シンプル・しんぷる・simple・神風流
佐々木寿人プロはとにかくこの言葉をよく使う。
佐々木に初めて食事を御馳走になったのは、15年以上前のことで、吉祥寺の牛丼屋だった。ほぼ会話もなく個人的な質問もなし。
それ以来、牛丼屋とラーメンを数多く食させてもらった。
ある日、滝沢さんと3人で行ったとき、ご馳走になるんだからちゃんと瓶ビールも頼まないと。と教えてもらった。
佐々木はふざけんなこの野郎!と食券機に追加のお金を入れてくれるのだ。
決してケチなどではない。お笑い芸人ならばジョイマンが好きだし、使用するギャグもダジャレのみ。
スピードとコスパ重視だ。
佐々木の使うシンプルとはどの様な意味なのだろう。
例えば、3人麻雀で真っ直ぐな手組みのリーチを打ち、佐々木からアガリ、チャンス手を潰したとする。
リーチ ロン
通常ならばこのリーチを打つと怒られるだろう。あまりに真っすぐすぎる。
それなのに、佐々木はくっだらねえっ!とニヤリと笑い、やられたことを素直に認め、やや賞賛に近いリアクションをする。
チャンス手を蹴っ飛ばされ、やるなコイツ、という意味なのだろうか。
だが、例えば無筋を佐々木が切り飛ばし続け、チャンス手を成就させた場合。
リーチで蓋をし、アガリを逃したこの手を見たら、ガッカリされ、恥ずかしい思いをすることになる。
これだけだと結果論のようにも思える。
ただ佐々木にとって、目に見える結果が大事なのも事実だ。
―焼肉かしゃぶしゃぶをお供に、天空麻雀の優勝インタビューをしたいのですが
佐々木:なんで限定なんだよ!いいよ好きな方で。
―――数日後、
一同:優勝おめでとうございます!(左から越野、奈良、古橋)
―お供が増えてしまいました
佐々木:ふざけんな!お前ら関係ねえだろ。
―こういう時期ですし3人とも質問もせずに聞いているだけですので
佐々木:肉食べたいだけだろうが。いいよ!好きなの食え。
テーブルがふさがる前に、パソコンを開いて牌譜を見る。
1回戦終了時:紺野+46.1P瀬戸熊+16.0P荒▲18.6P佐々木▲43.5P
(30,000点スタートの順位点は10,000-30,000)
最終戦東1局、1回戦トップの紺野が荒から8,000点をアガる。
佐々木:半荘2回戦勝負で並びが必要な状況で、キツイなとは思ったね。
最初の親が落ちた時の心境を佐々木はそう語った。
―よくここから逆転しましたね
佐々木:この後、華麗な見逃しがあったんだよ。
見逃す事がほとんどない佐々木にとっては、この局の記憶が刻まれていたのかもしれないが、アガったとしても条件を悪くしての南4局になるので牌譜を見るに留めた。
ここで最初のお皿が置かれ、注文してから数分でテーブルにスペースは無くなった。
この場は、天空麻雀23で、単独7度目の最多優勝を飾ったインタビューで、聞くべき山場の局が多数存在したわけだが、それは後日メールで聞きます、とパソコンを閉まった。
麻雀における強さとは何か、を聞き出して、佐々木が語ることばを、その場にいる全員で共有したかった。勝つ秘訣を肉と一緒に腹に落とし込む作戦である。
―例えば越野さんは研究熱心だし、周囲の評価もなかなかあると思うのですが、なぜ結果には縁がないのでしょうか。
奈良ちゃんもタイトル2個取っていながらリーグはなかなか上がりません。
古ちゃん(古橋)はA2ですがタイトル戦はなかなか結果が、、、
(どの口が言うのだ)
佐々木:なんだろうな。天空でいえば1回目から全部出ていて、有難いことにチャンスの数も多いし。
質問の意図を知っていて答えてくれたような気もしたが、望んだ回答ではなかったので踏み込んで聞いてみる。
―瀬戸熊さんがよく仰ってますが、その時の鳳凰位の麻雀が若手の中で流行ると。
結果の欲しい若手や30代前半のプロは、勝ちたくて、佐々木さんの麻雀を真似るかと思うのですが難しいのではと。
佐々木:まあ無理だろ。
―はい。僕は試しましたが勝てないです。
仮に同じ配牌ツモで同じ選択をしたとして、同じようになる気がしないんです。
佐々木:俺とは違うからね。
―相手からの見え方が違うということですか。
佐々木:そりゃそうだろう。打牌スピードも全く違うし。
―じゃあどうすればいいんですかね。
佐々木:余計な事を考えないでシンプルにやりゃいいんだ。
出た。ここでシンプル返しである。具体的に聞きたいが野暮でもある。
―結果を出すには技術より精神面ですか?
佐々木:圧倒的な稽古をすりゃ、技術は身につくし、プレッシャーがかかる練習や試合をこなせば全体的に磨かれるだろ。
麻雀に必要な総合力が五角形だとすると、技術は大事な要素の1つで、打つ、見る、打つ、喋る、聞く、打つ、また打つ。これで伸びていきそうだ。
では他の4つは何だ。運、体力、精神、根性、性格、麻雀愛、スター性、経済、そもそも五角形なのか?よく分からなくなってきた。
―優勝が近づいて来たときに、雑念が出るじゃないですか恐らく。一体どうすれば。
リーグ戦で昇級がかかっていたり、トーナメントでも逃げに回った時とか。
佐々木:絶対に自分の麻雀を打つことだね。それで負けたら実力不足と。割り切る。
―はい。逃げ回ったり、逆に逃げずに無理に戦うとかは良くないと。
佐々木:そうね。経験ね。だから勝った時の麻雀を繰り返し見て俺は思い出す。
なるほどそういうことだったのか。10年ほど前、前原さんの後ろで見学させてもらっていた。
少考していたので何を考えているのか尋ねた。
前原:思い出しているんだよ。。。真っすぐ手を進めてよかったか。
―と言いますと
前原:自分の引き出しの中に経験や局面が閉まってあって、そこから引っ張り出すのに時間がかかるようになった。散らかっているんだろう。稽古不足だな。
なんて事のない局面に見えたが、前原は安全牌を手に留め、後ろ向きの打牌をした。少考中、河に目は落ちていなかった。本当に思い出していたのか。
前原:君はまだ若くていいな。
どんどん麻雀を打ち、自分の麻雀の引き出しに綺麗に並べて行けよと言われた気がした。
佐々木は前原の教え通りかは知る由もないが、あいうえお順に綺麗に並べているのだろう。
点棒箱を見る限り想像もつかない。ただ、シンプルに自分の好きなように並べているのだ。
この翌日、同席していた奈良圭純はマスターズの決勝に残り、2日後、第30期マスターズとなった。
佐々木:面白かった。いい決勝戦だった。おめでとう
解説だった佐々木が対局室に来てそんな一声を掛けるのは珍しかったのですぐに写真に収めた。
奈良と佐々木は同期だ。奈良の意地と素直さに、佐々木も刺激を受けたように見えた。
さて、天空麻雀に話を戻すと、どうしても聞かなければいけない局面があった。
最終局。大詰めのいよいよ優勝が決まる瞬間。
オーラスを迎えてトータル上から、紺野+4.9P、瀬戸熊+2.2P、荒▲3.4P、佐々木▲3.7P。
1回戦と天地がひっくり返り、8,600点差の中に4名が集まった。
佐々木の条件は着順を変えずに8,600点を捲ること。出アガリは紺野から現実的には5,200、リーチ棒が出れば3,900。
荒、瀬戸熊からの大きなアガリは、着順の関係でほぼ現実的ではない。
そしてこの局面でテンパイが入る。条件は満たしているが、ツモか紺野からの出アガリ条件で何を切るか。
ここで考えるべきは、他者の条件。
荒は、佐々木を捲るか紺野から5,200直撃。瀬戸熊は2,700点差を捲ればOK。
この局の開始時には選手に細かい条件が伝えられている。
それはもちろん対局者は共有している。誰がどう打つか。
この局のドラはで、無理やり使わなくていいのは瀬戸熊と紺野。
荒も1000・2,000でいいことを考えれば必ず必要ではない。
ここで皆様に問題。何を切りますか。
この牌図を見て佐々木の気持ちになって考えてほしい。優勝を決める選択である。
―なぜ〇〇待ちにしたのですか?
佐々木:条件できたから。アガリやすい待ちを意識したから。〇〇の方が圧倒的にアガリやすく見えるからね。
―ありがとうございます。
議論の余地などない。至ってシンプルな回答であった。
別の日、滝沢さんにも条件と牌譜を見せ答えてもらった。
滝沢:うーん。結構これ難しいね。やっぱり△△にしそう。紺野さんも伏せられないし、瀬戸熊さんの条件は500・1,000か。うわーでもむずいな。
意見が割れた格好だが、もうこれ以上他の人に聞くのはやめておこう。
あそこがこうだから、誰がどうだから、ごちゃごちゃ考えたら駄目なのかもしれない。
佐々木の選択は正しく、こんなにも盛り上がった終局図になるのだ。
―アガリやすかったから―
これが答えだ。
佐々木はこの局面をまた何度も見返し、そして優勝を重ねていくだろう。
(文:三田晋也)