上級

上級/第104回『サバキの神髄⑨サバキの心―その②』 荒 正義

プロリーグ第4節一回戦のオーラス、その持ち点はこうだ。ラス親は、緻密で正確無比な麻雀を打つ勝又である。

勝又(親) 沢崎 仁平
25,200 20,400 29,400 45,000

展開は出だしに6,000オールを決めた、仁平の流れだった。しかし、三者は仁平の花火を一発で押さえ込み、連打を与えずに踏ん張っている。
この程度の沈みなら、誰でも半荘一回で取り返すことが可能である。
6巡目、先にテンパイを入れたのは私だ。ドラ一万
一万三万六万七万八万四索五索六索二筒二筒  ポン南南南
この手を上がれば浮きの2着が拾える。
四人の河は全体的にマンズが安く、ドラそばでもションパイの二万はいい受けに映る。しかし、まだ顔を見せない。
すると10巡目、親の勝又からリーチが飛んできた。彼はいつもポーカーフェイスだ。その能面の顔から、手の高低を読み取ることができない。
九万 上向き九索 上向き五万 上向き五万 上向き七索 上向き二索 上向き
八万 上向き六万 上向き七万 上向き八筒 左向き
このとき掴んだのが、無筋の五筒だったのである。
一万三万六万七万八万四索五索六索二筒二筒  ポン南南南  ツモ五筒
一瞬考え、五筒を切った。私の考えはこうだ。
(親の河はピンズが高い。おそらく6割りピンズ待ちと見るのが妥当。しかし、リーチなら手役のピンズの染め手はありえない。清一色もホンイチもない。なぜなら、ホンイチなら闇テンで最低7,700点である。この浮きたい場面のオーラスで、そのリーチはない)
これが私の状況判断と、瞬間の読みである。
怖いのはドラがあって、ピンズの待ちのときである。それも、リーチをかけないと和了れない場合だ。これは怖い。ドラの塊があればなおさらである。
だが、親の手に本当にドラあるかどうかは不明である。
私の手は状況から見て、押してもいいが引いてもいい。上がれば浮きだし、オリて、沈みとなっても大したマイナスではないからだ。
私はこの状況下で、ベタ降りはしない。一度は押し、次にオリかどうかは、二度目の危険牌を掴んでから判断する。
理由は親の河からピンズが本命としても、その可能性は60パーセントに過ぎないからである。そしてピンズには三つの筋がある。
五筒は、その一つに過ぎない。ならば三分の一で、これがロン牌の可能性は20パーセントに減るのだ。
麻雀は「ロン牌」より、「通る牌」の方がはるかに多い。しかも親の手に、ドラが2個以上あるとは限らない。さらに東場では、前回示した通り勝又のリーチに奇跡的に四万を止めたことも、押す理由の一つだ。勝又と自分の運との比較では、風はこっちに吹いている。これが五筒を切った理由である。
ところがどっこい、この五筒に親からロンの声。そして開けられた手牌がこうだった。
二万二万三筒三筒四筒四筒五筒七筒七筒八筒八筒九筒九筒
読み通り、染め手ではなかった。運よくドラもない。しかし五筒は、二盃口の高めの方だった。勝又は、限りなく正解率の高い麻雀である。暗闇の中でも正着打率は8割りを超える。これが彼の強さだ。
この手だって打点から見て、リーチは当然。てっぺんは高めツモで6,000オールだし、安めでも出て5,800になるからだ。
二盃口は珍しい三ハン役で、出るのは稀である。読みに抜けがあっても仕方がない。それが麻雀なのだ。
痛い放銃だが、ここで大事なことは、放銃を後悔しないことだ。悔めば打牌に迷いが生じ、麻雀がぶれるからだ。
五筒打ちは50年かけて作り上げた、私の麻雀の「型」である。普通の場面なら一度は押し、二度目は引く。だから、打った不幸より「型」を信じる。
(長くやれば、この型で負けない―)と。
これが、ぶれない『心』だ。
ここから勝又の連チャンがあって、一回戦の結果はこうだ。

勝又 沢崎 仁平
+12.0P ▲20.8P ▲15.0P +23.8P

私は最後に上がって3着をキープ。これならまだだ。
しかし、二回戦も沈みで失点は合計で▲31.2P。だが、第三戦は一人浮きのトップが拾えた。これで失点が▲1.7Pに縮小。さあ、残り一戦である。調子は上向きで、私はここで手応えを感じていた。
出親は勝又で、並びはこうだ。
勝又(親)・荒・沢崎・仁平。
5巡目、親の勝又からリーチがかかった。ドラ七索
二筒 上向き九筒 上向き八筒 上向き七筒 上向き四万 左向き
妙な河だが、手の内なんて皆目分からない。ただ手が早かっただけにも見える。
しかし、勝又はこういう場面でのリーチに緩手はない。打点を取るリーチか、マチがよくて連チャンを狙える場合に限る。
そして10巡目に彼の河がこうなった。
二筒 上向き九筒 上向き八筒 上向き七筒 上向き四万 左向き六筒 上向き
六筒 上向き一索 上向き東白七索 上向き
このとき下家の私の手がこうだ。
二万三万五万六万六万七万七万八万八万二索四索六索八索
手が苦しく、安全牌がない。なので、このドラの七索に食いを入れて二万を切った。冷やかしのチーではない。一歩、前に出たのだ。どうせ倒れるなら前を向いて倒れる、これが私の戦いの美学だ。だが、この鳴きで下がってきたのがドラそばの八索だった。もう行けない、私は安全そうな牌を選んで苦しみながらオリに廻った。
そして流局して、勝又の手が開けられた。
五万五万六万六万七万七万一索二索三索七索九索西西
驚いた―。
鳴きの一発で下げた八索は、勝又の3,900オールのロン牌だったのである。私は鳴きの戦法なんて邪道で好まぬが、結果はオーライである。
そして、このご褒美がついにやってきた。
東2局2本場、私の親番である。ドラは中
ツモが利いて、7巡目にこうなった。素晴らしいドラの重なりだ。
五万七万八万八万一筒二筒三筒五筒七筒発発発中  ツモ中
直前に仁平のリーチが入っていた。
一筒 上向き白東一索 上向き東九索 左向き
だが、一切無視で五万切りである。さらに局面が進み11巡目。
七万八万一筒二筒三筒五筒七筒九筒発発発中中
ここに上家の勝又からリーチの現物の待望の九万が出る。当然チーして無筋の五筒切りである。
これがロン牌だった。開かれた仁平の手はこうだ。
四万五万六万三索四索四索四索五索六索七索八索六筒七筒
3,900の失点など、どうでもよかった。痛かったのはこのチャンス手が上がれなかったことにある。五筒ではなく九筒を切っていたら、と考える人もいるだろう。それも論外。形はチャンタを見る五筒切りで、これが当たること自体が問題なのである。結果、この半荘は私の一人沈みで失点は▲35Pオーバーとなった。
これが、この日の結末である。
私はこの日の戦いに、反省することは何も無い。記憶に残る失投がないからだ。
私はするべき仕事ことをしただけで、負けたのは今日の「運」の量がこれしかなかったと思うだけだ。そしてすぐに忘れる。
次やるべきことは勝負に備えて体を鍛え、打って麻雀の鍛錬を積むことである。これだけは欠かせない。そしてこう思った。
(次は許さんぞ!)
私は、いつも前向きでプラス思考だ。これが揺れない「サバキの心」の原点である。