【昨年度の雪辱を果たせるか。三浦が見せた覚悟と恩返し。】
鳳凰戦と共に節目の40回目に王手をかけた伝統と歴史のあるタイトル戦。
依然として世界的パンデミックが猛威を振るう中ではあったが、今年も無事に十段位決定戦が幕を開けた。
▪️荒正義(1期・九段/現十段位)
▪️近藤久春(17期・七段)
▪️浜上文吾(18期・六段)
▪️魚谷侑未(25期・七段/現女流桜花)
▪️三浦智博(28期・四段)
▪️解説
前田直哉・柴田吉和
▪️実況
日吉辰哉
▪️立会人
藤原隆弘
【システム】
日本プロ麻雀連盟公式ルール:4回戦×3日間の12回戦。
※1回戦・6回戦開始前に抜け番抽選あり。(2回目の抽選はポイント上位から希望選択。)
※10回戦終了時、5位は途中敗退。
1回目の抜け番抽選は以下の通りとなった。
去年の十段位決定戦では優勝という頂に一番近い土俵まで昇り詰めた三浦。準優勝のインタビューの中で
『たまたま荒さんと一騎討ちになっただけで、その差は大きいです。』
と謙虚すぎるコメントを残したが、その心残りは人知れず。しかし、内心は想像し難いほどの悔しさがあっただろう。“今回こそは”そんな冷静な表情に隠れる熱い思いに比例して牌が応えた。
親番で西家から12,000の出アガリ。その時の三浦は“何か”を確かめるかのようにゆっくりと頷いていた。
一方で大きな失点となってしまったのは、朝から欠便などの災難に見舞われたものの、何とか九州から飛行機でやってきたという浜上。
九州本部設立時から地方の競技麻雀の普及に尽力を注ぎ、副本部長としての顔を合わせ持つ。20年以上にも渡って、対局がある度に東京まで往復する姿には頭が下がるばかりだ。
『朝から教室の生徒の皆さんが待機して見守ってくれているので、今日は1回戦目から打ちたかったですね。』
と5回戦目の抜け番を自ら選択し、本部の仲間や地元からの期待を背負って戦っている姿が画面越しからも伝わってくる。
放銃となった場面に戻ると、2枚目のをポンしてトイトイ、ツモると三暗刻付きの満貫テンパイである。確かには場に2枚切れではあるが、鳴く人の方が多いのではないだろうか。しかし浜上は対局後に、この局を自省の弁として挙げていた。
『普段は鳴かない仕掛けで周りの出方を見たかったのですが、裏目に出てしまったので2日目以降は粘り強く、自分らしく打ちたいと思います。』
第29期以来、10年越しに再び戻ってきた2度目の頂上決戦。浜上にとっても是が非でも獲りたいタイトルであり、この局が良い意味で目覚める一局となった。
三浦のアガリにより重い火蓋が切られた今期の決定戦。そのまま勢いに乗るかと思われたが、この漢が黙ってはいなかった。
近藤が最速で2,600オールを仕上げ、瞬く間に三浦と並びへ。
さらに畳み掛けるようにポンの高め一通11,600テンパイである。
前局のアガリの流れからか誰も立ち向かえない、そんな見えない圧がかかる中で1人戦う者が現れた。
三浦であった。を晒してのこの形であるので戦う手に値する。しかし三浦は自身の手牌に自惚れる事なく、ここからでも受ける打ち手。実際にドラのとは山には残ってはおらず、その可能性も少なからず汲み取っていたはずだ。それでも結果的には流局とはなったが、やをしっかりと押し切る姿は昨年度の忘れ物をしっかりと掴み取るんだという意志の表れである。冒頭の“何か”とは、そう“覚悟”の頷きであったのだ。
そんな激動の攻防の中、この半荘を制したのは近藤。
南場の親番で3,900オール。勝又、前田、藤島らと共に活躍する華の17期生の1人であり、長年Aリーグにも在籍する。それにも関わらず未だ初戴冠に恵まれていない。優勝予想では最多本命票を集め周囲からの期待も高く、普段以上に左手からは気迫が溢れていた。
三浦が抜け番となり、魚谷が入れ替わりとなった2回戦。この半荘、実況の日吉が“やっちまった”と独特の言い回しで称した局が生まれる。まず先手は荒。との2役を確定させてのホンイツ3メンチャンテンパイ。
1回戦の沈み分を帳消しにするチャンスであり、何としてもアガリたい局面である。しかし、そう簡単にはいかなかった。こちらも初戦、苦しいスタートとなった浜上から6,000オール級のリーチが飛び交ったのである。
お互いにとって最初の正念場。この勝負の行方を固唾に吞んだが、意外にも結果は直ぐにやってくる。リーチを受けた荒の下には順番に無筋の、入り目の、そして当たり牌のまでもが流れて来てしまったのだ。誰しもが現十段位の苦戦を悟っただろう。しかし、浜上からロンの声が発せられる事はなかった。
それは一瞬の出来事。恐らく抜け番の三浦も見守る中で、浜上の手牌を透かしているかのような迅速な放銃回避を魅せたのである。前代未聞のグランドスラムを達成した所以が体現された局であるので、是非そのライブ感をタイムシフトでご覧になって頂きたい。
研ぎ澄まされた感覚で引き分けに持ち込んだ荒。この逆風を追い風に変えるのは必然であった。
迎えた東3局に11,600を浜上から捉えると、立て続けにポイントを積み重ねて、この半荘のトップを決める。
そして、またしても苦しい展開を強いられているのは浜上であった。しかし、2回戦目のオーラスに起死回生の会心のアガリを引き寄せる。
1,600・3,200以上で原点復帰となるが、その条件クリアとなるカン待ちが入った。しかし浜上の選択は、三色変化などを見たテンパイ外し。
そして、最高形とは少しだけ違ったが狙い通りににくっ付けての2,000・3,900ツモ。“自分らしく”と表した言葉通りの見事なアガリとなった。
更に勢いそのまま、3回戦目も浜上のベクトルが大きく上向く。
九州からの応援を力に変え、近藤から7,700のアガリ。これが麻雀ならば浜上に風が吹くと思われた。ところが、そこに突如として突風を浴びせたのはまたしても三浦であった。
第一打目で牌を横に曲げると、ものの数十秒で手牌はパタリと倒されたのである。三浦が抜け番中に見ていただろう荒の“柔”な受けとは対照的に、今度は荒が別室で見守る中、まさに“剛”といった強烈な一撃を見せて3回戦目のトップを奪った。
ここまで4者によって繰り広げられていた荒波の中、深海の底でゆっくりと泳ぎながら浮上の機を待つ者がいた。そう魚谷侑未である。
対局後に“空気気味でした”と率直な思いを語った魚谷。確かに大きな加点はここまでは無いが、アガリの道筋が見えた時の踏み込みの深さが一つの強みである。
少し場面は戻るが、特に2回戦東2局1本場の1,000で捌いたアガリは、親の浜上のプレッシャーにも怯む事なくしっかりと戦い、その特徴が随所に出た局であった。そして海面に一筋の光が照らされた瞬間、一気に浮かび上がるのである。
4回戦の東2局に南・ドラ3のツモアガリで加速すると、東4局には通り名の“最速マーメイド”を彷彿させるスピード・打点とも申し分のないカン待ちのリーチを打つ。
少ないチャンスを掴み、一気にトータルトップまで突き抜ける魚谷の姿は幾度となく見てきた光景。そして多くの人がその期待を抱いたであろう。しかし、やはりこの重厚な舞台は思うようにはならなかった。まずは浜上が神域のプレーを披露する。
魚谷のリーチを受ける中、この手牌からツモである。リーチ後に親の三浦もを仕掛けて応戦しているが、浜上はどうするのだろうか。皆さんにも一緒になって考えて頂きたい。
真っ直ぐ攻めるなら放銃牌であるがマジョリティであったが、浜上の選択は切り。恐らくだが、ポイントリーダーの三浦が押し返すということはドラのはそこにある。逆に考えると、魚谷は手役が絡んでいる可能性が高い。すると、場にが4枚とも姿を見せているのが目に入るという流れだ。つまり下の三色が否定されているので比較的が安全という思考回路ではないだろうか。
実際に三浦の手元にはドラのが固まっていた。
的確な読みとそれを信じる力。そして当たり牌のを手の内に収めてのテンパイ。浜上の競技麻雀に対する礎が存分に表現された局であった。そして麻雀とは最善に打っていてもそれが結果として出るとは限らない、それも魅力の一つである。
この局は、実況の日吉の声が対局室まで響き渡る程の結末が待っていた。何と三浦が中・嶺上開花・ドラ2の4,000オール。まさに気持ちで引き寄せた最後のであった。
そして、最後に三浦がもう一つの思いを卓上に示す。
本日最終戦の南2局、打点・スピード・形と全てにおいて良いとは言えない序盤に自風のを鳴き、普段からは想像できない姿を見せたのだ。
昨年の三浦は最強戦でも悔しい準優勝でファイナル行きのチケットを逃していたが、その舞台に立つキッカケが存在する。それは荒正義による推薦であった。選抜メンバーの一人に三浦を直々に指名したのである。
三浦にとっては大きく、そして越えなくてはならない壁。その荒正義が一人沈んでいる親だからこそ仕掛けたのではないだろうか。尊敬と感謝の意を伝える為に。それと同時に試練の時間が始まったのである。
【初日最終結果】
【第39期十段位決定戦〜2日目〜】
令和四年十月十五日
解説:藤崎智・柴田吉和
実況:日吉辰哉
(文:小林正和)