第29期鳳凰位決定戦 二日目観戦記
2013年03月08日
「寝ることも戦いである。」
決定戦直前、瀬戸熊直樹はそう語った。
2005年、瀬戸熊は自身初の鳳凰位決定戦に臨み、最終戦まで優勝争いに絡みながら、最後は3着に散った経験を持つ。その最終日、道中で意識朦朧とした瞬間があって、それがどうしても許せなかったのだそうだ。
当時の決定戦は18回戦で、連続する3日間で6回ずつ戦う方式が取られていた。
実際戦ったことのある者にしかわからないが、その期間の体調、意識を含めた自己管理たるや、かなりシビアなものとなるのだろう。
もちろんその中には睡眠も含まれる。神経が昂ぶった状態では、当然眠りにつくまでの時間も掛かるし、眠りにつけたとしても、それはほとんどの場合浅いものでしかない。
これに関しては荒も同じようなことを言っているし、前原も「良い睡眠」という言葉をよく口にする。
瀬戸熊が、どれほどの苦しみを背負ってそのときの鳳凰位決定戦を戦っていたのか、それは本人にしか知る余地がない。ただ、冒頭の言葉は、そのときの経験が教訓になってのものであるということは間違いないだろう。
鳳凰位決定戦は、昨年からニコ生放送との兼ね合いもあって、全20回戦、4日制となった。
しかも初日、2日目を連続して戦った後、3日目まではほぼ1週間の時間的猶予を与えられる。
これは選手にとって、体調を管理する上でも非常に大きな休養期間と言ってもいい。
個々の持っているパフォーマンスを十分に発揮するためには、やはり心身の疲労がネックになってくる。
これくらいの期間があれば、そういった不安は拭い去れるだろうし、細かいゲームプランの立て直しだって図れる。
まずはこの2日目、各者がどのポジションで折り返せるか、荒の起家で6回戦がスタートした。
6回戦(起家から、荒・前原・藤崎・瀬戸熊)
この日の開局を制したのは、初日トップの瀬戸熊。
ツモ ドラ
わずか6巡での仕上がりである。
一手変わればヤミテンでも跳満の手だったが、リードする瀬戸熊にとっては何ら不満のないアガリだ。
ここからいかに得点を積み上げていくか、それが肝心なのである。
続く東2局は、親の前原が2局続けての1人テンパイで、本場を積む。
そして2本場で瀬戸熊をかわす。
リーチ ツモ ドラ
この後は流局が続き、5本場となったところで瀬戸熊が親を迎える。
そして6巡目でのリーチ。
リーチ ドラ
終局間際、これを引きアガって2,600は3,100オール。
この東場を見ただけでも、初日調子の良かった瀬戸熊、前原がレース展開を引っ張って行くであろうことが予測できる。一方の荒、藤崎としては、これ以上2人に好き勝手させたくないところだ。
続く東4局6本場、まずは藤崎の配牌をご覧いただこう。
ドラ
ここまでの点棒が21,400であるから、この手はどうにか高く仕上げたい。
そして24,100持ちである荒の5巡目の手牌が以下。
こちらも、一通や678の三色など、高打点の可能性を多分に秘めた手牌である。
瀬戸熊の手牌の進行具合からいっても、この局はどちらかのアガリが濃厚だなと思って見ていると、そこに立ちはだかったのが西家の前原。
6巡目、七対子の1シャンテンから荒の切ったに動き、ピンズのホンイツへ向かう。
前原の仕掛けで、ドラの指示牌が埋まった瀬戸熊の手牌は以下。
ツモ
瀬戸熊の選択は、ピンズのペンター払いだ。前原は当然これを仕掛ける。
、と両方鳴けて、あっという間のテンパイ一番乗りである。
ポン ポン ポン
これに即捕まったのが南家の荒。
前原が3フーロしているとは言え、ここからベタオリを決め込むわけにもいかず、で3,900は5,700の手痛い放銃となってしまった。
南場に入っても、荒、藤崎には辛い展開が続き、各々の親は上積みなく流されてしまう。
その後、荒はどうにか2度のアガリを取るが、いずれも安手。
藤崎に至っては、結局この半荘ノー和了で終わってしまう。
いや、藤崎にもチャンスはあった。
ポン ドラ
南1局1本場、荒の親で13巡目にこのテンパイ。
16巡目にはを引いて、ノベタンの三メンチャンへと変化を遂げる。
巡目も深く、残りツモは2回であったが、この時点で、、は山に5枚も生きていた。
しかし、これを阻止したのが南家の前原。
ポン ポン ツモ
こちらは実に8枚目の–である。
残り枚数で勝負は決まらないとは言え、この局の結末にはさすがに藤崎もガックリ肩を落としたことだろう。
終わってみれば、前原が前日の4回戦から数えて3連勝。いや、それだけではない。
この3回の並びが全て同じなのである。つまりは、藤崎が3ラスを喰ったということである。
過去の鳳凰位決定戦において、このポイントから優勝を勝ち取った人間を私は知らない。
だが、今期のプロリーグで一度も首位の座を明け渡さなかった男が、このままズルズルマイナスを重ねていくのは、本人も、そしてファンも納得しないはず。
「負けている人間を応援したくなるのが日本人の気質」と藤崎は話していたが、
それでも状況はかなり逼迫していると言っていい。
6回戦成績
前原+19.5P 瀬戸熊+10.2P 荒▲9.9P 藤崎▲19.8P
6回戦終了時
瀬戸熊+49.8P 前原+33.1P 荒▲6.1P 藤崎▲76.8P
7回戦(起家から、前原・荒・瀬戸熊・藤崎)
今回のメンバーが決まったとき、「やってみなければ、どうなるかわからない。」と前置きした上で、荒はこうも付け加えた。
「恐らくは前原、瀬戸熊の叩き合いになるだろうから、そこで弱った方を潰しに掛かる手は当然考えている。」
ここまでは荒にとって、ある種読み通りの展開と言えるのだろうが、問題はその両者がポイントを伸ばしていることである。
いずれ、その大勢は崩れてくるとしても、早く手を打たなければ、手遅れになるケースも十分に考えられる。
藤崎にしてもそうだ。
仮にマイナスが100を超えるようなことになれば、その時点で優勝はなくなったと見ていいだろう。
マイナスの小さな荒はともかく、藤崎にとってはここからが正念場なのである。
東1局、まずは親の前原が4巡目にテンパイ。
次巡、を引いたところでリーチと打って出る。
リーチ ドラ
7巡目、瀬戸熊も追いついてこちらもリーチ。
リーチ
初日からとにかくこの構図が続く。
荒にしてみれば、打ち合いを望むところなのだろうが、なかなかそういう展開になってくれない。
麻雀は自分1人の力ではどうにもし難い部分がたくさんある。
上位2人のポイントを削るために、その2人の力を上手く利用する。
確かにこれも合理的な戦術である。
この局の結末は11巡目、瀬戸熊がを掴んで、前原に5,800の放銃となった。
これで荒、藤崎にとっては、上位とのポイントを大きく詰めうるお膳立てが出来た。
トータルトップの瀬戸熊を沈めた状態で、いかに自らが得点を伸ばせるか。
優勝以外に意味のない条件戦では、ここが鍵になってくるのだ。
東1局1本場、まずは2巡目に親の前原がを仕掛ける。
ドラ 打たれる
前原にしてはやや遠い仕掛けであるが、ここは他家への牽制の意味もあったか。
この仕掛けによって好牌を引き入れたのが、南家の荒。
6巡目にタンヤオ、ドラ1のテンパイ。
前原の仕掛けによって入ったテンパイということで、即リーチの手もあるところだが、荒は変化を待ってヤミテンに構える。すると前原が瞬く間に3フーロで追いつく。
ポン ポン ポン
荒にとっては肝を冷やす展開となったが、結果はこのまま押し切った荒の粘り勝ち。
を引いて、1,000・2,000は1,100・2,100のアガリとなった。
荒は続く東2局、親で先制リーチを打つ。
アガリこそ奪えなかったが、1人テンパイで持ち点を36,300に伸ばす。
この親番が勝負と見たか、荒はその1本場で果敢に仕掛ける。
ドラこの手牌から、西家の藤崎が一打目に切ったをポンである。およそ荒の麻雀からは想像し難い仕掛けだ。
ただ、間違いなく圧力にはなる。ドラがであることも大きい。
アガリに結びつかなくても、数ある字牌が打ち切れず、相手が手を曲げてくれるケースも十分に考えられるからだ。それで流局連荘となっても御の字の構えである。
8巡目、まずテンパイを果たしたのが南家・瀬戸熊。
ツモ
仮にここで場に生牌のなり、なりを持ってきていたなら、いかな瀬戸熊でもブレーキを踏んだことだろう。それこそが荒の目論む展開だったはずだが、この引きはゴーサイン。
瀬戸熊はドラを叩き切ってテンパイを組む。そして次巡、荒も追いつく。
ポン ポン ツモホンイツ、トイトイで親満のテンパイだ。
瀬戸熊は、前原、荒がを合わせてきたことを見てツモ切りリーチに出る。
荒は瀬戸熊から直撃を取れれば、この半荘一気に突き抜ける。
さぁ、大事な勝負所である。
同巡、西家・藤崎にもテンパイが入る。
点数こそ安いものの、藤崎にとってもここでアガれれば、浮上のきっかけを掴めるかもしれない。
誰がアガリを奪うのか、非常に見応えのある一局となったが、ここを制したのは瀬戸熊。
荒からで、価値ある3,900(1本場で4,200)をものにした。
このアガリを見た限り、今回も瀬戸熊がポイントを伸ばしそうな予感もあったが、東4局1本場、ここまで息を潜めていた親の藤崎が値千金のアガリをものにする。
ドラ3の勝負手だった瀬戸熊から、7,700は8,000の直撃である。
藤崎は流局を挟んだ東4局3本場でも、これぞ藤崎という打ち回しを見せる。
荒のリーチ、そしてやや気配は読み辛いが、瀬戸熊の満貫テンパイを掻い潜っての価値あるアガリである。
11巡目、瀬戸熊のに微動だにせずを引き入れたことも大きかった。
藤崎はこの半荘、7回戦目にして待望のトップを手にした。
藤崎智プロ |
願わくば1人浮きのトップを取りたいところであったが、オーラスの攻防がまた面白かった。
動画再生
※第29期鳳凰位決定戦全20回戦は、こちらの動画サイトから視聴することが出来ます。
(一部有料)
荒と前原は1,000点のアガリで浮きに回るという非常に大切な局面。
というのももちろん、瀬戸熊が大きく沈んだラス目だからである。
藤崎にとっても、大きく得点を稼げるチャンスだけに、このラス親は簡単には終わらせたくないところだ。
反対に瀬戸熊にとっては、自らがアガってトータルラス目の藤崎に、1人浮きのトップを取ってもらった方が有難い場面。
4者がそれぞれの思惑を抱えて打ち合ったこのオーラス。制したのは南家の前原だった。
親の藤崎がピンズのホンイツ模様のところに、、と被せ、裏目のを持ってきたところで、ソーズのリャンメンターツを払って行く。
後に、「山に濃いのがピンズと思った。」と語った通り、、と引き返してのテンパイ、そしてアガリはさすがの一言である。
この7回戦、遂に瀬戸熊が沈んだ。そして、トータルでも前原が上に立った。
藤崎がトップを取ったこともあり、戦いはまだまだ予想の付かないものになって行く。
7回戦成績
藤崎+23.2P 前原+6.3P 荒▲4.4P 瀬戸熊▲25.1P
7回戦終了時
前原+39.4P 瀬戸熊+24.7P 荒▲10.5P 藤崎▲53.6P
8回戦(起家から、藤崎・瀬戸熊・前原・荒)
東1局、まずは荒が軽快にアガリを取る。
リーチ ロン ドラ
ドラがトイツの勝負手だった瀬戸熊から、2,600の出アガリである。
続く東2局は、前回のトップで勢いに乗りたい藤崎が、気配のない七対子をビシッと仕留める。
ロン ドラ
これに刺さったのは、またも瀬戸熊。
ツモ
ツモり四暗刻の1シャンテンとなったところでの放銃だけに、いたしかたないところだが、連続放銃はどうも具合が悪い。
これを見て3者は、間違いなく瀬戸熊の喉元を喰らいにくるはずだ。
瀬戸熊からすれば、7回戦から続く悪い流れを早く断ち切りたいところである。
東3局、その瀬戸熊が5巡目に絶好のカンを引き入れてリーチ。
ドラ
は1枚切れているが、山に3枚残りなら十分の受けだろう。
その3枚が誰の手にも吸収されぬまま12巡目、藤崎が追いつく。
ツモ
不満を言えばキリのないテンパイではあるが、ここは瀬戸熊を叩くチャンスである。
藤崎は少考の後、打でリーチの決断を下す。
親の前原にもピンフのテンパイが入っており、今後の趨勢を占う大切な一局だったが、ここは瀬戸熊が意地を見せて、藤崎からで5,200を討ち取る。
そしてこの8回戦、最も盛り上がりを見せたのが東4局1本場である。
※第29期鳳凰位決定戦全20回戦は、こちらの動画サイトから視聴することが出来ます。
(一部有料)
前原のテンパイ、
ポン チー ポン
藤崎のテンパイ、
ポン ポン
そして荒の親リーチ。
リーチ
これらを受けた瀬戸熊の手が以下である。
ツモ
私なら間違いなくを抜く。決して割って入ることなくベタオリを選択する。
だが、この男の下した決断は違う。
一歩間違えば、とんでもない大怪我をするような場面でも、頭から突っ込んで行く。
出アガリも効かず、分が悪い勝負であっても果敢に戦いを挑んで行くのだ。
「ここをもしアガリ切ることが出来たら、自分の流れになると思った。」
瀬戸熊はそう述懐した。
確かに瀬戸熊が、こういうギリギリの局面で役なしのヤミテンを貫き通し、アガリを奪ってブレークする場面は、私も何度となく目にしてきた。
瀬戸熊の言うところの「しっかり戦う」とは、全20回戦を見据えた上で、自分から背中を見せるようなことはしないということの表れなのかもしれない。
結果こそ、前原の2,000・3,900のツモアガリとなったが、瀬戸熊の鳳凰に対する強い意志を感じさせるには、十分過ぎる一局だった。
瀬戸熊直樹プロ |
南場に入ると、まずは親の藤崎が1,300オールのツモアガリ。
チー ツモ
供託も含めてわずかながら前原をかわす。
藤崎連荘となった南1局2本場、西家の前原が8巡目のリーチ。
リーチ ドラ
11巡目、連続でのラスは避けたい瀬戸熊も追いつく。
こちらは直前、前原にを打たれたこともあり、当然のヤミテンとする。
しかし、決着は早かった。
12巡目、瀬戸熊が前原にとっての高目を掴んで、5,200は5,800の打ち込み。
この放銃で瀬戸熊の持ち点は16,400。ヘタをすれば、6回戦まで積み上げたポイントがたった2回で帳消しとなってしまう可能性も出てきてしまった。瀬戸熊にとってはここが踏ん張りどころである。
迎えた親番、かなりの好配牌をもらうも、他家の九種九牌で流局。
続く1本場は、丁寧に手牌をまとめて、終盤藤崎からピンフの出アガリ。
そして2本場、今度は8巡目のリーチだ。
リーチ ドラ
瀬戸熊の長所は、とにかく徹底した攻めの姿勢にある。
ここからは私の主観で、合っているかはわからない。
ただ、恐らく瀬戸熊は、攻め続けることで、微妙に揺れ動く精神のバランスを保とうとしているのではないだろうか。
そして、その方法論を取り始めてから、タイトル戦の勝率をグンと上げたような気がする。
「攻撃は最大の防御なり」
私が好きな言葉である。そしてまた、瀬戸熊の麻雀にもぴったりな言葉である。
今局、瀬戸熊はラス牌のを引きアガった。
3本場で親は落とされたが、続く南3局では、前原から非常に価値ある直撃を取る。
後に前原はこの放銃を猛省していた。
「あそこはしっかり瀬戸熊を沈めておかなければならない半荘だった。仕掛けが早過ぎたんだろう。」
オーラスこそ前原は、荒から1,000点をアガって浮きをキープするが、瀬戸熊を浮きに回らせてしまった現実は、今後の展開を大きく左右させるものとなったのだった。
8回戦成績
藤崎+10.1P 瀬戸熊+4.8P 前原+2.3P 荒▲17.2P
8回戦終了時
前原+41.7P 瀬戸熊+29.5P 荒▲27.7P 藤崎▲43.5P
9回戦(起家から、藤崎・前原・瀬戸熊・荒)
7、8回戦と藤崎が連勝を飾り、ようやくその実力の片鱗を見せ始めた。
藤崎としては、できればこの2日目で負債を帳消しにしたいところだ。
逆に、悪い展開が続くのが、4回戦以降全てマイナスの荒である。
荒にとっても、どこかで歯止めを利かせなければ、優勝争いから取り残されてしまう。
数字自体は大きな凹みではないものの、それ以上に雰囲気の悪さを感じてしまうのは私だけだろうか。
東2局、まず幸先のいいスタートを切ったのが瀬戸熊。
ポン ツモ ドラ
荒のリーチも勝負手だっただけに、このアガリの持つ意味は点棒以上に大きい。
これで気を良くしたか、瀬戸熊は続く親でも隙なく一色手を仕上げる。
加カン ツモ ドラこの4,000オールで持ち点は50,000点を越えた。
こうなれば瀬戸熊の更なる目標は、自身の加点と共に、8回戦までトータルトップの前原をいかに沈めるかである。
こういった長い戦いでは、誰しも好不調の波はある。
好調時にライバルとの差をいかに詰め、いかに広げるか。
最終日を見据えれば、これは必ず大きなプラスとなって返ってくるのである。
東3局1本場は瀬戸熊の1人テンパイ。
そして続く東3局2本場、瀬戸熊にとっては願ったり叶ったりのアガリが飛び出す。
自らの加点ではないものの、放銃したのが前原となれば、これは次善手ということが言える。
東4局1本場には、荒が久々のアガリで浮上のきっかけを掴む。
リーチ ツモ ドラ続く東4局2本場は、瀬戸熊が1,000・2,000のアガリ。
リーチ ツモ ドラ
なんとなく、なんとなく、前原包囲網の構図が出来上がりつつある。
そして南1局、藤崎が得意のヤミテンで前原を仕留める。
10巡目、藤崎がテンパイを果たすと同時に、荒がそのTを掴む。
場面の不穏な空気を既に察知している荒は、その手前で受けに入っているからこれが止まる。
一方で、なんとか挽回を図りたい前原は、追い込まれている分だけギリギリまで攻め込んでしまう。
藤崎の捨て牌がわかりづらいこともあったが、前原にとっては痛恨の放銃となってしまった。
これによって前原は、遂に箱を割る。
この時点で3者が浮いているため、焦点はここから誰が飛躍を遂げるかということに移されるはずだった。
ところが、である。やはり前原はただでは死なない男だった。
前原雄大プロ |
この9,600放銃の後、1本場で500・1,000をツモアガると、次局の親では7巡目にこのリーチ。
リーチ ドラ
藤崎が果敢に被せてピンフ、ドラ2の追いかけリーチを放つも、山に4枚残りのこの受けが勝り、しっかりとを手繰り寄せた。
するとその1本場では、これぞ前原と言わんばかりのリーチ。
リーチ ドラ
高目でアガれば一気にプラスの世界へ転じることもあり、前原にとっては非常に大事な一局だったが、ここは藤崎が丁寧に捌く。
ツモ
藤崎は、瀬戸熊の親でもしっかりピンフをツモってこの半荘の2着をキープ。
前日とは打って変わり、ヤミテン主体の藤崎らしいアガリが随所で見られるようになってきた。
そして9回戦オーラス、結果は瀬戸熊が前原に満貫を打ち上げるのだが、ここも賛否両論分かれるところではないだろうか。
ポイント状況からすれば、このドラは打たないことの方が得策のように思える。
ただ瀬戸熊にしてみれば、前原を叩けるチャンスでもあるし、ここでオリを選んでことで、自分の型が崩れる方を嫌ったのかもしれない。
ひとつ言えるとすれば、瀬戸熊がこの一局面を見ているのではなく、もっと先を睨んでの打牌であるということは間違いない。
9回戦成績
瀬戸熊+18.8P 藤崎+10.3P 荒▲9.1P 前原▲20.0P
9回戦終了時
瀬戸熊+48.3P 前原+21.7P 藤崎▲33.2P 荒▲36.8P
10回戦(起家から、前原・荒・藤崎・瀬戸熊)
どうも荒の調子が上がってこない。いや、見ている者を魅了する場面は数多くある。
この東1局もそうだ。11巡目、荒は以下の形でテンパイ。
ツモ ドラ
引きや引き、或いはドラの引きなど、優秀な変化形があるため、ここはヤミテンを選択。
この時点で親の前原の手牌は以下。
ここに、、と連続して引き入れ、14巡目にはテンパイ。
これを一度はヤミテンに構えるが、次巡、前原はツモ切りリーチに打って出る。
それを受けた南家・荒のツモが。
もしこれが瀬戸熊や前原だったら、どんな選択をしたのだろう。
荒が少考に入った瞬間、そんなことが頭をよぎる。
この手だったら…
そう思いながら目を落とした瞬間、荒はスッと現物のを抜いた。
「やっぱ、この人はすげーわ。」この胆力は一体どこからくるのだろう。
これだけマイナス街道が続いても、ひたすら我慢し続けられるその精神力に、私は感動すら覚えた。
荒正義プロ |
「勝負はまだ長いということなんだな。」
でも、だからこそ、受けの場面でなく、今度は攻めに転じる荒の姿を見たくなるのは私だけではないはずだ。昨年の勝ち方が強く印象に残っているだけに、ここからの巻き返しを期待したいところだ。
東2局1本場、珍しい場面に遭遇する。
前原が2フーロしているところから、上家瀬戸熊のに大明カンを入れたのである。
これも普段のプロリーグならまず見られない光景だが、頭獲りならではの戦術ということが言えるかもしれない。
前原がこれをリンシャンから引きアガれば、瀬戸熊の責任払いとなり、5,200か6,400の直取りを果たせるチャンスだからである。
結果は、荒が前原に放銃となるのだが、これが後に新たな火種を生むきっかけになるとは誰も知る由がなかった。
まずは東4局1本場、終局間際の牌譜をご覧いただこう。
このに前原がチーを入れ、ドラのを切る。
いつもの前原なら考えられないような仕掛けと言ってもいい。
先に挙げた大明カンもそうだし、どことなく勝負を急いでいる感が否めないのだ。
このチーで、親の瀬戸熊にハイテイが流れ、テンパイを入れさせてしまう。
私だったら、これだけで次局が不気味でしかない。
やはり本来ないはずの1局というのは、もう何が起こっても不思議ではないからである。
ロン ドラ
瀬戸熊のこのアガリだって当然なかったし、3本場でのこの配牌だってあるはずがないのだ。
4巡目、瀬戸熊はのポンテン。
ポン ドラ
一方、南家の前原は以下の形からをチー。
ポン
そして打。これに瀬戸熊が、先ほどのお返しとばかりに大明カンを入れる。
瀬戸熊と前原にとっては、既に2人の戦いに入っているのだろう。
ここまで激しく互いが互いを意識し合った戦いを、私は見た記憶がない。
まさにノーガードの殴り合いである。
大明カン ポン ツモ
「瀬戸熊が突き抜けるんだろうな」
このアガリが出た瞬間、誰もがそう思ったに違いない。
ところがそれをさせなかったのが、目下のライバル前原である。
正直、この展開なら連続ラスもあるな、と私は見ていた。
そして前原にもその覚悟は出来ていたように思う。
しかし南2局、突然のようにこんな配牌がやってきて、
あっという間にアガリをさらってしまうのだから、麻雀とはわからないものである。
ポン ツモ ドラ
藤崎の親番でもそうだ。
満貫というものは、こんなにあっさり決まるものなのだろうか。
いい表現が見つからないが、とにかく前原の生命力には感心させられるばかりである。
10回戦成績
瀬戸熊+24.2P 前原+8.9P 藤崎▲13.8P 荒▲19.3P
10回戦終了時
瀬戸熊+72.5P 前原+30.6P 藤崎▲47.0P 荒▲56.1P
これで全日程の半分を消化したことになる。依然トップを快走するのは瀬戸熊直樹。
「昨日はよく眠れた。」と試合前に語っていた通り、懸念材料もなく、初日同様満足のいく内容だったように感じた。
一方、トータルラスに落ちたのが前年度王者の荒正義。
これだけのポイント差を捲るとなれば、3日目からはかなり前掛かりとなって攻め込まねばならない。
トータル2着は前原雄大。
初日からの上積みはわずか2.0Pで、後半はやや危なっかしさも見受けられた。
しかし、瀬戸熊を叩かないことには逆転もない。3日目もこの戦い方を貫いてくることが予測される。
そしてトータル3着が藤崎智。
マイナスを10.0P減らしたものの、やはり優勝を狙うには3日目の成績が大きく物を言う。
もし3日目も瀬戸熊が数字を伸ばすようなことがあれば、3者共に優勝の可能性はかなり厳しくなると言っていい。
勝負は6日後。各人がどんな戦略を練ってくるのか。
非常に楽しみである。
カテゴリ:プロリーグ(鳳凰戦)決勝観戦記