十段戦 決勝観戦記/第33期十段戦決勝 初日観戦記 荒 正義
2016年09月27日
(相性)
「十段戦」は「鳳凰戦」に次ぐ、プロ連盟のビッグタイトルである。
これを獲得すると、その年の近代麻雀の「最強戦」のファイナルにシードされる。麻雀モンドTVの出場チャンスもある。50歳以下なら「モンド杯」で、50歳以上なら「名人戦」である。
この人気番組はリピートを入れてその視聴者数は、1,000万人になるというからテレビの電波力は絶大である。一夜にしてそのプロの名は、全国に知れ渡るのだ。他のタイトル戦でシードされる。
だからこの「十段戦」は…獲るかとらないで天地の差となるのだ。誰だって、これを獲得したい気持ちはある。しかし、道のりは遠く厳しい。また、選手とタイトルには相性がある。これが奇妙にあるのだ。
十段戦男と言えば、剛腕・前原雄大である。通算5期で、これは異常ともいえる相性の良さだ。しかし、相性の良さなら第16期・十段の藤崎智も負けてはいない。
20年前の新人の時、彼は下からずっと勝ち上がり14期・十段戦の決勝まで進んでいたのだ。そして、今日で十段戦の決勝進出は8度目という。獲得は一度だがこれも異常な数字。強さは絶対だが、ここまでくれば相性としか言えない。
そして前期と同じく決定戦進出者はシードの柴田吉和、櫻井秀樹、藤崎智、ダンプ大橋。この顔触れも前年と同じ。ダンプも櫻井も十段戦に縁がある。そしてもう1人が初段戦からどんどん勝ち上がり、12のハードルを飛び越えてきた上田直樹だ。これがダークホースで台風の目となりそうだ。
1回戦
出親は櫻井で順に柴田・ダンプ・藤崎の並び(抜け番・上田)。
東1局。まず、最初に仕掛けたのが親の櫻井だ。
のポンで手の内がこう。ここでが鳴けたら打点は十分。
ポン ドラ
しかし、先にテンパイを入れたのは藤崎だ。
これで入り目がカンチャンのである。入り目に手応えがある。
ドラが雀頭だから即リーチもあるが、好形を求めてしっかりヤミテン。
次の藤崎のツモがで手が止まる。
ツモ
華麗さを求めるなら切りで、マンズとピンズの両方の伸びを見る。それが普通の応手だ。だが、藤崎はそのままの仮テンを選択。テンパイを外し、ツモのアガリ逃しを嫌ったのだ。
しかし、ここで柴田のリーチが入る。
そして手牌はこう。
ドラがあるから、を引けば満貫相当の手だ。
だが、次の藤崎のツモがで嫌な予感。無筋だがツモ切る。
柴田のリーチの指示牌はだが、仮にあそこでを切りピンズの3面チャンのテンパイならこうだ。
藤崎は現物待ちでも、場の状況から追いかけリーチをかけていたに違いない。強い牌を打てばどうせテンパイはバレル。ならばリーチで打点を上げ、一気にめくり勝負に持ち込むのだ。
柴田の次のツモが。
このに親の櫻井にポンテンが入る。
そして次に柴田の切った牌がだった―。
麻雀にタラレバはないが、藤崎が仮にあのときに手をかけていたならこので7,700を打ち取っていたのである。
そんなことは藤崎とて一瞬で感じたはずだ。沈着冷静な藤崎でも、ここは少なからず動揺が走ったことだろう。
この初めの一局、アガリを制したのは櫻井だ。
ポン ポン ツモ
リーチ棒と2,000オールで幸先のいいスタートを切った。打点もあるしアガリの一番手だから、櫻井は今日の手応えを十分感じたはずだ。だが、その櫻井に待ったをかけたのがダンプだ。1本場は、この手でダンプがリーチ。
リーチ ドラ
そして、高めのを櫻井から打ち取る。これを巷ではデバサイという。出場所最高の意味である。ダンプは気分がよかったはずだ。一方、櫻井はこの打ち込みに一抹の不安を感じたに違いない。
もちろん、たった2局で勝負は決まらない。麻雀は山あり谷ありだ。道中は東海道のように長いのだ。
東3局はダンプの親番。ドラ
流局間際に櫻井がドラのを重ねてテンパイ。
これにノーテンのダンプが飛び込む。は山越しで、良い待ちだったから仕方がなかったとしても、痛いのは6,400の失点である。ここからダンプが一気に崩れる。櫻井は、今日の調子がよく見える。
東4局は、親の藤崎から抑え込みのリーチが入る。
ドラ
相手に圧力をかけ手を曲げさせ、降ろせば成功。
ツモなら御の字、流局でも連チャンで結構の腹である。いわば<チーム・がらくた>門外不出の技とされるが、今では誰もが知っている。
安手でくそ待ち。これで相手のチャンス手をつぶそうというのだ。
これが勝負のかけ引きだ。これを精度高く使えるかどうかが、打ち手の力量である。コツとしては親番のときで、こちらに勢いがあって相手が恐れる状況に限る。でなければ反撃にあってこちらがピンチを招く。
結果は思惑通り、藤崎の1人テンパイで流局。
(しめしめ、うまくいった…)
と、藤崎はそう思ったかどうか。黒い腹を見せるようで、私には恥ずかしくて使えない。
1本場は、櫻井のリーチを藤崎が追いかけて即ヅモ。
1,300オールと安いが、大事なのは点棒より親権確保にあるのだ。
続く2本場は、10巡目に櫻井のリーチが入る。
このとき藤崎の手がこう。
ツモ
ドラのは無いが、そんなこと知るかだ。
を切って、横に曲げ追いかける。藤崎は自信満々でこう思ったはずだ。
(よし、この局はもらった。2回の連チャン、そしてダブル風のの絶好の引き。風は自分に吹いている―)
出て7,700、ツモなら3,900オールだ。しかし、これが思いのほか長引いた。藤崎の最後のツモに力が入る。だめだ、力なくそのを切るとこれに櫻井からロンの声。
ドラのが暗刻で8,000と600の放銃。
藤崎は…
(痛ッ、タタタ!)である。
場は乱打戦の荒れ場だが、ここからがダンプにとっては棘の道だった。
南1局は、リーチの柴田に突っ張って5,200の打ち込み。
南2局は柴田の親番。
ドラ
ダンプがこの手でリーチをかけたが、アガったのは柴田4,000オールだ。
ツモ
1本場は九種九牌。
2本場は、ダンプが親の柴田に1,500の放銃。
3本場は、10巡目にダンプがを切ると、櫻井の手がサッと倒れた。
愕然となるダンプ。
早いメンチンで、これでダンプが箱下500点。ロン牌がダンプに集まりだした、要注意だ。
南3局は、ダンプが櫻井にヤミテン3,900の放銃。
そして南4局の親番で、藤崎の会心の一発が出た。
ツモ
入り目がでは即ツモで、気持ちのいいアガリだった。これで藤崎の溜飲が下がった。あとは無難に流れて、四者の成績がこうだ。
1回戦成績
櫻井+31.9P 藤崎+13.2P 柴田+7.3P ダンプ▲52.4P
休憩の合間、藤崎が紫煙を吐きながらつぶやいた。
(どうも、櫻井との相性が悪いな。俺とやるときだけ…なぜか強い…)
そうだ、麻雀にはタイトルと同じで人との相性もあるのだ―。
2回戦
出親が櫻井で順に柴田・ダンプ・上田。(抜け番・藤崎)
さあ、いよいよ上田直樹の登場である。段位はまだ初段だが、彼は東京立川市の出で、1984生まれの32歳だ。趣味は水泳とサーフィンだと云う。顔が浅黒く端正なのはそのためか。この生命力と真面目さがあれば、五段昇るのも時間の問題であろう。
解説の瀬戸熊が云う。
「上田が予選と同様、あの気持ちの良い麻雀を打てば、この決勝戦は面白くなる…」
そういえば下の名が、瀬戸熊と同じ「直樹」なのも気になるところ。
東1局は、7巡目にダンプにリーチが入る。入り目がでドラがである。
この時ダンプの心中はこうだ。
(コニャロー、もう許さんぞー)
大きく沈んだダンプには、もう後がないのだ。しかし、解説の沢崎は云う。
「この半チャンの大橋は、トップを狙うより浮きに持っていくことが大事―」
態勢が悪いときこそ我慢が大事で、まずツキの回復を図り話はそれからだというのだ。ホップ、ステップジャンプである。流石に練達者は言うことが違う。
このリーチに向かっていたのが、自風のとをポンした柴田である。柴田のほうがテンパイは1巡早かった。
ポン ポン
そして、ここにを掴んだ柴田は切りで放銃を回避し、同じテンパイに取る。粘った親の櫻井も、16巡目に追いついた。
こんなでぶち込んだらたまらない。
(ダンプ、危し!)
と思ったら、次に引いたダンプのツモがドラのだった。
5,200のツモアガリ。見ていた者は、ホッと胸をなでおろす。
1回戦と違って今度は回りが早い。短打戦で早くも南場に入る。
ダンプにとっては、うれしい展開か。
しかしここで櫻井の一発が出た。
ドラ
この手を、リーチをかけてのツモで3,900オールだ。この時点で4人の持ち点はこうだ。
櫻井36,900 柴田30,200 ダンプ30,700 上田22,200
大丈夫だ、ダンプはまだかろうじて浮いている。
しかし、次の1本場は悲劇だった。
櫻井はドラドラの七対子をヤミで張る。
ドラ
はいい待ちで仕方がない。これに飛び込んでしまうのが、今日のダンプだ。9,600と300の放銃。抜け番の藤崎もつらい観戦である。
チャンネルのコメントも自然とダンプの応援が多くなる。人気者は得である。
2本場は流局で、ダンプと櫻井のテンパイだ。
3本場は自風のをダンプがポン。
途中、上田のリーチが入ったがダンプが引き勝つ。
ポン ツモ
どうということのないアガリに見えるが、このがドラなのである。
2,000・3,900の3本場だからこれは大きい。これでダンプは、2,100点の浮きに回る。
しかし、南2局は櫻井の仮テンに掴まり2,600の放銃。
どうも今日の櫻井は、ダンプに相性がいいようだ。
次がダンプの親番。9巡目にリーチをかけるダンプ。
ドラ
ドラがだから高目を引けば6,000オールだ。しかし、そのは河に1枚出ていて櫻井の手に暗刻だ。
相性が悪いから心配したが、無事ツモって1,300オールだ。
次も上田から、ダンプがアガって4,800と1本場の収入。
2本場は上田が柴田から3,200と2本場を打ち取る。
そしてオーラス。この時点でダンプは持ち点が38.5Pの2着目だ。
トップは櫻井でラスが上田である。
ここから上田が頑張った。
ドラ
この手を、リーチをかけて力ずくでドラを引きあがる。
まずは2,000オールだ。
次が圧巻。
ドラ
この手を7巡目で仕上げ、同巡トップ目の櫻井から闇テンで打ち取る。チャンタ・ドラドラで12,000と300だ。
「これが、ミラクル上田の追い上げですよ!」
と瀬戸熊の解説。上田は夢中だが、このとき一番喜んだのは、抜け番の藤崎ではなかったか。
次の3本場は、柴田の一人聴牌で幕。小さめながらトップをと取れたダンプも、ホッとしたに違いない。
これが2回戦までの総合得点である。
櫻井33.1P 藤崎+13.2 上田+5.1 柴田▲13.1P ダンプ▲38.9P
差は詰まり、この点棒ならまだ途中経過に過ぎない。
3回戦
出親は上田で順に櫻井・ダンプ・藤崎の並び。上田の上家が藤崎なら、1枚目は鳴けても、2枚目から絞りがきつくなるのを上田は知っているであろうか―。
点棒が大きく動いたのは、東2局からだ。
親の櫻井が13巡目にリーチ。
リーチ ドラ
入り目がだから期待が持てる。しかし皆、鉄壁のガードで出もしなければツモリもしない。そして南家のダンプにハイテイが回って小考。
現物がないのだ。が切れてが4枚出ている。だからを選んだ。しかしこれが、運悪くズドンと命中。
麻雀ではよくある出来事だが、ハイテイの12,000はこたえる。重く入るボディブローだ。息が詰まる。やっぱり今日のダンプの天敵は、櫻井のようである。
続く1本場は、上田が頑張った。ドラ。
自風のと鳴いて、まだ1シャンテン。
チー ポン
ここからが順風満帆。
まずドラのを引き、打。
次にを重ねて切り。そして楽々とツモである。
2,000・3,900の1本場…これが持っている男の違いか。
あとは単打の応酬。
東4局は、親の藤崎が頑張った。藤崎にしては珍しい手牌4枚の3フーロ。
ダブを鳴いて、の2度鳴きである。
チー チー ポン
ダンプからドラドラのリーチが入ったが、ドラのを先に引いてリーチ棒込みの2,000オールだ。
続く1本場は藤崎の先制リーチだ。2巡目の切りに、上げ潮の藤崎の高さが見える。
この河で手牌がこう。
ドラ
入り目は、三色崩れの安目のである。これでもをツモったら6,000オールだ。
この怖い親のリーチに果敢に挑んだのが上田だ。7巡目に追いかけリーチだ。
リーチ
勇敢だが、見方を変えれば無謀に見える。しかし、これが今の上田の良さなのかもしれない。
は1枚残りで、は脇に流れたが3枚残りだ。しかし、乗っている男は掴まない。藤崎がやっと引いて、4,000オールの1本場だ。
2本場は、上田が千点のポンテンで親落としにかかる。怖い親は早く蹴るのが大事。その鳴きでドラのを暗刻にし、追いついた櫻井が闇テンに構える。
ここに上田がを飛び込んで、櫻井に8,000と600を献上する。
後は小場で流れて終了。
トップは藤崎で、2着が微差の櫻井。3着の上田とラスのダンプが大きく沈んだ。そして総合トータルがこうだ。
3回戦終了時
櫻井+46.8P 藤崎+36.0P 上田▲8.7P 柴田▲13.4P ダンプ▲61.7P 供託1.0P
4回戦
この第4戦が初日の最終回。抜け番は藤崎の天敵、櫻井だ。
始まる前の2人の会話が面白い。
藤崎「最終回は、ここで観ていくンだろ―」
櫻井「いや、お先に失礼します!」
藤崎「観ていけよ、ハラハラ・ドキドキさせてやるから!」
櫻井「それが疲れますので、帰ります」
本当に現場での抜け番の観戦は、結構疲れる。今日のように藤崎と櫻井が競りとなった場合はなおさらである。観戦していても自分が参戦しているのと同じ気分だ。相手に親満でもアガられたら、どっと疲れが出てくる。6,000オールなら気が遠くなる。
親は柴田で、順にダンプ・上田・藤崎の並び。
東1局。ドラ
8巡目、上田が仕掛ける。ドラそばのをチーだ。
チー
この河で本命はソーズの染め手。
この鳴きで藤崎にテンパイが入る。
ドラがなのでリーチかどうか迷う場面だが、ヤミテンを選択。
受けが両方とも、仕掛けた上田とかぶっているためであろう。
聴牌直前にを鳴かれ、を使いこなされたこともヤミテンの理由の1つだ。
ここでリーチを打てば、柴田とダンプに浮いたは止められる可能性がある。上田にが浮いていたならどのみち出る。ここは5,200で十分と考える。これが、藤崎の読みと大局観の明るさである。
上田のツモが面白い。
チー ツモ
が河に3枚出ていたからの暗カンもあったが、切りでテンパイを選んだ。そのラス牌のを柴田が掴んで5,200の放銃。
このとき親の柴田の手は、ずっとこうだった。
あのとき上田のチーで、下げられたのが絶好のだったのである。
それならば柴田の手はこうなり、
上田のアガリより先にダンプが掴むで、11,600をアガっていたのだ。アガリを逃せば次に来るのはピンチだ。もちろん、この因果関係を対戦者は知る由もない。
後は小場で流れて藤崎の親番。
東1局1本場。3巡目、藤崎の手。
ドラ
ここから切ると西家のダンプが動いた。ダンプはマンズの染め手に走ったが、遠い仕掛け。この鳴きで藤崎の手が一気に締まる。
まず、ドラの。次が辺。そしてイペーコのである。
テンパイ取りもあったがダンプの河にマンズが高いため、打とテンパイ外し。
10巡目にテンパイを組む藤崎。
ここに打ち上げたのが柴田だった。7,700とリーチ棒と300の収入。
これで藤崎がトップに立つ。
南2局はダンプが親番。ドラ
ここは上田がリーチで満貫をツモル。
ツモ
辛かったのは親かぶりのダンプだ。
南3局。ドラ
しかし、そのダンプもこの満貫ツモ。ホッと一息ついた。
ツモ
南4局。最後は、藤崎の怖いラス親。ここにも、もう1つのドラマがあった。
藤崎の手、ドラが暗刻で5巡目である。誰もがずるい手と言った。
ドラ
引きがよければ、親の四暗刻まで見える手だ。
この後、鳴いてテンパイをとる。これに飛び込んだのがトップ目の上田で、手痛い放銃。
1本場は、藤崎がダンプに打って(2000と300)終局。
藤崎は…しっかり、鬼(櫻井)の居ぬ間に洗濯である。
先行した藤崎と櫻井は有利だが、まだ100P差なら逆転可能。親の役満だってあるのだ。麻雀は次に何が起こるかわからない。さあ、次は目が離せない!
4回戦までの総合得点。
藤崎+56.5P 櫻井+46.8P 上田▲14.2P 柴田▲40.0P ダンプ▲50.1P 供託1.0P
カテゴリ:十段戦 決勝観戦記