第157回:第42期王位戦優勝特別インタビュー 樋口 徹 インタビュアー:小車 祥
2016年12月29日
第42期王位戦優勝特別インタビュー:樋口徹 インタビュアー:小車祥
第42期王位戦、樋口徹が優勝した。
優勝インタビューというのはその優勝者に近しい人間が担当することが多いが、私と樋口の場合は親友のようであり家族のようでもある近すぎる関係だ。
インタビューに入る前に、私と樋口の関係について簡単に書かせて頂きたい。
それによって樋口徹がどういう人間なのか、紹介代わりになるかもしれない。
私と樋口が出会ったのは約10年前。
私がアルバイトしていた麻雀店に、数ヶ月違いで入ってきたのが彼。
当時は2人とも麻雀プロでもなんでもなく、まさかここまで長い付き合いになるとは思っていなかった。
私の1つ年下で、明るくて気さくでお調子者で小生意気な好青年という第一印象。
その第一印象をこの約10年間おおよそ裏切ることはなく、そのまま歳を重ねた樋口と私。
私が麻雀プロになった3年後に彼も麻雀プロになり、同じ業界にいることでその付き合いは途絶えることなく続いてきた。
話し合ったわけでもなく偶然にも同じタイミングで福岡から東京へ出てきた私と樋口は、お互いに助け合う意味で1年ほどルームシェアしたりもした。
私たちは同世代で、麻雀という競技とのこれまでの関わり方や、これからの人生の方向性、周囲や自分のことを様々な角度で考え決めるという作業など、色々と共感したり考えをぶつけあったりすることも多かったように思う。
ある日、彼が言った。
「僕はもう決めました。とことん麻雀と付き合っていくことにします」
彼が麻雀プロになって3年目くらいの頃だったろうか。
樋口にも私にも、元々なりたいものがあった。
思い描いていた未来像から日に日に離れていく現実。
麻雀プロとして生きていく自分に情熱の全てを捧げることに、少し抵抗があったのかもしれない。
そんな葛藤に終止符を打ち、自分の人生の方向性を明確に示した一言なのだと理解した。
私はプロ5年目に麻雀マスターズを優勝した。
樋口もまた、プロ5年目に王位を獲得。
その優勝インタビューをするのは私しかいない。
樋口が私を指名したわけでも、私が名乗り出たわけでもないのだが、そんな気持ちでこのインタビューに取り組んだ。
都内某喫茶店にて待ち合わせ。
席に着くなり早速インタビューを始める。
小車「まずは王位おめでとう」
樋口「ありがとうございます」
小車「A級予選からの出場だよね?」
樋口「そうですそうです」
小車「すご」
なんだかぎこちない。
関係の距離が近すぎて、改めて向き合うと接し方がよくわからない。
小車「王位戦見ていて思ったんだけど、雀風変わった?」
樋口「うーん、どうだろう。元々僕に対してどういうイメージ持ってます?」
小車「麻雀店のスタッフの時は、自分の勝ちよりも打ってる人達を楽しませることを優先して麻雀しているイメージ。選手の時は当然自分のためだけに麻雀するわけだからそうじゃないんだけど、それでも一選手としてプロとしてどうあるべきかっていうことを考えながら麻雀を打つってイメージかな。ってこれ雀風ではないか」
樋口「確かに雀風とは違うかもですね(笑)準決勝の時に初めての映像対局だったんですよ。その時に、麻雀の内容よりも所作とか牌の扱いにばかり気がいっちゃって。粗相しないようにしなきゃって」
小車「それも別の意味でプロとして大事な部分だよね」
樋口「そう。その日に決勝進出を決めて、家に帰って自分が打ってる映像を見たんですよ。そしたら所作とか案外イケてて(笑)そのまま決勝に臨めたのはよかった」
小車「そうなんだ」
樋口「準決勝の最終戦、点棒にかなり余裕があったんですよ。映像対局の都合で他の卓の結果も全てわかっている状況で、自分は11,000点未満のラスにさえならなければよかったんです。この最終戦で点差を意識するあまり縮こまってしまって。なんとか決勝進出したものの、何もできずに終わったこの最終戦のことをすごく落ち込んで帰ったんですよね」
小車「あ、確かに決勝進出しましたってツイート見たけど、あんまり喜んでない雰囲気の文面だった」
樋口「そう、素直に喜べない精神状態だったんです。そしてその日に自分の対局を見て、一晩考えて寝て起きたらなんか吹っ切れてて。だから逆にいい精神状態で決勝には臨めたかなって思ってますね」
小車「あー、悪いところを出してデトックスできたみたいな」
樋口「日程であったり展開であったり、いろんなことが味方してくれてたと思います」
自分の力で勝ち取ったというよりも、勝たせてもらったのだと樋口は言う。
いちいち私に謙遜などしないだろうから、本心なのだろう。
小車「そろそろ決勝の話に入ろうか。ずっと伊藤優孝プロを追いかける展開だったね」
樋口「いや、ほんとに強かったっす。最終戦まで一度も上に立てなくて。全5回戦の4回戦のオーラスに2,600点放銃して原点持てず終わった時にかなり苦しくなったなぁと」
小車「そうだね。最終戦29.8P差って一発裏ドラなしのAルールでは結構厳しいポイント差だよね」
樋口「最終戦は浦山さんがリードする展開で、南1局の自分の親番を迎えた時には浦山さんが1人浮きでした」
最終戦南1局の点数状況は以下の通り。
樋口24,700(+37.7P)
宮内26,300(▲24.4P)
浦山54,700(▲80.8P)
伊藤14,300(+67.5P)※()内はトータルポイント。
樋口「最後のツモ番でノーテンから伊藤さんに放銃するんですよね」
以下、樋口の手牌。
ツモ ドラ
樋口はここから打とし、伊藤への放銃となる。
ロン
7,700のアガリ。
小車「あー、あの局ね。一瞬何が起こったのかわからなかった(笑)」
樋口「あの時の自分は、親番がなくなったらもうほぼ負けだと思ってて。を切ってロンと言われる可能性は高いけど、仕掛けが入る可能性もあるなと思ったんです。仕掛けが入ればツモが増えてテンパイできる可能性があると」
小車「実際ツモってきたは2枚切れでほぼ安全牌だった。そういう意図がないと切らない牌だよね」
樋口「結果は伊藤さんに7,700放銃っていう最悪のものでした」
小車「後になって考えてみてどう?あの⑥切りはやりすぎだったと思う?」
樋口「やりすぎたとは思ってないけど、やめといた方がよかっただろうなとは思ってる」
小車「つまり後悔してると」
樋口「いや、後悔はしてないです。反省はしてるけど後悔はしてないってよく聞くけど、これのことかと感じてます(笑)」
小車「応援してる方としては、もうほぼ伊藤さんで決まりかなって思わざるを得ない瞬間になってしまったよ。ただ親が終わるだけなら十分可能性はある点差だったけど、あの点差ではもう奇跡が起こらないと無理だよなって」
樋口「そうですよね」
小車「しかし起こすかね、奇跡」
樋口「そうですよね」
小車「緑一色は出来過ぎだわ」
樋口「そうですよね」
ほとんどの人がご存知のことと思うので細かい部分は省くが、樋口は南3局1本場で緑一色をツモアガる。
ポン ツモ ドラ
8,000・16,000は8,100・16,100
小車「ドキドキした?」
樋口「ドキドキしたっす」
小車「ちくしょう!」
樋口「テンパってからさらにドキドキしたっす」
小車「もういいよ!」
樋口「あの6ツモの感触は忘れられないっす」
小車「聞いてないのにめっちゃ喋るじゃねーか!」
元々流暢に話すタイプの樋口だが、緑一色の話になるといつにもなく饒舌になる。
王位決定戦が終わってからこのインタビューの日まで2週間程度。その間にいろんな人に散々聞かれて答えてきたのだろう。
気持ちよさそうに話す樋口に悔しさを覚えた私は、次の局の話に移行した。
最終戦南4局。
樋口は伊藤とのトータルポイントの差が8.8Pで上回っていた。
最後の伊藤の親番が終われば勝ちという状況。10巡目に樋口は以下の手牌。
ツモ
ここでを切ってヤミテンとする。
小車「オーラス、待ちでリーチしなかった理由は?」
樋口「ドラのが見えてなかったからですね。役ありテンパイが理想で、役なしでリーチを打つならドラが見えてからにしたかった」
小車「その直後、連荘しなきゃならない伊藤さんからドラのが切られた」
樋口「そう。待ちでツモ切りリーチするつもりだったんですけど、ツモったことで待ちの選択肢ができてしまって」
小車「それで待ちにしてリーチ。を一発ツモと。Aルールだから一発はないけど」
樋口「やっぱりあの緑一色アガって負けるわけにはいかないってのはありましたね。だから最後まで大事にいった感じです」
小車「あんまり褒めたくないけど、緑一色のと最後ののツモり方がすげーかっこよかったよ」
樋口「そうですか」
小車「うん、俺がいつかやりたいと思ってた。優勝決まる瞬間のツモをいつも通り優しくツモるやつ」
私からすると、それを樋口がやったというのがすごいことだった。
一緒に麻雀店のスタッフをやっていた時代には、樋口はよく楽しくなったり熱くなったりして打牌が強くなることもあった。
競技麻雀の決勝の舞台というのは魂を削って勝負をしていると言っても過言ではない場所。
熱くなって打牌やツモに力が入ることもまた、麻雀プロとしての情熱を感じられる部分でもある。
実際にそういうタイプの選手も少なくないし、そういうシーンを見ると胸が熱くなる。
樋口はどちらかというと感情を表に出すタイプの人間だと思っていたし、クールという言葉とは程遠いように思う。そんな樋口がやったのだ。
小車「月並みだけど、今後の目標は?」
樋口「与えられたチャンスを一つ一つ頑張って結果に繋げていきたいですね」
小車「そうだね。G1タイトル獲って与えられたチャンスをほとんど活かせなかった人もいるらしいからね」
樋口「そんな奴おらんやろ」
小車「おい」
そんな冗談を言いながらインタビューも終わろうとしていた頃、樋口が言った。
樋口「やっと追いつきました」
小車「何が?」
樋口「ずっと小車さんに追いつかなきゃって気持ちがあったから」
小車「てつ……」
樋口「あとキヨちゃん(清原プロ)とかゴーニン(森下プロ)も」
小車「俺だけじゃないんかい!」
樋口「すいません(笑)でも仲がいい人がタイトルを獲っていく中で、自分が取り残されていくのは嫌だった。これでようやく肩を並べられたと思ってます。今までそんなこと口にしたことはなかったけど」
タイトルを獲るということがどういうことなのか、私は未だにわからずにいる。
ロマンチックに言えば『牌に選ばれた』とか『努力が報われた』とか。
味気なく言えば『ただ勝っただけ』とかになるのだろうか。
タイトルを獲れば自分の歩いてきた道は間違っていなかったと証明できると思っていた。
私の場合はそんなことは全くなく、今も様々なことに迷ってばかりだ。
タイトルを獲ってもプロ人生は続いていく。小説や映画のようにエンドロールが流れるわけではない。
タイトルホルダーとして見られ、考え、迷い、決断を突き付けられる。
私なりに歩んできた人生で、今の樋口に何か伝えられることはないかと探してみた。
しかしそんなアドバイスは何の意味もないとすぐに気が付いた。
彼自身が見られ、考え、迷い、決断を突き付けられなければ感じられないものなのだから。
緑一色という派手な看板を携え、また1人タイトルホルダーが誕生した。
とことん麻雀と付き合っていくと言った男が一つ結果を出した。
これからの樋口徹に期待しつつ、自分もしっかりしないとなと自分に言い聞かせる。
第42期王位樋口徹の新たな麻雀人生に注目したい。
カテゴリ:プロ雀士インタビュー