鳳凰の部屋

「~目に見えない重圧~」 佐々木 寿人

折り返し地点を迎えた。
「もう決まりですね」「連覇おめでとうございます」
色々な人と顔を合わす度、こんな声を掛けられた。
 
仮に昨年の最終戦のようなことがなかったとしても、この時点で連覇を確信するほど自身の気持ちは緩んじゃいない。
だが、ここから負けるようなことがあってはならないという思いだけは常に持っていた。

数字で言うなら、残りの2日間をプラスマイナスゼロで終えれば事は足りるんだろう。
しかしながら、実際にそこを狙って思惑通りに事が運ぶかと言われれば、決してそうではない。
気を張り続け、隙を与えず、相手のチャンスを潰し、そして自滅しない。
ここからはそれが最大のテーマとなる。

勝負事は、勝ちが見えてきたときほどすぐ背後に危険が潜んでいるものである。
もう何度も何度も経験してきた。だから何度も何度も自分に言い聞かせる。

決して気を抜くんじゃねぇぞと。
それでもミスをする。裏目も引く。きっとこの先も。
そして忘れる。その繰り返しである。

9回戦東4局、13巡目に私の手牌はこうなった。

 

100

 

四万五万六万三索四索六索六索一筒二筒三筒三筒四筒白  ツモ三万  ドラ七筒

345の三色を見るなら当然六万切りとなる場面だ。だが、私は三万をツモ切った。
河を見渡せば、三万六万の危険度にはそれほど大差がないように映る。
ただ、三万は古川さんの現物なのである。
加えてこの手牌を三色に仕上げるには、五筒五索が必要ということもポイントだ。

弱気に見えたかもしれない。しかし、気を張り続けるというのはこういうことである。
すでに巡目は深く、それでも皆私の首を狙ってくるのだ。
甘えた一打は極力避けようという意味合いでの打三万だったのである。

 

100

 

四万五万六万三索四索五索六索六索一筒二筒三筒三筒四筒  ロン五筒

結果は五索を引いた17巡目に黒沢さんからの出アガリ。
ピンフ三色でのアガリもあったと言えるが、その差2,900より相手の親を正確に蹴ることの方が今は重要である。

9回戦終了時 
佐々木+88.3P、前田▲7.0P、黒沢▲34.7P、古川▲48.6P

10回戦はこのアガリからスタートした。

 

100

 

一万一万四万五万六万六万八万一索二索三索東東東  ロン七万  ドラ八万 

仕掛けた黒沢さんが4巡目に七万を切っており、ドラのトイツ以上も想定される局面だ。

一万一万一万四万六万六万八万一索二索三索東東東  ツモ五万

私はここから一万切りとした。
アガリの可能性は高くないものの、できるだけリスクは冒したくないという一打である。
終盤、古川さんが私の切った七索にチーテンを入れた。

四万五万六万六万七万七万八万二索二索三索五索五索六索

そこまで私が前に出ているようには見えなかったのだろう。
場に四万が生牌だったこともあり、黒沢さんの現物である七万が放たれたのだった。

 

100

 

古川さんは続く東1局1本場でも、黒沢さんに5,200の放銃。

(古川さんはこれで厳しくなったな)

素直にそう思った。ここは一気に畳み掛けるチャンスである。
しかしながら、ここでしっかり踏みとどまってくるのが大ベテランのなせる業だ。

東2局11巡目、私は以下の手でリーチ。

一万二万三万四索五索五筒六筒七筒八筒八筒八筒九筒九筒  ドラ八索

このとき親の古川さんは既にヤミテンを入れていた。

五万五万六万七万八万一索二索三索六索七索八索六筒七筒

これが8巡目。私ならリーチで6,000オールを引きにいく。だが古川さんは冷静に11,600をアガリにくる。
私が直前に五筒を切ったことも大きかったのだろう。八筒だって出てくるという読みは、古川さんの中にも間違いなくあったはずである。

このヤミテンが私からの2,900直撃となる。
点数的にはどうということもないように見えるが、古川さんが先制リーチなら当然この結果もない。

嫌な放銃だな。
なんとなくそう感じたのを覚えている。

しかし、この放銃は序章に過ぎなかった。
私はこの後、ノーテン罰符や、リーチ後の放銃などで徐々に点数を減らした。
道中で1人沈みになるなど、暗雲が立ち込める展開にもなっている。
そして遂には、今決定戦最大となる失着を打ってしまう。

場面は南2局1本場、古川さんの親番だった。
この状況でペン七索の役なしリーチを打つ気はなかった。
ただそこを払うタイミングもなく、15巡目を迎えた。

 

100

 

私は前田さんの六万にチーテンを入れた。
そしてテンパイ打牌の八索が古川さんに放銃となった。これは心底悔いた。

東場で古川さんのヤミテンを喰らったばかりである。それなのにも拘わらず、警戒心ゼロの一打。
気の緩みと言われても、返す言葉もない。勝負事はこれが怖いのだ。

10回戦が終わると、それまで137Pあった古川さんとのポイント差が72Pにまで縮まった。

問題はそこだけではない。
私が大きく沈み、前田さんが堅実に浮きをキープさせたことで、こちらもグッと点差が詰まったのである。
その差は53Pだ。トップ走者が大きく沈めば、追いかける側の目つきも変わる。
15分ほどのインターバルの間、私はそれだけを考えていた。
同じことを繰り返せば、もう勝負はわからない。再度、冷静に。リードしているのはまだ自分なのだから。

10回戦終了時 
佐々木+56.8P、前田+3.1P、古川▲15.8P、黒沢▲46.1P 

11回戦東2局1本場、前回の失点を取り戻したい私は、早々と高打点のアガリをモノにした。

六万七万八万二索三索四索五索五索三筒四筒五筒六筒七筒  リーチ  ロン二筒  ドラ三索
 
このアガリは精神的にも大きかった。これで10回戦のマイナスを引きずらずに済む。
いくら立て直しを図ろうにも、アガリが出ないことには話は始まらないのだ。

今何をすべきか。今それが必要か。あの放銃以降は、それだけがグルグルと頭の中を駆けめぐっていた。

11回戦終了時 
佐々木+68.5P、古川+9.1P、前田▲25.6P、黒沢▲54.0P
 
10、11回戦と古川さんが連勝。
ただ11回戦に前田さんが4着を引いたことで、ここからの戦い方がよりわかり易くなった。
マークを古川さんに絞り、先着させないことである。

残り5戦ということを考えれば、3勝2敗でいい。
1ゲーム消化するごとに目まぐるしく自身の意識も変化していくが、押し引きの判断にもこれまで以上に正確性が求められてくる。
この日の最終ゲームとなる12回戦、私の思いが実ったのは南2局だった。

 

100

 

中盤過ぎ、私は場に打ちにくい中を引いてテンパイ。

二万二万一索一索四索五索五索八索七筒七筒発発中  ツモ中  ドラ二万

四索として古川さんに切られたばかりの八索タンキに構える。
黒沢さんにピンズは怖いところだが、五筒七筒と押していく。
この場は、アガリをとるならピンズ以外の中張牌と明確に示してくれていた。
問題はそれをどの牌に設定させるかだった。

そして次巡、これだという牌を持ってくる。

七万だ。これなら最後まで押すことができる。そう思った矢先だった。
古川さんが七万を掴み、それがツモ切りとなったのだ。

 

100

 

この6,400の直撃は、それまでの悪い流れを払拭するには十分過ぎるほどのアガリだった。
続く親番こそ古川さんに2,000点で蹴られたが、オーラスは1,300をアガって古川さんとの浮き沈みもキープした。

10回戦で崩れ掛けた瞬間があっただけに、ここで古川さんと20ポイントの差を広げられたことは最終日に間違いなく生きてくるはずだ。
残すは4回戦。帰り道、その初戦をどう戦うかだけを考えていた。

最後の山場はおそらくそこである。
連覇を果たす上で、13回戦で躓くことだけは絶対に避けたかった。
そこを乗り切ればいよいよゴールも見えてくる。
もう一度あの大きなトロフィーを手にするため、あと一踏ん張りだ。