中級/第81回『麻雀界の未来』
2013年09月11日
記録的な猛暑が続いた8月のある日、全く思いがけない方から電話を頂いた。
「ヒサト先生ですか。先日はどうもありがとうございました。」
全く見覚えのない番号からの、全く聞き覚えのない声。
その声はひどく落ち着き払っていて、会話を重ねても一切の感情が伝わってこない。
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
『貴方のファンです。』
「どこかで同卓しましたか?」
『いえ、私にそんな腕はありません。』
明らかに困り果てた私の様子を楽しむかのように、相手方は中々その名を名乗ろうとはしなかった。
『今から私が、マンズ、ピンズ、ソーズのどれかを頭に思い描きますから、貴方の得意な読みで当ててみて下さい。』
「いや、全くわかりません。」
正直、厄介な相手だなと思った。
だがそれでもこちらから電話を切ることはしなかった。
結局、愚かな私がその相手方が誰であるかを悟るまで、実に15分もの時間を要していた。
電話の主は、伝説の雀鬼と呼ばれる桜井章一さんだった。
きっかけはその1週間前に秋葉原で行われた、桜井さんの新刊出版記念のトークイベントだった。
私は、森山茂和会長、滝沢和典とともにイベント会場である書店へと足を運んだ。
森山会長が急遽壇上に上がり、司会を務めるというサプライズはあったが、2時間ほどのイベントは和やかな雰囲気のまま終了した。
その後我々も食事の席にお招き頂き、トークイベントでは話せないような中身も含めた桜井さんの大変興味深いお話を伺うことができた。
私にとってはこれだけでも貴重な経験だったのだが、まさか桜井さんから直々に電話を頂けるなど思いもしなかったことである。
『もっと若い人達に頑張ってもらわないとなぁ』
電話の内容はそこに終始した。
日本プロ麻雀連盟は、この4月から森山新体制となった。
そこを境に桜井さんとプロ連盟との関係も密になったように思う。
きっと桜井さんと森山会長の、麻雀界を良くしていきたいという共通の思いがそうさせたのだろう。
『オレはね、貴方達にとにかく良い麻雀を打って欲しいと思っているんだよ。
勝った、負けたは二の次でいいじゃないですか。』
瞬間、小島武夫最高顧問の言葉が頭に浮かんだ。
やはり先人達の思いは相通ずるのだ。
『最初に満貫振ったっていいじゃないですか。徐々に取り戻していけばいいんだから。
最初から考えようとするから迷いが生じるんです。』
自然に打つことを心がけなさい。
そうすることで結果は段々とついてくるものです。
桜井さんはそういうことを伝えたかったのかもしれない。
その電話から数日経った勉強会の日、初戦北家スタートの私はこんな手をもらった。
ドラ
わずか3巡目にしてくっつきの1シャンテンだ。
ところがここから場面が急激に動き出す。
まずは西家の荒正義さんがを一鳴き。
続いて親の山田ヒロがを暗カン。
そして再び荒さんがをポン。
その2巡後には、山田がドラのを切ってのリーチである。
その時私の手牌は以下。
2人に挟まれた格好ではあるが、どんな結果となってもしっかり攻め抜こう。
私はいつも以上に強く、そう心に決めていた。
親のリーチが入ったとは言え、2フーロの荒さんが引くケースはあまり考えられない。
ならば、私のテンパイの入り方によっては、2人に任せる選択肢も十分にあり得る。
結果だけに拘るなら、むしろそちらの方が無難だとも言える。
だがそれは本来の自分の麻雀ではないし、何より戦っていない。
桜井さんの言葉も大きかったように思う。
人間は皆、どこか背中を押されたがっている生き物なのかもしれない。
この巡、私はを引いてテンパイ。
ツモ
迷うことなくドラのを切ってリーチと出た。
次巡、を持ってくると、荒さんがこれをポン。
そして引かされたが、山田の3,400に刺さった。
暗カン ロン
荒さんの最終形はこうだった。
ポン ポン ポン
にくっつけば即放銃、また荒さんのポンがなくても山田のツモアガリ。
「この局はどうやっても勝ち目がなかったな。」
私の心境は何事もなかったかのようにあっさりとしたものだった。
きっと荒さんに満貫を放銃したとしてもそうだったのだろう。
別にまたやり直せばいい、私のポジティブな思考は普段に増して強くなっていた。
桜井さんは電話の最後にこう仰った。
『麻雀界は、囲碁、将棋の真似しようったって無理なんだよ。全く別のものなんだから。
無理矢理近づけようとするからいびつになる。決して間違った方向には進まないようにな。』
有難く、そして考えさせられるメッセージだった。
100年後、200年後、麻雀界はどうなっているのだろう。
大衆の娯楽としてまだ受け入れられているのだろうか。
それとも完全に衰退してしまっているのだろうか。
どっちに転ぶにせよ、それらは全て我々にかかっていると言っても過言ではない。
今が良ければそれで良しとはならないのだ。
ではそのために何をしなければならないか。
それは、我々がプロフェッショナルとしての確固たる地位を築き上げることだ。
プロの競技たるや、やはりファンあってこそのもの。
今以上に魅力ある世界を作りあげるために、我々がどんな麻雀を魅せられるか。
全てはそこにかかっているのである。
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