
北條+12.8P 庄田+5.4P 大庭▲6.3P HIRO▲11.9P
2回戦 起家より HIRO 庄田 大庭 北條
東1局4巡目、大庭は既に1シャンテン
ドラ
ここにツモで打、ソーズに寄せる。周りの手が伸びてこない中、この手が実り大庭が先制。
ツモ ドラ
大庭は続く東2局も400・700をアガリ親番を迎える。そして7巡目にリーチ。
リーチ ドラ
会心のリーチ。大庭からはわからないが、待ち牌はこの時点で山に6枚残り。ところが・・
HIROが現物のを切ると庄田が仕掛ける。
ドラ
ここからでチーして打。は通ってないがは大庭の現物。このまま大庭を走らせないため、腹を括る。
この仕掛けにHIROが即反応。大庭の勝負手は一瞬で消え失せてしまった。
大庭の表情に動揺が走る。気持ちはわかるが、ここで感情を出してプラスになることは1つもない。必要なのは歯を食いしばることである。
一方、親リーチを躱し、気を良くした(そこまで余裕はないかもしれないが・・)庄田。次局も1,300・2,600のツモアガリ。
ツモ ドラ
ドラ表示牌がでHIROの仕掛けも入っている。リーチにいける待ちでも状況でも無かったが、ひょっこりをツモる。まさに「ひょっこり」だが、3者に与えるダメージは点数以上のものであったであろう。
南1局、南家庄田の仕掛け
ドラ
ここからをチーし打。は1枚切れで形的には苦しい形。しかしは4枚目で、前巡引いたドラのを活かせ、間に合ったとも言える。前に出ている親のHIROから白も鳴け、結末が
上記の形。注目すべきはHIROと大庭の手牌でお互いが潰しあっている格好。押し切った庄田の胆力も大したものだが、2人が外に振られている感は否めない。
苦しい戦いが続くHIROだったが、南2局2本場、2,000・4,000で踏みとどまる。
リーチ ツモ ドラ
南4局HIROにドラ2枚のチャンス手。
ドラがという事を考えれば打が妥当であろうか。だがHIROはをツモ切りとした。HIROは、をツモ切りした時に既にペンの最終形を想定していたのだろう。を切るのは簡単だが、ペンとなった時にリーチ宣言牌がではロンアガリが難しいものになってしまう。HIROらしいといえばHIROらしいが、今日のHIROに展開は微笑まない。
14巡目ドラのをツモ。打とするが・・その後を引き戻し、目論見通りペンでリーチを打つが巡目は深く厳しい。そして最後のツモが・・HIROは空しく河に置くことしか出来なかった。
2回戦終了
庄田+17.2P 大庭+4.0P HIRO▲7.0P 北條▲15.2P 供託1.0P
トータルポイント
庄田+22.6P 大庭▲2.3P 北條▲2.4P HIRO▲18.9P 供託1.0P
3回戦 起家より 庄田 大庭 北條 HIRO
東1局、大庭11巡目テンパイ。
ドラ
12巡目、親の庄田がリーチ。直後の大庭
、–待ちだがはもう無い。北條が国士無双模様でも無い可能性が十分ある。は1枚はありそうで、、はわからない(山に無くても不思議ではないし、多く残っている可能性もある)
大庭は安全性も考慮しツモ切りを選択。この時点で、は残り1枚で、は残り4枚。正解を導き出したはずであったが、、は脇に流れ、庄田が掴んだのはであった。庄田は命拾いだが、大庭はチャンスを掴む事が出来なかった。
命拾いで連荘となった庄田。7巡目でメンホンテンパイ。
ドラ
次巡、を少考して切る。気配が出た。庄田にとってこのツモはある意味不運だったが・・
直後のHIROツモ
ポン ツモ ドラ
まだ1シャンテンと感じているのか、このをツモ切る。ということは、庄田にツモ切りが続き、HIROがあと1枚有効牌を引き入れてしまうと、は止まらないということだ。当然、巡目が深くなり、HIROにアガリが望めなくなれば話は別だが・・
そんな思いも通じず、HIROのツモは、そして。止めることは出来ず18,000の放銃となり、庄田が大きく抜け出す結果となった。
東4局7巡目、庄田先制リーチ。
リーチ ドラ
待ちに不安はあっても先手という事実を押し付けることに意味があるとリーチ。トータル2番手の大庭がこれに応戦。
ポン ドラ
しかし、この段階で残り枚数は3対2で庄田有利。そして、ここは数字通りに庄田に軍配。大庭がをツモ切った。庄田が後続を引き離す。
南4局HIROが4,000オールで追い上げるものの、失点を挽回するまでには至らず、大庭の高目三色リーチも安目ツモ。庄田の1人浮きは変わらず、庄田トップで2連勝となった。
3回戦終了
庄田+35.7P 大庭▲7.1P 北條▲11.1P HIRO▲17.5P
トータルポイント
庄田+58.3P 大庭▲9.4P 北條▲13.5P HIRO▲36.4P 供託1.0P
4回戦 起家より 大庭 HIRO 北條 庄田
残り2回を残して2番手大庭との差を67.7ポイントとした庄田。野球で言えばマジック1といったところか。
東2局1本場、庄田は北條の仕掛けが入っているものの、怯まずリーチ。
リーチ ドラ
状況を考えればヤミテンがセオリーだが、ここはリードを守るのではなく広げにきた。その時の北條。
ポン ドラ
点差を考えれば少しでも打点を上げたいところ。ましてやターゲットの庄田がリーチを打ってきたところだ。–を引けば放銃のピンチであったが、ラス牌のを引き入れ追いつく。
ポン ドラ
これで庄田の待ち–は無くなった。北條の待ちもを1枚残すのみ。両者数巡のツモ切り後、決着がついた。最後のは庄田の元へ・・
続く東3局は大庭がHIROから7,700をアガリ、トップ目に浮上。庄田追撃の態勢を整える。しかし・・
東4局庄田の親番、大庭、北條はここで親カブリさせ更に点差を詰めたいところ。また場の雰囲気もそれを後押ししていた。
庄田配牌
ドラ
1シャンテン、2巡目リーチ、3巡目ツモ。
リーチ ツモ ドラ
庄田にとって嫌な空気が流れ始めていたが、それを自力で吹き飛ばした。次局以下の形から動く。
チー 打 ドラ
–は5枚目であるが、それ以上に回りからしたら気持ちが悪い仕掛け。これに対しHIROがチンイツテンパイから打。
HIRO
ポン ドラ
庄田
ポン チー ドラ
枚数は互角でも勢いは完全に庄田。手牌を見ても庄田はHIROの危険牌を掴んでも回れるが、HIROの手牌からは難しい。そして、先に掴むのはやはりHIROの方。12,000の放銃となってしまった。
南3局HIROからリーチ。状況からしたら安手のはずがないのだが、手役が限定しづらい。のトイツ落としと→の手出しがヒントといえばヒントだが・・
2枚切れのカンでテンパイを入れていた庄田。後にこの時は「本当に怖かった」と答えた。現物はのみ。抜いても後が続かない。かといって放銃してしまえば後続に捕まえるチャンスが生まれてしまうかもしれない。
庄田はを押した。戦うことを選んだ。次巡ツモ。待ちが広がった。更に押せるか・・
「リーチ」
気持ちが打たせたリーチであろう。技術でHIROに勝とうとしても今はまだ太刀打ち出来ないであろう。しかし気持ちだけは負けられない。
HIROの手牌
ドラ
マンズのチンイツ。待ちは、。枚数は互角。
2人のアガリ牌であるを手牌に引き寄せたのは庄田であった。HIROは何事も無かったかのように静かに手牌を伏せた。
事実上の決着を見た局であった。
4回戦終了
庄田+27.7P 北條+5.0P 大庭+1.5P HIRO▲34.2P
トータルポイント
庄田+86.0P 大庭▲7.9P 北條▲8.5P HIRO▲70.6P 供託1.0P
5回戦 起家より 大庭 北條 HIRO 庄田
最初は緊張で縮こまっていた感があったが、局を重ねていくうちに堂々とした戦いぶりで先輩たちを圧倒した。決勝戦でのハートの大切さを教えられた思いである。
終局の時が近づくにつれ、庄田の目は段々真っ赤になっていった。3週間前に流した屈辱の涙とは違う歓喜の涙。それは見ている者にも感動を与えるに十分のものであった。
5回戦終了
大庭+17.7P 庄田+5.8P 北條▲6.5P HIRO▲17.0P
トータルポイント
庄田+91.8P 大庭+9.8P 北條▲15.0P HIRO▲87.6P 供託1.0P
庄田は1週間後新人王戦に出場していた。予選最終戦を前に4位につけていた(4位まで決勝進出)東1局に18,000をアガリ決まったかと思わせた。しかし、庄田は敗れた。後ろで見ていたが、攻めるポイントと守るポイントがズレているように見えた。チャンピオンリーグ決勝で見せた踏み込みの深さは鳴りを潜めていた。勝ったことが反対にプレッシャーになっていたのかもしれない。
でも、まだこれからなのだ。デビュー半年であることに変わりはない。自分の為にも、応援してくれる人の為にも、これからが本当の勝負である。
来期よりチャンピオンリーグがリニューアルされることが発表された。一発、裏ドラありとなる。次はどんな選手が出てくるのだろうか。今から楽しみである。