第142回『勝負の感性⑫~大局観~』 荒 正義
2019年03月20日
麻雀はツモと手牌の強弱で、打ち方を変えるもの。オリか、ヤミテンかリーチかである。それができたら、一人前だ。しかし、実戦は成功もあれば失敗もある。
なぜか―。それはツモも手牌も、麻雀の部分に過ぎないからだ。もっと精度を高めるなら、麻雀の全体と流れを見ることが大事。これ、すなわち大局観である。
実戦を例に取ろう。これは、第5期グランプリ決勝戦初日の結果である。
瀬戸熊 | +35,2P |
---|---|
吾妻 | +17,5P |
荒 | ▲16,5P |
藤崎 | ▲36,2P |
グランプリの決勝は、8回戦での決着。1日、半荘4回戦の勝負だ。ルールは公式戦である。瀬戸熊との差は、51,7Pあるから大変だ。
彼は、この時が旬だった。近年、彼は鳳凰や十段のタイトルを獲得していた。攻めが強烈で、アガったら止まらない印象がある。攻めに独特の感性があるのだ。打ち手の、旬の期間は、一流で10年だ。しかし、彼の場合20年は続くだろう。
その瀬戸熊が15巡目でリーチだ。結果は流局。で、その牌姿はこうだった。
は、場に3枚出ていた。巡目が深いから、ヤミテンでもいいはずだ。なのに、リーチとはここで優勝を決める気、満々である。私はかろうじてテンパイしたから、その差は開かなかった。
1本場。ドラ
また、瀬戸熊のリーチが飛んで来た。今度は早い。
瀬戸熊の河
このとき待ちは分らぬが、打点が高いことは分った。リーチの打牌の音色が、いつもと違ったからだ。「シュッ」という切れる音だ。これは指先に、気合が乗ったときに出る音だ。打っている本人は、分らない。
すぐに私は、彼の視線を追った。眼光に力があり、気迫があった。間違いなく高打点の手だ、と私は確信した。同巡、私の手はこうだ。
ツモ
私はこのとき、GOの決断をした。で、初牌の切り。これで当たれば、7,700か親満は覚悟の上だ。なぜ、GOなのか。それは、他の2人の打ち筋からの判断だ。現状2着の吾妻は、ここではテンパイでない限り前には出ない。いや、出る必要がないのだ。2人のポイント差は18P弱である。まだいくらでも、チャンスがあるからだ。だから、ここでは出ない。
もう一方の藤崎も、前には出ない。出るときは、好形の満貫の1シャンテンか、テンパイのときだけである。どんなに負けていようと、甘い打牌は一切なしだ。それが彼の打ち筋。今、一番不調の藤崎にそんな手が入るはずがないのだ。
ここで瀬戸熊に親満を引かれ、トップを取られたらジ・エンドだ。私と藤崎は、ここで終わる。これが、この場合の私の大局観である。私の手は、3シャンテンだ。
ここから、無筋のとかを通していくのは、骨が折れる。マンズ以外の待ちであってくれ、と願うしかない。
7巡目、親がをツモ切った。この手は、面前で仕上げたかったがもう我慢の限界で鳴いた。するとこの鳴きで、ドラのが下りてきた。
チー ツモ
もう、迷うことはない。後は、行けいけどんどんである。このとき少しだけ、ロン牌を下げた予感がした。瀬戸熊の待ちがならば、いい鳴きになる。
このあと、私はを引きテンパイ。すぐに、瀬戸熊がを掴んだ。
チー ロン
7,700点で、リーチ棒2本だ。瀬戸熊からの直撃とは、望外の利である。このとき、瀬戸熊の手はこうだった。
普通は、ヤミテンが本手。しかし、これが瀬戸熊流なのか―。
相手を押さえ、悠々と引きに賭ける。実戦も瀬戸熊の思惑通り、が彼のツモ山にあったのだ。あぶない、危ない。
だが、瀬戸熊が仮にヤミテンなら、私はを動いたかどうか分らない。私が静なら、は瀬戸熊のツモだ。ただし、リーチならこの場面では絶対に鳴きである。これが、私の大局観である。
私の牌譜で恐縮だが、もう少し大局観の例をあげる。この半荘は私がトップで瀬戸熊がラス。差は大いに詰まり、後は着順勝負だ。
第6戦、東1局。ドラ
3巡目に、私の手がこうなった。
ツモ
当然、打牌はである。狙いは大三元が本線で、次が七対子だ。
大三元を狙うときは、1枚目はスルーが大事。公式戦ルールでは、鳴けばすぐに牌を絞られるからである。2枚目から鳴くのだ。これが、大三元の狙いのセオリーだ。
5巡目に藤崎からが出たが、見送った。その間に七対子のテンパイが入ったら、もう動かない。満貫のテンパイを、2シャンテンに戻してはならない。ツモなら跳満だから、それでOKである。すると8巡目にが来てこうなった。
こうなれば七対子は見切り、大三元の一本狙いだ。
13巡目、親の吾妻からが出る。これはポンである。打。
すると次巡、親の吾妻のリーチが飛んで来た。
中張牌が程よく切られ、ドラの周りも切れている。こういう捨て牌のときは、打点が高いのだ。
次の私のツモがで、加カン。するとなんと、嶺上牌がだったのである。
加カン
すぐに藤崎からリーチの現物のが出て、ロンだ。が嶺上にいたのはラッキーだった。1枚目のから鳴いていたら、このアガリはなかったのである。
吾妻の手も、勝負手でこうだ。
待ちは迷彩が利いているし、引けば6,000点オールだ。
瀬戸熊の手も、勝負手でこうだった。
暗カン
四暗刻の一歩手前である。この大三元も、大局観から生れたアガリである。
東2局。ドラ
今度は、藤崎が怒った。まずリーチで、2,000点のアガリ。
打ったのは、私を追いかける瀬戸熊である。彼の手はこうだった。
ポン ポン
1本場。ドラ
10巡目、親の藤崎にテンパイが入った。
待ちである。12巡目、が来て切り。
今度はと、受けが広がった。その河はこうだ。
ピンズは高いがの切り出しだから、誰も染め手とは思わない。
これにで飛び込んだのが、瀬戸熊だった。18,000と300点である。
この時点で、4人の持ち点はこうだ。
荒 | 63,0 |
---|---|
瀬戸熊 | 9,7 |
藤崎 | 18,3 |
吾妻 | 29,0 |
今度は私が、圧倒的に有利な立場になった。
2本場。ドラ
また親の藤崎から、9巡目にリーチがかかる。
このとき、私の手はこうだ。
ツモ
乗ってきた親には、テンパイでも向かわない。でを切る。これが、もたれ打ちである。自分が絶好調なときは、逆らわず相手に身を任せるのだ。この場合の相手は、藤崎である。親がいくらツモっても、私と瀬戸熊、吾妻は同等に点棒を払うのだから、その点差は詰まらない。逆に出て打てば、手が落ちるし流れも変わる。それが嫌なのだ。
このリーチに瀬戸熊か吾妻が打てば、また自分が有利になる。最下位の藤崎には、いくらアガられてもいい。だから、もたれるのだ。私が戦うときは、親番で打点があって待ちが好いときである。
前に出ないから、ツモで点棒は削られるが平気だ。端数の浮きの3,000点は、想定内である。これがこの場合の、大局観である。
この局は、瀬戸熊が8,000点のアガリ。
ポン
で打ち上げたのは、吾妻だった。この点棒の横移動も、私には関係なしである。総合2位の吾妻が、3位の瀬戸熊に打っただけで態勢は変わらない。
このあと、私は親番のときは加点を狙ったが、アガリのチャンスがなかった。普通なら、役満の後は好い風が吹く。吹かなかったのは、藤崎の親の連荘のせいだろう。
大局観は、状況によって変化する。打ち手は、その勝負の中心をどこで見るかである。
この半荘は、私の持ち点が59,9Pで幕。想定通り、3,000点削られた。しかし、3人沈みで+12Pが来る。3,000点を失っても、4,000点来るからOKなのだ。
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