第21期 決勝観戦記
2012年05月16日
いよいよ大詰めの最終戦オーラス。
1人の青年は、今の自分の力量を測るかのように、逆転のリーチを打った。
リーチ ドラ
青年の優勝条件は、3倍満以上のツモアガリ。を引けば、無条件優勝。–ならウラ1条件。
巡目は4巡目。は山に2枚。–は山に1枚。
そのとき、観戦記者である僕のメモ帳にはこう示されていた。
「新しいスターの誕生か?」
リーチを打った青年は、高沢智(連盟)25期生の34歳。
高沢 智
まだDリーグ在籍だが、近年の新人王戦、十段戦、王位戦と全ていいところまで勝ち進んでおり、
今期のマスターズで、ついに決勝の舞台にたどり着いた。そしてこのオーラス。
三倍満ツモ条件という、条件と呼べないような条件をクリア寸前までこぎ着ける。
残り2枚のをツモるかツモらないかで、高沢の麻雀人生は大きく分かれる。
このリーチを受けて、親の石井一馬(最高位戦)は、7巡目こうなる。
ツモ
石井の状況は、持ち点31,300の3着目。2着の高沢が32,900点。
5回戦までのトータル1位の石井は、2着になれば優勝。テンパイもしくは、アガリが必要なところ。
当然、石井もそのことは頭に入っている。そして、高沢の条件も。
と言うことは、高沢は自分から当たれない。よって小考後、そっとを置いた。もちろん、高沢から声は発せられない。
石井一馬。最高位所属。わずか26歳でAリーグに在籍。
石井 一馬
開始前、「雀風は?」と聞くと、
「うーん。とにかく4人の中で一番フーロしますよ」と答えてくれた。
石井の麻雀は、これから解説していくが、荒々しく、まだ磨いていかなくてはならない箇所も多いが、確かに光るものがあるのも事実。
そして、南家は、平田孝章(連盟)11期生。59歳。東北支部支部長代理。
平田 孝章
震災後、連盟東北支部を盛り立てた功績は大きい。
開始前「7月1日に行われる、東北支部のチャリティー麻雀にハクをつける為にも、優勝トロフィーを持って帰ります」と力強く語ってくれた。
平田は、オーラスをこのまま終えれば優勝。つまり自身がツモアガるか、石井のノーテンで優勝。
但し、高沢を3着にするアガリの場合は、4,500点以上(リーチ棒込み)が条件。
高沢のリーチを受けて平田の手牌は、
ツモ
こうなっていた。正に優勝しろと言わんばかりの手牌。平田も条件は分かっているはずだった。
しかし、大ベテラン平田も、初の決勝、優勝目前で緊張から条件を間違えたのか、打。オリに入ってしまう。
終了後の平田は残念そうに、「頭が真っ白になってしまった」と語っていた。
実は、僕も経験がある。第21期十段戦オーラス。僕も条件が頭から飛んで、途中計算をやり直した事がある。
初タイトルといいうのは、それくらい極度のプレッシャーがかかる場面なのだ。平田を責める事は出来ない。
こうなると、俄然高沢の優勝が現実味を帯びてくる。
は残り1枚だが、確実に山にある。5巡目から14巡目まで高沢は1枚もピンズを引かない。
15巡目に初めて引くが。、は枯れたが、はまだ1枚ある。16巡目ツモ。
そして、北家・浅井裕介(最高位戦)に最後のが。
浅井裕介。最高位戦5年目の選手。25歳。C2リーグ所属。
浅井 裕介
昨年、連盟主催の王位戦準決勝まで勝ち上がった事は記憶に新しい。
本人もその事を忘れていないらしく、
「昨年の王位戦での悔しい気持ちを晴らしたい」と語ってくれた。
だが、この日の浅井は3連続ラスを引き、早々の敗戦が決まってしまう。
しかしその後の最後までプロらしくある姿は、実に感動させられた。
また、決勝の舞台に戻ってきて欲しい。そして次こそは優勝争いをして欲しい。
上図の動画を再生して頂くと分ると思うが、7巡目、浅井のに石井がチーをしている。
平田の暗刻落としと、高沢の捨て牌4枚の–がなければ、このに石井が反応できたかどうかは微妙な所である。
結果的にこのチーが、高沢のツモ筋にあったを喰い下げている。
もちろん、平田もまっすぐ打ち抜いていれば、最速、高沢のでアガリ優勝していた可能性もある。
実に数奇なめぐり合わせである。この4人が今後、どういう麻雀人生を歩むのであろうか。実に興味深い。
石井も残りツモ4回のところでようやくテンパイを入れ流局。
次局は事実上、平田、石井の一騎打ちとなった。
5月のプロリーグ、高沢と少し話す機会があった。
高沢は、「あの日はそんなに悔しくなかったのですが、最近は毎日のように悔しいです。何をしていても、負けた事ばかり思い出します。」
僕は、高沢の気持ちを経験した事があったので、こう彼に答えた。
「をツモれなかったのが、今の高沢の“力”なんだよ。そしてそのやりきれない気持ちも分かる。
でも、僕がそうだったように、負けてよかったのかもしれない。そうした敗戦は必ず忘れない。
そして、それがまた高沢を大きくする。ただ、その悔しい気持ちを晴らすのは、同じGⅠタイトルを優勝する事でしか晴らせないよ」と。
今の高沢に、この言葉の意味が理解できるかどうかは怪しい。でもきっとチャンスは来る。
それが近い将来なのか、数年後かは分らない。しかし、高沢にはそれだけのセンスがあると僕は思う。
初決勝で敗れた者には、2通りの道が待っている。
1つはそれが完全にフロックで、二度と決勝の舞台に戻ってくる事なく低迷していく者。
もう1つは、その敗戦を糧として、少し成長して戻ってくる者。どちらになるかは、本人の生き方次第である。
それでは、このオーラスにたどり着くまでを振り返りたい。
1回戦(起家から、石井・浅井・平田・高沢)
4人の内、最も注目していたのは石井。
26歳という若さで、最高位戦Aリーガー。近い将来、どこかで戦うかもしれない相手。
どんな麻雀を打つのか興味があった。
東1局、公言通り石井が動く。3巡目、
ドラ
南家、浅井のをポンして打。ホンイツに向かう。実に微妙なポンである。
6巡目、浅井がリーチ。
まさに、石井のポンが誘発したリーチ。ここから石井の押し具合やいかに。
しかし、石井は、のトイツ落としでオリに廻る。現代風な打ち方と言えばいいのか。
そして、西家・平田も8巡目リーチ。
リーチ
結果は、なんと安牌に詰まった石井が放銃。
この時点で、僕のノートには「本当にAリーガ―か?」と書かれている。
石井の強さは、この後、随所に出てくるのだが、この時点では全く分からなかった。
東3局1本場、親・平田3巡目に切ったを石井が、次の形からポン。
ドラ
石井の意図が全く見えない。
この局は、2人テンパイ。
石井が、アマチュアか下位リーグならまだ分るが、Aリーグ所属なのである。
この時点でさらに僕は分からなくなった。
東4局、親の高沢が、
リーチ ツモ ドラ 裏ドラ
これをツモアガリ、頭一つ抜き出る。
高沢は面前手役派。見ていて一番しっくりくる麻雀である。
ただ、高沢が連盟Dリーグなのも事実である。この時点では、高沢の方が石井より上に見えた。
しかし、石井の方が高沢より圧倒的に優れているものが、このずっと後にわかる事になるとは、この時は思いもよらなかった。
そして1回戦オーラス。
持ち点は、高沢44,900、石井25,700、浅井25,500、平田23,900。
順位点が1位+15,000、2位+5,000、3位▲5,000、4位▲15,000の為、高沢以外の3人は、何とか2着になりたいところ。
高沢はゆったり攻められる時間帯に入っていたはずだった・・・・。
ポイントは2つ。またしても4巡目、石井の動き。こうなると嫌な予感しかしない。
そして、面前派高沢が、平田のに反応しない。
この、鳴くか鳴かないかの判断は難しい。石井の動きで、場が動いている以上、鳴く方がいいように思うが高沢はスルー。
この2人の判断が北家・平田に利する事となる。
4巡目、平田の手牌は、
こうだった。石井の動きにより、ツモ、、、と来て、
こうなり、リーチ。一発でをツモり、ドラいらずの4,000・8,000。
なんとトップになってしまう。
天を仰ぐ高沢と、何事もなかったかのように振る舞う石井。実に対照的なシーンであった。
1回戦成績
平田孝章+25.2P 高沢智+11.8P 石井一馬▲13.4P 浅井裕介▲23.6P
2回戦(起家から、平田・石井・浅井・高沢)
東3局、親・浅井が3巡目に北家・石井のをチーする。
浅井は開始前「僕もフーロ派ですが、石井君より動きません。そして、遠くて高い手をよく動きます」と言っていた。
このチーにより、誰が利するか?またしても得をしたのは平田。
ここから、浅井のチーにより、、
、と有効牌を引き、
このテンパイ。浅井が配牌から持ち続けたで放銃となる。
浅井のチーで切りづらかったで打ち取った平田。もう体勢的には敵はいないかに見えた。
敗戦後、原因を浅井に聞くと、「特に見当たりません」というコメントが返ってきた。
僕の質問に疲れも見せず丁寧に答える姿や、対局中のマナーは、普段から教室で教えているだけあって好青年そのものであり、実に清々しい。
でも、将来を担う若手だからこそ苦言を1つだけ言わせてもらえば、
「勝因はなくとも、敗因は必ずある」
チーは、失敗だったと思う。そしてまだこの時なら立て直せた。
3回戦、オーラスで見せた渾身のリーチ。
ドラ
あの二軒リーチを掻い潜ってかけたリーチの時の姿は、僕の目に焼き付いて離れない。
ただ、あのリーチが成就するか否かは、それまでの戦い方が大事なのだと。
今後の飛躍を期待したい。
2回戦成績
平田孝章+22.9P 高沢智+12.8P 石井一馬▲9.3P 浅井裕介▲28.4P 供託2.0P
2回戦終了時
平田孝章+48.1P 高沢智+24.6P 石井一馬▲22.7P 浅井裕介▲52.0P 供託2.0P
3回戦(起家から、浅井・平田・高沢・石井)
2回戦までは、全く同じ並びの着順。ここで平田がトップで高沢がラスになると、平田でほぼ決まりとなる状況。
しかし、ここから石井がようやく強さを見せ始める。
東3局2本場、平田が決定打かにも見えるメンチンを浅井からアガる。
ロン ドラ
東4局1本場、親・石井。
石井がまたしても仕掛け、平田がリーチ。
石井の手牌は、
ポン ポン ドラ カンドラ
ここにツモときて、迷わず加カン。ようやく、片鱗を見せ始める。
手順や雀風には違和感があるが、「勝負勘」これは、4人の中で石井が突出している。
ここが勝負と見たときの一打の切れ味は、一級品のものを感じる。
この2,600オールで平田を抜き去ると、その後も冷静なゲーム廻しで平田を3着に沈め、初トップをものにする。
3回戦成績
石井一馬+26.4P 高沢智+10.4P 平田孝章▲3.7P 浅井裕介▲33.1P
3回戦終了時トータル
平田孝章+44.4P 高沢智+35.0P 石井一馬+3.7P 浅井裕介▲85.1P 供託2.0P
4回戦(起家から、高沢・石井・平田・浅井)
高沢は、ここまで最もいい麻雀を打っていた。が、高沢に初タイトルという見えない重石が襲い掛かる。
東1局、親・高沢。
ツモ ドラ
浅井の仕掛けでを引きテンパイ。そして高目をツモり6,000オール。
リーチと言わない打ち手も多いだろうが、高沢には言って欲しかった。
北家のチーによりテンパイしたのだから。
そして次局、またも高沢に絶好の手牌が入る。
東1局1本場、
高沢はヤミテンを選択。ここもヤミテンを選択するのは良くわかる場面。
同巡、石井のツモは。おそらく石井は切るであろう。
が、相手にプレッシャーを与え、ツモって決着をつけに行く場面もあるのも確か。
結果は、高沢がを持ってきて石井に放銃。
前局リーチに行けていたなら、今回も宣言できたはずであるし、その気迫が相手の判断を惑わす事にもなるのだ。
石井の胆力は強い。しかし前局、力強くリーチをしてツモっている場面を見せつければ、石井がこのをそんなに簡単に切れたとは思えない。
ここから石井の流れとなって行く。まるで高沢の運気を吸い上げたかのように。
東2局、親・石井。
まず、高沢から12,000を直取りし、トップ目に立つ。次局、2,000オールで加点。
そして、南2局1本場の親番、決定打。
リーチ 一発ツモ ドラ カンドラ 裏ドラ カン裏
この6,000オールで、トータルトップだった平田を3着に沈め、大トップで一気に2人を抜き去り、トータルトップに躍り出る。
4回戦成績
石井一馬+58.2P 高沢智+14.2P 平田孝章+15.7P 浅井裕介▲128.8P
4回戦終了時
石井一馬+61.9P 高沢智+49.2P 平田孝章+15.7P 浅井裕介▲128.8P 供託2.0P
5回戦(起家から、石井・浅井・平田・高沢)
いよいよあと2回。平田、高沢は石井より着順が1つでも上が目標。
石井は高沢より着順が上なら楽な展開となる。
ここで、石井一馬という男が、Aリーガーたる所以の一打が炸裂する。
上の牌図を見て頂きたい。
当面の敵、高沢の親リーチをと浅井のリーチに挟まれて、石井ツモとなっている。
この勝負所でしっかり打と出来るからこその、26歳でAリーグをはる男なのだろう。
確かに、鳴きや戦い方はまだまだだと思う。しかし、この勝ちに対する臭覚は素晴らしい。
同巡、浅井がを持ってきて、石井のアガリとなる。
5回戦成績
平田孝章+29.0P 石井一馬+9.2P 浅井裕介▲5.9P 高沢智▲32.3P
5回戦終了時
石井一馬+71.1P 平田孝章+44.7P 高沢智+16.9P 浅井裕介▲134.7P 供託2.0P
最終6回戦(起家から、平田・高沢・浅井・石井)
プロ連盟の規定により、最終戦は起家からトータルポイント、2位、3位、4位、1位となる為、この並びの順でスタート。
平田は石井とのポイント差が26.4Pの為、2着順差をつければ優勝。
1着順の時は、素点差が必要(16,400点)となる。
東1局、平田が2,600オール、1,300オールと決め、アッと言う間にトップ目に立つ。
東1局2本場、高沢が2,000・4,000とツモり、条件が見えてくる。
そして、冒頭のオーラスを迎える。
流局後、石井の1人テンパイで石井は2着に浮上。そして次局、全員ノーテンで石井の優勝が決まった。
6回戦成績
平田孝章+25.0P 石井一馬+9.8P 高沢智▲1.6P 浅井裕介▲35.2P 供託2.0P
最終成績
石井一馬+80.9P 平田孝章+69.7P 高沢智+15.3P 浅井裕介▲169.9P 供託4.0P
平田、高沢は、それぞれに勝つチャンスがあっただけに悔しさも大きいと思うが、またこの舞台に戻って来て欲しい。
特に平田には、東北に元気を取り戻すよう、これからも先頭に立って頑張って頂きたい。
浅井はその素質と素晴らしい性格をそのまま持ち続け、今後も精進して頂きたい。
そして見事な逆転優勝をした石井一馬、本当に荒削りで、麻雀の質としてはまだまだだが、随所に見せるセンスには驚かされた。
いつの日か、真剣勝負をしてみたいものである。
まだ26歳。これからは麻雀界を背負うつもりで成長して欲しい。
本当におめでとう。
(文中敬称略)
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