第228回:プロ雀士インタビュー 荒正義 インタビュアー:ケネス徳田
2021年12月17日
荒「タイトルは種類よりも数が大事だから」
十段戦優勝後の荒正義のコメントである。
グランドスラム(鳳凰位・十段位・王位・麻雀マスターズ・麻雀グランプリMAX)という偉業も荒にとっては+1のタイトルでしかない。
もっとも麻雀プロの大半は0のままであり、その0を1にすることすら困難と言ってもよい。しかし、荒正義にも当然0→1の時代があり、50年近い積み重ねが十段位獲得、グランドスラム達成につながっている。
荒「みんな騒いでたけど、僕はまったく気にしてなかった。タイトルは種類よりも数が大事だから」
記録には固執しなかったからこそ平常心を保つことができていたのであろう。
インタビューの冒頭で私は1つの局面を挙げた。
十段戦の最終戦東2局2本場(親:荒)6巡目である。前局にリーチ・ツモ・タンヤオ・ピンフ・高目イーペーコーをツモってトータルポイントでトップに立っている。
ちなみにこの牌姿はSNSや放送を使ってのアンケートでは綺麗に意見が分かれた問題でもあった。マジョリティは、次に
だったのだが…荒正義の選択は迷わず打
だったのである。
荒「前局の4,000オールで、もうこの局で稼ぐだけ稼ごうと。しかもダブが暗刻になって手ごたえも十分。だけど無理にトイツ手を狙うとアガリを逃しかねないから、ドラ受けの方を残した」
---では、もしこれが道中とか、初戦とかならば選択は?
荒「それだと…切るかもしれない。場がキナ臭いから
がいいとは限らないし」
意外にではなく
だった。やはり見える四暗刻は逃すべきではないということか。
荒「南場は三浦くんとの一騎打ちだから、この局でリードを広げるだけ広げないと。逆にこの手もらってアガリ逃すと優勝は厳しいと思ってたから」
なるほど。単に現状の点数状況とかではなく、先の展開を見据えて、そして50年近い経験に基づいての選択だったというのが切りの答えだったのである。
そして結果は、荒が7,700のアガリとなり加点に成功。十段位奪取の決定打の局となった。
簡単にグランドスラムと言っても、冒頭に挙げたように1つすら獲るのが至難なG1タイトルを5つ。現状リーチ者つまり4つ獲得者はおらず、3つ獲得している者が
●前原雄大(鳳凰位・十段位・グランプリ)
●藤崎智(鳳凰位・十段位・旧グランプリ)
●灘麻太郎(十段位・王位・グランプリ)
●沢崎誠(十段位・マスターズ・旧グランプリ)
など。
こうしてみると、やはりオールカマーの王位戦・マスターズが鬼門といえる。鳳凰位・十段位を3期づつ獲っているあの瀬戸熊直樹ですら、王位・マスターズは手にしていない。
その王位・マスターズを、荒正義は2003年に同時に優勝するというむしろグランドスラム以上の偉業を達成している。
荒「たまたまよ。ただ、その時期は白川通さん(作家・故人)とか相当厳しいメンツと打ってたから。ここぞというときの気合と集中力は高かったかも」
2011年には2度目の鳳凰位、そして2014年には旧グランプリを含めて3度目のグランプリ優勝。だがこの年を境にタイトルから遠ざかる。さらに鳳凰戦も30年以上在籍していたA1から降級(現在B2)してしまう。
荒「結婚して奈良県にいるときは、稽古の絶対量が足りてなかったから。打ち込み不足は感じてた。けどコロナで奥さんから「東京から帰ってこないで」と言われて(笑) だから東京にずっといることになって、それで稽古量も増やせるようになった。感性で打つ人は実戦感覚がないと絶対ダメだから」
家庭が心配だが…とはいえ稽古量を増やせるようになったのは幸いである。稽古も日々行うことにより糧となるのは、打ち盛りな若手もレジェンドもそれは変わらない。
もちろん荒正義にも若手の時代はあった、とはいえ実質的には短い。なぜなら1976年、旧最高位戦1期B1デビューで優勝(新人王)、そして翌年には第5期王位戦優勝という、いきなりスターダムの階段に上ったからである。
荒「当時は、誰も何も教えてくれないから、見て覚えるのが基本。牌譜の仕事も率先してやってたよ」
当時はAリーグには灘麻太郎(第1期順位率部門優勝)、小島武夫、川田隆(第1期素点部門優勝)、古川凱章、田村光昭などという名だたる打ち手が揃っていた。
荒「やっぱり当時から灘さんがダントツで強かった。だからずっと灘さんの麻雀を見てひたすら研究してたよ」
---灘会長とは最高位戦前からの関係ですか?
荒「いやいや、それまではまったくお互い知らなかったよ。むしろ初めて口きいてもらえたのが新人王獲った後」
そんなに後だったとは意外である。少なくとも最高位戦開催の初期ぐらいからと思っていただけに。
荒「Aリーグの採譜に行ったら灘さんから「新人王獲ったんだってね」って初めて話しかけられて。で、お互い北海道出身ってことで意気投合というか、それ以来よくしてくれて。原作や原稿仕事を何本も回してもらったりとか」
打ち手として以外にも原作者・執筆者として活躍している荒正義の礎がここにあったわけである。
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荒「そのかわり原作もそうだし麻雀も、やっぱり口では教えてくれないから目で盗む。そうやってずっと灘さんの背中を見てきたよ。それで何十年もやってきたけど、気が付いたら瀬戸熊や寿人とかが僕の背中を見ていたと」
灘麻太郎が荒正義にとっての目標だったならば、荒正義が瀬戸熊直樹や佐々木寿人の目標であるのは自然の流れ。これが一流の系譜というものなのだろうか。
荒「で、今瀬戸熊や寿人の背中を見て育つ若手もいるはずだから。今後は彼らに期待、と」
その系譜を継ぐのは果たして誰なのだろうか。その答えが出るのは5年先か10年先か、いつかはわからないが間違いなく誕生するはずである。先人たちがそう期待しているのだから…。
カテゴリ:プロ雀士インタビュー