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第142回『勝負の感性⑫~大局観~』 荒 正義

麻雀はツモと手牌の強弱で、打ち方を変えるもの。オリか、ヤミテンかリーチかである。それができたら、一人前だ。しかし、実戦は成功もあれば失敗もある。
なぜか―。それはツモも手牌も、麻雀の部分に過ぎないからだ。もっと精度を高めるなら、麻雀の全体と流れを見ることが大事。これ、すなわち大局観である。

実戦を例に取ろう。これは、第5期グランプリ決勝戦初日の結果である。

瀬戸熊 +35,2P
吾妻 +17,5P
▲16,5P
藤崎 ▲36,2P

グランプリの決勝は、8回戦での決着。1日、半荘4回戦の勝負だ。ルールは公式戦である。瀬戸熊との差は、51,7Pあるから大変だ。
彼は、この時が旬だった。近年、彼は鳳凰や十段のタイトルを獲得していた。攻めが強烈で、アガったら止まらない印象がある。攻めに独特の感性があるのだ。打ち手の、旬の期間は、一流で10年だ。しかし、彼の場合20年は続くだろう。
その瀬戸熊が15巡目でリーチだ。結果は流局。で、その牌姿はこうだった。

四万五万六万八万八万二索三索六索七索八索一筒二筒三筒

一索は、場に3枚出ていた。巡目が深いから、ヤミテンでもいいはずだ。なのに、リーチとはここで優勝を決める気、満々である。私はかろうじてテンパイしたから、その差は開かなかった。

1本場。ドラ四索
また、瀬戸熊のリーチが飛んで来た。今度は早い。

瀬戸熊の河
北中一索 上向き八索 上向き一筒 左向き

このとき待ちは分らぬが、打点が高いことは分った。リーチの打牌の音色が、いつもと違ったからだ。「シュッ」という切れる音だ。これは指先に、気合が乗ったときに出る音だ。打っている本人は、分らない。
すぐに私は、彼の視線を追った。眼光に力があり、気迫があった。間違いなく高打点の手だ、と私は確信した。同巡、私の手はこうだ。

三万三万五万八万九万二索三索四索四索三筒四筒七筒東  ツモ六筒

私はこのとき、GOの決断をした。で、初牌の東切り。これで当たれば、7,700か親満は覚悟の上だ。なぜ、GOなのか。それは、他の2人の打ち筋からの判断だ。現状2着の吾妻は、ここではテンパイでない限り前には出ない。いや、出る必要がないのだ。2人のポイント差は18P弱である。まだいくらでも、チャンスがあるからだ。だから、ここでは出ない。
もう一方の藤崎も、前には出ない。出るときは、好形の満貫の1シャンテンか、テンパイのときだけである。どんなに負けていようと、甘い打牌は一切なしだ。それが彼の打ち筋。今、一番不調の藤崎にそんな手が入るはずがないのだ。
ここで瀬戸熊に親満を引かれ、トップを取られたらジ・エンドだ。私と藤崎は、ここで終わる。これが、この場合の私の大局観である。私の手は、3シャンテンだ。

三万三万五万八万九万二索三索四索四索三筒四筒六筒七筒

ここから、無筋の八万九万三万五万を通していくのは、骨が折れる。マンズ以外の待ちであってくれ、と願うしかない。
7巡目、親が五筒をツモ切った。この手は、面前で仕上げたかったがもう我慢の限界で鳴いた。するとこの鳴きで、ドラの四索が下りてきた。

三万三万五万八万二索三索四索四索三筒四筒  チー五筒 左向き六筒 上向き七筒 上向き  ツモ四索

もう、迷うことはない。後は、行けいけどんどんである。このとき少しだけ、ロン牌を下げた予感がした。瀬戸熊の待ちが四索七索ならば、いい鳴きになる。
このあと、私は四万を引きテンパイ。すぐに、瀬戸熊が五筒を掴んだ。

三万四万五万二索三索四索四索四索三筒四筒  チー五筒 左向き六筒 上向き七筒 上向き  ロン五筒

7,700点で、リーチ棒2本だ。瀬戸熊からの直撃とは、望外の利である。このとき、瀬戸熊の手はこうだった。

三万四万五万六万七万八万四索二筒三筒三筒四筒四筒五筒

普通は、ヤミテンが本手。しかし、これが瀬戸熊流なのか―。
相手を押さえ、悠々と引きに賭ける。実戦も瀬戸熊の思惑通り、四索が彼のツモ山にあったのだ。あぶない、危ない。
だが、瀬戸熊が仮にヤミテンなら、私は五筒を動いたかどうか分らない。私が静なら、四索は瀬戸熊のツモだ。ただし、リーチならこの場面では絶対に鳴きである。これが、私の大局観である。

私の牌譜で恐縮だが、もう少し大局観の例をあげる。この半荘は私がトップで瀬戸熊がラス。差は大いに詰まり、後は着順勝負だ。

第6戦、東1局。ドラ五万
3巡目に、私の手がこうなった。

七索三筒六筒六筒八筒八筒南北白白発中中  ツモ発

当然、打牌は七索である。狙いは大三元が本線で、次が七対子だ。
大三元を狙うときは、1枚目はスルーが大事。公式戦ルールでは、鳴けばすぐに牌を絞られるからである。2枚目から鳴くのだ。これが、大三元の狙いのセオリーだ。
5巡目に藤崎から白が出たが、見送った。その間に七対子のテンパイが入ったら、もう動かない。満貫のテンパイを、2シャンテンに戻してはならない。ツモなら跳満だから、それでOKである。すると8巡目に発が来てこうなった。

二筒三筒六筒六筒八筒八筒白白発発発中中

こうなれば七対子は見切り、大三元の一本狙いだ。
13巡目、親の吾妻から中が出る。これはポンである。打八筒
すると次巡、親の吾妻のリーチが飛んで来た。

八万 上向き九万 上向き九筒 上向き一万 上向き七索 上向き三索 上向き
六筒 上向き三索 上向き東北二万 上向き六万 上向き
一筒 左向き

中張牌が程よく切られ、ドラ五万の周りも切れている。こういう捨て牌のときは、打点が高いのだ。
次の私のツモが中で、加カン。するとなんと、嶺上牌が白だったのである。

二筒三筒六筒六筒白白白発発発  加カン中中中中

すぐに藤崎からリーチの現物の一筒が出て、ロンだ。白が嶺上にいたのはラッキーだった。1枚目の白から鳴いていたら、このアガリはなかったのである。
吾妻の手も、勝負手でこうだ。

二万四万五万六万七万二索三索四索二筒三筒四筒八筒八筒

待ちは迷彩が利いているし、引けば6,000点オールだ。
瀬戸熊の手も、勝負手でこうだった。

三万三万三万七万七万二索三筒三筒五筒五筒  暗カン牌の背五索 上向き五索 上向き牌の背

四暗刻の一歩手前である。この大三元も、大局観から生れたアガリである。

東2局。ドラ二筒
今度は、藤崎が怒った。まずリーチで、2,000点のアガリ。

二万三万五万六万七万一筒一筒一筒五筒五筒七筒八筒九筒

打ったのは、私を追いかける瀬戸熊である。彼の手はこうだった。

六万七万二筒三筒四筒七筒七筒  ポン七索 上向き七索 上向き七索 左向き  ポン中中中

1本場。ドラ東
10巡目、親の藤崎にテンパイが入った。

一筒二筒二筒三筒三筒四筒五筒六筒七筒七筒八筒九筒九筒

六筒九筒待ちである。12巡目、五筒が来て九筒切り。

一筒二筒二筒三筒三筒四筒五筒五筒六筒七筒七筒八筒九筒

今度は二筒五筒八筒と、受けが広がった。その河はこうだ。

西発七万 上向き五索 上向き六万 上向き三索 上向き
一万 上向き三万 上向き三万 上向き九索 上向き発九筒 上向き

ピンズは高いが西発の切り出しだから、誰も染め手とは思わない。
これに八筒で飛び込んだのが、瀬戸熊だった。18,000と300点である。
この時点で、4人の持ち点はこうだ。

63,0
瀬戸熊 9,7
藤崎 18,3
吾妻 29,0

今度は私が、圧倒的に有利な立場になった。

2本場。ドラ北
また親の藤崎から、9巡目にリーチがかかる。

南白西東五索 上向き一筒 上向き
七筒 上向き八万 上向き三索 左向き

このとき、私の手はこうだ。

二万三万四万五万六万三索五索六索七索八筒九筒九筒九筒  ツモ五索

乗ってきた親には、テンパイでも向かわない。で三索を切る。これが、もたれ打ちである。自分が絶好調なときは、逆らわず相手に身を任せるのだ。この場合の相手は、藤崎である。親がいくらツモっても、私と瀬戸熊、吾妻は同等に点棒を払うのだから、その点差は詰まらない。逆に出て打てば、手が落ちるし流れも変わる。それが嫌なのだ。
このリーチに瀬戸熊か吾妻が打てば、また自分が有利になる。最下位の藤崎には、いくらアガられてもいい。だから、もたれるのだ。私が戦うときは、親番で打点があって待ちが好いときである。
前に出ないから、ツモで点棒は削られるが平気だ。端数の浮きの3,000点は、想定内である。これがこの場合の、大局観である。
この局は、瀬戸熊が8,000点のアガリ。

一万二万三万九万九万九万七索八索九索一筒  ポン北北北

一筒で打ち上げたのは、吾妻だった。この点棒の横移動も、私には関係なしである。総合2位の吾妻が、3位の瀬戸熊に打っただけで態勢は変わらない。
このあと、私は親番のときは加点を狙ったが、アガリのチャンスがなかった。普通なら、役満の後は好い風が吹く。吹かなかったのは、藤崎の親の連荘のせいだろう。
大局観は、状況によって変化する。打ち手は、その勝負の中心をどこで見るかである。
この半荘は、私の持ち点が59,9Pで幕。想定通り、3,000点削られた。しかし、3人沈みで+12Pが来る。3,000点を失っても、4,000点来るからOKなのだ。