鳳凰の部屋/第29期鳳凰戦の軌跡~奪還~
2013年12月26日
いよいよ最終日の朝をむかえた。
ここまでのポイントは、15回戦終了時、
瀬戸熊+92.4P 前原▲0.4P 荒▲33.6P 藤崎▲60.4P 供託2.0P
数字上は圧倒的に優勢に思える。
でも昨年、荒さんに150P引き離されていた僕が、半荘3回で40P差まで詰めた例もある。
あの荒さんですら、僕に詰められたのだ。
追ってくる3人の力を考えると、楽に逃げ切れるとは思わない。
僕はいつも家を出る90分前に起きる。
会場の最寄り駅には60分前に着くようにしている。
この日もそうしていた。
朝食に30分を費やす。
メニューは、珈琲、フルーツヨーグルト、サラダ、ソーセージ、食パン1枚か、フランスパン2切れ。
妻は僕が半分寝ているのを知っているので、マシンガントークで無理やり目覚めさせようとしてくる。
「一口最低20回は噛まないとね」
「ゆっくり食べて」
「ポロポロこぼさないよ!」
「そろそろお湯(風呂)ためようか?」
僕はいつものように「はい」を繰り返すばかり。たいして聞いてはいない。
その後、30分かけて風呂に入る。
入浴中、目も覚めて、鼻歌を歌っていると、「はーい、何?」と声をかけてくる。
あまりの音痴に、呼んでいるように聞こえるらしい。
その後30分で身支度を済ませ、家を出る。
この日も、いつも通り妻に注文をつけた。
「絶対、一打たりとも見逃さず、見ていてね」
「はいはい。行ってらっしゃい」
窓から見送る妻に、いつも違う一発芸をしてから駅に向かう。(道行く人は何事かと思うだろう)
ちなみに、今までで一番ウケたのは、朝のスポーツニュースを見て真似した、浅田真央さんのトリプルアクセルだった。
見送った後の、妻の慌てぶりが目に浮かぶ。
2時間後に、10時間の視聴を強要されている為、家事を全部終えなければならない。
なぜ、妻にそうさせるようになったのかは、自分でも解らない。
多分、一種の精神安定剤なのだろうなと思う。
妻も、最近は慣れたようで、僕の「ありえない」暴牌の時にも、笑うくらいの余裕を持てるようになっていた。
実家では、親父もパソコンの前に張り付いていた。
毎回、僕の試合を楽しみにしているようだ。
最近実家へ行くと、試合の話ばかりになる。
なぜか親父は、僕の先輩を全て「先生」をつけて呼ぶ。
「荒先生」「前原先生」など。
おふくろは、とてもじゃないが見てられないらしい。
「あたしが見ると、負けそうで見てられない」と言って、未だにほとんど見たことがない。
他にも親友やファンや大勢の人が、今日の一戦を見ている。
「最後、笑って終わりたい」
この一念で会場に向かった。
16回戦、17回戦、18回戦と無難にまとめた。
ポイントは、
瀬戸熊+147.2P 前原▲13.9P 藤崎▲61.2P 荒▲74.1P 供託2.0P
残りあと2回で、2位・前原さんとは160P差。
会場のスタッフはもちろん、選手にも「終わった」の空気が流れた。
僕も少しだけ安堵した。本当に少しだけ。
休憩時間中、いつも人を寄せ付けない雰囲気を醸し出す僕が、珍しく少しだけ後輩と軽口をかわした。
後輩「今日は帰しませんよ」
瀬戸熊「いやあ、朝までには帰るよ」
勝利の女神にそっぽを向かれたのか、僕が浅はかだったのか、
この後起こる展開は、おそらく誰も予想してなかっただろう。
その頃実家では、親父がおふくろに、
「もう絶対安心だから、たまには見なよ」と言っていた。
家では妻が、たまった疲労からの、少しの解放と安心感に、うたた寝をしそうになっていた。
19回戦、観戦記で寿人が、この時の現場の様子をこう書き記している。
「心なしか、選手の模打が軽くなったように見えた。それまでの出だしとは、どこか雰囲気が違う。前原の1巡回しリーチ。そして戦前ほぼやることはないと言っていた藤崎の、七対子ドラタンキリーチ。ここまで来て追う側も、ようやく肩の荷が下りたのだろうか。濁流が突如、清流に変わったかのような印象を与える。」
今考えても、勝負事とは恐ろしいなと思う。
廻りが、あまりの大差に気が緩むのはしょうがないとしても、ゴールテープを切るまで、今までと同じ気持ちで打ち続けなければいけない人間が、1人だけいる。それが僕だ。
もちろん緊張感もあるし、必死でやっている。
ただ1つだけ、東場に今までと違う考えをしていた。
「早く終わらせたい」と。
逃げ出したい気持ちは、常に押し殺していた。
そしていつも「まくられる」不安を抱きながら戦っていた。
でも、この時の僕の感情は浅はかだった。「局をまわす」事ばかり考えていた。
その考えが、間違っていた事に気付いた時、永遠に動かない時間となってしまっていた。
そして東4局の前原さんの親番。
今まできちんと戦っていたからこそ、落とせていた親番。
その姿勢を失った僕には、この親番を落とす力が残っていなかった。
東4局1本場
東4局2本場
東4局3本場
東4局4本場
瀬戸熊持ち点3,200、前原持ち点69,300。
流れは完全に失っていたが、前原さんに直接放銃はしていなかった。
息を殺して、親を落とすチャンスを待った。
そして5本場。
東4局5本場
僕と藤崎さんで、親落としに行った。
「流れ」を認識しているが故に、覚悟もあった。
しかし、初めての直撃。前原さんの顔をみた。鬼の形相だった。
本気でまくりに来ている。長い付き合いだが、初めて見る顔だった。
東4局6本場
東4局7本場
2度目の直撃。
値段はまったく関係ない。
地面が揺れていた。
天井が揺れていた。
顔から血の気が引いていった。
東4局8本場
立会人に19回戦開始前のポイントを聞いていた。
あまりのリードにポイントを全く頭に入れていなかった。
ざっと計算すると、まだ僕の方が40Pくらい上だった。
40Pと言えば、半荘1回でひっくり返るポイント差だった。
「マジか。たった1時間前は、もう勝った気だったよな。これでまくられたら、俺、立ち直れるかな。
歴史に一生残るよな。世紀の逆転劇って・・・・」
本当にこんな事を思っていた。
東4局9本場
この頃実家では、おふくろが「やっぱり見るんじゃなかった。私が見ると碌な事がない」
と、パソコンから離れて行ったらしい。
東4局10本場
ようやく落とした。もう怖くて顔を上げる事ができなかった。
麻雀の女神に何度もあやまっていた。
南場でなんとか持ち直し、生涯忘れる事が出来ない19回戦は終わった。
19回戦終了時
瀬戸熊+99.2P 前原+36.7P 藤崎▲57.2P 荒▲80・7P 供託2.0P
最終戦、無事に終えた僕は、再び山頂の景色を見る事ができた。
達成感とも解放感とも違う、言葉に出来ない脱力状態だった。
祝賀会を終えて、家路に着いた。
部屋は明るかったが、何となくピンポンを鳴らさず鍵で開けた。
案の定妻は、こたつに伏せた状態で寝ていた。
テーブルの上に、かかって来た電話の相手とメッセージが書かれていた。
携帯にも多くのメッセージを頂いていた。
「ただいま」
「おかえりなさい、ご苦労様でした」
「珈琲ちょうだい」
「かしこまり!あのね、試合が終わったらすぐお父さまから電話があって・・・・・」
いつものマシンガントークをBGMに、いつもの珈琲を飲み、祝いのメッセージを読みながら、少しずつ勝利を実感していった。
僕は本当に恵まれている。
才能やお金があるわけではないが、沢山の僕の師と呼べる人に囲まれてここまで来た。
そして、本気で応援してくれるファンの方もいてくれる。
本当に幸せ者だと思う。
その全ての人に感謝の気持ちを持って、これからも歩んで行きます。
戦って勝ち続けることが、不器用な僕ができる、唯一の恩返しだから。
これまで本当にありがとうございました。心から感謝しております。
まだまだ未熟な僕ですが、これからもどうぞ宜しくお願い致します。
第29期鳳凰位 瀬戸熊直樹
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