鳳凰の部屋/『勝負の真髄』
2012年06月26日
瀬戸熊直樹は、麻雀に人生を賭けた男です。前に述べた通り、その点ではボクも同じです。
ボクが彼より勝るとすれば年季であり、引出しの数。
それは技であり麻雀の幅と、とらえても結構です。これは多少…自信があります。
しかし、麻雀の勝負はそんなもんでは決まらない。
まず、その日の「運」がある。次が体力、これは大事です。体力の有無はすぐに勝負に直結します。
そして展開があり、流れがある。これは卓につくまで未知数です。また名前と実績が、相手に与える影響も大きい。
麻雀はこれらの総力戦です。勝っているものが勝つのです。
では瀬戸熊と比べてみよう。
その日の運量は、若い分やっぱり向こうが上。
しかし1回戦の流れから、この日の運だけは自分に目があるかもしれません。
ただし、今日勝てても後3日残っているから、不安である。
体力は、圧倒的に瀬戸熊に軍配が上がる。
年は18歳こっちが上だし、体力づくりのジョギング対ウォーキングの運動能力の差を見ても、それは歴然である。
思考能力は体力から生まれるのです。
展開と流れは、引出しの数で変えることができるかもしれない。
しかし、それがうまくいくという保証も自信もなしだ。
名前と実績にしてもそうである。
それはこっちが少し上かもしれぬが、過去と現在の人――という差も考慮しなければならない。
彼は「十段」戦も手中に収め、鳳凰3連覇に挑戦中なのである。
下馬評だって彼の方が上なのだ。ただ下馬評は、ボクの闘志を奮い立たせる原動力にはなります。
(最終日、瀬戸熊と一騎打ちになれば、負けそうだ…)
これが正直な、ボクの気持なのでした。
では、それを避けるためにはどう対応すればいいのか――。
出した結論は、3日目までに大差をつけることでした。
その数字は100ポイントが目安。これで捲られたらしょうがない。
第2戦の東1局は、前回の流れが良いせいかボクに好手が入ります。
高めを引けば跳満で、断然有利です。ところが…見てくださいこの牌譜。
テンパイは遅く場に高いピンズの受けでしたが、1回戦の流れから引ける予感がありました。
が、その4枚目のを右田がツモ。しかも2,600オールで、かなりの打点です。
この時…
(それはボクのだ、ちゃんと名前が書いてあるだろう!)
…と思いました。
麻雀はアガリも放銃も連動します。いや、少なくともボクはそう考える。
しかし、このアガリを見た瞬間、前回の流れは無いものとし、一からのスタートを意識しました。
これがボクの、場合の状況判断です。
東2局はボクの親番ですが、瀬戸熊のアガリで決着。
やっぱり、怪しい雲行きです。ツモって右田が集めた点棒が本命の瀬戸熊に流れる…喜べない話です。
そして次の局は、望月の親の攻めが飛んできます。
この局は成功しませんでしたが、これが望月のパワー麻雀です。
彼のリーチをなめてはいけません。彼はヤミテン満貫でもリーチで跳満を引きに来るケースが多いからです。
この場合は安めではアがれませんからリーチは当然ですが、彼は仮に安めで上がれたとしてもリーチをかけて来る公算が高い。
侮れないタイプとみていいでしょう。
現にA1から降格したのにもかかわらず、1年で復帰を果たしたのは実力の証明といえるでしょう。
瀬戸熊の親番が来ました。
ボクの持ち味は、勝負の感性ですから五感をフル活動します。目、耳、脳、盲牌の感触、予知能力などです。
日常の鍛錬でこの五感を磨くのが、ボクの仕事です。そして同時に、相手の打ち筋や癖も合わせ見る。
この時、瀬戸熊の目に力が入っていました、これが目ヂカラ。打牌のトーンも少し高くなっています。となると、要注意です。
ですからのポンテンでかわしにかけます。しかし、瀬戸熊からリーチが入る。
流れが悪く、ここでボクはオリに回ります
幸いに親の現物が4枚、オリ切れると思いました。がその後、受けの固い右田からが飛び出します。親のリーチに無筋の。
彼が来ている―。そしてリーチではなく黙テンとなれば、親リーの現物の公算が大です。
このときボクは、今の瞬間しかないと思いに手をかけました。
2人の安全牌の。があるのは百も承知です。しかし右田の場合、危険を察したとき突如オリる可能性があります。
となれば瀬戸熊の1人旅、だから今なのです。
2本場で4,500の失点。
ラス目で痛い出費のようですが、そうではありません。
瀬戸熊もリーチ棒を出しているから、結果は3,500です。これで彼の勝負手を蹴れるなら、安い買い物とボクは思います。
右田の開かれた手を見て、ボクが感じたのは…
「その手は、リーチだろう…」でした。
たとえ相手が怖いオヤであろうと出て満貫、引いて跳満を取りに行く戦う姿勢がなければ、「鳳凰」は獲れないとボクは思います。
彼が勝負と出、リーチならボクは。を切り勝負は見守っていたでしょう。
ただしヤミテンなら、この打ちは場合の応手です。
マークするということは…相手の思い通りには打たせない、という意味があります。
相手も損害を被るが、その分こちらも血を流し返り血も浴びる。
それが勝負の神髄、だと思います。
結果、第2戦は瀬戸熊との差がさらに開き1万点となりました。
さあ後は、振り返らず前を見て走るだけです。
(文中敬称略・以下次号)
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