日本プロ麻雀連盟本部道場に飾られた「麻雀最強戦 the movie」のポスター。
ある日、何気なく目を向けると瀬戸熊のサインが入っていることに気付いた。
ポスターが飾られた当初は入っていなかったものだ。
それもそのはず。
瀬戸熊が「連覇」を成し遂げる前だからである。
一体いつ書いたんだろうと思うと同時に、こんなところにもサインを書くのは如何にも瀬戸熊らしいと感じた。
“瀬戸熊直樹”を初めて意識したのは、プロ入りしてすぐのある出来事だった。
リーグ戦を終え、会場近くの中華屋に入ると、そこに瀬戸熊の姿が。
挨拶を交わし、注文した料理を待っていると瀬戸熊が会計をしにいき、「向こうの会計も一緒にお願いします」と店員さんに頼んでいるのが聞こえた。
咄嗟にお礼を言い、瀬戸熊は先に店を後にしたわけだが、あまりの格好良さに圧倒されてしまった。
確かに挨拶は交わしたが、瀬戸熊が入ったばかりの新人である自分を知っているとは当然思っていなかったし、プロテストの時も研修の時も全く絡みなどなかったのに何故だろうと。
あれから10年。
自分は今、最強戦を連覇した瀬戸熊のインタビューを書いている。
あの頃には想像すらできなかった。
これまで仕事などで一緒になる機会は何度もあったが、場を設けて2人っきりで話すのは今回が初めてとなる。
麻雀最強戦2022ファイナルにおいて、皆さんが一番印象に残った瀬戸熊のプレーはどれだろうか。
1st stage勝ち上がりの決め手となった4000オールか。
それとも、連覇を手繰り寄せた決勝での跳満ツモか。
どちらも瀬戸熊らしさ全開の素晴らしいアガリだった。
だが、自分が最も印象深かったのは1st stageでの
場に2枚切れている地獄待ちの七対子リーチである。
これは今回の最強戦ファイナルで、瀬戸熊が”一番最初に打ったリーチ”だった。
前局にソーズのチンイツテンパイというチャンス手から前原への放銃となり、岡崎と前原がリードする展開で迎えた一局。
リーチを宣言する瀬戸熊には、かなりの覚悟が感じられた。
原「すごく気持ちが入ってリーチしたなって思ったんですけど」
瀬戸熊「このままではやられると思った。どこかでキッカケを掴まなきゃダメだなって。とにかく前原さんにが打ちづらくて絞りながら進めてたんだけど。でも最後、の手出しが入ったんだよ。あれでいけると思った。あれがなかったら、ちょっときつかったな」
瀬戸熊の読み通り、前原にはカンの受けがあり、のリャンメンへと変化したところだった。
瀬戸熊のリーチを受け、困ったのが岡崎だ。
同じく、前原に打ちづらいと感じていたフリテンの単騎で粘りつつの進行。
今度は瀬戸熊のリーチにも前原の仕掛けにもがかなり通りやすくなった。
だが、瀬戸熊の待ちはまさかの。
今にも打ってしまいそうだったが、何とか放銃を回避して流局となった。
後日、岡崎に連絡を取り、この時の気持ちを聞いてみた。
原「あのさ、打っちゃいそうになった?」
岡崎「なりましたよー!当たると思わなかったっすもん!宣言牌のは自分で切ってたので七対子じゃないと思いましたし、めっちゃ危なかったっす」
原「開かれた手牌みてどう思った?」
岡崎「めっちゃびっくりしましたよ。肝冷やしました。気が引き締まりましたねー」
相変わらずの軽い男だが、ありのままに話してくれた。
前回は涙の戴冠となったが、今回は終始笑顔で締めくくった瀬戸熊。
自分には前回と違って余裕すら感じられるように見えていた。
だが、対局後に行われたYouTube「麻雀最強戦チャンネル」での振り返り配信にて「連覇できると思ってなかった」と語っていたが…
瀬戸熊「1/16でしょ?大体無理でしょ笑。でも決勝には乗りたいと思ってたよ。それが最強位としての最後の仕事かなって」
原「最強位としてやり切った感あったんですか?」
瀬戸熊「すごいあった。最強位としてやれることは何かなって。たかはる(多井隆晴プロ)が頑張って最強位を連呼して、より大きな大会にしていって、より最強位の価値を高めたから。たかはるほどいかなくても俺は俺のやり方で広めようって思った」
話は最強戦のことから、この1年のことへと進んでいく。
瀬戸熊「前回はファイナルであの人とやりたくない、この人とやりたい、とかいろいろあった。自信がなかったから。でも今回は誰でもいいと思った。本当に」
初めて最強位に輝いて迎えた翌年。
久しぶりに戦うA2リーグの舞台では、1年を通してずっと昇級ポジションに位置し、秋にはモンド名人戦も制し、初優勝を飾った。
誰がどう見ても”瀬戸熊直樹は復活した”と思える活躍ぶりである。
原「やっぱり、この1年で変わったんですね?」
瀬戸熊「変わったね。今回、A1リーグ昇級は逃したけど全然悲観してなくて。1年やってみてA2リーグでも戦えることがわかったし。じゃあ、次は200〜300浮いて圧倒的に勝てばいいかなって。そう思えるようになった。そうなったら胸張ってA1リーグに行けるし、その時にまた鳳凰位を狙えるって思う」
(A2リーグ最終節・対局終了後のインタビューの様子。インタビューではどんな時でも絶対に笑顔を絶やさず、前向きな姿勢を忘れない)
瀬戸熊「不調って言われてたけど決勝には乗ってたし、不調は感じてなかった。ただ、勝ち切れなくなってただけ。何か1つ勝てば、キッカケさえ掴めればって思ってた。でも自分の中でピントがズレてる麻雀にはなってたね」
原「ピントがズレる?」
瀬戸熊「アガリに対するアタックの仕方とか、決勝での勝ちに対するアプローチの仕方とか。昔は本能でやってたけど、ちょっと頭で考えるようになっちゃったね。麻雀プロって皆、牌理とか勉強するじゃん?例えば、手出しがどうとか。俺も当然考えるんだけど。たぶん一番、実践経験とセンスだけで戦ってきた人間だから、それを頭で考えだしたからおかしくなったんだと思う」
瀬戸熊「鳳凰位を獲った頃は、あんななんてコンマ何秒も止まんなかったと思うんだよね。止まったことが悪いことではないけど、1回考えるようになっちゃった」
原「でも止まるのは放送対局が主流になった今の時代だからっていうのもありません?」
瀬戸熊「あるけど、それにしても止まりすぎ。俺の目指す麻雀とはちょっと違うかな。リズムとテンポで圧倒していきたい。どうせ切る牌は一緒だったんだけど、リズムが悪くなってるから相手に対するプレスの掛かり方が違うのかなって」
瀬戸熊の目指す麻雀とは?
原「瀬戸熊さんの目指してる麻雀が100だとして、今どのくらいですか?」
瀬戸熊「10くらい」
原「10?!!ええ!!!?」
店内に響き渡る大声を出してしまった。
だが、これには本当に驚いた。
瀬戸熊「鳳凰位3回獲った時は麻雀のこと7割は理解してると思ってた。年齢を重ねてきて、ちょっと勝てなくなる時期も経験して、あ…俺なんもわかってなかったんだなって思うようになった。でも自分の中で到達点は見えてる。こういう麻雀を打ち切りたいっていうものが。でもそれは今からでも間に合う話だし、身体が動けば全然できる話だから。そこにいくには…10かな」
驚きすぎて言葉が出てこない。
瀬戸熊「でもこれが10だから後90残ってるわけじゃなくて、ある日80になったりするわけよ。いろんなことが積み重なってきて。でも残り20〜10が一番きついところだとは思うけど」
(3回目の鳳凰位獲得。本人曰く”真ボディ麻雀”が繰り広げられた一戦。勝ったことよりも、ようやくこの人たちと対等に戦えるようになったことが嬉しかったと笑顔で語った)
これは昨年の最強戦で負けた後、瀬戸熊が送ってくれたLINEである。
以前から瀬戸熊は
“Bリーグまでは気合いでいける”
と、口にしている。
気持ちや気合いが大事なのはわかっているつもりだが、一体どういうことなのか。
瀬戸熊「麻雀はモチベーションと気持ちが半分。間違いない、これは。何かを成し遂げるために、そこに向かっていく時に、例えば昇級したいとか優勝したいとかあれば、そのために何が必要か自分で考えて日々ずっとそのことばっか考えてると気持ちも高まるし、負けたくないとか費やした時間もあるわけじゃん?原だってもう10年いて、まだCリーグで上がれてないわけでしょ?その時間を無駄にしちゃってるわけ。俺がCリーグにいた時は相手3人の顔を見て”こんな奴らに負けるわけない”って思ってたし、一番麻雀打ってるし、俺の目標は鳳凰位だからここで足踏みするわけにはいかないって思ってやってた。本当に気持ちだけ。技術的には拙かったし、牌理にも明るいわけではなかったけど。気持ち一つだけ」
原「気合いだけでですか?」
瀬戸熊「いける!いける!いける!いける!」
原「でも最強戦は連覇する自信なかったって…気合いないじゃないですか!」
「もっと深く掘り下げてみたいと感じ、さらに追求していく。」
瀬戸熊「連覇したいとかなかったけど、決勝に乗るのが最強位の務めだと思ってたから。そこは目標というか、確固たる意思があったよ。ここだけは負けられない!みたいな」
原「でもそれは皆ありますし、中には負けず嫌いじゃない人もいるじゃないですか」
瀬戸熊「よりそこだけしかないと思えるかどうかだよね。負けず嫌いじゃない人も確固たる目標があったら時間を無駄に使うのは嫌でしょ。負けて悔しいって思えなくなったらもうキツいね」
そんな話をしていると、突然
瀬戸熊「原の今の目標って何?」
と、逆に質問されてしまった。
リーグ戦を頑張りたいだとか、有名になりたいだとか、ありきたりな答えばかり並べたが、実は瀬戸熊が最強戦を連覇した瞬間、Twitterをやめようと思った。
やはり、麻雀プロなんだから麻雀を頑張らなきゃダメだなと改めて感じ、しばらくツイートも控えるように。
そんな胸の内を正直に明かした。
瀬戸熊「いや、確かに俺も若い頃は有名になりたいとかはあったよ?でも30代とかになって、力なくて有名になってもしょうがないなって思うようになった。何かやったらワァー!ってなって企業の目に止まったり、お客さんがついたり、ファンが増えたりするけど、でも周りからは”いや、あいつ下のリーグだろ?”ってなるよね」
メンゼン清老頭をアガってからの自分が、まさにそうだった。
昨年は絶対に頑張らなければいけない1年だったが、タイトル戦の決勝で負け、リーグ戦も降級し、よりその思いは強くなっていった。
そして、最強戦で必死に戦う瀬戸熊の姿を見て決意したところだったのだが…
瀬戸熊「でも原の一言を待ってるファンもいるわけだから、それは発信すべきなんじゃない?その人たちに向けてね。もし、何かを成し遂げたいのであれば、そういう地道な活動は続けるべきだと思う。原は原じゃん。別に原のスタンスでやればいいわけだから。俺が普段なにしてるかなんてみんな知らないけど、たまに写真とか載せて発信してさ。そういうのが大事だと思う」
大先輩である瀬戸熊が、自身のインタビューの場なのに後輩である自分の相談に親身になって応えてくれたのが本当に有り難い。
頂いた言葉一つ一つを胸に、考え方を改め、自分にできることを精一杯やっていこうと思う。
(最近、自撮りの写真が増えた理由は風景なんてネットで調べればすぐ出てくるんだから自分を入れなきゃダメでしょ、と奥様にアドバイスを受けたからとのこと)
瀬戸熊はブログを始めて、もうすぐ16年。
赤ちゃんが高校生になっている年月である。
投稿数も2900を超え、今年中には3000に到達するだろう。
ここまで続けるのは本当にすごいことだ。
瀬戸熊には最強戦やMリーグからファンになった方も多いが、昔からずっと応援し続けている方も多い。
その理由は何か。
そして、瀬戸熊自身は応援してくれている人たちの存在をどう思っているのか。
実はこれが一番聞いてみたかった。
瀬戸熊「やっぱり、ブログは大切にしてるね。今はTwitterとかインスタとかあってファンの声がいろんな形で届いたりするけど、昔はブログくらいしかなかった。誰が見てくれてるのか、どのくらいの人が見てくれてるかなんて目に見えなかったんだよね。ここまでずっと続けてこれてるのは、知名度も何もない時から温かいコメントもらったりして助けられたからかな?だからブログは素直な自分のままに書けてるし、見に来てくれてる人たちに感謝だね」
決勝に進出し、そのことをブログで書いた時にコメントをくれた方には全員に、一人一人丁寧に返信していたという。
瀬戸熊「今はファンが持ってきてくれた差し入れは全て名前を書いて、何月何日に誰が持ってきてくれたかってリスト作ってる。あと、家のカレンダーにファンの皆さんの誕生日いれてるね」
Twitterで瀬戸熊がファンに対してお祝いのメッセージを送っている場面は何度も目にした。
恐らくチェックしているだろうなとは思っていたが、やはりそうだった。
瀬戸熊「俺自身ファンサなんてよくわかってなかったけど、個人的なファンサがちょっとずつ蓄積される。ずっと支えてきてくれた人たちを大事にしなきゃダメだよね」
プロ歴25年。
ここまで地道に歩んできて実を結んだからこそ、ファンへの感謝の気持ちが強いのだろう。
瀬戸熊「真剣に自分のプレーに対して思ってくれてる人もいる。大病を患ってるけど試合をみて元気でましたとか、たまにそういう人の手紙とかもらうと自分も元気でる。麻雀プロずっとやってて良かったなって思うね」
原「瀬戸熊さんにとってファンの方々や応援してくれてる人たちって、どういう存在ですか?」
瀬戸熊「やっぱり、プロの世界ってサッカーでも野球でもそうだけどファンあって成り立つからね。見てもらって、そこに応援してくれてる人とお金を払ってくれる人がいないとプロは成り立たない。じゃあ、その人たちを喜ばせるために何ができるかっていうと、麻雀で魅せること。麻雀を見て、何かを感じてもらうことだよね」
(最強戦ではあのポーズをしないが、これが素の自分だという)
応援は本当に力になる。
自分もたくさんの応援があって頑張れたことは山のようにある。
100%の力を出し、応援によってそれが普段では出せない120%の力になる。
大袈裟に言ってるわけじゃない。
それを肌で感じてきた。
原「瀬戸熊さんは応援が力になるってよく言ってますが、どういうことですか?」
瀬戸熊「誰かが俺の勝利や頑張りを願ってるってことはさ、自分のためにやるのはもちろんあるんだけど。そんな他人が頑張ることを望んで一緒に喜んでくれる人がいるっていうことは力になるよ」
原「対局してる最中に応援してくれてる人たちの顔や言葉が浮かんだりしますか?」
瀬戸熊「ごめんって思う時はあるよ。苦しい時とかに”ダメかもしれない”って。でも、その人たちのために諦めることだけは許されないって常に思う」
(最強戦2021ファイナル決勝。倍満ツモ条件という過酷なミッションを課され、まさに”ごめん”と思ったシーンか。だが、結果は…)
放送対局が連日で続くこともある瀬戸熊。
走って体力をつけていることは知っていたが、驚いたのは最強戦ファイナルの当日に近くの駐車場で走り込みをしていたことだった。
原「対局の準備はどうしてますか?」
瀬戸熊「今は走って体力つけるしかないね。自分より若い奴と長丁場やるから。体力負けだけはしないように。なぜ走るかというと、集中力を持続させるために体力が必要だから。集中力が切れてミスショットをした時は自分が許せない。それは準備できることじゃん」
原「でも最強戦の対局当日に会場の近くでダッシュはしないですよ?」
瀬戸熊「……笑」
しっかりチェック済みである。
瀬戸熊「当日に走ったけど当日ではないじゃん、1〜2ヶ月先の試合では。わかる?俺の試合は続くわけよ笑」
原「でも、わざわざその日にやらなくてもいいじゃないですか!」
瀬戸熊「その日にやっておけば、その日の夜に走れないことはわかってるし、次の日もグデ〜ってなってると走らないのもわかってるから。じゃあ、いつ走るんだ?ってなると今日走っとこうか!って。自分の中で安心するんだよ」
分かっててもなかなか出来ることではない。
瀬戸熊「だから全て”練習”です。どんな大事な試合も練習と思えばいい。本番はどこにあるかわかんないんだよ。鳳凰位決定戦でもないかもしれない。1年後にもっと大きな何かを迎えるかもしれない。リーグ戦は確かに本番だよ?でも、そのリーグ戦ですら練習と思ってやればさ。こんなに実になる練習はないよ。もっと大きな試合がきた時に成果が出るかもしれないし。極めても極めても極めきれないんだったら全て練習だと思う。向上心なくなったら終わりだからね」
最強戦ファイナル2021へ進出が決まり、瀬戸熊と戦いたいと宣言したことに対して
瀬戸熊「有り難かった。原の気持ちに応えるべきだと思った」
と、言ってくれた。
あの日。
その願いが届きそうなところまできた。
だが、叶わなかった。
どうすれば追いつき、どうすれば追い越すことができるのだろう。
先輩たちがより高みを目指して10やっているとしたら、自分は20…いや、50はやらなければ絶対に追いつけない。
しかも、それだけやっても追いつけるかどうかすらわからない。
でも、やるしかない。
“瀬戸熊と戦いたい”
新しい目標に向かって。