プロリーグ(鳳凰戦)決勝観戦記/第29期鳳凰位決定戦 最終日観戦記
2013年03月27日
私にとって、大変思い入れの深いメンバーによる鳳凰位決定戦も、この日で幕を降ろす。
戦前、様々な場所で様々な人に優勝者予想を聞かれた。
「全くわからない。」
私はただそう答えた。勝者は1人しかいない。
だが、心のどこかに誰にも負けて欲しくないという思いがあったのだと思う。
荒と前原は、プロ入り前から目を掛けてくれた私の師である。
2人の麻雀をどれだけ見て、どれだけ自分の麻雀に取り入れたことか。
2人とも麻雀のタイプは全く違う。荒を柔とするならば、前原は剛である。
しかし、麻雀で勝ち抜いていくには、このどちらも持ち合わせていなければならない。
2人の話も随分とためになった。荒はプロの在り方を、そして前原は独自の勝負論を教えてくれた。
この2人なくして今の自分は語れない。
藤崎は、私にとって郷里の高等学校の先輩にあたる。
昨年夏には、仙台市内で行われた震災復興支援麻雀大会に、東北出身の麻雀プロとして2人揃って参加させていただいたこともある。私には、あのとき来て下さった方々の笑顔が忘れられない。
微力ながら自分達にもできることがあるんだなと、藤崎と語り合ったことを思い出す。
「応援してくれる人達のために」
その中には、間違いなく東北の人々がいる。
瀬戸熊は、努力によって人はここまで強くなれるんだということを、強烈に示してくれた打ち手である。
私は過去、瀬戸熊とチャンピオンズリーグの決勝でぶつかったことがある。
私の出来が良かったこともあるが、そのときの瀬戸熊は全く精彩を欠いていた。
脚質も今とは大分異なっていて、遠い仕掛けも多かったし、その分だけ脆さも感じられたように思う。
その後、モンド杯や最強戦など、対戦する機会はかなり増えたが、昨今の充実ぶりは以前のものとはまるで比べ物にならない。一緒に打っていて、押し返される感覚が最も強いのが瀬戸熊なのである。
鳳凰戦連覇、そして十段戦連覇。過去の敗戦を糧に、これだけの飛躍である。
私もその強さに勇気づけられた人間の1人である。
今日、この4人の中から「第29期鳳凰位」が誕生する。
この日を迎える頃には、もう心のもやもやは消えていた。勝つべき人間が勝つ。それでいいのだ。
私に出来ることがあるとすれば、その瞬間をしっかり見届けることのみ。
頂点に向けて残り5戦。
各人にとって長く険しい1日が、今スタートした。
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16回戦(起家から、前原・荒・瀬戸熊・藤崎)
まずは起家、前原の配牌をご覧いただこう。
ドラ
今日は荒れるのか、そう思わせるかのような手牌である。しかし、これが一向にテンパイしない。
形が決まっている分、融通が利かないことが災いしたか、8巡目には瀬戸熊に追い越され、先にテンパイを入れられてしまう。
ポン
これが4人の絡みというものなのだろう。このポンによって、本来前原に入るはずのが荒に流れる。
そして、その3巡後にはまでもが抜かれてしまう。
荒の字牌が1巡遅ければ、前原にリーチが入り、恐らくは6,000オールの引きアガリとなっていたというわけである。
これもある種、トップ走者のツキということが言えるのかもしれない。
ことなきを得るというのは、自分の力だけでは如何ともし難い部分があるからだ。
ポン
ツモ
最終日は、瀬戸熊の700・1,300で幕を開けた。
東3局1本場、藤崎が親の荒とのリーチ合戦を制し、荒から8,000の出アガリ。
リーチ ロン
ドラ
親番こそすぐに流されたが、藤崎は南1局にも荒との2件リーチを制す。
リーチ ロン
ドラ
これに刺さったのが親の前原。ピンフ、ドラ1の1シャンテンとあっては、この地獄待ちも止まらない。
むしろ、この局に抜群の冴えを見せたのは西家の瀬戸熊である。
当然と言えば当然かもしれないが、4巡目、前原のに動く素振りすら見せていない。
トータルトップに立つ瀬戸熊のテーマは、丁寧に1局を消化していくことである。
これを動いてホンイツに持っていくことでも、この段階から捌きにいくことでもない。
トータル2着の前原の親は、確かに怖い。だが、もっと恐れるべきことは、自分が動いたことで前原に手を入れさせてしまうことだ。瀬戸熊はこの後、カンを入れて、
を暗刻にする。そして最終形は以下。
ポン
勝負事において、最後の詰め方は大変重要なものとなる。囲碁、将棋、野球、サッカー、全てそうだ。
それを誤れば、勝利の女神はするすると逃げていく。
「全く焦りはないな」
この最終日、瀬戸熊がどういったスタンスで戦うのか、それを十分に示した1局となった。
南2局、親は荒。10巡目、を仕掛けてテンパイ。
ポン
ドラ
この仕掛けを見て、瀬戸熊はベタオリに向かう。次巡の荒は、ツモ。
が3枚と
が1枚切られていることを見て、打
とシャンポンに受け変える。
ドラでアガれば12,000というところだったが、この受けは既に山にはない。
すると同巡、が暗刻だった前原から
をツモ切られる。アガリ逃しである。
荒はその後、自力でもを引いており、この局は見た目の枚数に踊らされる結果となってしまった。
ツモ
せめて流局連荘という願いも空しく、前原にラス牌のをツモられての親落ち。
瀬戸熊にとって有利な展開が続く。
南3局、瀬戸熊は親で軽くピンフをツモアガる。
ツモ
ドラ
これで持ち点は33,400。相手のミスに乗じて、着実にポイントを積み重ねていく。
そして南3局1本場、ここでもライバルにミスが出る。まずは7巡目、北家の荒が先制リーチ。
リーチ ドラ
10巡目、西家・前原がドラのを引いて1シャンテン。
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ではなく、
を引いたからには勝負手。前原であれば当然の
切りと私は思った。
だが、現実問題として荒のドラ切りリーチがある。しかも、荒の持ち点は、15,300。
まず安手ではないと見るべきだろう。
![]() 荒正義プロ |
瀬戸熊を沈めたい、だが自分も沈むわけにはいかない。追いかける側にも様々な葛藤がある。
前原が下した決断は、打。
ただ、これでまた瀬戸熊が楽になるな、そんな印象を強く抱かせる一打でもあった。
12巡目、前原のツモは。
荒のリーチに真っ直ぐ打ち抜いていれば、以下のテンパイが入っていた。
そして今局の結末がこちら。
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前原の17巡目のが寂しく泣いている。
もしこれを引きアガっていれば、瀬戸熊との差が30ポイントほど縮まる計算になり、瀬戸熊とサシの勝負に持ち込みたい前原にとっては、追い風となるところだった。
あれほど戦いの打牌を貫いていた前原が、遂にその信念を曲げてしまったのである。
南4局2本場、親の藤崎が七対子のダブリーを放つも流局。
続く南4局3本場は、瀬戸熊の1人ノーテン。そして、各自の持ち点は以下のようになっていた。
藤崎42,600、前原30,700、瀬戸熊27,900、荒16,800
藤崎はとにかく連荘あるのみ。
前原はこの並びを崩さぬまま、できるだけ大きく得点を稼ぎたいところ。
瀬戸熊は2本の供託があるため、1,000点でもアガって終局させたいという場面である。
各人の配牌は以下。
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テーマがはっきりしている3者は、それぞれがかなりの好配牌と言っていい。
まずは瀬戸熊。いきなり荒の第一打を仕掛ける。さすがにこの状況だからということか。
これまでの瀬戸熊なら、まず考えられない仕掛けである。
4巡目、を加カンするとリンシャン牌から
を引いて2シャンテン。
カン
ドラ
そして次巡、前原もダブ南を暗刻にして1シャンテン。
入る物にもよるが、門前でテンパイしたら一体どうするのだろう。
前原は満貫を引きアガれば、この半荘のトップに立つ。
リーチ棒を出せば沈むとは言え、もう点棒を可愛がっている段階でもあるまい。
92.8Pというのは、決して小さな得点差ではない。
ゆえにカンが残ったとしてもリーチ。それが私なりの結論だった。
やや不可解だったのは7巡目、荒の仕掛けである。
この形から、前原のに動いている。
瀬戸熊の仕掛けに合わせるにしてはやや遠く、荒らしくない仕掛けである。
この仕掛けで瀬戸熊にが流れ、1シャンテン。
一方の前原は、を引いてピンズが両面形になったものの、絶好のカン
を喰い下げられてしまう。
次巡、瀬戸熊はを引いてテンパイ。
カン
そして前原もを鳴いてテンパイ。
チー
残り4戦ということをふまえて、なんとか瀬戸熊を沈ませたい前原と、どうにかここを凌ぎ切りたい瀬戸熊。
この手に汗握る攻防を制したのは、トータルトップ、瀬戸熊だった。
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トータル2着の前原を沈ませる、価値ある直撃である。
皆が瀬戸熊を助けてしまっている感も多少あるが、ここぞという場面は本当に強い。
なんと言っても目に付くのは、その日の初戦の入り方である。
この4日間、全てプラスの2着スタートなのである。
自分の経験からも、初戦の入り方がいいときは、まず大崩れすることはない。
4人の中でただ1人ブレがないのは、しっかりと土台を作り上げているからなのだ。
16回戦成績
藤崎+20.6P 瀬戸熊+6.4P 前原▲5.8P 荒▲21.2P
16回戦終了時
瀬戸熊+98.8P 前原▲6.2P 藤崎▲39.8P 荒▲54.8P 供託2.0P
17回戦(起家から、荒・藤崎・前原・瀬戸熊)
東1局、今回も瀬戸熊のアガリからスタートする。
ロン
ドラ
点数こそ安いが、着々と自分がやるべきことをこなしていく。
東2局、前原の10巡目を見ていただきたい。
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は既に4枚飛んでいて、内1枚は自分で切っている。
というのも、6巡目にいったんテンパイを外しているのである。
ツモ
様々な手牌変化があるので、これはわかる。しかし、10巡目のテンパイ取りはやや腑に落ちない。
目先のテンパイに心を奪われた感が否めないのだ。
だったら、この形でリーチを打つ選択はなかったのだろうか。
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もし10巡目もテンパイ取らずとしておけば、15巡目にでのツモアガリもあったし、
フリテンでもリーチを打っていれば、少なくともこの放銃だけは避けられたはずである。
続く東2局1本場もそうだ。
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なんとなく打っているだけで、前原の覚悟のようなものを感じることができないのである。
そして東3局、瀬戸熊に決定打とも言えるアガリが飛び出す。
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「さすがに決まったか…」
瀬戸熊がこれをアガって手を緩めることもなければ、3者に瀬戸熊を追い詰めるだけの力ももう残ってはいまい。
南1局、前原が瀬戸熊のリーチに一発目でを抜いたとき、私の中でその思いが強まっていた。
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それでも前原は、南2局、高目ピンフ、三色をリーチでツモアガって2,000・4,000。
リーチ ツモ
ドラ
そして南3局の親番では、藤崎とのリーチ合戦を制して浮きに回る。
リーチ ロン
ドラ
更には南3局1本場、ほぼアガリはないだろうと思われていたところから、瀬戸熊の微妙な手順ミスによる7,700の直撃を果たし、一時はトップに躍り出る。
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しかし、これだけではまだまだ足りない。
瀬戸熊を沈ませないことには、この大きな得点差を逆転することなど到底不可能なのである。
南3局4本場、瀬戸熊の配牌をご覧いただこう。
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第1ツモがである。そして最終形が以下である。
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何度も言う通り、今の瀬戸熊に必要なのは着実に1局を消化していくことである。
アガリが不確定なダブリーなど、打つ必要がないのだ。実に冷静である。
この姿勢を貫かれると、追う者はきつい。
点棒を削りあってきた3者を尻目に、1人ポイントを伸ばし続ける瀬戸熊。
そして気が付けば、この長き戦いも3戦を残すのみとなっていた。
![]() 瀬戸熊直樹プロ |
17回戦成績
瀬戸熊+19.1P 前原+7.6P 荒+3.3P 藤崎▲30.0P
17回戦終了時
瀬戸熊+117.9P 前原+1.4P 荒▲51.5P 藤崎▲69.8P 供託2.0P
18回戦(起家から、前原・藤崎・荒・瀬戸熊)
トータル2位の前原でさえ、トップと115P以上の差。
逆転優勝の可能性は限りなくゼロに近いが、それでもわずかな希望に賭けるなら、残り6回となってしまった親番で大爆発が起こせるかどうかだ。
その東1局。何度こういうシーンを見ただろう。
瀬戸熊が全くエネルギーを浪費することなく、300・500をツモアガる。
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その後も安いアガリが続き、迎えた東4局。
藤崎が瀬戸熊の親で価値ある2,000・4,000。
![]() 藤崎智プロ |
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前原としては、続く親でどれだけ得点を稼げるかが重要だったのだが、連荘こそしたものの、ほとんど上積みなく藤崎に流されてしまう。これで精神的に楽になったのは瀬戸熊である。
これだけトータルポイントには差があっても、やはり現状のライバルの親は怖いはず。
瀬戸熊にしても、後4回前原の親を乗り越えた先に、ようやくゴールが見えるのである。
南2局、その瀬戸熊が、最後までドラを可愛がってしまった藤崎から5,200の出アガリを果たす。
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これも大きなアガリだった。
藤崎にすれば、いくらでもの切り時はあっただけに、悔やまれる放銃となってしまった。
そしてオーラス。後に瀬戸熊が、「これで大分楽になった。」と語ったアガリが生まれる。
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前原の追っかけリーチも物ともせず、一発での引きアガリ。
強い。本当に強い。それ以上の言葉が見つからない。
そしてなんと言っても圧巻は、南4局3本場である。
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藤崎の待ちを完全ブロックした上での見事なツモアガリ。
3者にすれば、完全にお手上げの1局である。
「これでもう何も起こらない。勝負は決した。」
そう思わざるを得ないほど、衝撃の大きい1,200オールだった。
18回戦成績
瀬戸熊+29.3P 藤崎+8.6P 前原▲15.3P 荒▲22.6P
18回戦終了時
瀬戸熊+147.2P 前原▲13.9P 藤崎▲61.2P 荒▲74.1P 供託2.0P
19回戦(起家から、荒・瀬戸熊・藤崎・前原)
いくら上辺だけの言葉を並べたところで仕方がない。
私自身、ここからは真の消化ゲームになってしまうなと、実際に思っていた。
瀬戸熊を追いかける3者は、最後まで自分のパフォーマンスを見せてくれることだろう。
しかし、優勝となれば話は別だ。
前原にして16万点もある点差を、残り2戦でどうやってひっくり返せというのか。
試合前、会場の空気は間違いなく変わっていた…
東1局、ドラ。心なしか、選手の摸打が軽くなったように見えた。
それまでの出だしとは、どこか雰囲気が違う。
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前原の1巡回しのリーチ。
そして、戦前ほぼやることはないと言っていた藤崎の七対子ドラタンキリーチ。
ここまできて追う側も、ようやく肩の荷が降りたのだろうか。
濁流が突如、清流に変わったかのような印象を与える。
東2局、今度は藤崎である。
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(勝敗が決したからこそ、こんな簡単にアガリが生まれるのだろう。
瀬戸熊にしたってこのくらいの放銃なら、痛くも痒くもないはず。)
愚かな私の思考である。流局を挟んだ東3局1本場もそうだ。
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よほどの状態でなければ、この藤崎の最終形がカンになることはない。
4巡目、を鳴いて以下の形からの
切りなのだから。
ポン
ドラ
(藤崎が不自然な手牌進行になったから、瀬戸熊が放銃した。ただそれだけのこと。)
東3局1本場、荒がラス牌のドラを引いて2,000・3,900。
リーチ ツモ
ドラ
(やや経費はかかったが、これで東ラス。ここから瀬戸熊は立て直してくるんだろう。)
本当に浅はかである。
しかし、だ。これまでの展開を見て、一体誰が迫りくるこの瞬間を予測できたというのか。
瀬戸熊が他を寄せ付けない圧倒的な強さで優勝した、それで終わるはずだったのだ。
勝利の女神とは、実に気まぐれである。
瀬戸熊が戦前最も恐れていた魔の時間が、遂に、遂にやってきたのだ。
東4局、親は前原である。まずテンパイを入れたのは西家の瀬戸熊。
ポン
ドラ
10巡目、をポンしての満貫である。その2巡後、親の前原もテンパイ。
結果は、瀬戸熊がを掴んでの放銃。
この時点で各者の点棒が、荒40,000、前原36,800、藤崎32,800、瀬戸熊10,400。
(せめてこの日の初回にこんな展開になっていれば…)
東4局1本場。
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このアガリで前原が、この半荘トップに立つ。
東4局2本場。
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高目をツモアガっての4,000オール。
(そろそろ瀬戸熊もこの親を落としたいところだろうな)
東4局3本場。
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これで前原の点棒は、60,000点を越える。
東4局4本場。
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8枚目の–
をツモって2,600オール。
(何だか雲行きが怪しくなってきたな)
東4局5本場、これ以上やらせられるかとばかり、瀬戸熊、藤崎が仕掛ける。
しかし、その仕掛けで前原にテンパイを入れさせてしまう。
何も怖いものがなくなった前原は当然のリーチ。
そして、真っ直ぐ突っ込んだ瀬戸熊から直撃を奪う。
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このアガリで瀬戸熊が箱を割り、点差が80,000点を超えた。
(ん?これに順位点を足すと96だろ?もうすぐ100ポイントじゃないか…)
東4局6本場。
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前原の親が一向に落ちない。
東4局7本場、4巡目、藤崎がを鳴いてトイトイへ。それによって、瀬戸熊にも続々と好牌がなだれ込む。
12巡目、瀬戸熊のをポンして藤崎がようやくテンパイ。
役なしのカンでテンパイしていた荒も
を暗刻にし、
–
のノベタンでリーチ。
次巡、瀬戸熊もを引き、何でアガろうと万々歳のテンパイ。この時点で親の前原は2シャンテン。
しかし、子方3人はそれぞれが1枚ずつと、とにかく待ちが薄い。
そして16巡目、とうとう前原も追いつく。4者テンパイ。その結末がこちらである。
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私の身体は完全に熱を帯びていた。
これによって、瀬戸熊と前原のトータルポイントが110Pも縮まったということももちろんある。
だが、それよりも目を引いたのは、瀬戸熊の12巡目である。
ドラ
この形で前原のに動いていないのだ。
フラットな場面ならわかる。しかし、状況はライバルの7本場。
とにかく早く落としたいというのが、心情というものではないだろうか。
藤崎の仕掛けによって、、
、
、
、
と引いてきている。
瀬戸熊からすれば、それが大きな要因ということなのだろう。
ツモの流れに乗る。仕掛けるなら万全の形で。
この状況に置かれても、瀬戸熊の精神に全くブレはない。
東4局8本場。
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これで荒も沈み、トータルポイントが更に縮まる。
素点で99.6P、順位点で20P。
ということは、19回戦開始時に161.1Pもあったポイント差が、なんと41.5P差にまで縮まったということである。これにはさすがに私も度肝を抜かれた。
(まさか、この半荘1回で前原が捲ってしまうのか…)
そう思わせるほど、猛烈な勢いだった。
ここまでの内容から、瀬戸熊が油断したということもないだろう。
地獄の閻魔大王とも称される前原の、腹の奥底に溜まっていたマグマが、遂に大噴火を起こしたのだ。
![]() 前原雄大プロ |
東4局9本場、この半荘、前原がトータルで最も瀬戸熊に接近した瞬間である。
![]() |
この時点でのポイント差が39.5P。
まだ東場で、前原が連荘中であることを考えると、いつひっくり返ってもおかしくない点数状況になってきた。
東4局10本場、この長い長い前原の親に、ようやく瀬戸熊がピリオドを打つ。
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前原のドラ切り、そして最終形が場面の緊迫感を物語っているが、ともかくこの親は流した。
瀬戸熊にしても、前原との点差は概算で把握していたことだろう。
南場が丸々残っていることを考えると、これで一息ついている暇はない。
局面は急転、突如として瀬戸熊、前原の優勝争いへと変貌を遂げたのである・
南場に入ると、不用意な放銃などもあり、前原の勢いにも翳りが見え始めた。
しかし、一方の瀬戸熊も、東場で前原の親を落とすのに相当なエネルギーを消費したのか、全くアガリに絡めない。
そして迎えたオーラス。藤崎が前原から3,900をアガって浮きをキープ。
逃げる瀬戸熊にすれば、1ポイントでも多く前原との差を保っておきたいところだっただけに、前原の1人浮きトップを阻止した藤崎のアガリは有難かっただろう。
瀬戸熊にとって悪夢の19回戦が終わった。
前原にたった1回で、98.6Pという尋常ではないポイントを詰められたが、それでもまだ大きな貯金が残っている。現実的に瀬戸熊が越えるべき山は、前原の残り2回となった親番ということが言えるだろう。
さぁ、世紀の一戦もこれでラストである。
瀬戸熊がリードを守り切るのか、はたまた前原の大逆転があるのか。
とにかく注目すべきは前原の親、その一点である。
19回戦成績
前原+50.6P 藤崎+4.0P 荒▲6.6P 瀬戸熊▲48.0P
19回戦終了時
瀬戸熊+99.2P 前原+36.7P 藤崎▲57.2P 荒▲80.7P 供託2.0P
最終20回戦(起家から、前原・藤崎・荒・瀬戸熊)
プロ連盟の規定により、最終戦は起家から、トータル2着、3着、4着、そしてトータルトップという並びになっている。最終戦を迎えての瀬戸熊-前原のポイント差は、62.5P。
これは、トップ-ラスで46,500の差(1人浮きなら42,500差)と置き換えることができる。
19回戦で前原がいくら点差を詰めたとは言え、これでもまだかなりの数字である。
先に述べた通り、前原が逆転するにはやはり親番が鍵になるだろう。
東1局、前原の最初の親番である。
荒の先制リーチを受けるが、どうにか最後まで押し切ってまずは連荘。
しかし続く東1局2本場。
今度も荒の先制リーチを受け、七対子の1シャンテンで粘ったものの、最後はノーテンで流局となってしまう。
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そして東2局2本場。
少しでも加点をしていきたい前原が、最後のツモ番で親の藤崎に放銃。
![]() |
ご覧の通り、このは瀬戸熊のロン牌でもある。
(これで、相当苦しくなったな)
もう嵐の予感は、とても見出せなかった。
東2局5本場、瀬戸熊のアガリが、第29期鳳凰位決定戦の終幕を物語っているように思えた。
南1局1本場、前原の最後の親もノーテンで流れた。
そして事実上、この瞬間、瀬戸熊直樹の2期ぶりとなる鳳凰位奪還が決定したのである。
![]() 終局の様子 |
20回戦成績
藤崎+43.3P 瀬戸熊▲4.0P 荒▲10.8P 前原▲28.5P
最終成績
瀬戸熊+95.2P 前原+8.2P 藤崎▲13.9P 荒▲91.5P 供託2.0P
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戦いを終えて
総合4位 荒正義
「完敗だった。瀬戸熊は最後までブレなかった。予選から貯金の仕方が良かったことがこの結果につながったんだろう。来年またこの舞台に戻れるようにリーグ戦で頑張るしかない。」
総合3位 藤崎智
「初日の出遅れが全て。無理矢理前に出なければいけない展開がきつかった。やっぱりヤミテンからペースを掴むのが自分の麻雀だから。」
総合2位 前原雄大
「強い人が勝ったなという印象。映像を見たら内容が図抜けていた。日頃の鍛錬の仕方だろう。」
全ての戦いが終わった。
私は、激闘を繰り広げた選手、そしてスタッフと共に瀬戸熊の祝勝会場へと足を伸ばした。
戦いに敗れた選手たちの顔は、一様に晴れやかだった。
結果はともかく、自分たちの持てる力は全て出し切ったという充足感すら伝わってくる。
言い方はおかしいかもしれないが、この夜、私は素直に酔えた。
選手達が4日間に渡って素晴らしい戦いを見せてくれたこともある。
だがそれよりも、この鳳凰位決定戦という大舞台に、解説者、そして観戦記者という立場で携わることができたという事実に、無上の喜びを感じていたからかもしれない。
30分後、ニコ生放送のインタビューを終えた瀬戸熊がこの会場へとやってきた。
その瞬間、どこからともなく拍手が沸きあがり、会場は激闘を制した勝者に対する賞賛ムードで一体となった。
「あぁ、素晴らしい光景だな。」
戦いの世界に生きられる人間は幸せであると私は思う。
どんなに辛く険しい道のりでも、最後には必ずこの瞬間に行き着くことができるからだ。
勝ってその瞬間を迎えられるのは、100回に1回かもしれない。
我々はその最高の瞬間を味わいたくて、日々戦い続けるのである。
第29期鳳凰位決定戦優勝 瀬戸熊直樹
「実感は全くないけど、とにかく自分らしく打てたと思う。オリたら手牌が落ちるので、ラスを引いてもいいから戦うという気持ちだった。前原さんのブレークは警戒していたけど、とうとう19回戦で出ちゃったね。でもまぁ去年の敗戦がやはり大きかったよ。これだけ積極的に打ち抜くことができたのは、去年の反省があってのものだから。あとは、今期のプロリーグをほとんどプラスで終えられたことが自信につながったかな。ヒサトも早くAⅠに上がってこないとね。」
心に沁み渡る言葉だった。
いつか自分も…
プロアマ問わず、この戦いを見てそう感じた人間は数え切れないほどいるはずだ。
それほどまでに、今決定戦で瀬戸熊が残した爪痕は大きい。
「瀬戸熊最強時代の到来」
この戦いを通して多くの人々が感じたことだろう。
私は最後にそう書き記し、静かにノートを閉じた。
カテゴリ:プロリーグ(鳳凰戦)決勝観戦記