第133回『勝負の感性③~沢崎誠~』 荒 正義
2018年06月22日
麻雀で、てっぺんを目指すには麻雀一本では駄目だ。何かもう1つの道を、とことん極める必要がある。すると、その芸に磨きがかかる。その芸を麻雀の芸と融合させるのだ。すると、麻雀の視野が広がり思考が進化する。これが「勝負の感性」である。この感性には個人差が出る。でも、いい。その感性が真実に一歩でも近づくなら、それでいい。
もう1つの道、私の場合は囲碁だった。
私は碁で、正しい「形」と「手筋を」学んだ。美しい形は、どこまで行っても強いことを知った。碁の手筋は、300年たっても色あせない。麻雀にもこれがある。形が自分の手牌なら、手筋は打牌の手順に相当する。一牌の手順前後が、直接勝負に影響を与えることは少ない。
平均すれば一打の失投は、リーチ棒の1,000点程度だろう。しかし、麻雀はその積み重ねなのである。半荘に3度の手順前後があったなら、その3倍である。プロリーグのような長期戦では、年間打つ半荘数は40回。となれば、数字はこうだ。
▲1,000×3×40=▲120,000点
この数字を見れば、一打の大切さが解るだろう。
失投が、1,000点では済まないときがある。リーグ戦では、こんなことがあった。1回戦の開始早々である。
親の第一打が。
南家が。
西家が。
この時、西家の手はこうだ。
西家はすぐに気付いて、2打目にを切る。
このに親からポンの声。そして、8巡目にアガった親の手がこうだ。
ポン ツモ ドラ
この手を見れば親のの重なりが、2巡目だったのは一目瞭然。
親が鳴きで引いた牌はとである。この後、親はアガリを重ね大きなトップを拾った。そしてこの日は4連勝で、+100Pオーバーだ。他の3者は沈んだ。西家の一打の手順ミスで、一日がダメになった。被害を受けたのは南家と北家である。が左端にあって、死角になったでは話にならない。もちろん、西家の第一打はの合わせ打ちが正しい手順で、プロなら当然の一打である。西家はタンピン形だから、字牌はいらない。だから、すぐにをつぶすのだ。それなら親のアガリがなく、勝負の行方がどうなったかは分らない。
そして、碁には形勢判断がある。これは麻雀で大事な大局観と同じ。
戦いの道中、相手と自分の運を量る。これで「戦う相手」と「受ける相手」を見分けるのだ。運が自分と同等か、それ以下の相手の攻めが飛んで来る。こちらの手が十分なら、相手の待ちを絞り正面から戦う。
相手が好調で、しかも親。こんなリーチが来たときは、しっかり受ける。他が打てば、点棒の横移動で済む。ツモでも、失点は三分の一である。これが、正しい大局観である。
沢崎誠の場合は絵画である。
沢崎は群馬県安中市の出身である。彼は少年のときから絵が達者で、齢とともにその才能が開花する。だが、彼はその道に進まず麻雀の道を選んだ。
沢崎も私と同じく、阿佐田哲也の小説『麻雀放浪記』に感動したはずだ。私が高校1年のときである。そして、そのあと放映された人気番組『11PM』の「麻雀実戦教室」も見たはずだ。
出演していたのは小島武夫である。小島は、当時30歳を超えたばかりでダンディだった。そして、表の「麻雀プロ」第1号である。この番組は毎週金曜日に放映。司会は当時、人気絶頂の大橋巨泉だ。
麻雀放浪記と小島の登場で、日本に一大麻雀ブーム沸き起こる。1968年の日本は、まだ娯楽の少ない時代だったのだ。
私が沢崎を知ったのは、1981年3月。『日本プロ麻雀連盟』が設立した時である。私が29歳で、沢崎が26歳のときだった。では、その沢崎の勝負の感性に触れてみよう。
これは2017年9月に行われたA1リーグ第9節である(年間で12節の戦い)。
このリーグは12名で戦い、上位3名が『鳳凰』戦の挑戦権を得る(下位2名は陥落)。日本麻雀プロの連盟員の一番の晴れ舞台はここにある。
3位通過のボーダーは、例年なら+70Pである。ボーダーが高い年もあるから、選手は一応+100Pを目指す。この時点で、沢崎の持ち点は約+24P。リーグも終盤で、勝負はこれからである。なお、1節は半荘
4回戦で、同じ相手と戦う仕組みだ。
1回戦は伊藤優孝の1人浮きで、沢崎は2位の▲2.0P。これなら無傷と同じ。
しかし、伊藤はベテランで仕上げ方を知っているから不気味だ。「仕上げ」とは、麻雀の大きな勝ちをいう。
同じく古川孝次もベテランで、伊藤と同じ年の68歳だ。彼は巧みな鳴きで相手を翻弄する。付いたニックネームが『サーフィン打法』だ。なかなか、的を射ている。麻雀は、勝負の感性と経験値がものをいう。怖いのは勢いのある若手より、ベテランの方である。
内川幸太郎は36歳。若いが昨年、念願の昇級を果たした。これまで2度のA1昇級のチャンスがあったが、最終節に無念の涙を飲んだ。その涙が、彼にどれだけの試練と成長を与えたことか。
昇級後、8節までの内川の得点は約+90Pで挑戦圏内の3位だ。初舞台のA1に上がると、1年目は先輩たちのきつい洗礼を浴びるのが通例。だが、それも乗り越えた。これが内川の成長である。
2回戦東1局。出親が伊藤で順に古川・沢崎・内川。ドラ()
最初にテンパイを入れたのは沢崎だ。
ツモ
をそっと切り、ヤミテンに構えた。この時の4人の河はこうである。
(東家・伊藤)
(南家・古川)
(西家・沢崎)
(北家・内川)
場の動きは、古川が伊藤の8巡目のをで鳴いているだけだ。この時、沢崎の読みはこうだ。
(捨て牌から判断するなら、親の伊藤の手は遅い。古川はソーズ染め手。内川はピンズの染め手…でも、まだだ。手の進行は遅い。問題はドラのの行方だが、分散されている可能性が高いぞ。ならばこの待ちなら勝てる―)
次巡沢崎は、静かにツモ切りしを横に曲げた。
たった1巡で、沢崎はこれだけの読みを入れたに違いない。確かに、沢崎の目からが3枚見えている。内川がピンズ染め手ならはない。
伊藤にも古川にもはない。だからツモ山にあると踏んで、リーチかけたのだ。
プロリーグは一発・裏なしの公式ルールだ。通常、タンヤオの1,300点のリーチはない。リーチの1ハンを足しても、出て2,600点にしかならないからだ。なのに、親の反撃やドラのポンテンがあったらたまらない。リスクが高く、実入りが少ないからである。しかし、この確かな読みがあったなら、リーチも有効である。
沢崎の読み通り、ドラのは、3者に1枚ずつあって前に出られない。沢崎は3巡後を軽々と引き寄せた。1,300のアガリを4,000まで伸ばし、好調のスタートを切った。
東2局は、古川がリーチの内川に6,400点の放銃。
そして、東3局の沢崎の親番でチャンス手が舞い込んだ。
2巡目にして手牌がこうだ。
ツモ ドラ
あなたなら、何を切る?
かのはずだ。私もそのどちらかである。しかし、沢崎の打牌はのツモ切りである。このとき解説の森山茂和とMCの古橋プロも、驚きの声を上げた。
「え!」である。するとその瞬間、森山が言った。
「危ないやつだな…」
これは沢崎への褒め言葉である。言い換えれば「怖い打ち手だな…」の意味だ。
この後、沢崎の手がマンズ待ちになったとき、このが格好の迷彩となりロン牌の釣り出しに大いに役立つからである。この時点で沢崎が見ているのは567と678の三色である。
例えばこうだ。
これが沢崎の構想力と感性なのだ。
そして、理想のリーチの河がこれ。のツモ切りがあれば最高である。
これなら待ちは、読みの死角となる。オリても、現物がなくなれば飛び出す牌である。だから森山は「危ないやつ」と云ったのだ。
この感性が絵の道とどうつながるか、私にはわからない。だが違う。私には無い感性だ。そして、素晴らしい切りである。
沢崎の河は、罠が仕掛けてあるから油断ができない。人は通ると思った牌で打ったとき、ダメージが深く心に残るのだ。
実戦の沢崎のツモは。
そしてリーチの河がこれ(親)。
数牌だらけで、見るからに打点の高い河。そして手牌もこれだ。
ドラ
が入り目となり切りが生かせなかったが、どうせ沢崎の1人旅。河が怖くて、誰も前に出られない。この親の河に、字牌を切るのは危険である。筋も危険。無筋はもっと危険である。このあと、沢崎は軽々とを引いて6,000点オールだ。
「この配牌とツモなら、誰でもアガリできる」
と思うだろうが、そうではない。
瀬戸熊が言うように「配牌は入れるもの」である。ツモは引くものである。麻雀には「流れ」があり、アガリも放銃も「連動」するのだ。
1回戦は伊藤の嵐が吹いた。沢崎は鉄壁の守りで、被害を最小限に抑えた。そして、2回戦の東1局は、一滴の水も漏らさぬ4,000点のアガリ。
麻雀は生き物だ。私は、この6,000オールはその恩恵に見えたがどうだろう。
沢崎の怖さはこの後だ。風を掴んだら、たたみかける攻めで得点を伸ばしにかかる。警戒警報発令である。
1本場は沢崎が9巡目のリーチだ。
ドラ
そして手牌がこうだ。ドラのは伊藤に鳴かれたが、アガリ番は自分にあると見てお構いなしだ。
をすぐにツモリ、2,100点オールだ。
2本場は流局。(テンパイは古川と沢崎)
3本場は2,400点(積み場込み)を内川から打ち取る。この時点で4人の持ち点はこうだ。
伊藤 古川 沢崎 内川
12,0 22,4 62,2 23,4
この時、先輩の伊藤は心の中で叫んだはずだ。
「誠、いい加減にせーよ!」
4本場は古川が沢崎からリーチのみを打ち取り、やっと沢崎の親が流れた。
南1局。親の伊藤が15巡目に抑え込みのリーチを打つ。
(伊藤)
ドラ
流局で結構、アガリなら望外の利と考える。伊藤の狙いは親権確保だ。
同巡、沢崎にもテンパイが入る。
ツモ
無筋のを切り飛ばし、追いかけリーチだ。
そして、最後のツモでドラのを引き当て3,000・6,000。
沢崎の倒された右端にがある。入り目を察し、伊藤の肩がガクンと落ちた。
この2回戦で沢崎は1人浮きのトップを決め(+51,2P)、内川をまくり総合順位を3位に上げたのだ。
3回戦。
今度は「死に神の優」こと伊藤が怒った。東4局までの4者の持ち点はこうだ。
伊藤 古川 内川 沢崎
47,1 35,8 27,0 10,1
沢崎の持ち点に注目。
前の半荘はあんなに素晴らしい出来だったのに、「今回はこれかよ…」と、誰もが思ったはずである。これからの展開予想は、伊藤がどこまで得点を伸ばすかである。
しかし、違った。
親の沢崎が13巡目に3枚目のを鳴き、初物のドラのを叩き切り、テンパイを入れる。
チー ドラ
すると、すぐに伊藤からが出て1,500点のアガリ。
伊藤もこっそり、タンピンのテンパイだから仕方がない。沢崎は、親権確保のいいアガリだ。大事なのは、点棒より親である。
1本場も沢崎のアガリ。
チー ドラ
を引いて2,000は2,100オール。
2本場は、沢崎が勝負手のリーチだ。出れば11,600点。
ドラ
しかし、流局。(古川テンパイ)
そう簡単には決まらない。いや伊藤からすれば、決められて…たまるかである。
3本場は沢崎が3フーロして、古川から2,000は2,900点のアガリ。
このとき解説の森山が云った。
「長い親だな―」
これが沢崎のしぶとさである。親は離さない、噛みついたら離れない。そしてその牙には破壊毒がある。だから「マムシ」なのである。沢崎のあだ名は怖いが、実際は後輩の面倒をよくみる優しい男である。
4本場。
6巡目に沢崎のリーチが飛んで来た。
ドラ
河は中張牌だらけだ。字牌は危険そうだし、筋もある。少し長引いたが、放銃したのは北家の内川。
内川もこの手だからしょうがない。
チー
これが「流れ」である。
アガリは9,600で、積み場も含め内川が10,800点の失点。この親番1回で、2万点沈んでいた沢崎が33,100となり、浮きに回った。
5本場。
またも沢崎から8巡目のリーチだ。
今度は端牌と字牌だらけだ。さっきと今度。河が、極端すぎてなにが何だかわからない。これに放銃したのが西家の古川。
親で3,900だが、積み場と合わせて5,400点の失点である。
6本場、ドラ。
沢崎が軽快に仕掛け、テンパイを入れた。
チー
ここに高めので飛び込んだのが南家の伊藤。5,800は7,600点である。
これでトップ逆転だ。
伊藤 古川 内川 沢崎
34,4 26,9 12,6 46,1
7本場はさすがに落ちた。しかし、このままの着順で終わり、沢崎の連勝である。
沢崎の麻雀は、技が多彩で変幻自在。そして、決まり手(アガリ)に華のような美しさがある。これが、レジェンド沢崎の勝負の感性である。
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