第35期鳳凰位決定戦 最終日観戦記 荒 正義
2019年02月27日
この日、日本は大寒波で、札幌は氷点下24度を記録したという。東京も雨がみぞれになった。夏目坂の外気も、震えるほど冷たかった。民家の屋根には、雪が積もっていた。吉田と会ったので、私が尋ねた。
「瀬戸熊は、何か言っていた?」
「楽しんで来い、と言われました」
「なんだよ、たったそれだけ?」
「はい」
と云って、吉田は照れ臭そうに笑った。
吉田は瀬戸熊を、兄のように慕っていた。今日は、弟の吉田にとっては麻雀人生の大一番だ。だから私は瀬戸熊の、吉田への忠告に期待したのだ。なんと期待は、裏切られるためにあったのだ。三日目までの成績はこうだ。
吉田 勝又 柴田 前原
+87,3 +8,7 ▲44,7 ▲53,3
この数字なら、吉田の優勝の確率は70%だ。2位の勝又が20%。柴田と前原は5%ずつである。これが私の見立てだ。吉田は1回のトップで、優勝確定の赤ランプが点く。吉田はトップがなくても、勝又より順位が2度上ならOKである。
前原と柴田は、数字的に可能性はあっても優勝は無理だ。自分のマイナスを無くし、吉田の浮きを大きく削らなければならないからだ。5パーセントは、私からの気持である。
13回戦。
東1局。ドラ
10巡目、柴田のリーチが入った。
リーチ
打点は無いが、待ちは立派だ。このとき、吉田の手はこうだ。
は3枚切れで、空テン。は、親の勝又の手に2丁で残り1枚だ。
同巡、勝又からが出る。吉田が鳴いた。すると、すぐにラス牌のを柴田が掴む。リーチ棒込みで3,000点の収入だが、これは大きい。吉田もこのアガリで、緊張が解けたはずだ。後は小場で流れた。
東4局。ドラ
吉田の持ち点は、32,700点。追う側にとって、吉田が浮いているのは辛い展開である。親の柴田の、河が妙だ。
このとき、吉田の手はこうだ。
ツモ
もも暗刻。柴田のテンパイは無いと思うが、当たれば48,000点の国士無双だ。ここで吉田は、完全撤退で切り。これが、場合の正しい応手だ。15巡目にを切る。が、このに鳴いていた勝又からロンの声。
チー
ドラのが雀頭で、3,900点。勝又、見事なかわし。柴田の手は国士狙いだが、2シャンテンだった。吉田は無念。
南1局。ドラ
前原が、6巡目の早いリーチ。7巡目、親の勝又からもリーチが飛んで来た。
北家の柴田は、を鳴いてソーズの染め手。当然、吉田は受けに回る。
前原ではないが『勝手にしやがれ!』だ。
しかし、3人の決着がなかなか付かない。13巡目、吉田手が詰まった。
ツモ
とは、柴田に切れない。ピンズは、どちらかのリーチに当たりそう。
は親の現物。は3枚切れで、ワンチャンス。おまけに前原の河がこうだ。
(こんな、通るに決まっている。ゴジラは棒テンだから、の先切りはしないンだ。いや、絶対に通る!)
吉田が、こう思ったかどうかは定かではない。
私も切りである。当たっても、ドラ筋の安目である。そしたら前原の手が倒れて、これだって!
ドラのが暗刻の、満貫である。親の、勝又の手はこうだ。
北家の柴田のテンパイは、こうだった。
ポン
吉田を追う3人は、顔こそ出さないが、しめしめと思ったに違いない。
南3局。ドラ
今度は、柴田が頑張った。W風のをポンして、マンズの染め手。
ポン ポン
を引いて2,000・4,000点。これで柴田が浮いた。
南4局。ドラ
オーラスは前原のアガリ。
この手をヤミテン。高めで、柴田からアガリ。7,700点、せっかく浮いた柴田が、また沈んだ。これでトップは前原。浮きの2着が勝又、3着は柴田。吉田は7,300点沈みのラスだ。総合得点はこうだ。
吉田 勝又 前原 柴田
+72,0 +14,6 ▲34,6 ▲54,0(供託2,0)
14回戦。
出親は勝又で、順に柴田、前原、吉田の並び。
東1局。ドラ
13巡目、柴田のヤミテンが入るが流局。
柴田の1人テンパイ。
東2局。ドラ
親の柴田が、強引な仕掛け見せた。
2巡目、ここからのポンである。普通ならこんな仕掛けは無い。しかし柴田は、親を落とすわけにはいかないのだ。6巡目にテンパイを入れた柴田。
ポン ポン
勝又も7巡目に追いついた。こちらはドラのが3丁だ。
ポン
しかし、勝ったのは柴田でを引いて、2,600は2,700点オールだ。
2本場は吉田が落とす。ヤミテンのカンチャン待ちで、500・1,000点のツモ。2本場で600点増しだ。危険なリーチは打たないで、確実にゴールを目指す。今、大事なのはトップではなく、勝又との間合いなのである。
東3局。ドラ
ここも吉田のアガリ。
チー ポン
を打ったのは、1シャンテンの親の前原。前原も連荘が命、それぞれに事情があるのだ。強い牌でも、出るときは出る。ただ、勝又はがっかり。こうなると、勝又は自力勝負しかない。2度流れて、親の勝又がやっと来た。
南2局、2本場。
ドラ
この手をヤミテンで、で前原から打ち取る。5,800点と積み場で6,400点。後は、吉田を沈めたらいいのだ。
勝又は、東京生まれの東京育ちだ。1981年生まれの37歳である。学歴は、早稲田実業から早稲田大学に進み卒業。獲得タイトルは、第2期グランプリと32期鳳凰だ。まだ若いし、これからもどんどんタイトルを獲るだろう。
3本場は、吉田が安手で落とす。
南2局は、柴田の親番。
柴田が頑張った。まずリーチで、2,000点を勝又から打ち取る。
1本場は、3,900点を吉田から打ち取る。そして、2本場がこれだ。
ドラ
リーチでを引いて、2,600は2,800点オールだ。これで、持ち点を5万点越えとした。
南3局。ドラ
ここは、勝又のヤミテンが決まる。
8巡目にテンパイして、ヤミテンを選択。で、吉田から打ち取る。7,700点で、これは大きい直撃。勝又は、これで浮きの2着。吉田は、10,500点沈みの3着だ。
南4局は、吉田と前原のリーチ合戦。
前原が吉田からアガって、ラスが入れ替わる。トップは柴田で、浮きの2着が勝又。3着は前原で、ラスが吉田だった。そして、総合成績がこれだ。
吉田 勝又 柴田 前原
+49,9 +20,7 ▲23,2 ▲49,4 (供託2,0)
15回戦。
出親は吉田で、順に前原、勝又、柴田の並び。
勝又と吉田の差は29,2Pである。通常なら、半荘1回で変わる点差だ。しかし、吉田も守備に入るから、守りは固い。半荘1回では逆転が無理でも、2回戦なら分らない。現に吉田の運は下降気味。これなら勝又の勝つチャンスは、40%はあるだろう。
点棒が大きく動いたのは、東3局だ。
前原がこの手をヤミテン。
ドラ
を打ったのは、勝又である。これで、一気に吉田が有利な態勢。
南3局。ドラ
勝又の親番。ラス目の勝又は、連荘して粘りたい。しかし、7巡目に柴田がリーチだ。そして、このアガリ。
リーチ ツモ
2発目に、W風のを引いて2,000・3900点。これで柴田が前原をかわしてトップに立つ。
南4局は流局で、柴田が連荘。
南1局1本場。ドラ
そして、1本がこれだ。
ツモ
リーチで高目のドラを引いて、3,900は4,000点オールだ。これで持ち点を57,500点にしたのだ。
2本場は、前原が満貫手のリーチだ。しかし、流局。
トップは柴田で、1人浮き。2着は前原、3着が吉田でラスが勝又だった。
15回戦までの総合成績。
吉田 柴田 勝又 前原
+39,9 +14,8 ▲4,6 ▲53,1(供託3,0)
16回戦。
出親は柴田で、順に勝又、前原、吉田の並び。
タイトルの最終戦は、現状トップが北家になるのが決まりである。後は順位で右回り。したがって、出親は2着の柴田、次が3着の勝又。そして、4着の前原となる。この方が、公正な麻雀といえる。優勝ならラス親はノーテンで決着するから、勝負にダレが無いのだ。
吉田は、今度は柴田が相手。その点差は25,1Pである。この差なら、柴田がトップで、吉田がラスで逆転できる差だ。柴田が大きく浮けば、吉田を沈めるだけでいい。柴田には、2連勝した勢いがある。勝負はどう転ぶか、まだか分らない。柴田の5パーセントが、30パーセントになった。私の見立ても、当てにはならない。
東1局。ドラ
この局は前原のアガリ。
ヤミテンで、5,200点を打ったのは勝又である。これは吉田にとって、好い展開だ。柴田の親も落ちたし、このまま前原がトップなら、柴田の逆転が難しくなるからだ。
東2局。ドラ
今度は、柴田がリーチだ。これに親の勝又が、で飛び込んだ。
リーチ
勝又もテンパイだった。リーチの河がこれ。
これでは読めない。これは、吉田には悪い展開。同じ5,200点だが、さっきと今度で帳消しにして欲しいもンだ。
東3局は、親の前原のリーチで流局。前原の1人テンパイ。
東3局1本場。ドラ
やっと、吉田のアガリが出た。
ツモ
3,200のツモだが、積み場とリーチ棒があって、4,500点の収入。これで、柴田と並んだ。
東4局。ドラ
今度は、柴田のリーチだ。
それに、追いかける勝又のリーチ。柴田の手がこれ。
勝又の手はこれだ。引けば倍満。
柴田は、引きたかったに違いない。ツモならトップに立てるし、吉田を沈めることができるからだ。しかし、流局。は、吉田が暗刻だった。がトイツだったし、吉田は心の中で叫んだ。(なんか、絶対打たないもンね!)
南1局。ドラ
吉田がの早仕掛けで、柴田の親を蹴りに行く。手を詰める危険は、覚悟の上だ。
チー ポン
案の定、柴田の足止めリーチが飛んで来た。
を無筋ながら、突っ張る吉田。そして、を引き当てた。リーチ棒が3本で、4,400点の収入。これで持ち点を36,400点とし、勝負ありだった。後は、小場で回って吉田が、トップで終了。柴田は、4度目の挑戦だった。しかし鳳凰の栄冠は、初挑戦の吉田に輝いた。これが、勝負の明暗である。
吉田が、再び涙を見せた。それは爽やかで、美しい涙だった。おめでとう、吉田さん!
カテゴリ:プロリーグ(鳳凰戦)決勝観戦記