いま「第7世代」という言葉がヒットしている。お笑い界の始祖を第1世代と例え、そこから2、3と数えて令和時代にブレイクした芸人たちを指す。
お笑い第1世代
萩本欽一、ドリフターズなど
お笑い第2世代
タモリ、ビートたけし、明石家さんまなど
お笑い第3世代
ダウンタウン、とんねるずなど
お笑い第4世代
爆笑問題、、ナインティナインなど
お笑い第5世代
中川家、フットボールアワーなど
お笑い第6世代
オードリー、千鳥など
お笑い第7世代
霜降り明星、四千頭身など
さしずめ麻雀界にもこの図式が当てはまる。
第1世代が『日本麻雀最高位戦』出場者(荒正義、森山茂和、伊藤優孝)で、第2世代をプロ団体黎明期(前原雄大、沢崎誠)。1970~80年代初頭から麻雀界に携わって、そして現代でも活躍しているいわば「レジェンド」と呼ばれる人たちがこれらの世代である。
ちなみに麻雀界の場合は草創期(阿佐田哲也、小島武夫、灘麻太郎)を『第0世代』と表現するほうが相応しい。
私事の話になるが、私が麻雀界に入ってから20年弱。プロ連盟に入ってからは7年というところだが、プロ連盟入会前から第1世代の方々とはメディア等の仕事の関係上接する機会は多かった。
ところが第2世代の方々とはそれほど接する機会は少なく、特に私が沢崎プロと面と向かって話ができたのは2013年『第30期十段戦』の終了後と、その年の『麻雀最強戦2013』の終了後、いずれもタクシーで2人で帰宅した時である。
沢崎プロはその当時は家庭の事情により地元群馬に在住であった。対局のある日は水道橋のホテルを宿としており、新宿方面とは逆の方向であったため、比較的近い私が同乗して一緒に帰ったのである。
ちなみに沢崎プロの十段戦の結果は準優勝、そしてその権利(十段戦優勝は瀬戸熊プロだったが、すでに最強戦への出場権利を保有していたため)で年末の最強戦へ出場し見事優勝。その嬉しさからか最強戦、そして打ち上げの帰り際に
沢崎「あ、これタクシー代。そういえば前回渡してなかったから一緒に」と2枚の福沢諭吉を渡してくれたのは色々な意味でいい思い出である(笑)
元々強い打ち手の1人と言われてきた沢崎プロだが、この最強戦優勝をきっかけに他のメディアにも出場機会が増え、そして異常なまでの勝率で優勝をもぎ取っていく。
そして、TV対局の最大の栄誉といわれるのがモンド麻雀プロリーグ。『第14回モンド名人戦』で3度目の出場で優勝。そしてその権利で出場した『第16回モンド王座決定戦』でも見事優勝を飾った。(さらに『第3回モンド3人麻雀GRNDO PRIX』でも優勝!)
ちなみに第16回モンド王座決定戦は、その期のモンド杯・女流モンド杯・名人戦の3大会優勝者と前期王座(前回王座・金子正輝プロの病気欠場により新津潔プロに)の計4人、半荘4回の成績で争われる。
一目瞭然、沢崎プロの圧勝と言っても良い成績である。
沢崎「いや、周りの出来が悪かったからだよ」
ドギツイことをさらっと言う沢崎プロだが、ここで言う「出来が悪い」とは下手とかそういう意味ではない。
沢崎「だって3回とも、オーラスの親の人、一回でノーテン終了だったからね。楽して2連勝と2着だから、そりゃ勝つよ」
たしかに、1・2回戦とも沢崎プロは微差のトップ目でオーラスをむかえ、ラス目からのリーチがかかり、親もノーテンで流局終了となっていた。
ただ、1回戦トップだった沢崎プロだが、南3局までは11,400点というラス目にまで沈んていた。
タンピンイーペーコードラドラの1シャンテン。そこに上家から出てきたカン。鳴く打ち手は多いと思われる。現状ラス目、2枚目のカンチャン、愚形の解消、9巡目、さらに2着目の役牌仕掛けと、鳴きたい材料が揃いすぎている。
しかし沢崎プロは当たり前のようにツモ山に手を伸ばしたのである。
沢崎「ホントの事言うと、鳴きたかったよ。ただこれは鳴きたいけど実は鳴いちゃいけない」
大きな理由は2つあった。まず1つは前局(南2局)での仕掛けの失敗。
カンのチーテンをとり待ち。だがヤミテンペンの放銃で満貫の失点。
沢崎「この前局(南1局)がリーチ空振り、でここ(南2局)で仕掛けて当たり牌掴んで満貫放銃。だからこの局(南3局)は仕掛けたら絶対ダメ」
そしてもう1つはこれが決勝戦ということ。
沢崎「頭取りの勝負だから、この状況で5,800は満足してられない。普通の時と違って、他家も攻めが強くなるはずだから。決められる時に決めないと」
結果、この上家からのを見送ってツモで七対子テンパイ。単騎を1巡まわしてツモ切りリーチ、そして一発ツモの8,000オール!。
沢崎「そうだね。よく考えたらやっぱりチーテンはないわ。が4枚切れてて待ちが弱いし。七対子と含めたら、焦って鳴く必要もないし」
ここで即リーチにいかないのも沢崎プロ独特の感性か。マンズの上は良いように思えるが…。
沢崎プロ「マンズが良いって言ったって、親リーチでマンズが切れてなきゃツモ勝負。そりゃもったいないよ。だからとりあえずヤミテンにして、マンズの上1枚でも持ってきたらツモ切りリーチしようと考えてたから」
たしかに1枚でもマンズが捨てられたら、その牌を中心に安全牌が切られるもの。そうやってスジやカベができて…もっともこの時はダイレクトにスジ牌のを持ってきたが。
沢崎プロ「リーチをかけなきゃいけない手は即リーチは当たり前だけど、微妙なやつはとりあえずヤミテンで巡目がまわっている間に考えるほうがいい」
ダメなのは長考したあげくのリーチかヤミテンかの選択。考えた時間がそのまま相手に情報を与えることになってしまうからである。
沢崎「大体麻雀は腕組んで考えるゲームじゃないからね。今は丸くなったけど、昔は相当みんなに言ったよ」
沢崎プロは前述の通り一時期は地元群馬に在住しており、北関東リーグなどでは主に後輩の指導にあたっていたそうである。
いまでは好好爺をかもしだしてる沢崎プロだが、こと麻雀においては「怖い人」とこの時代を知っている者たちは皆口を揃える。
沢崎「麻雀は基本トップを目指すゲームだからさ。例えば東1局から早い巡目で一鳴きして1,000点とか、腕組んで悩むヤツとか。半荘終わってから説教してたよ」
さすがに今は東京在住、しかもMリーグ(KADOKAWAサクラナイツ)にも選ばれ、Mリーグのスタジオに近いところに居を構えており、北関東リーグには出場はしてない。そのため昔のように指導する機会は少ないとのこと。
沢崎「やっぱり連盟の対局以外に、モンドやMリーグもあるから、人を鍛える前に自分を鍛えないと」
自分を鍛える…? 健康や体力の維持のため身体を鍛えるってことでしょうか?
沢崎「いや、麻雀だよ」
ここまで数々のタイトルを獲っているにも関わらず、決して今の自分に満足しない、まだまだ向上の余地があるということだろう。
沢崎プロは意外にも(実は有名?)油絵を趣味としている。2014年のパリで行われた世界麻雀選手権時の観光の際、ルーブル博物館に向かう折に聞いた覚えがある。
たしかに油絵独特の重ね塗りの技法と、数字・感性、大胆・慎重など相反する要素の両方を兼ね備える沢崎プロの麻雀には相通ずるものがる。
沢崎「油絵はね、完成が無いから。上塗りして「作成中」って言えば通じるから」
こんなところまで似通っている。重厚でかつ未完成の麻雀。本人曰く未完成で、この強さなのだから、それが異常なまでの勝率、タイトル獲得数に繋がっているのだろう。
沢崎「タイトルを撮りたいっていうよりま、麻雀をやるからには勝ちたいし、いい麻雀を打ちたい。その麻雀の一番楽しい舞台ってのが…決勝戦なんだよ」
決勝戦は優勝者1人を決める闘い。つまり1位と2位以下の差が雲泥。
沢崎「みんな勝ちたいっていう欲が前面に出るのが決勝戦だからね。その欲がぶつかり合って、で勝った時。それが一番麻雀やってて気持ちいいね」
と、顔や口調は笑っていたものの、目は決して笑っていなかった。まさに”人の欲を食う”マムシの目であった。