第100回『サバキの神髄⑦ 逆転の発想…その①』 荒 正義
2015年05月25日
勝負は第3戦に入った。この日の2回戦までの結果は次の通りだ。
沢崎+60,0P
瀬戸熊+4,8P
望月▲13,8P
ともたけ▲51,0P
点差が大きく動いたのは、沢崎旋風が吹き荒れたからである。
もちろんこれで、沢崎の嵐が終わったわけではない。怖いのはこの後だ。第2、第3の沢崎の嵐が来る可能性がある。
しかし、これで陥落水域に入った望月は、ただ腕をこまねいているわけにはいかない。これからが反撃である。
(だからといって、闇雲に突っ込むだけが能じゃない。それでは、敵の構えた銃口の前に身を晒すだけで狙われて犬死にとなるのが関の山。ツキが湿り流れの悪いときは、じっと我慢だ。木陰に身をひそめて息を殺し、チャンスを待つのだ…)
これが望月の構えである。
そこでまず大事なことは、今の置かれた相手の状況と立場を知ることにある。
形勢が大きく傾けば、相手の思考と構えは必ず変化する。このとき相手の心の動きを知れば、次に起こす行動も予測可能だ。
心の動きを知る、これがサバキの基本である。
このとき絶好調の沢崎は、こう思ったはずだ。
(ツキは呼び込んだぞ、今日で決めてやる!)
鳳凰位決定戦進出は上位3名で、3位通過の目安はプラス70ポイントである。
そのためにも、残り半荘2回でさらに30P上乗せし、トータルで90Pは浮きたいはずだ。
それなら次の最終節の戦いが楽になる。この考えから、沢崎の打牌は強く前に出てくると予想できる。
ならば、瀬戸熊はどうか―。
彼はこれまでに約180Pの浮きがあるから、決定戦進出は約束されたようなものだ。就職活動でいうなら、いわば「内定」である。
となると、並みの打ち手なら打牌は安全な内にこもり「守」が主体となる。その方が自然だし普通である。
だが、彼はそうはならない。いつも通り攻め、戦うときは身を乗り出し正面から闘う。
これは余計な情報に惑わされ、自分の麻雀の打ち筋が曲がることを嫌うためである。
(オレには培った麻雀がある。それを信じる―)
これが、瀬戸熊直樹の「構え」と「精神」である。この境地に達するまでに何年かかったのであろうか―。
したがって、彼の打牌は変わらずいつも通りの強さと推測できる。
沢崎の旋風をまともに受けてしまったのが、ともたけである。
彼は、酒は飲まず甘党である。麻雀の打ち上げの席でも、チョコレートパフェを注文するのだ。
その性格はチョコのように温厚だが、いざ麻雀になると極めて攻撃的で凶暴になる。どうせアガるなら1ハンでも高くが身上である。
彼の雀風は面前のバランス型だが、中でも得意なのが染め手。ともたけにかかると、ホンイチの満貫手が日常茶飯のように飛び出す。
そして決め手の大技、メンチンがある。これがともたけのカラーと魅力だ。
ただ厄介なのは、ともたけの手が高いだけにブラフで攻めても中々オリてくれない点である。
掴んだ牌がロン牌の範疇でも、平気でブンと切ってくる。
つまり彼は攻撃型に近いバランス型で、ブラフが利かないタイプなのだ。この点では、雀風も望月と似ている。
そんなともたけでも、次からは「攻め」より「守り」を主体で打ってくる。その理由は、この日の▲51Pの沈みにある。
プロリーグは、1日半荘4回戦の戦いである。1日で20から30の浮き沈みは、ざらにあるから気にしない。
しかし、50Pの沈みは疲れるし勝負の後はガクンとなる。
50のマイナスなら成績は④④③③着か。いや、流れが悪い時は80、90と沈むこともある。この場合は3ラスか4ラスを食っている。
こんな日は、雨も降っていないのに雷に当たったようなものだ。しかもこのときは、たった半荘2回のマイナスだ。
このとき解説の滝沢が云った。
「まだ40Pの浮きがあるから、ここから仕切り直しと思えばいいのです…」
滝沢が視聴者に、不調の時の気持ちの切り替え方を述べたのだ。
不幸な出来事は忘れて次に向かう方がいい、という意味である。負けを引きずってはいけない。いい助言だし、親切である。
だが、このA1の戦場ではそうはいかない。現実に「運」は、もう動いたからである。
運は平等である。その日の運に多少の違いはあっても、やはり平等である。
仮にそれぞれの持っている運の量が「10」としたならば(*全体量は「40」と見る)、今のともたけはその半分の「5」しかない。▲51Pとは、そういうことなのである。
望月が9で、瀬戸熊が変わらずの10の運である。
だとしたなら、沢崎の運量は、技で勝ち取った分をプラスすれば「16」に増えたことになる。
16対5の戦い…配牌も違えば、ツモの勢いも差がある。
ここでともたけが沢崎と戦えば、結果は火を見るより明らかである。いや、瀬戸熊や望月だって、戦えば負ける公算が大である。
このとき彼は、こう思ったはずだ。
(これ以上の失点は勘弁だ。まだ浮きがあるしチャンスもある。今日はこれ以上の失点を防ぎ、次の最終戦に勝負を賭けよう…)
心は、こう動いたはずである。今日ではなく次に…これも逆転の発想なのだ。
だから、ともたけは「攻め」より「守り」の陣を張る。となれば打牌は「受け」主体となるはずだ。
…これが4人の心の動きである。実戦は1分で、頭に叩き込む必要がある。
では、3回戦の経過を追おう。
瀬戸熊の親から順に・望月・ともたけ・沢崎の並び。
東1局は望月のリーチから始まる。
ドラ
望月の手は、ドラのが2丁のこの手だ。は自風だ。
1巡だけヤミテンしたが、思い直してリーチだ。は空切りである。
このリーチに親の瀬戸熊が突っ張った。無筋の、、の強打だ。やっぱり彼の打牌は変わらない。そして彼の手はこうなった。
とは、後引きである。四暗刻を張れば、このドラのも飛び出す勢いである。
しかし、アガったのはその間隙を縫ったともたけだった。
ツモ
ヤミテンにしたのは次に危険牌を引けば、オリルからである。これは「受け」の構えである。
*東2局は親の望月の一人テンパイ。
*1本場は瀬戸熊が沢崎に2,000点(+300)の放銃。
*東3局はリーチ合戦。
まず、瀬戸熊の先制リーチ。
リーチ ドラ
これにドラ2丁の沢崎が追いかける。
リーチ
勝ったのは瀬戸熊で、ツモは安めのだった。
*東4局は、瀬戸熊が親の沢崎に3,900の打ち込み。
*1本場は、ともたけが瀬戸熊に3,900(+300)を打ち込む。
東場が終わって南場に入る。期待に反して、第3戦は点棒の動きは少なく静かである。
今日は好調の沢崎の日で、このまま終わるかに見えた。だがこれは、嵐の前の一瞬の静けさに過ぎなかった―。
次号に続く。
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