2022年4月某日、僕は第3期若獅子の早川健太と焼肉店に来ていた。
「インタビュアーは小車さんしかいないと思いました」と早川が言う。かわいい奴だ。
彼との食事は店選びから気を遣う。
なにせ魚は食べられない、野菜も食べない、貝類もダメ、フルーツアレルギー。
肉と玉子とお米とお菓子以外食べているところは見たことがない。
野菜不足は深刻な問題なのだが、そこは差し当たりサプリメントでも飲んでもらい、彼自身にゆっくり時間をかけて少しずつでも食べるように改善していってもらうことにしよう。
僕はいきなり何を書いているんだろうか。
19歳も年が離れた男と2人で焼き肉屋でご飯を食べる。なんとも異様な雰囲気で、インタビューが始まった。
【前代未聞級の逆転優勝】
第3期若獅子戦の決勝は早川健太が勝ったということよりも、ものすごい得点差を逆転したという点に注目せざるを得ない。
※全4回戦中3回戦開始時のトータルポイント
1・2回戦を隙のない戦いで連勝した渡邉。2着の村上とでさえ96.9P差。4着の早川とは137.2Pもの差をつけていた。
残り2回でこの点差をひっくり返すというのはどう考えても無理があり、早川健太を応援して視聴していた人でさえ見るのをやめるレベルだと思う。
小車「当然選手同士の会話は禁止だから、話し合いとかできるわけないんだけど、実際は追いかける3人の意思疎通みたいなものは対局中に感じていた?」
早川「そうですね、佐藤さんは安い手でアガリに来てないのはわかってました。トータルラスの僕の親番はかなりやりやすかったように思いますね」
小車「3回戦のオーラスは?」
早川「あそこは普通にトップを取って最終戦頑張るというだけでは、逆転優勝なんてできないと思ってたんです。絶対にトップラスを決めたかった。だから自分の打点を上げつつ、親の村上さんにテンパイが入るように、なおかつ佐藤さんと渡邉さんには放銃しないように気を付けて打ってましたね」
そんな渡邉を追いかける3者の思惑の歯車は噛み合い、オーラスの村上の親は何度も流局を繰り返していく。しかしその流局の中で渡邉は何度もテンパイ料を獲得し、トップ目の早川との点差を詰めていくという最悪な展開となっていた。
「倍満直撃ならトップラス決められますよ」と解説の瀬戸熊さんと滝沢さんが言う。そんなことが狙ってできたら苦労はしない。せめて中盤くらいまでに無駄なくヤミテンの倍満テンパイを入れ、さらに渡邉にとってその当たり牌が不要牌でなければならない。
なんとそんな奇跡が実際に起きた。
この倍満直撃で見事トップラスを決めた早川は、最終戦への希望を繋いだ。
そして最終戦の東1局、早川が親の四暗刻を成就させ、その後の激戦を制したのだった。
早川「実際最後までどうなるかわからなくて、四暗刻アガってからの方がきつかった感はありますね。追いかける立場だったのが、戦い方が変わりましたから」
プロ4年目23歳の男がそんなことを言えてしまうのかと、僕は驚きを隠せなかった。
【一橋大学卒業】
小車「もういいや、対局のことは」
早川「え、もういいんですか」
小車「だってこれはインタビューだからね、対局の詳細はレポート見ればいいし、動画を見返せばいいんだよ。もっと早川君のことを聞かないとね」
早川「そうなんですね」
やはりまずこの男の要素として触れておかねばならない点がある。
小車「一橋大学を卒業したのに、どうして麻雀店で働いてるの?」
早川「やっぱそこになりますよね」
小車「ぶっちゃけ、就活失敗したとか?どんな大学にだって落ちこぼれはいるって聞いたことあるしな!大学行ったことないけど!」
早川「いや、就活はうまくいって内定ももらってたんですよ。20代後半で年収1000万超えてる人がゴロゴロいるような企業でした。でもやっぱり麻雀に寄り添った生活じゃないと、プロとして強くなれないと思ったんですよね」
小車「もったいな!とりあえず就職しといてから麻雀頑張ればいいじゃん!」
早川「いや、それじゃ若獅子戦は勝てなかったと思います。単純な押し引きだけじゃなくて、勝負どころの見極めとか、そういうのは実戦で経験を積まないと研ぎ澄まされないですよ」
小車「そ、そうかもしれないけど、ご両親とかは反対しなかったの?」
早川「そこまで強くは反対されなかったです。30歳くらいまでは、やりたいことやっていいんじゃない?って言ってくれました」
小車「めちゃくちゃ優しいご両親!俺が親だったら許さないよ!」
ここで笑い合う僕と早川。
実際に彼の父親でもおかしくないような年齢差だからこそ思う。
人生はそんなに甘くないのだ。せっかくの人生イージーモードを蹴り飛ばし、ハードモードを選んだ彼には厳しめの言葉を送ってしまう。
小車「でもさ、じゃあ今回一つの結果出せてよかったね」
早川「そうなんです。やっぱこの道選んだ以上は、結果出さないとただの馬鹿で終わるじゃないですか」
小車「みんな多かれ少なかれ何かを賭して麻雀プロやってる。でも早川君の場合はその代償が大きすぎたからね」
早川「まだこれでやっとスタートラインですけど、ひとまずよかったです」
小車「若くて強くて見た目もいいから、早めに一つの結果を出せたのは本当に大きいことだと思うよ。ご両親には報告したの?」
早川「放送もずっと見ててくれてました。多分、泣いてますね」
小車「愛されてるんだなぁ」
【これからのこと】
小車「これからどうするんですか?」
早川「これからですか?」
小車「若獅子獲りましたと。でも半年後にはまた新しい若獅子が出てきますと。早川君はどうしていくの?」
早川「そうですね、G1タイトルは獲りたいですね。そしてC1リーグになれたんで、BリーグAリーグと上がっていきたいです。放送対局も出たいです。だから麻雀はもっと頑張らなきゃですね」
小車「選手としての早川健太はそれでいいと思う。何か他にアピールポイントとかある?」
早川「アピールポイントですか……」
小車「若くて麻雀が強いのはわかった。見た目もいい。もう一個なんか欲しいですね」
早川が困るのはわかっていて、あえて意地悪な質問を投げかけてみる。
早川「そうですね、求められたら……」
小車「求められたら?」
早川「面白いことも結構言えます」
ここで爆笑する僕。
早川「いや、空気は読みますし真面目にやりますけど、おちゃらけていい場面だったらおちゃらけます!ノリ良し!」
満足した僕を置いてさらに早川は続ける。
早川「あと僕結構手が綺麗って言われるんで、手タレできます」
小車「麻雀手タレ!新しい需要あるかもしれない!」
だんだん話の内容がふざけた感じになってきたので、ある程度聞きたいことも聞いたしこの辺りでインタビューを締めることにした。
【自分と重ねてしまう】
ここで少しだけ僕の話をすることを許してほしい。
僕はプロ5年目で麻雀マスターズを優勝し、それを機に福岡から上京し、プロ14年目の今もなおプロを続けている。
勝てたことが嬉しかったし、自分の未来は明るくてこのままうまくいくんじゃないかと思い込んでいた。
しかし実際は甘くなく、所属リーグも上がらず、他には大した結果も残せないままだ。
確かにあれは麻雀プロとしてのスタートラインだった。僕はそれに気付かずがむしゃらにやったが、早川健太は違う。
「やっとプロとしてスタートラインに立てました」
彼自身の言葉で、はっきりとそう言ったのだ。
彼がこれから行う数多くの対局で勝つか負けるかは知らない。
だけど彼ならこのスタートラインから良いスタートを切り、ペース配分も間違えずしっかりと走り切れるのではないかと思えるような、雀力・若さ・人となりを兼ね備えている。
僕は自分のことをまだまだこれからだと信じているので、早川健太とはライバルだと思う。
だがそれと同時に、自分が叶えられなかった夢を自分の息子に託す親のような心境を、彼に対して抱えてしまっている僕がいる。
かわいい後輩、ライバル、息子のような感覚、もうどういう関係なのか全然わからなくなってしまったが、そう感じさせることがまた早川健太の魅力なのだろう。
今後の早川健太の活躍に期待しつつ、負けるもんかと奮起しながら、この記事を終わりにしようと思う。
最後に。
魚はともかく、野菜は少しずつでも食べられるようになろうな。