鳳凰の部屋

鳳凰の部屋/第29期鳳凰戦の軌跡~疲労~

負け試合から多くの事を学んだ。
しかし、その事を次に生かし、成長しなくては、また同じ過ちを繰り返すだけである。
鳳凰位決定戦中に、初めて集中力が切れる場面があった。
自分を叱咤した。命がけの戦いの最中、意識がぼんやりした事が本当に許せなかった。
集中力は体力から来ると思い体力づくりに励んだ。
試合の前の日は、肉を食べ、睡眠をしっかり取るようになった。
気合だけは負けないように打つ僕の麻雀は体力を使う。
試合期間中、体重が3㎏ぐらい減る。
不器用な僕は、試合の数日前から何も手に付かなくなる。
食事をしていても、テレビを見ていても、会話に至っては何度も聞き返す有様だ。
何をしていても、ふとした瞬間に「そこ」に入ってしまうのだ。
終わって帰宅し、「ご苦労様でした」と、笑顔でややぐったりしている妻を見ると、
また迷惑をかけたのだなと、我に返ると同時に、謝罪と感謝の気持ちでいっぱいになる。
11回戦、12回戦とツキにも味方され、2着を2回とり、
ポイントは、瀬戸熊+103.8P 前原▲14.2P 荒▲36.4P 藤崎▲53.2P。
ポイントだけを見ると、7割くらいは優勝がチラついてくる。
しかし、相手は百銭練磨の猛者達、ここからの直線を先行していく辛さは、経験した者しか解らない。
目に見えない疲れが僕を蝕み始める。戦いに逃げの姿勢はないし、表情も心も安定している。
でも、見る人が見れば、僕が一杯一杯なのが解る。
今にも倒れそうだ。
13回戦 南2局
hououi
僕の配牌は、
五索八索九索九索一筒六筒九筒東南西北白発  ツモ四筒
持ち点は、3万点を超えている。
国士を狙う場面でもない九種九牌(連盟ルールは流す事が出来る)。
ツモ四筒、打北
放送席の解説陣が困っている。(そりゃそうだ)
僕は、道中一度も九種九牌だったと気付いていないのだ。
もちろん数は数えた。胸の内で「八種九牌かぁ、この局は厳しいな」くらいに思っていた。
この日の対局終了後のインタビューで指摘され、初めて気付く。
「えっ、本当にありました?」
全くもって正直過ぎる。
自分ではしっかり集中していたつもりが、無意識に精神的に追い詰められていた。
14回戦開始前、持参したおにぎりを食べた。
お腹はまったく空いていないが、強制的に胃に流し込んだ。
気分転換に歯磨きもした。
「あと何回?」と考えたくてしょうがなかったが、考えないようにした。
小学校の6年間、毎年リレーのアンカーだった。
いつも優勝争いでバトンが廻る位置にチームがいた。
あと半周の所に走者が来ると、毎回逃げ出したくなった。
あの時と気持ちが良く似ている。
前の子が転んで、プレッシャーのない所で走りたいと本気で考えたりした。
30年以上たっても、弱虫で泣き虫な僕は完全に居なくならない。
何度決勝で先頭を走っていても、慣れる事が出来ず、
いつも「何でこんな苦しい事やっているのだろう」と思う。
レッドソックスの上原投手が、ワールドシリーズを決めた試合で、
「吐きそうだった」と言った時、「解る!」と思った。
でも、その場所から逃げられない。
それは、鳳凰位という頂(いただき)が、本当に素晴らしいことと、その場所にたどり着く事で、僕の弱い心が、少しずつ癒されることを知っているから。
14回戦 東2局 ドラ四筒
hououi
前原さんのリーチを受けて僕の手牌は、
六万六万七万八万八万八万二索三索四索六索七索八索四筒  ツモ七筒
五万のカンと、リーチ者の捨て牌を見れば、打六万がクレバーな一打と言える。
でも最終形を描くと、
六万六万七万八万八万二索三索四索六索七索八索四筒四筒
六万六万七万七万八万八万二索三索四索六索七索八索四筒
六万七万八万八万八万二索三索四索六索七索八索三筒四筒五筒
が濃厚なのと、自分の捨て牌に九筒があり、河に八筒が2枚あるのを考えると同時に、
四筒七筒の危険度を考えると、打七筒しかありえない。
六万は、僕の中では逃げの打牌だ。
ノータイムで七筒を打った。いや打てた。
リレーのバトンを受けた瞬間と似ている。
何も考えず、走るだけだった。白いテープを目指して。
14回戦をトップ、15回戦をラスとし、少しだけまた差を広げて3日目を終えた。
家路につき、「明日もおにぎりいるの?」と聞かれる。
僕は少しぶっきらぼうに、「荒さんが食べるって」と本心を隠し、そう答えた。
本当はおにぎりのおかげで最後まで頑張れたとでも言えればいいのに・・・・。
250グラムの牛肉を平らげ、3日目の放送をちょっぴり観て、布団をかぶった。
運動会を前日に控えた、不安と期待を抱いた小学生のように・・・・。
第29期鳳凰戦の軌跡~奪還~へ続く
※次回掲載は12月になります。